第108話 外道
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作戦の集合時間となり、俺たちは準備万端で宿を出る。宿はギルドの裏手にあるのですぐに到着した。ギルド前の道路からはギルドの窓から中の明かりが外に漏れているのがわかる。
さすがは都会なのか、この遅い時間でも薄暗い月明かりの下、魔石灯の下を歩く人々がいる。彼らは、こんな時間になってギルドに出入りする大勢の冒険者たちを、何事かと不思議そうに見ていた。
「じゃあ僕はここまでかな。頑張ってね」
「ああ」
やんわりと手を振るジークに手を振り返し、俺たちはギルドに入った。
入るなり冒険者たちの視線がチラホラと集まる。どの冒険者もライバルを蹴落とそうという悪意に満ちた目ではなく、王国を救うという覚悟を決めた目をしている。彼らは皆Aランク以上の手練れなのだろう。どの冒険者もただ者ではない雰囲気を纏っている。
真ん中にはレッドウイングの紋章を付けた集団30名ほどが鎮座していた。雰囲気からしても、彼らはレッドウイングの中でも精鋭部隊だと思う。そこには当然、あのマシューの姿もある。ジャベールとのいざこざ以来だが、元気そうで良かった。
ギルド1階のフロアはテーブルと椅子が取っ払われ、皆が床板の上に座っている。俺らは空いている隅っこの方へと集まって座った。
「よし、作戦は聞いているな?」
すぐにギルマスが現れ話し始める。ギルマスは少年のように幼く背が低いことを気にしてか、1人だけテーブルの上に腕組みして少しでも威厳のあるように立っていた。
なんか、こうみたらかわいいなギルマス。口が裂けてもそんなこと本人には言えないが。
しかし、とんでもない戦力が集まったものだ。Aランク冒険者と言えば、地方の町にはほぼ1人しか配置されていない選ばれた者だ。Aランク冒険者は1人で十分強力な魔物を倒すことのできる大戦力。となれば、ここいる人たちだけで城すら落とせそうだ。
ギルマスが話しているが、目の前の前に座った巨人族がでかくてよく見えない。ウルがやたらと身体を動かして見ようとしていると、それに気付いたその巨人族がひょいっとウルの首根っこを掴む。
「おわぁ!? 離せこのやろう!」
捕まえられてジタバタするウル。
「ぬははは、元気な子供だ」
人間にして40歳くらいの巨人族は笑いながらウルを肩に乗せる。見えやすいようにという配慮だろう。
「おお、お前やるな! シモベにしてやってもいいぞ!」
ペシペシ巨人のおっさんの頭を叩きながら楽しそうに言うウル。
「ウルちゃん、静かに」
レアが口に手を当ててこそっとウルを注意する。
「はぁ……」
そんなウルの様子を見ていると本当にウルが斥候で大丈夫かと思うが、アリスが打ち合わせで決めてきたことだ。それだけウルを信用しているということだろう。それに、ウルは作戦に参加できるというだけでやる気だけは誰にも負けていない。
「まず、斥候のポール、ユウ、ウルが敵の警備と標的の位置、罠の確認だ」
「おっす! 俺だ!」
巨大族の肩の上で、名前を呼ばれたウルが元気よく返事をする。その幼さに驚く冒険者たちもいるが、才能に年齢は関係ない。それにギルマスが決めたことだ。異論を言う冒険者はいなかった。
「3人の報告を元に全員で突入し伯爵を捕らえる。それだけだ。ただ、奴らは黒魔力で強化されている。一筋縄ではいかないかもしれんから気を付けろ」
注意を促すギルマスは冒険者たち1人1人に目線を送りながら話す。そこで手が上がる。
「話には聞いているが、その黒魔力というのは具体的にどういう効果があるんだ?」
発言したのはマシューだ。
「奴らの身体能力を上げる効果がある。それと最近得た情報だが、傷の治りを阻害するらしい。奴らから受けた傷には回復魔法が効きにくいようだ」
「なんと…………!」
今回の作戦には当然、回復魔法の使える冒険者も参加している。回復役はパーティにおいて必須だ。当然冒険者たちが頼りにしているところも大きい。そんな彼らが役に立たないかもしれないとなると、冒険者たちの動揺は大きくなる。
不安を口にし、ざわめく冒険者たち。
「静まれ……!」
ギルマスの一声でざわめきはなくなったが、一部の冒険者たちは互いに顔を見合い、不安が隠せないようだ。
そこでギルマスは冒険者たちに呼び掛けた。
「お前らは、国王を救うために集まった。…………違うか?」
ギルマスは改めて各自の顔を見回した。
「そうだ……!」
よく通る大きな声でマシューが返事をした。
「回復出来ないというだけで国王を見殺しにするのか?」
ギルマスがさらに問う。
「違う……!」
目の前の巨人族の男が大きく声を張り上げた。
「お前らまさか、冒険者でありながら怪我が恐いのか?」
ギルマスは冒険者たちを馬鹿にしたように鼻で笑いながら言った。
「そんなわけねぇよな?」
冒険者たちはギルマスの言いたいことがわかったようだ。やる気に満ちた目で頷いている。
「国王を守れ! わかったか!?」
「「「「「「おう!!!!」」」」」」
冒険者たちの熱気が伝わってくる。
そして、一呼吸おいてからギルマスは続けた。
「いいか? 相手もこちらを殺すつもりで来る。捕縛対象以外は躊躇なく首をとれ」
皆が揃って頷いた。
「現場の指揮はレッドウィングのマシューに一任してある。何かあれば彼の指示を仰げ」
そしてギルマスは大きく息を吸い込んで言った。
「目標はマードック伯爵だ! それでは出発!」
「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」」」」」
武器を掲げ、冒険者たちが大声を上げた。
そのままギルドを飛び出した大勢の冒険者たちが、マシューを先頭にメインストリートを駆け上がっていく。俺たちもその波に乗って走る。目指すはマードック伯爵の屋敷だ。
貴族地区の門番には前もって話を通してあるのか、俺たちが近付くと黙って門を開いた。
貴族地区に入るとひとまず冒険者たちはその場で待機する。
「行くぞユウ、ウル」
「「おう」」
Sランク冒険者のポールの合図で俺とウルの3人が集団から先に抜け出して屋敷へ向かう。俺たちは低い姿勢のまま音を立てずに駆けていく。
斥候の俺には敵配置の確認の他に、もう1つ個人的な目的があった。それはブラウンの救出だ。
ブラウンがまだ生きているのならば、屋敷のどこかに監禁されているはず…………!
だが、マードックの屋敷に近付くとポールが異変に気がついた。
「変だな……」
ポールが首を傾げながら呟く。
「どうした?」
「入り口に警備がいない」
前来たときは入り口の門にしっかりと警備が張り付いていたが、むしろ今は開け放たれている。
「サボりか?」
探知をかけてみると、中には数人だけ人間がいるようだ。
「とにかく入って確認しようぜ?」
「そうだな」
3人ともしっかりと隠密を発動する。ウルとポールの気配がさらに稀薄になった。このポールという冒険者、かなり隠密に長けているようだ。まちがいなくスキルレベル8はある。ウルも以前よりかなり腕を上げてきていた。
警戒する必要もなく、正面の門から入った俺たちはバラけて捜索を開始する。庭は高校のグラウンドよりも広いが、見渡す限り特に何もない。
「以前来たことのあるユウは1階と地下室を、俺は2階、ウルは3階を頼む」
「「了解!」」
ポールの合図で3人は分かれた。ウルとポールは揃って壁を駆け上がり、窓から侵入していく。俺は、半分開かれたままの正面玄関から本邸の中に入った。
エントランスの天井には派手なシャンデリア。そして高級感のあるふかふかで赤い絨毯がしかれている。白く光る魔石灯が内部を明々と照らしていた。ここから見える範囲では1人のメイドがエントランスホールの掃除をしているだけだ。ここまでくれば俺のスキルが生きてくる。いちいち探索する必要はない。空間把握を使えば全体の把握が可能だ。
どうだ? 賢者さん。
【賢者】いいえ。伯爵は見当たりません。
「どういうことだ…………?」
伯爵がいない。どこかへ出掛けているのか?
念のため、1階を練り歩いて手懸かりを探すが、屋敷の中は静まりかえっている。
「言ってみれば、まるで出払ったあとのような……」
伯爵が囲っているであろう兵士たちの姿も見えない。
辺りを見渡してみると、階段下の物置のような小さな部屋に明かりが点いているのを見つけた。中には小さな机に勉強道具、そして古びたベッドが置かれてある。だが、そこには誰もいない。
「ここは誰の部屋だ?」
明かりがつけっぱなしになっている。この広い屋敷でわざわざこんな小さな物置部屋を寝室に使っている人がいるのか? まるで召し使いの部屋だ。
その時、机の上に置かれた1冊のノートが目についた。
「これは、日記帳?」
一番最近のページが開かれたままになっており、そこには
『皆には勇気をもらった。僕も頑張ってみよう』
それだけが1ページのど真ん中に書かれてあった。間違いなくブラウンの文字だ。
そうか、ブラウン。ここはブラウンの部屋だったのか。
「ふふっ」
自然と顔が綻んだ。
俺たちがブラウンのためになっていたのならそれは嬉しい。
誘惑に負け、パラパラとめくってみると、最近の出来事、俺が学園でしたイタズラや皆との思い出が楽しそうに書かれてあった。
そうか。ブラウンの居場所はここじゃなく、学園だったんだな。
そっと日記を閉じ、元の机のところへ戻す。
なら、ブラウンはどこだ…………?
◆◆
俺は例の小屋から下水道を通って地下室へと向かった。そして、地下室へ入るなり、実験でバケモノにされた人たちの気配を感じる。ここは相変わらずのようだ。
「この人たちもなんとかしてあげないとな……」
靴音を響かせないようにしながら、広い地下室を歩き回る。変わらず、フロアの両端には彼らの檻が並べられていた。
そして一番突き当たりの部屋、以前ガードナーが黒魔力を注入されていた部屋へと来た。前と違うのは、タンクに入っていた黒魔力が明らかに減っているということだ。
「俺が牢に入っている間、何をしてやがった…………?」
だが、ここにも伯爵の姿はない。来た道を戻り1階へと向かっていると、檻が並べられている部屋で、ふとどこかで聞いたことのある声を聞いた。
「あああああ…………」
どんなに姿形が変わろうと、声帯自体が変質していなければ、声質は変わらないものだ。
ブラウン?
そう。その声はブラウンのものに酷似していた。
「おい、ブラウン!」
思わず声のした方の暗闇へと呼び掛けた。
「ブラウン。ブラウンなのか? お前、なんでこんなところにいるんだ?」
暗い中、声のする部屋の隅っこへと歩いていく。
「いや…………いやいやいやいや! はははは、何やってんだブラウン」
ブラウンは他のバケモノたち同様、檻の中に入れられていた。学園の制服を身に付けたままのその姿は変わらずだが、坊主だった頭は髪が全て抜けたのかスキンヘッドになっていた。
それを見て信じたくない想像が頭をよぎる。
「お、おいブラウン?」
「あー…………あ、ああ、あ、あ」
俺が問い掛けても返ってくるのは到底、人の言葉とは思えぬ音のみ。
「おい、冗談は止めろよ。お前らしくないな」
「あ、あ、あ、ああああ」
ブラウンの空いた口からヨダレが流れ落ちていく。
「…………止めてくれ」
感情に引っ張られ、俺の顔がくしゃくしゃに歪むのを感じた。
「あああああああああ!」
ブラウンは色素の抜けた、前とは違う血管の浮いた顔で白濁した目で俺を見ていた。
「止めろつってんだろブラウン!!!!」
「あー、うー」
俺は檻の前で膝をついた。そして、目の前の現実を理解した時、頭の中が真っ白になった。
ブラウンは、ローグにされていた。
◆◆
「おい……! おいユウ!」
肩を揺さぶられて気付くと、座り込んだ俺の前にウルが立っていた。
「う、ウルか…………どうやってここへ……?」
ウルの隣には興味深そうに部屋を眺めるポールもいる。
「あ? ユウの連絡がねぇから探してたら、1階の地下室への扉が開けっ放しになってるのを見つけてな」
「そうか、本邸からもここへ来れたのか」
俺たちが話している最中、ポールは檻の中を見て回っているようだ。そしてその悲惨さに言葉を漏らす。
「なんてことだ…………これが全て人間だと!?」
「酷いなこいつは。あいつら、なんてことしてやがる!」
ウルもフロアを埋め尽くすバケモノたちの檻を見渡して言う。そしてすぐに俺に目を向けた。
「…………だとしてもらしくねぇ。ユウお前、どうしたんだよ!」
ウルが俺を心配している。でもそんなことはどうでも良かった。
「こいつ…………友達だったんだよ」
震える手で檻の中にいるブラウンを指差すと、掠れた自分とは思えない声が出た。
「な…………っ!」
ウルとそれを聞いたポールが声を詰まらせる。
今もブラウンは弱々しく唸り声を上げている。
「自分の息子だぞ!? なんでこんなことができる!?」
あの時、ギルマスの仕事を引き受けなければ、牢獄で会った時マードックを殺しておけば、そもそもブラウンと仲良くなんてならなければ…………こんなことにはならなかった!!!!
俺が冷たい石の床に手をついて、落ち込んでいると、ポールが肩に手をやった。
「まだ諦めるな。伯爵なら戻せるかもしれない」
「…………っ!」
そうか、まだ人間に戻れないと決まった訳じゃない。希望を捨てるな。諦めるのはまだ早い。
【賢者】ユウ様、ですが…………。
【ベル】ユウ、すがりたくなるのはわかるけど
「伯爵を捕まえるぞ」
◆◆
ポールが、屋敷から離れた開けた場所で待っていたマシューたちへ報告に行ってくれた。そして俺は事の顛末をフリーたちにも伝える。
「「「え…………!?」」」
アリスたちにも衝撃が走る。
「そんな…………」
ブラウンのことを知ったフリーは涙を流すでもなく、動揺を殺すように唇を噛み締めた。だが、握りしめた震える拳からは怒りと共に血が流れ落ちる。
「…………ユウ。あの外道にこの報いは必ず受けさせるよ」
フリーははっきりと見開いた目で俺を見て言った。
「もちろんだ」
それに、切り替えなきゃならない。マードックたちがこうも揃って屋敷にいないということは、すでに…………。
と、その時
「おい大変だ!」
その時、1人の冒険者があることに気付いた。一斉に視線がその男に集まる。
「どうした?」
マシューが問い掛けると、男はワナワナと頭を抱えて叫ぶ。
「見ろ! 王宮から火の手が上がってる…………!!!!」
やっぱり…………そういうことか。
王宮の方へと目を向ければ、直接火は確認できないものの、空が赤くなっているのが見えた。
「遅かったか…………!」
マシューが悔しそうに唇を噛む。王宮で火の手が上がるなんてこと、普通ありえない。
「作戦は中止だ! 全員急いで王宮へ向かい、国王を救え!」
「「「「「おう!」」」」」
言わずもがな全員何が起きているか理解しているようだ。
伯爵がこちらの動きを先読みし、襲われる前に王宮を落としにかかった。どこかから情報が漏れていたのかもしれない。
「これは先手を取られたねぇ」
フリーが燃え盛る感情を圧し殺したように、のんびりと言う。
そうだ。こういう時こそ、冷静にならないとダメだ。そうでないと、また大切なものを失うことになる。早く伯爵を捕まえてブラウンを元に戻す方法を聞き出そう。
【賢者】…………。
「ふーぅ…………」
深く深呼吸をし、頭を切り替える。
「ユウ、大丈夫なの?」
走りながらアリスが俺の顔色をそっと覗きながら聞いてくる。
「ああ」
今は王宮だ。
「オズが心配だ」
ガードナーが出てこれば、いくらオズとて無理だ。今度はオズが犠牲になってしまう。その前に助ける!
「走ってちゃ遅い。俺たちは飛んで先に行こう…………!」
確かに王宮の方が赤く光っているのが見えた。町ではそれに気付いた住民たちも家に灯りを灯し始める。
これが事件の予兆だという予感に、間違いはなかった。
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