第107話 同時襲撃
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翌日、昼前の遅めの起床をすると、王都中がざわめき立っているのが窓の外から聞こえてきた。異様な空気を感じて何事かとベッドから身体を起こす。昨日は遅くまで話していたのでフリーはまだ眠っているようだ。
窓から外を眺めると、王宮と門を結ぶリフトから大量のビラが撒かれ、ヒラヒラと舞い落ちていく。人々は道に出てビラを拾ってはそれを一心不乱に読んでいた。
「なんだありゃ?」
そう呟いた途端、
「ユウ、フリー起きて!」
レアとアリス、ウルが慌てた様子で部屋に飛び込んできた。そして俺にビシッと紙切れを突き付けた。
「なんだこれ…………!?」
どうやら号外のようだ。そこに書かれていたのは、王都の大企業社長、商業ギルドのトップ、金貸しの頭取、有名貴族等が昨晩で一斉に20人以上が暗殺されたという見出しだった。
「おいおいおい…………!」
なんてことだ…………! いやでも良かった。ジークの名前はここにない。
「犯人は不明らしいけど、組織的なものと見て間違いないわね」
アリスはビラを見ながら真剣に考えを巡らせている。
「何事だい?」
珍しくフリーまでもがただ事ではない空気を感じとり、目を擦りながらベッドから起きてきた。
全員揃ったところで、テーブルの真ん中に号外をつき出した。
「これ、殺された人の名前見てみろよ」
俺がそう言うと、すぐさまアリスはあごに人差し指を当てながら頷いた。
「…………なるほどね。つまり、首謀者は伯爵かしら?」
「だろうな。1つも伯爵側の貴族の名前がない。おそらくはこの先、自分の邪魔になる人たちを消したんだろう」
「なんて奴だ!」
ウルは可愛く憤慨している。
「ジークさんはまだ死んだことになってるから狙われなかったんだね」
レアはホッとしたように言った。
「だろうな。それは助かったが…………マードックは完全に後戻り出来ないところまできた」
「それもそうだけど、これだけの数の重要人物の死なんて、この国の大損害だねぇ。国力の低下確実だよ」
フリーは真剣にそう呟いた。
「確かにそうだな。いや、それだけじゃない。弱みを見せれば帝国も怪しくなってくる。すでに国民に知れ渡ったんだ。帝国にも情報は行っているはず……」
「いいえ、それもそうだけど、まずは伯爵よ。これが昨晩なのだとしたら、伯爵が動くのは近日中かもしれない」
アリスが眉間にシワを寄せて言った。
「間違いないな」
その時、階段を上がってくる足音が聞こえてきた。今の話の内容的に皆が刺客かと身構える。
ドアが開き現れた人物を見て、皆はすぐに肩の力を抜いた。
「やぁやぁやぁ、皆集まってるようだね」
いつも通りののんびりとした声だ。
「ジーク!」
来たのはジーク本人と、腕のたちそうな護衛3人だ。ジークの食客の冒険者かもしれない。その3人は入り口と窓のそばに立ち、険しい顔つきで警戒してくれている。
「ちょうど話してくれていたみたいだけど、そのことでね」
「おい、どうすんだよこれ」
号外をピラピラと前に出す。
「いやぁ一歩先を行かれたんだよね」
ジークは苦笑いをしてから、表情を引き締めた。
「もはや、今この国が無事に機能しているかどうかも怪しい。でも、彼の目的はあくまで王の首。今回のはそのための布石さ。彼は今焦っているんだよ」
「焦ってる?」
俺たちは首をかしげた。
「本来はこんなことせずに一気に王宮に奇襲をかければ良かったんだ。でもこのままだと彼の準備が整う前に、公式の場で裁かれると思ったんじゃないかな? そうなるとまずいのは伯爵さ。だからこれはそれまでの時間稼ぎだよ」
「なるほどな。でも、裁判どころじゃなくなったのは伯爵の思い通りじゃないか?」
「いやぁ、そうなんだよね」
痛いところをつかれたとジークはそのボサボサの頭をポリポリとかく。
「ただまぁ今回のことでわかったことは、これだけの同時襲撃を成功させるだけの戦力を、殺された人たちの警備の状況から考えると、少なくともAランク冒険者クラスが100人近くいるのは間違いない」
「けっ、100人ぽっちかよ。これならジャンの仇をとるのは簡単だな」
ウルが腕を組みながら馬鹿にしたように言う。
「ウルの言うとおりだ。例えそんな人数でも王宮は落ちないはずだ」
Aランクが何人いようが、あそこには騎士団がいる。
「ただね、SSSランクのガードナーのパーティーメンバー全員がいるみたいなんだよ。SSSランクのガードナーにSSランクが1人、Sランク2人だね。そして全員が黒魔力で強化されてるはずさ」
「…………課題はそこだな」
全員が難しい顔をする。
「でもこっちだって何もしてこなかったわけじゃない。僕の方でSランク冒険者を3人連れてきたよ」
ジークは一緒に来た護衛の3人に目を向ける。
「それとレッドウイングにギルマスが声をかけてくれてSSランクのマシューが直々に参戦してくれることになった」
そうか。レッドウイングは伯爵に恨みがあるもんな。順調にこちらも戦力が集まってきた。
「学園長はどうなんだ?」
「ブレイトン・スウェイツかい? 彼には断られたんだよ」
「…………ん?」
王都を救うためにあの人も動いてたはずだ。おかしい。なんで今さら断るんだ?
俺が考えていると、ジークが重要なことをさらっと言った。
「それでね。今夜、こちらから伯爵の屋敷へ奇襲をかけることになったんだよ」
「「「「「今夜!?」」」」」
「うん、一刻の猶予もない。むしろ、遅すぎたくらいさ」
いやそうか。伯爵の作戦の日がわからない以上、すぐに実行すべきだろう。
「夕方、ギルドで作戦について説明があるんだ。是非ユウたちには来てほしい」
ジークは真剣に俺たちにお願いしてきた。
「わかった。作戦はもちろん参加する。だからアリスたちは装備を整えてギルドで話を聞いてきてくれ」
「ユウは来なくていいの?」
「ああ、そこはアリスに任せるよ。うちの参謀だからな。俺はちょっと気になることがあるから学園に行ってくる」
◆◆
「失礼します」
俺は制服を着て学園に入り、教室には向かわずに堂々と学園長室の扉を叩いた。
「入れ」
扉を開けると、いつもと変わらぬ姿で学園長は椅子に座っていた。俺をちらりと見るとあからさまに不機嫌そうな顔をした。
「なんだ貴様か。話はわかっておる。だがその作戦、俺は参加はせんぞ」
ぶっきらぼうに言った。
ジークの言った通りだ。
「学園長はあれだけ反乱を防ぐことに力を入れていた。なのに何でだ? あんたが来てくれたら反乱を防げるかもしれない」
「理由は、ある」
学園長は詰まりながらも言葉を話続ける。
「ギルドの反乱阻止計画が進むにつれ、どこかで王都の未来が変わっておった」
「未来が? どんなふうに?」
俺が聞くと、学園長はその白髪の頭の額に右手を当てながら震える声で言った。
「王都が……なくなっておった」
「王都がなくなる?」
そんなことがあり得るのか?
「どういうことだ! 何が見えたんだ!?」
「俺が視たのは吹き飛んだ王都の景色だけだ。人々は羽虫のように死んでおった」
なぜ反乱で王都がなくなる? 伯爵とジークどちらが勝つにせよ、王都はなくならないはず…………いや、だとしてもだ。
「なら、このまま伯爵が王になるのを許せと?」
「わからん。もう帰れ。貴様に話すことはない」
学園長は俺を睨んでそう言うと、一方的に俺を追い出した。
なんなんだ。なぜ王都がなくなる? この反乱が原因なのか? 何が原因で王都が吹き飛ぶことになる? 第一それは本当に当たる未来なのか?
考えながら歩いていると、学園にいたころの癖で無意識にSクラスの教室の前へ来ていた。
つい1ヶ月前であるのに皆でわいわいしていた頃を思い出し、その懐かしさでそっとガラス越しに中を覗くと、いるのはオズとシャロンだけだっだ。
だいぶ寂しくなったな。俺とフリーはもちろんのこと、サイファーは殺され、ガストンは行方がわからない。ブラウンはおそらくマードックに監禁されている。だが、マリジアがいないのは何でだ?
そして、教壇で教鞭を振るうでもなく、がーがーとイビキをかきながら机の上に乗って仰向けに眠っているのはガードナーだ。
ははっ。確かにこりゃクロム先生の方がマシだ。
ちょうど授業が終わると起き出したガードナーはあくびをしながらのしのしと教室を出ていった。
あいつ、頭は悪そうだな。俺に気付いてすらいなかった。
教室に入ると、俺に気付いたオズとシャロンが駆け寄ってきた。
「「ユウ!!」」
「おいっす」
ヘラヘラと片手を上げて返事を返すと、ドスッとオズに強烈な腹パンをきめられた。
「お…………お前な」
腹を押さえてうずくまる。
「すまん、思わず手が出た」
ポリポリと頭をかきながら謝るオズ。
「ねぇユウ、冤罪だったんでしょ? 大丈夫なの?」
シャロンがまじめな顔で聞いてくる。
「まぁな。もう大丈夫だ。心配かけてすまん」
そう言うとシャロンはホッとしたように胸を撫で下ろした。
「学園には戻ってくるのか?」
オズが聞いてきた。
「まだわからん。ちょっと忙しくてな。それより、マリジアはどうしたんだ?」
「それが…………昨晩、家に強盗が入ったらしくて」
心配そうにシャロンは言う。
「強盗!? マリジアは無事なのか!?」
「うん。マリジアは大丈夫だったみたい。だけど、お父さんが重傷だって」
シャロンは目を伏せて言った。
「テイラー子爵が!?」
昨晩の伯爵の刺客だろうか。あの人が簡単にやられるとは思わなかったが、敵もそれなりの腕利きということか。
「すまん、用事を思い出した。俺はこれで!」
「ちょっ…………!」
◆◆
俺はマリジアの実家、テイラー子爵の屋敷へと足を運んでいた。ブラウンも気になるが、あそこには簡単に足を運ぶことができない。テイラー子爵の屋敷では前と同様、門番に応接間に案内されるかと思えば、玄関に見たことのある顔が現れた。
「ユウ…………!! お父さんを助けて!」
泣きそうな顔をしたマリジアだった。
「ああ」
テイラー子爵の寝室へ案内されると、そこには包帯を腹部と頭、右腕に巻いた痛々しい様子の子爵がベッドに横になっていた。右目も怪我したのか包帯が巻かれている。昨晩襲われたのに血のにじんだ包帯を見ると、血がまだ止まっている様子はない。
「これはこれは…………」
俺が来たのを見て身体を起こそうとする。
「お父さん! いいから座ってて!」
マリジアが慌てて止めに入り、話を聞くことになった。
「昨晩強盗が?」
「ああ、2人来てな。2対1で苦戦していたら、娘が来てなんとか勝つことができた」
そうか、撃退はできたのか。マリジアに魔力操作を教えておいて良かった。
「君だろ? マリジアをここまで強くしてくれたのは。感謝するよ」
そう言って痛む傷を我慢し、無理やり笑顔を作ろうとする。
「いえ、マリジアが勝手に強くなっただけです」
てか伯爵の刺客を本人が返り討ちかよ。この人、やっぱ強かったな。
「傷の方、見させてもらいますよ」
そう言って包帯をめくって傷を確認する。
酷いな…………。
腹部に腰まで貫通した刺し傷と、右目は失明。右腕は肩口を斬られて縫い合わせてはいるが、実質かろうじて繋がっている状態だ。
「シャロンが早朝に来てフラフラになるまで回復魔法をかけてくれたんだけど……」
マリジアが辛そうに言う。
「なぜか普通よりも治りが遅い。午前中も治癒士を呼んで治療してもらったんだが、どうも魔法が効きにくくなっているようでな」
声を出すのすら辛そうに顔をしかめながら子爵は話す。
【賢者】微かに黒魔力の残滓が感じられます。これらが回復魔法を阻害しているようです。
なるほどな。相手は伯爵の刺客で間違いなさそうだ。
「俺が治します」
俺がそう言うと、子爵は困った顔をした。
「しかしな…………」
「お父さん信じて。ユウならなんとかしてくれるから……!」
マリジアは真剣にそう言った。
「う、うむ」
子爵は儲けもんだくらいの気持ちで許可してくれたんだと思う。
まず子爵の胸に手を当て、身体全体に神聖魔法を使用する。
「む…………?」
黒魔力が浄化され、薄くなったのち空気中に霧散するように消えてなくなった。子爵も身体が楽になったようで不思議そうだ。
そこからは普通の回復魔法に切り替え、治療をする。
「よし、これで完治したはずです。どうぞ包帯を取ってみてください」
「まさか…………王都の治癒士が無理だったんじゃ。いくら娘の友人とて」
「お父さん、いいから早く」
マリジアが急かした。
「う、うむ…………」
腹の包帯を取ると、血で濡れた皮膚なだけ。
「ほう?」
子爵が驚いたように、どこまでこすっても綺麗な皮膚が見えるだけだ。
「ほら、腕と目も」
子爵が包帯を取ると、そこには前と変わらぬ右目があった。
「おお! 見える、見えるぞ! 右腕も! また剣を握れる!」
子爵はベッドからすっくと立ち上がると、右腕や身体をぐるぐると回して感触を確かめている。
「こ、これは凄い! なんと礼をしたら良いか!」
「マリジアのお父さんだし、お礼はいいです」
「しかし…………う、うむ」
困った顔をする子爵。
「ユウ、ありがとう!」
マリジアはニコッと笑う。
「ああ」
納得いかないテイラー子爵を振り切るように屋敷を後にした。
さて、そろそろ今晩の作戦に向けて俺も準備しないとな。
◆◆
宿に戻ってくると、アリスたちが昼間のうちに買ってきた物資を床に並べて整理しているところだった。
「あらユウ、もう用事は済んだの?」
「ああ。もう大丈夫だ」
学園長の言っていた王都がなくなるということが気になるが、今は反乱を防ぐために動かなければならない。それに、もう止められない。
【賢者】現在の情報からしても、この反乱で王都が消滅するということは考えにくいです。
だよな。
賢者さんの意見を聞いて安心した。
「ちょっと待ってね。これが済んだらギルドの話を伝えるから」
床に並んでいるのはポーションに魔力ポーション、投げナイフや刀などの予備の武器だ。
「魔力ポーションは少し多めに貰うわね」
アリスが魔力ポーションを太ももに着けるタイプのホルダーにセットする。
「こんなのいるか?」
ウルが全員分用意された黒い外套を摘まんで持ち上げながら、イヤそうに言う。
確かにウルの場合は身軽な方が慣れてるだろうが…………。
「ウルちゃん、それがあったら見つかりにくいし、敵味方も判断しやすいでしょ?」
「おおなるほど!」
レアの言葉にウルがポンと手を叩いた。
「僕は多分血を流すことが多くなりそうだからポーションと造血剤は多めにもらうよ。後は予備の刀と…………」
まぁ、フリーはユニークスキルの特性上そうなるよな。
「これで良し。それじゃ、ギルドで聞いた話をしましょう」
アリスによると、踏み込みは深夜24時。ギルドとジークがかき集めたAランク、Sランク、そしてSSランク冒険者の総勢150名が一斉に屋敷に乗り込み、制圧。伯爵とその関係者を捕縛する。ちなみにブラウンは捕縛対象外だと伝えている。
突入の前に俺とウル、そしてSランクの隠密に長けたポールの3人が姿を隠して侵入し、敵の位置情報を事前に連絡する。要はガードナーと伯爵の位置が重要になるってことだ。
「ウル、本当にいけるのか?」
ウルの実力は重々承知している。承知しているが、重要な役割の一端を10才の少女に任せるとなると、どうしても少し心配になる。
「ああ、俺をなめてもらっちゃ困るぜ! あのダンジョンで俺は死ぬほどキツい特訓をして…………あれ、涙が。はははっ…………」
子供にも容赦なかったんだなあの悪魔ども。
「ウル、これ持ってけ」
俺が取り出したのは『暗殺者のナイフ』だ。これがあれば、より隠密にプラス補正がかかる。
「なんだこりゃ、ボロボロじゃねぇか」
ウルが下から覗き込むようにナイフを見ている。
「いいから。侵入する時はそれを持ってろよ」
「わかった」
聞き分けはいいんだよな。これでも心配だが、ウルも冒険者だ。ジャンが育てたウルを信じようと思う。
「とりあえずこれで準備は完了ね」
「だな。じゃ、時間まで寝るか」
「寝るの!?」
◆◆
コン、コンコン。
5時間ほど寝ただろうか。ドアをノックする音に目を覚ました。
「やほー。作戦前の激励にきたよ」
ドアの向こうからの声はジークだ。
もぞもぞとベッドから起きてドアを開ける。
「てあれ? もしかして寝てたの? あははは。さすがは僕の見込んだ大物たちだね」
「というより、こういうイベントに慣れてきたからな……」
悲しいことだ。今まで、色々と巻き込まれてきたからな。こういう時こそ身体を休めるのが大事だってのもわかってる。
窓の外を見れば、大きな青白い月がようやく全体を見せ始めたところだ。ギルドの集合予定時刻まではまだもう少しだろうか。
「というかあんたはうちの大将なんだからそう簡単にうろつかれても困るんだが?」
「あははは。大丈夫。これだけ大きく動いていてもあっちは気付く余裕もないみたいだからね」
隣の部屋のアリスたちも呼んで、全員で最後に装備の最終チェックをする。必要な道具や補助薬はローブの内側に入れ、武器を腰に差す。
「準備はどう?」
ジークが覗き込むように聞いてくる。
「もちろん、バッチリだ」
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