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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第4章 王都
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第101話 黒魔力

こんにちは。

ブックマークや評価いただいた方、有難うございます。とても励みになります。

第101話です。宜しくお願いします。


 俺たち4人はルーナを連れて男の叫び声のする方へとゆっくり進んでいく。最後尾のブラウンがしっかりルーナの手を握ってくれているようだ。


「この悲鳴、なんなんだい?」


 フリーがそう呟く。近付くにつれ、その声は大きくなる。


 思いの外、地下室は広く複数の部屋に分かれている。足音を立てないように慎重に進んで行くが、幾度となく繰り返される男の悲鳴に物音はかき消され、その心配はいらなかった。

 2分ほどで、最奥の部屋へと突き当たる。その部屋の扉は都合よく開け放たれたままになっていたので、壁に隠れてそろそろと中の様子を探る。


 そこには石造りの内壁に、見たこともない機器が複数並んでいた。一番奥には高さ2メートルほどの大きなガラス製円筒状のタンクが3つあり、中にはどろどろとした黒い液体が詰まっている。その一番右のタンクから伸びている長いチューブをたどると、部屋の中央で寝かされている大男の左腕へと繋がっていた。


 おいおいあいつは…………!


「あ、あれ…………なんでここにいるの!? あの人、SSSランク冒険者のバンギラス・ガードナーだよ!」


 ブラウンが小声で混乱したように言う。


「ガードナーだと!?」


 それを聞いたオズが声を上げる。


 そう。あいつこそ、マードックの計画阻止の最大の障壁となる男だ。その、筋骨隆々で肉食系の顔をしたリザードマンの男が、今は情けなくも悲鳴を上げている。


「堪えろガードナー。これでお前は真の最強へと至るのだ……!」


 そう興奮が抑えられないように言うのは白衣を着たマードック伯爵だ。周囲にも何人もの助手、そしてスーツを着た見たことのない男が2階のテラスからその様子を眺めている。


「一体あいつらは何をしてるんだ?」


「あれは『黒魔力』。あれを私たちは何度も注入されたの」


 ルーナは思い出すのも辛そうに身体を抱き締めながら語る。ちらりと見ればルーナの腕にもいくつもの注射の跡が残っている。


「黒魔力って、あのタンクに入ってるやつか?」


 俺は奥の大きな3つのタンクを指差す。中には粘性のある液体が絶えず循環しているようだ。


「うん」


 黒魔力とはそもそもなんだ? わからないが、おそらくそれがクーデター計画のメインだ。何としても情報を持ち帰らないと。


 マードックのいる机の上に資料らしい紙があるが、束ねられており空間把握でもあのままじゃ読み取れない。


「ルーナはあれについて知ってるのか?」


「うううん。詳しくは知らない」


 ルーナは長く明るい色の髪を揺らしながら首を振った。


「そうか。皆はここで待っててくれ」


 SSSランクの冒険者があの調子なら、俺の隠密に気が付く奴はいないはずだ。暗殺者のナイフを握り隠密を強化し、身を屈めて物陰から飛び出す。


「「ユウ!」」


 オズとブラウンはいきなり飛び出した俺に驚くが、大丈夫。オズたち以外、誰も気付いていない。


 ガードナーは肘の内側の静脈にチューブを繋がれているようだ。そこから入った黒い液体が身体を侵食し、皮膚の表面に黒い筋となって浮き出ている。寝かされた寝台をかきむしって黒魔力の痛みに耐えているようだ。


 こりゃ、ルーナも他の人たちも、相当苦しかっただろうな…………。


 そう思うと怒りが湧いてくる。


 マードックたちは嬉々として実験に夢中だ。研究者たちのそばをすり抜けると、テーブルに置いてある資料の束を手に取り、机の裏に身を隠す。


 座り込んでその場で資料をパラパラとめくり一気に目を通す。内容は難しくてわからないが、俺には賢者さんがいる。めくりながら空間把握で1ページずつ確認するだけで十分。


【賢者】把握しました。要約すると以下のようになります。


黒魔力α:人をローグに変える感染型の魔力。

黒魔力β:生き物を強化しバケモノに変える魔力。

黒魔力γ:人間性を保ちながら強化することができる魔力。


 ベニスのローグもこの黒魔力αとやらが原因か……。


【賢者】黒魔力βに関しては、ワーグナーへの道中やヨハンで出会ったバケモノがそれに当たるでしょう。そして、コルトの森に現れたバケモノは、黒魔力γの不完全なものだったと考えられます。


 ああ、そういうことかよ…………!


 今は何をしてるかわかったか?


【賢者】はい。現在はこのSSSランク冒険者に黒魔力γを注入し、強化しようとしているようです。


 まじかよ。SSSランクのこいつをさらに強化?


 じゃあ、ルーナは? ルーナは何なんだ?


【賢者】ルーナ様は黒魔力βで変異せずに人間性を保った唯一の人間のようです。ルーナ様を媒体にして黒魔力γが作られました。

 

 特別な存在ってのはそういうわけか。


【賢者】なお、マードックは実の息子である。チャドとグレンに対してもこれらの実験を行っていたようです。


 なんて野郎……いやそうか。それならチャドのタフさにも納得だ……!


「もう少しだ! もう少しでお前はあのジャベールすらも越える!」


 マードックの興奮した声が聞こえる。黒魔力の注入が完了しそうなのだろう。


 ジャベールを越えるとか冗談じゃない…………!


 とその時、



 ガシャアアアアン!



 苦しむガードナーが堪えきれずに、リザードマンの強靭な尾で自分の寝ている寝台を真っ二つに割った。


「がああああああああ!!!!」


 拘束具をブチブチと引きちぎると頭を抱えて転げ回るガードナー。


「お、落ち着けガードナー!」


 慌てる研究者たちがガードナーに注目している隙をついて俺はフリーたちの元へと戻った。


「ユウ、情報は…………!」


「ああ、バッチリだ! 早く戻るぞ!」


 俺たちは静かにその場を後にした。



 ジャンやジーク辺境伯、フィルじいだけでなく、ブルートやルーナまで。マードックだけは絶対に許さん…………!



◆◆



「大手柄だな」


 そう言いつつも不服そうなギルマスの態度。てか、身長が低いのを気にしてか椅子の上に立っている。


 あの後、無事にルーナを連れて屋敷を抜け出すことに成功し、皆は学園に戻った。そして俺はギルド本部にてルーナを保護してもらった後、ギルマスにそこで見たことを報告していた。


「で、聞かせて貰おうか。あのルーナという少女を連れ出してきた理由を」


 やっぱりまずかったか…………さすがにマードックもルーナがいなくなってりゃ気が付くよな。


 腕組みしながらもギルマスの人差し指はずっとトントンと動いている。俺は頭をかきながら話した。


「実験台にされてるんだ。保護しないわけにはいかないだろ? それに唯一口の聞ける証人だ」


「まぁそれは一理あるな。証人がいれば有利になる」


「ああ。あと、あの子は何か特別だそうだ。これで奴の計画が遅れるのは間違いない」


「そうか。だとして、こちらの準備が整う前に、奴にこちらの動きがバレ、全てが破綻したらどうするつもりだ?」


 ギルマスが静かに怒りを込めて言葉を紡いでいく。


「まぁ絶対ないとは言いきれないだろうな。えーと、そうなったらすまん」


 素直に頭を下げることにした。


「はぁ…………まぁ、もうすんだことはしょうがない」


 一通り怒った後、ギルマスは椅子に腰を落ち着けた。


「それで、ルーナはこちらで保護することにした。できる限りの情報は吐いてもらうつもりだ」


 そう言いつつギルマスは足を机の上にどかっと乗せた。


「優しく聞いてやってくれよ。あの子は被害者だ」


「わかってる。後はこちらで伯爵について言及する」


「ああ。なら後は伯爵が捕まるのを待つだけか」


「そうだ。お前が持ってきてくれた情報で証拠は十分だからな。ここからは法廷で戦うことになる」


「法廷で?」


「ああ、奴は裁判所との繋がりが深い。なかなか簡単にはいかないだろうが、これだけの証拠がある。勝てる見込みは十分だ」


「…………そうか」


 長かったが、これで一件落着か。少なくとも俺の仕事は終わりだ。


 ギルドが勝てば、マードックの企みは公にされ、加担していた貴族たちは一斉検挙。反乱も起きることなく、王都に平和が訪れる。


「判決がでるまでどれくらいかかるんだ?」


「そうだな…………奴の粘り具合にもよるが、事がでかいこともあって2ヶ月ってところだろう」


「2ヶ月か、長いな」


「これでも急いで準備してるんだ。これ以上はうちの職員が倒れちまう」


 そう言いつつギルマスは一息つくようにグラスに入った水を一気にあおった。


「それでだ。お前にギルドから褒美を与えようと思う」


「ん、いいのか?」


「過程はどうあれ結果を出してる。何がいい? なんでもあるぞ。ここはギルド本部だからな」


「そうだな…………なんか武器をくれ」


 弱体化してる今。装備の強化は最優先だ。


「わかった。後でお前の宿屋の部屋まで届けさせよう」


「ああ」


 話が終わったようなので俺が椅子を引いて立ち上がると、ギルマスは思い出したように再び話し始めた。


「そういやお前、グリフの件について何か知ってるか?」


「グリフって言うと、あのレッドウィングのグリフか?」


 あれから町中に通り魔事件の犯人が捕まったと情報が流れた。その犯人にショックを受けていた人々がいたのは事実だ。


「ああそうだ。あいつに殺人容疑がかけられている。あいつにも伯爵のことを嗅ぎ回ってもらってたからな。伯爵にはめられのかもしれねぇ」


 グリフにも声をかけてたのか。


 申し訳なさそうにギルマスは話す。


「はめられた?」


「ああ。あいつは間違いなく無罪だが、なぜか多数の目撃者がいる。白昼堂々と人を刺しているんだ、言い逃れは難しい」


 ギルマスは眉間にシワを寄せて話す。


「俺はグリフについては詳しくは知らんが…………マシューたちの反応を見てれば本当に無実なんだろうな」


「ああ。俺が言いたいのは、お前も気を付けろってことだ。せめて奴との決着がつくまでは大人しくしておけよ?」


 ギルマスは本当に心配してくれているようだ。


「ああ。俺は今学園にいるんだ。さすがに俺のアリバイを崩すのは無理だろ」


「そうか。それならいいんだが」


 そうして話を済ませて学園へと戻った。



 …………レオンへは、手紙で連絡を済ませた。あの人、恐えんだもん。



◆◆◆◆



「くそっ!」


 伯爵はイライラした様子で床に散らばる本を蹴飛ばした。ここはマードック伯爵の屋敷にある地下研究所だ。


「あの、忌々しい辺境伯を始末したというのに、なぜこうも事がうまく運ばんのだ!」


 伯爵は偽コリンズの辺境伯を殺害したという報告を信じていた。そもそも、最後まで確認しなかった偽コリンズの落ち度ではあるが、誰もが死毒を食らって生きていられるとは思っていなかった。

 ワーグナーでは王の隠し子は見付からず、ブルートは間違いなくワーグナーで爆死したのに邪魔な町の冒険者たちも吹き飛んではいない。ブラウンを殺すために放った刺客も返り討ちに遭っている。


 また、水面下で徐々に邪魔な勢力を削いでいく計画だったのに、なぜか伯爵に付く貴族たちも想定よりも少なく、芳しくなかった。


「極めつけはあの娘を逃がしたことだ! もし、あの娘がギルドや騎士団にでも保護されたら…………!」


 ブルートの妹は黒魔力の唯一の適合者だった。黒魔力γを完成させるのには、あの娘の血が不可欠なのだ。


 あの娘がいなくなれば、計画の遅延を余儀なくされてしまう!


「ふふふ。今日は特段機嫌が悪いようですねぇ」


 知らないスーツ姿の男がツカツカと伯爵の元へと歩いてきた。伯爵はバラけた髪をかきあげると、その男を睨み付けた。


「元はと言えば、貴様があの時侵入者を野放しにしていたからだ!」


 あの娘の牢の錠前が斬られていた。侵入者が連れ去ったに違いない。


「おやおや、私のせいにしなさるのですか?」


「何を言う! 貴様が侵入者に気付いていながら、報告をしなかったからではないか! ええ!?」


「私とあなたは主従関係にありませんよ? 忘れてはいませんか。黒魔力を提供する代わりに私に協力するという契約。それに結ばれた対等な関係であることを」


「だとして!」


 伯爵は胸ぐらを掴んだ。


「侵入を許したのはあなたの落ち度だというのに。うるさいですね」


 無理やり男は伯爵を突き飛ばすと、右手でネクタイを整える。


「ここまで進めば黒魔力はほぼ完成したも同然です。契約はもう良いでしょう。後は頼みましたよ」


「なんだと!?」


 突き飛ばされた伯爵は尻餅をついたまま叫ぶ。


「私はもうしばらく役目を果たしてから帝国へ向かいます。では…………」


 男は研究室を後にした。


 伯爵はプルプルと怒りに身体を震わせると、机の上に並べられた実験器具をガシャアアアアン! と根こそぎ落とした。



◆◆◆◆



 寮に戻ってきて、ブラウンたちの部屋。皆はさっきマードックの屋敷の地下で見たことが忘れられず、重苦しい空気の中黙り込んでいた。


 すると、ベッドに座るブラウンがうつむきながらポツリと呟いた。


「昔はね。あんな父さんじゃなかったんだ」


 ブラウンは辛そうに話し始める。


「僕は小さい頃、身体が弱くて病気ばかりしていたんだよ。10歳の誕生日すら迎えられないって言われていてね。それで父さんはいろんな国の医療の専門家や治癒士を呼んで必死に僕を助けようとしてくれた」


「今とは大違いだな。良い父ちゃんじゃねぇか」


 今では想像もできない。


「うん。おかげで僕は今もこうして学園に通えているんだ。だけど、父さんは10年くらい前からおかしくなった」


「おかしく?」


「取り憑かれたかのように、妙な魔力の研究を始めたんだ。確か父さんは『混沌の魔力』って呼んでた」


 混沌の魔力ねぇ。つまり、それが黒魔力と呼ばれるようになった元か。


「混沌って、まさか『混沌の理』のことか?」


 ふと、オズが真剣にブラウンへ向き直って聞く。


 『混沌の理』といえば、受験時に勉強した覚えがある。確か3000年前に人間界そのものを滅ぼそうとした史上最悪の理だったよな。


「まさか。いくらなんでも本当に実在したかどうかもわからない理の魔力を研究したりするかな?」


 フリーが疑問を口にする。


「いや…………少し心当たりがある」


 オズがフリーの質問に対し、口元に曲げた人差し指を当てながら言った。




「王宮には、『混沌の理の左手』が保管されていた」




「「なんだって!?」」


 ガタンと思わず身を乗り出す俺たち。


 そんなものが王宮に?


「それが、10年ほど前に盗まれたらしい」


 さらっとオズは話した。


「おいおい、おいおいおいおい…………」


「当時は王宮内で事情を知る者は大騒ぎになったそうだが、その左手にはすでに何の力もなかったそうでな。ただの戦利品としか見られておらず、行方知れずのままだそうだ」


「もしかして…………」


「時期は一致するよねぇ」


 俺らは顔を見合わせた。


「つまり、ブラウンの父ちゃんがそれを盗み出して研究を始めたってことか?」


「だろうな。そんな魔力、他で手に入るはずもない」


「なんてこと…………」


 なぜ、マードックがこんな行動をとることになったのか。それを探るには謎の多い『黒魔力』、そしてその元となった『混沌の理』についても知る必要がありそうだ。


 一度会話が途切れ、各々があの黒魔力について考えをめぐらせていた。そしてブラウンがまた口を開いた。


「あ、そうだ。あの研究、なんでか1年前くらいから急に進み始めたみたいなんだよね。それまでは全然うまくいってなかったみたい。なんでだろう?」


「1年前?」


 俺がこの世界に来た頃か…………何かきっかけがあったのか?


「いや、それはわからんな」


「そっか。だよね」


「本当、家族のために始めた研究が、どうしてこんなことになったのか」


 ブラウンは頭を抱えた。


「今ではブラウンよりも研究を優先するようになり、そして王国すら乗っ取ることを考えていると…………」


「昔は優しい父さんだったんだけどな」


 ブラウンは寂しそうに呟いた。


「いくらお前の父親だろうが、とっくに許せる限界を超えてるぞ」


 オズが厳しい視線を送る。


「わかってるよ。僕ももう父さんだろうが、あんな…………あんな研究、許せないんだ」


 ブラウンはさっき見てきた研究を思い出しながら言った。



「僕が父さんを止めるよ」



読んでいただき、有難うございました。

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[良い点] やっぱり、ブルート…… 予想していたものと同じ事情でしたが、悲しすぎますね(*T^T) ルーナは変異しない体質なのかな。 彼女だけでも救われてほしいけど……
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