第110話 強者
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第110話です。宜しくお願いします。
「さてと、ぶち込みましょうか」
アリスは髪をかき上げながら3人を振り返って言った。
「頑張るよー!」
「おーっ!」
緊張感なく、レアとウルは笑顔で腕を上げて返事する。
現在、反乱軍はアリスたちには目もくれず、血走った目で騎士団を倒そうとしている。その姿はまるで力に酔いしれた獣のようだ。一見ただの冒険者のようだが、近くで見れば違いがわかる。彼らの全身には揃って黒い血管が走っていた。そして、馬鹿げた身体能力と魔力で騎士団を圧倒している。
その中でも一際目立つのは、敵味方関係なく暴れ狂っている1匹のバケモノと化した冒険者だ。腕が6本あり、腹には人の頭も噛み砕けそうな口がついている。
「あれが、黒魔力ね。あんなものを生み出すなんて、馬鹿なことを…………」
アリスは大量の魔力を練り上げる。その速度は以前のアリスとは目を見張る違いがある。
「あたしから行くわ。フリー、あなたはもう少し冷静にね」
アリスがずっと黙り込んでいたフリーを横目で見た。
「あはは…………了解っ!」
フリーは苦笑いをすると、アリスの言葉に肩の力を抜き、深く息を吐く。
アリスは両手を敵に向け突き出すと叫んだ。
「凍れ…………っ!」
ゴオッッッッ………………………………!! パキンッ…………!!!!
騎士団と戦っていた反乱軍の奴らは、絶対零度のアリスの魔力が吹き荒れると、全員が一瞬のうちに白い氷像と化した。今や、流れ弾で所々が燃えていた王宮の下層は芝生が真っ白の雪化粧したようになり、その中に立ちすくむ白い柱が乱立していた。冷気があたりを覆い尽くす。
「なっ、なんだ!」
「何が起きた!」
騎士団たちは今まで戦っていた相手が突然凍り付いたことで驚いている。敵の動きが完全に止まったことで一時の静寂が訪れた。
「ダメ。やっぱり一筋縄じゃいかないわね」
アリスはため息をついた。
「どうして?」
レアがアリスに尋ねたその時、
バキッ、バキバキ、パキンッ!
氷像が割れたかと思うと、身体に纏わりついた氷を割り砕きながら反乱軍の者たちが復活し始めた。内部まで完全に凍り付き息絶えたのは一部の者のようだ。だが、その中にはあのバケモノも含まれていた。
「おい、なんだ今のは!」
どこからの魔法か、辺りを見回して探っている反乱軍の男たち。
「やれたのは30人と1匹ほどね。まぁでもあのバケモノを倒せたならいいかしら」
アリスは半分納得いっていないが、強化されたAランク以上の冒険者たちを一度にそれだけ戦闘不能にできたのはとんでもないことだ。それだけアリスの魔力はずば抜けていた。
「アリスちゃんは下がって。前衛は僕たちがやるよ」
「うん!」
フリーとレアが武器を抜くと同じタイミングで1歩前に出る。
「あ、あれは…………冒険者たちだ!」
騎士団の人たちはアリスたちに気が付いたようだ。
「増援です。こちらから挟み撃ちにします!」
レアが騎士団に向け声を張る。それに対して騎士の1人が答えた。
「東門からも敵は来てる! あちらにも回ってくれないか!?」
無茶を言う。騎士団からは大人数で放った魔法のように見えたのだろう。だが、後ろ側は4人だけで挟み撃ちにしようというのだ。他に人数を割く余裕などない。
「反対側にも……!?」
思ったより伯爵側の勢力が多いことにアリスは驚く。
「ここはギルドの増援の半分は行ってもらおうかしら」
「そうするのが一番じゃねえか?」
アリスを見上げながらウルが言うと、アリスも頷いた。
「それまで向こうがもってくれてたらいいのだけど…」
心配そうに呟くアリス。
「てめぇら早くしねぇとまた増援が来る! 早いとこ後ろの奴らと騎士団を始末して王宮に攻め込むぞ!」
反乱軍のリーダー格らしき刺青の男が叫ぶ。
「「「「おう!」」」」
反乱軍の半分がこちらを振り返った。そして、アリスたちに向けて声を上げながら突進してくる。それも彼らは伯爵の息がかかった実力者たちだ。尋常な速度ではない。
「よし、それじゃ僕たちの出番だねぇ」
「うん!」
そう言うと、フリーとレアは同時にドンッと走り出した。そして、走りよる軍団に正面からぶつかる…………!
その結果、一斉に反乱軍から悲鳴が上がった。
「「「「ぎゃああああああああああああっ!!!!」」」」
ある者は斬り飛ばされ空へ舞い、ある者は崩れ落ちるように倒れる。
フリーとレアは身体強化をしているが、相手も黒魔力で強化されている。だが、2人は加護による力と技術で相手を完全に上回った……!
だとしても人数では遥かに負けているため、囲まれると不味い。そのため2人は動き続けながら戦う。
フリーは静と動を瞬時に切り替え、1人当たり3秒ほどで戦闘不能にしていく。レアは、フリーとは対照的に敵の間を流れるように、そして踊るように、風魔法とユニークスキルを巧みに織り混ぜながら敵を斬り伏せていく。
「な、なんだこいつら…………!!」
瞬く間に敵を倒していく2人に圧され、伯爵側の冒険者たちがジリジリと後退する。
「「「あいつら、つええええええ!」」」
逆に騎士団側は歓声を上げ、勢いづいた。同時に敵の倒れる数が増えていく。流れは完全にアリスたちだ。
「あら、レアは知ってたけどフリーも腕を上げたのね」
アリスが腕を組んでドサドサと倒れゆく敵を眺めながら呟く。
フリーは学園にいる間、ステータスこそあまり上昇させることができなかったが、スキルを磨くことに時間を費やしていた。
だがその時、
「調子に乗るなよ若僧が!」
「「うっ…………!!」」
野太い声と共にフリーとレアが吹き飛ばされ、宙を舞った後アリスたちの目の前に着地した。
「いたたた。あいつはさっきの奴かねぇ」
先ほど一気に戦況を持ち上げた伯爵側の冒険者だ。
「おそらくそうで…………ううっ!」
黒魔力がフリーとレアの身体を蝕み、苦痛にレアが悲鳴を上げた。身体を抱えてうずくまる。
「レア姉、フリー!」
ウルが2人に駆け寄ると、神聖魔法で治療する。2人の身体から黒い血管がすうっと退いていく。
「ありがとうウルちゃん。あいつ、何者なの?」
「あれは、確かSランク冒険者のダース・モールね。ガードナーと同じパーティだったはずよ」
アリスはしっかりと情報収集を行っていた。
「へぇ…………Sランクかい?」
刀を握るフリーの手にも力が入る。今まではSランクが相手ともなればユウが戦っていた。それがフリーたちにも戦う時が来たのだ。
ダース・モールは大剣を使う冒険者だ。外見は30歳ほどで、顔中に赤と黒の刺青が彫ってある。ガードナーのパーティとなれば、他のSランク冒険者とは一線を画す。それが黒魔力を得てさらに強化されていた。
「こいつがいるってことは残り2人のパーティメンバーも来ているはず。他のメンバーの方が強さは上だわ。ユウ、今は弱体化しているのに大丈夫かしら……」
戦場の火の手に照らされながら、アリスは不安そうに王宮を見上げた。
「アリス姉、ユウがこんな奴らに負けるところなんて想像できねぇだろ!?」
ウルにアリスの呟きは聞こえていたようだ。それでいて不安を払拭するように明るくウルは言った。
「それもそうね」
アリスは柔らかく笑った。
「フリーさん、2人でやろう」
レアが真剣な顔でダース・モールに向き合い、剣を構えたままに言う。
「そうだねぇ」
フリーもレアの隣で再び刀を構える。そして
ダンッ…………!
2人同時に地を蹴り、飛び出した。迎え撃つはダース・モール。
「はああああああああ!!」
両手で持った長剣を頭の上にまで振り上げると、フリーめがけて振り下ろした。それに対し、先頭を行くフリーは右下に構えた刀を手首を返しながら斬り上げるっ!
「せっ…………!」
ギィィ……………………ン!!!!!!!
刀と剣が衝突し、その剣の重さにフリーは声をもらす。
「ぐっ…………ううっ!」
フリーは片膝を突き、地面にバキバキと地割れが走る。そして、ダース・モールの剣はフリーの肩にじわじわと食い込み、フリーの着流しに血が滲む。
「くたばれぇ!」
「せあああっ!!」
レアがフリーを襲う剣をフリーをなぞるような軌跡で下から叩いた。ダース・モールの剣は押し返され、ギリギリと2対1で拮抗する。ぶつかり合う3人は互いに歯を食い縛り、気力を振り絞っていた。
だがレアとフリーがいるのは敵の集団のど真ん中だ。周りの敵が2人に斬りかかろうとする者も出てくる。
「ウルちゃん、あたしは大丈夫だから2人の周りの掃除をお願い」
それを察してアリスがウルに指示を出した。
「わかった!」
ウルは存在感を消し、ドヒュンッ! と凄まじい速度で援護に向かう。
レアとフリーを狙う敵を気付かれることなく刈っていくウル。その姿はまさに小さな暗殺者そのものだ。知らず知らずのうちに頸動脈や手足の腱を正確に切断され、吹き出す血に訳がわからず倒れていく者たち。
「あの子も末恐ろしいわね」
その手際の良さにアリスは苦笑いをしながら、アリスに向かってきた敵のこん棒を攻撃を地面から生やした氷柱で防ぐ。
「くそっ! …………あ? なんだこりゃ!」
防がれた敵は悔しがるも、もうその足は氷漬けにされ動けない。
「たっ、助けてくれ…………!」
身動きを封じられた男はアリスに命乞いをする。
「無理よ」
その綺麗な顔でニッコリと男に微笑んだアリスは、無慈悲に地面から生やした氷のツララで男の腹を貫いた。
ドシュッ…………!
「がっ…………か、か…………っ!」
ガクンと力なく太いツララに持ち上げられたままの男の身体からは、ツララを伝って血が流れ落ちた。
それからアリスはユウに頼まれたリーダーの仕事をすべく、何事もなかったかのように全体の戦況の把握に務める。
レアは拮抗した状態からユニークスキル、『エアロボルテックス』をダース・モールへと放った。鉱石ですら、簡単に削り取る猛烈な空気渦が奴の側頭部に直撃する。
ギャルルルルルルルルル…………!!!!!!!
「がっ…………!」
ガリガリと顔面の肉と頭蓋骨を削り始めるエアロボルテックス。空気の渦が血で赤く染まる。だが…………。
「ふんっ!」
ダース・モールの体表に黒い血管が走ったかと思うと、次の瞬間削れた左側頭部がすぐに完治し、エアロボルテックスを弾いた。
と同時に剣で弾き飛ばされるフリーとレア。
「「ううっ!」」
と、その時
ズウウウン…………!
ガガッ…………ガガガガガガガガガガ!!!!
「なんなの…………?」
王宮の方から衝撃が走り、アリスの見てる前で王宮そのものが斜めにズレた。城壁塔や居館までもが斬られ、滑り落ちていく。
「あそこはおそらくユウが…………!」
地面に倒れたまま顔を上げて王宮を見上げるレア。
「やっぱり向こうも一筋縄じゃいかないみたいね」
アリスはSSSランクのパーティを相手にしていることを改めて自覚した。
「フリー、レア気を付けて! そいつは竜を真っ二つに斬った豪腕の冒険者よ!」
アリスが戦場の騒音にかき消されないように声をはる。
「あはは。通りで一撃が重いわけだよ」
フリーはゆらゆらと身体を起こす。
「フリーさん、力は相手が上です。手数で攻めますか?」
レアが立ち上がり、ダース・モールから目を離さないようにしながら横のフリーに相談する。
「そうだねぇ。こっちも覚悟しないとダメみたいだよ」
そう言うとフリーは自らの両手首の静脈を刀で斬った…………!
ブシュッ…………!
ポタポタ、ポタ、ポッ…………。
ダランと力を抜いて垂らされた両手から流れ出る血液は、地面に落下する前にたちどころにシュルシュルと空中に浮かび上がり、フリーの周囲を回転するように浮遊した。斬れた手首の傷は、すぐに硬化した血液が塞いでいる。
「私も…………!」
レアはエアロボルテックスを2つ追加で計3つを出現させた。バスケットボール大の空気の渦がレアの目の前に3つ浮かんでいる。レアはノエルたちとの修行でユニークスキルのレベルをかなり上げていた。
「面白い…………!」
ダース・モールの黒い血管の範囲が広く、濃くなり、まるで禍々しい刺青のように広がる。
そして、両者は再び衝突した。
◆◆
ーーーー国王寝室前廊下
「おいおい、揃いも揃って雑魚だらけじゃねぇか」
ガードナーは大人ほどのサイズの巨大な戦斧を肩に担ぎ、呆れたように言った。
「く…………そ……………………っ!」
俺たち3人は見事に廊下に這いつくばっていた。
マシューはユニークスキルでできた鎧を拳で見事に砕かれ、うつ伏せに床に倒れて動かない。騎士団長の剣は折れ、白目を剥いて気絶していた。
王宮の廊下は周辺の部屋の壁を全て破壊され、広い空間を作り上げていた。上を見れば、5階分の天井が全て吹き飛び星空が見えた。それらは戦いの凄まじさを物語っていた。
今俺は壁に背を預けたまま、大腿部の皮一枚でつながった千切れそうな両足を投げ出して力なく意識を手放そうとしていた。ここは戦斧で叩き斬られた。心臓の鼓動に合わせてドボドボと流れる血液は俺の命を示唆しているようだ。
「まだ意識があるのか。いや、その傷、ほっといてもお前は死ぬ」
そう言うとガードナーは俺に背を向けた。
意識を失ってる2人にトドメを刺しにいったのだろう。
…………やっぱり、こいつが最大の難関だった。
俺の黒刀が届きさえすれば、斬れないこともなかったはずだ。だが、俺と奴では身体能力に天と地ほどの差があった。全力で重力魔法を発動したため、すでに魔力を使い果たし、自分の傷を治す余力すらない。スキル再生が一生懸命仕事をしてくれているが、動けるようになる前に俺はこの男に殺される。
意識を保っているのもキツくなってきた。目の前がぼんやりとかすみ始め、出血で全身に悪寒が走っている。身体の下には流れ出した俺の血液で血溜まりが出来ており、波打つ水面が月の光を反射して赤くキラキラと光っていた。
ここまでか……アリスたちは無事、だろうか…………。いや、あいつらが簡単に負けるはずがない。
糸の切れた人形のように投げ出され動かなくなっていく自分の身体を見ながらぼんやりと思った。
負けるとは情けない。こうなる前になんとか、できなかったのか。
ブラウン、すまねぇ…………。お前の仇取れなかった。
オズ、助けられなくてすまん。マードックなんかに殺られるんじゃねぇぞ。なんとか逃げ切ってくれ。頼む…………!、
もう願うことしかできない。後悔の念がどこまでも湧き出てきた。
もう、何も感じない。
そうか、俺はもう死ぬのか…………死ぬ時は1人なんだな。まぁ、それも悪くない。
そして死ぬ淵にいるふわふわした感覚のまま目蓋を閉じようとした。その時だった。
カツン…………カツン……………………。
カツン、カツン……。
足音が聞こえた。
この半壊した王宮の中を近付いてくるその音に、意識が覚醒し再びうっすらと目蓋をこじ開けた。
俺の目の前に足が見えた。かなり大きめの革靴を履いている。
「…………、……、………………、…………?」
何か言っている。頑張って眼球を上に向けた。
幻か…………?
そこに見えたのは、巨漢、私服姿のジャベールだった。俺の目の前に立って、目下ろしている。
だがいつまで待とうが消えることはない。
「な…………んで、あんたが、ここに」
力の入らない口を動かし、なんとか言葉を紡ぐ。
「レオンの馬鹿に頼まれたからだ」
…………レオ、ン?
聞き間違いか? なんでここでレオンが出てくる?
ジャベールはハイポーションを俺の足の傷口にぶっかけた。
「ぐっ…………ううっ!」
ハイポーションが傷口にしみる。シューシューと煙を上げながら足が繋がっていく。そして今度はハイポーションを俺の口に流し込んだ。スポーツドリンクのような味がして、身体の各所がだんだんと治ってくるのがわかる。ようやくまともに口がきけるようになった。
「なんで…………レオンがあんたに?」
「ん、そうだな。世間では知られていないがレオンは、俺の兄だ」
「へ…………?」
何言ってんだ冗談か? いや、ジャベールは冗談を言うようなタイプではないはず。
「昔、レオンとある取り決めをした。レオンは貧民街で人々を守り、俺はこの強靭な肉体で王国の治安を守るとな。それ以来、顔を合わすこともなかったが、その兄が俺に会いに来て頭を下げた。国王を救ってくれとな」
「そんな…………ことが」
足の傷もほとんど癒え、よろよろと立ち上がろうとするとジャベールが俺の肩を押さえた。
「お前は休んでろ。後は俺がやる」
いつもの仏頂面でそう言うと、ジャベールは俺に背を向けてガードナーに向かって歩き出した。
その時、騎士団長にトドメを刺そうと斧を振り上げていたガードナーがジャベールに気付く。
「おいおいおい、嘘だろ。なんでてめぇが…………!」
一瞬ジャベールにビビったガードナーだったが、今度は口角をつり上げた。
「これは俺への褒美か!? 黒魔力を得た俺は完全にお前を上回った! この国にもう恐れるものは何もない!」
そう唾を撥ね飛ばしながらガードナーは叫んだ。
「そうか」
ただ淡々と答えるジャベール。
「俺は貴様を殺し、さらに上の力を手に入れる!」
ガードナーの鱗が黒魔力でさらに濃い鈍色になって月の光を反射する。そしてその丸太のような腕がさらに膨れ上がった。さっきまでは全く本気ではなかったようだ。
そして巨大な戦斧を右に振りかぶると、ジャベールの首を刈り取るように振った…………!!!!
マシューとジャベールの戦闘、そして俺が直接戦ってわかったことだが、ジャベールは今まで相手の攻撃を避けるということをしてこなかった。なぜなら、その必要がなかったからだ。
ズンッ…………………………………………ッッッッ!!!!
重い衝撃が王宮全体を揺らした。
「う、嘘だろ…………?」
その言葉を発したのは、俺でも、ジャベールでもなく、ガードナーだった。
ジャベールはガードナーの全力の攻撃を、その戦斧を指で摘まんで止めるという狂気じみた偉業を、またもや馬鹿げた力業で成し遂げてしまった。
「そ、そんな馬鹿な! あり得ねぇ…………俺は、俺は貴様に勝つために苦痛を! 黒魔力を受け入れたんだぞ!」
怒り狂って叫ぶガードナー。その怒りに触れ、ガードナーの周囲の瓦礫は吹き飛ぶ。
ガードナーが1ミリも手加減などしていなかったことは、ジャベールの後ろ、どこまでも吹き飛んだ王宮の壁と抉れた地面がそれを顕著に表していた。
「だから皆は俺を怪物と呼ぶ」
ガードナーは無理やりジャベールから戦斧を引き抜くとそれを手放した。その重量に床にヒビが走る。
「くそっ! お前ごときに…………俺が、負けるわけがねぇ!」
パキン、パキンパキン!
ガードナーは鱗を立たせ、前屈みになると両手を地面についた。まるで獣のような姿勢だ。そして、足に今度は黒魔力を集中させ、俺の目には見えない速度でジャベールに向かってタックルをした。兵士たちの肉を抉って殺した技だ。
ズガンッ……………………!!!!
俺が見えた時には、ジャベールがガードナーの頭を素手で掴み、床に叩き付けていた。
「かっ…………が、ふっ」
ガードナーは一瞬、白目を剥いて口から血を吐いた。ジャベールには傷1つない。
あれほど恐ろしかったガードナーがまるで赤子の手を捻るようにあしらわれている。そんな目の前の光景が信じられなかった。
敵に回せば恐ろしいが、味方だとこれほど頼りになる存在はいない。
「ま、まだだ…………!」
フラフラと立ち上がるガードナー。脳が揺れ、真っ直ぐ立つこともできないようだ。
「見るに堪えんな」
可哀相なものを見る目で自分よりも巨大なガードナーをジャベールは見下ろした。
だが、ガードナーは黒魔力で強制的に身体を回復させたようだ。
「しぶとい。なら、これで沈めてやろう」
そう言うと、今回初めてジャベールは拳を握った。
ジャベールは終わらせるつもりのようだ。確かにこれ以上戦いが長引けば半壊している王宮がもたない。
「ほざけ! お前も王族も皆殺しだ!!!!」
口からヨダレを流しながらジャベールに向かって突進するガードナー。
ドン………………………………ッッッッ!!!!
ジャベールの拳はガードナーの腹部に下から打ち上げるような形できまっていた。
「ごばぁ!?」
白目を剥いて勢いよく吐血するガードナー。2メートル以上あるガードナーが腹にきまった拳1つで持ち上げられている。ガクンと身体の力が抜けるが、それでもまだ殺そうとジャベールの顔に手を伸ばす。
「まだ息があるのか」
ガードナーから手を離すと、ジャベールは右足を後ろに引いた。
「死ねえええ!!」
ガードナーはジャベールに向けてその右手の爪を振り上げた。
そして、
ズン…………ッッッッ!!!!
ジャベールの蹴りがガードナーの腹部を直撃。その衝撃は王宮の屋根を全体の半分ほど吹き飛ばし、巨大な月が全て見えるほど大きな穴がポッカリと空いた。
そして、その夜空に打ち上がっているのはガードナー…………だったものだ。大小様々な肉片となって遥か空高くへと舞っている。
あのガードナーが…………瞬殺。
…………言葉が、でない。
吹き飛ばされた瓦礫が雨となってガシャンガシャンと降ってくる。するとジャベールはそのまま俺のところへと歩いてきた。
「おい」
そしてジャベールが俺に声をかけてきた。
「政治絡みの事柄を俺は好かん。俺の仕事はここまでだ。あと、これで貴様への貸し借りなしだ」
ジャベールの言う貸し借りとは俺を冤罪で捕まえたことだろう。
「あ、ああ…………」
ジャベールはそれだけ言うと、背を向けて去って行った。小さくなっていくその後ろ姿を見ながら思う。
間違いなく最強とはジャベールを指す言葉だろう。
「はぁ、ほんと『怪物』とはよく言ったものだよ…………」
俺は吹き飛んだ天井から星空を眺めながら思った。
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