第103話 チャド
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その晩、俺は寮を抜け出して町へ出た。目的はガストン、サイファー、チャド、グレンの捜索だ。彼らなら王都が滅ぶことになる原因に心当たりがあるかもしれない。
索敵能力のないフリーにはギルドに向かってもらい、とある人たちを迎えに行ってもらっていた。
しかし、東京23区の3倍以上の面積がある王都だ。賢者さんの協力があっても特定の人物を見つけるのは難航していた。隠密を使いながら貴族地区も探してみたが、どこにもいなかった。まさか王宮地区にはいないだろうから、どこかを移動しているのかもしれない。
路地裏、建物の隙間を縫って流れてきた朝の冷たい風が頬を撫でる。徐々に天気が悪くなってきた。灰色の暗く厚いどんよりとした雲が空を覆い始め、湿気を含んだ空気を感じる。
「あいつら、一体どこに行ったんだ?」
そう呟きながら、何度も繰り返した空間把握を発動する。探知では個人の特定ができない。だが空間把握では探知よりも範囲が狭く、脳を酷使するため、進捗は芳しくなかった。
路地裏の壁を交互に飛びながら駆け上がり、家屋の屋根の上へと出る。そして今いる南区で一番高い教会の鐘楼に登り、そこから城下町を見下ろした。
「やはりローラー作戦じゃ無理があったか。陽が昇ったらギルドと協力して探そう」
朝日と共に飲食店は準備のためか、ボチボチと起き始めているようだ。薄暗いが、窓に灯りが点き始めた。
人々が動き出すと余計に見つけるのは難しい。できるなら今のうち見つけたい。その時、空間把握の範囲ギリギリに飛び込んでくる声が聞こえた。
「(はぁ、はぁ、はぁ…………だっ、だれか、助けてくれぇ!)」
長い距離を全力で走ってきたのか、アゴが上がりドタドタともう限界を感じさせる動きだ。
ビンゴッ…………!
急いで行くが、向こうは切羽詰まっているようだ。地面を走っていては遅い。身体強化し、結界魔法を使って空中に道を作り王都の上空を走る!
「ぎゃっ…………!」
あと100メートルというところで、短い悲鳴が聞こえた。
間に合え……!
急いで声のした路上に降りる。俺の視界に入った時、学園の制服を着たサイファーが背後から男に胸を素手で貫かれていた。
サイファーは胸を貫かれたまま持ち上げられ、足が地面を離れている。その顔には血の気がなく、意識もない。口からはごぽごぽと血液を吹き出していた。
「お前、お前一体何してんだよ!」
思わず叫んだ。サイファーを刺していたのは…………チャドだった。
なんでチャドがサイファーを…………?
「ふーっ、ふーっ!」
チャドの顔には黒い血管が走り、2つの目玉に収束している。眼球は白目がなくなり、全てが真っ黒になっている。口からはヨダレがほとばしり、息が荒い。
「黒魔力の影響か…………」
チャドがずりゅっとサイファーから腕を抜くと、サイファーの身体が力を失い崩れ落ちた。石畳の上に横たわったまま動かない。
「おいチャド! 俺だ! 分かるか?」
明らかに普通でない様子のチャドに呼び掛ける。すると、チャドはその真っ黒になった眼球で俺を見た。
「がああああああああああああああ!!!!」
チャドは叫ぶと、ぐったりとしたサイファーの右腕を掴み、ぐるりと身体を回転させて投げつけてきた。
弾丸のように飛んでくるサイファーを出来る限り衝撃を与えないようフワリと受け止めると、地面に寝かせて傷の具合を確認する。
胸に風穴が空き、心臓が潰れてなくなっている。心臓に繋がっていた大動脈からは勢いよく血が吹き出していた。
賢者さん!
【賢者】ユウ様、申し訳ありません。治療は手遅れです。
サイファーは即死だった。
「くそっ!」
サイファー…………。好きではなかったが、さすがに殺されていいような奴じゃない。
死に顔は恐怖に固まったまま目を見開いていた。すっとまぶたを閉じさせてやる。
【ベル】ねぇユウ、前! 前!
おう…………!
ベルに言われ顔を上げた時、チャドは俺の30センチほど目の前に現れ、襲い掛かってきていた。
オズとの試合で見た動きよりも数段速い…………!
右手で俺の肩を掴み、首筋に噛み付こうとしてくる。
こいつにもう人の意識はないのか?
チャドの右腕を、下から左手の甲で弾き、右手で腹にズドンとパンチをぶち込む。
「がっ!」
チャドは地面を3回バウンドすると、路地をゴロゴロと転がり、獣のように跳び跳ねて起き上がった。四つん這いで歯をむき出しにして俺を睨んでいる。
「っ…………!」
弾いた左手が痺れた。
半殺しにするつもりで打ったんだがな…………。タフな野郎だ。
チャドのパワーもかなり上がっている。やはり伯爵の研究によるものだろう。ここまで来たら無力化して直接話を聞く方が良さそうだ。
またもや獣のように飛び込んできたチャドを、今度は完全に沈黙させるべくさらに身体強化を重ねがけする。後ろに引いた右足で地面を蹴り込むと、思い切り顔面に拳をめり込ませ、再びぶっ飛ばした。
ズガン……………………ッ!!!!
今度は路地のつきあたり、石造りの魔石工場の壁にめり込むと、チャドはガクッと意識を失った。黒い血管がすうっと退いていく。
「ふー」
ぷらぷらと振って右拳を冷ます。
「おいっ、起きろ!」
「あ…………ああ?」
顔面をぺしぺしと叩くとチャドはうっすらと顔を上げた。
「ひっ!」
黒かった目玉も元に戻ったようだ。顔をひきつらせると、身体を捻って慌てて壁から抜け出そうとする。
「あっ、あれ?」
「逃げられると思うか?」
俺の魔力で壁に押し付け、完全に押さえ込んでいた。
チャドは学園での余裕のある姿とはほど遠く挙動不審になっている。
「お、お前は…………!!!!」
俺の姿を見つけ、チャドはさらに動揺した。
「さぁ、洗いざらい吐いてもらおうか」
土魔法で作った槍を地面から5本ほど生やし、顔すれすれまでキリキリと近付けた。
「わ、わかった」
そのままチャドはガックリと肩を落とした。
◆◆
チャドの話によると、マードックの実験の被検体となっていたチャドとグレンは、定期的に黒魔力を注入されていたらしい。
「黒魔力γはな、身体に取り込めば取り込むほど生き物の力を強化する。だが、許容量を超えればバケモノになる諸刃の剣だ」
そんな副作用があったのか。
「昨日、父さんの様子は普通じゃなかった。追い込まれてるようにも見えた。それで…………」
マードックはチャドとグレンにいつもよりも遥かに多い量の黒魔力を注入した。グレンが昨日の朝見かけた時に様子がおかしかったのはそれが原因のようだ。
それが、今度の定期試験で魔力を使用したことをきっかけに、グレンの黒魔力が暴走したようだ。
「そういうことか…………」
ギルドからの告発に追い詰められ、焦ったマードックは反乱への準備を急いだのだろう。
「それで、お前は何をしてたんだ?」
「俺の役割は、父さんの邪魔をする奴らの始末。つまり、通り魔事件の犯人は俺だ」
チャドはひきつった顔で笑いながら告白した。
「グレンも同じ役割だったが、あいつは派手に殺りすぎるので人目につきやすかった」
つまり放火魔事件はやっぱりグレンが犯人で間違いないということだ。
通り魔事件の犯人がレッドウィングのグリフの犯行だと思われているのは、マードックが裏で手を回し、クーデター前に厄介なクランを潰そうとしたかららしい。
「なら、なんでサイファーを殺した?」
俺がそう言うと、チャドは血だまりの中に冷たく倒れたサイファーを感情のない目で見る。
「父さんはサイファーとガストンにも黒魔力を受け入れるよう勧めていた。だが2人は父さんの偉大な計画を知って、断るばかりか止めるよう説得しようとした」
あの2人が!? 意外だ。俺は彼らを誤解していたのかもしれない。
「だから殺したのか…………?」
「そうだ。計画を知った以上は生かしておくわけにはいかない」
おいおい、てことはガストンも殺られてるんじゃねぇだろうな…?
「だったら、学園でゴッサムを殺したのは?」
「あれはグレンだ。あいつにはグレンの力が暴走した瞬間を見られた。だから殺した。グレンは度々力を抑えられず暴走するからな」
チャドは続けた。
「そんなことで?」
そう言うとチャドの目付きが変わった。
「そもそも、初めから貴様らSクラスは気に入らなかった! 平民や下位貴族の分際で我らより上にいるだと!?」
チャドは俺を睨み付ける。
「だからブラームスで冒険者を雇って女どもを襲わせた。上手くはいかなかったがな」
ブラームス? 宿屋でマリジアとシャロンが暴漢に襲われたのはガストンたちじゃなかったのか! それは申し訳ないことをした。
「全ては貴様らが悪いのだ!」
こいつ…………なんて傲慢さだ。自分が気に入らなければ他人が死んでいいと思ってる。救いようのない悪だ。一体今まで何人無実の人間を殺してきたんだ?
チャドの髪の毛を掴み、顔を近付ける。
「……許されると思うなよ?」
怒りが込み上げてくる。ガストンは無事なのか?
「は? 許される?」
きょとんと不思議そうな表情をするチャド。
「なぜだ? なぜ平民ごときが俺を罰せられると? そもそも、我々こそがこの国のトップに立つべき存在なのだ!」
「お前……」
ダメだ。根本的に間違ってる。
「ふん。私たちの戦力はお前たちを凌駕した! この国家が転覆するのも時間の問題点だ」
なに? もう準備が整いつつあるのか…………?
学園長の見た未来はこれが原因なのか?
「そんなこと、させるか」
「父さんの偉大な行いに、お前ごときが楯突いていいと思うな下等な平民が!」
ゴウッ! と一気に魔力が高まり、チャドが背後の壁をボコンッと壊した。壁に魔力で押さえつけていただけだったため、身を屈めてするりと抜け出すと、俺の背後を飛ぶように走り駆け抜けた。
「しまっ…………」
目の前の壁が崩れ落ちそうになるのを、とっさに土魔法で押さえた。振り返れば、チャドはそのまま路地を走り抜け、逃げ出そうとしている。
速い。奴は、黒魔力をフル稼動させ、四足歩行で獣のように駆けていく。チャドは、一瞬で俺の視界から消えようとしていた。
だがその時、
「あら、ここを通りたいの……?」
凛とした、どこか冷たい声が聴こえた。そして、久しぶりに聞く声でもあった。
ふう、と思わず安堵のため息が漏れた。
チャドの目の前に立ち塞がるように、その声の主の少女は道の真ん中でクールに笑う。
「そこをどけえええええええええ!!!!」
立ちはだかる少女に対し、チャドは走りながら氷魔法を詠唱すると3本の槍を形成。そしてそれを少女に向けて放った。
氷の槍の先端が、空気を切り裂きながら少女へと迫る!
「まだまだね」
俺には見えていた。少女の魔力がどこまでも広がっていくのを。そして…………
パキンッ…………………………………!!!!!!!!
「は……………………?」
一体、何十、いや何百立方メートルになるのだろう。チャドが放った氷槍は、少女による、その数十メートルの長さの路地裏の空間そのものを氷にするという馬鹿げた氷魔法により、巨大な氷の中に閉じ込められた。路地裏を飛んでいた鳥や地面を這う虫までが自分が凍ったことにすら気付かずに凍結させられている。
それも一瞬のことだった。これだけの大質量の氷を即座に生み出すことのできる魔力量と魔法の練度。ただ者ではない。
「ひっ! ひいいいいい!!」
チャドがみっともなく少女から逃げ出そうと這いながら後ろを向くも、少女は手を緩めることはない。パキパキと、チャドの知らぬ間に足元から凍り始める。そのまま完全にチャドは手を伸ばした格好のまま凍りつき、霜に覆われ白くなった。
辺りは凄まじい氷の魔力に気温が下がり、冷気が立ち込め息が白く、凍えるような寒さだ。そして少女が自分の氷に向かって歩き始めると、通る箇所だけきれいに氷が溶けて道ができた。完全に氷の魔力を掌握してなければできない芸当だ。
そしてようやくはっきりとその姿が見えた。
「助かったよ『アリス』」
自然と俺の顔がほころんだ。
「いつも詰めが甘いんだから。で、こいつ何なの?」
白いファーのついた黒い革のコートを着たアリスは腕を組んでため息をつきながら氷漬けのチャドを指差して言った。
「こいつはまぁ、敵の一味だな」
「へぇ。遊んでただけじゃないみたいね」
ふんっと笑うアリス。
「アリスもな」
王都を離れて半年になるが、アリスは前よりもかなり存在値が高くなっているのを感じる。さっきの魔法を見てそれは確信した。
「あたしもいるよ!」
「俺もな!」
レアとウルもひょっこりと現れた。ニコニコとご機嫌な2人もかなり強くなったようだ。
「おう、お前らも無事で良かった」
「ノエルたち、かなりスパルタだったけどねー」
レアが苦笑いしながら言った。
「レアが言うってことは相当なんだろな」
「あら、ウルなんて泣きべそかいてたのよ」
笑いながらアリスがそう言うと
「ちょっ! それは言うなよアリス姉!」
ウルが顔を真っ赤にしてアリスに突っかかる。
たった半年近くだったが、このやり取りも懐かしく感じる。
「しかし、それにしても遅かったなフリー」
のんびりと3人の後ろから歩いてくるフリー。
「遅くなってごめんねぇ」
そう、フリーに迎えに行ってもらっていたのは、アリスたちだ。ちょうどワーグナーでの修行も一段落したので王都に戻ってくると1ヶ月ほど前に連絡を受けていた。
「僕たちも探してはいたんだけど、なんせチャドたちの容姿は僕しか知らないしねぇ。分担も出来ないから、とりあえず合流しようと思って皆でユウを探していたら、ここにでくわしたんだよ」
「ああ、なるほど。それもそうだな」
「まぁね。とにかく話は後にして、こいつを早いとこギルドに引き渡しましょう」
アリスがそう言ったとこだった。
頭上から声が降ってきた。
「それは困るなぁ」
聞いたことのない男の声だった。声がした2階建て建物の屋根の上を見上げると、知らない40歳代の男が俺たちを見下ろしていた。男はどこにでもいるような町人の格好をしてこれといった特徴もない。
だからこそ、全員が警戒した。
「あんた、誰だ?」
「おや、久しぶりだというのに気付いてもらえないのか…………」
残念そうに、やれやれと言う男。
久しぶりだと…………?
「見たことないな」
「ならこれでどうだ?」
男が黒いモヤに一瞬だけ包まれると、そこから現れたのは…………
偽コリンズだった。
「お前…………っ!!!!」
フィルとジークを殺そうとしたこいつが、何でここに……!?
いや、伯爵と繋がりがあることはわかっていた。ということは、目的はチャドの奪還か?
俺は黒刀を取り出して構えた。
「おいおい、止めてくれよ」
偽コリンズは両手を前に突き出して首を振る。
「お前らSランク5人となんてやり合うつもりはねぇ。俺にできるのはまぁ、これくらいだな」
そう言うと、偽コリンズは大きく息を吸い込んだ。
「誰かーーーー! 来てくれ! 人が死んでる! 人殺しだああああああああああああああああ!!!!」
偽コリンズは口に両手を当てると大声で叫んだ。
「なっ!」
ここは表通りから2本ほど奥に入ったところだ。声を聞けばすぐに人は駆けつける。
「おいおい…………!」
広い通りに視線を向けると、ちらほらと人がこちらに向かってくるのが見えた。
「ユウ!」
ウルの声に振り向けば、偽コリンズが氷漬けになったチャドを肩に担いでいた。
「それじゃ、後は頑張ってねー」
ヒラヒラと手を振ると、そのまま壁を蹴って屋根の上まで偽コリンズは駆け上がっていく。
「待て!」
偽コリンズを追おうとしたその時、一番聞きたくない声が聴こえた。
「待つのは貴様の方じゃないか?」
「…………っ!!!!」
その声の圧力に突然呼吸が苦しくなった。
「はぁ、はぁ、はぁ……!」
暴れる鼓動を押さえつけながら振り返ると、そこには
最強の男、ジャベールがいた。
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