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【100万PV突破!!】重力魔術士の異世界事変  作者: かじ
第4章 王都
100/159

第100話 人質

こんにちは。

ブックマークや評価いただいた方、有難うございます。とても励みになります。

そして20万PV達成しました!ありがとうございます。

ついに本作も第100話です。少し短めですが、宜しくお願いします。


 俺たち4人は巨大な月が真上に来る頃、貴族地区の壁を越え、伯爵の屋敷が見える位置の木陰に隠れていた。


「どうするつもりだ?」


「最近、正面は深夜でも警備が厳しくなったから、普通に行くのは厳しいよ?」


 オズとブラウンが屋敷を見ながら言う。


「ああ、そこでこれだ」


 俺は懐から無限砂漠でゴーレムのニュートにもらったナイフを取り出す。


「それって、あのゴーレムのか?」


「そうだ」


 俺がナイフを握ったとたん俺の魔力を吸っていく。すると、辺りに濃密な霧が立ち込めてきた。完全に暗殺向きの武器だ。


「うわ…………すごいねそれ」


 この場所を中心に、マードックの屋敷周辺が覆われるほどの規模の濃霧が発生した。視界が悪く、5メートル先も見えない。これならバレない。


「よし、行こう」


 4人とも並び、音を立てないように忍び足で屋敷へと向かう。深夜だからか、外で警備している者以外はこの霧に気付いていないようだ。


「よっ…………」


 裏手の3メートルはある高い塀を乗り越え、音を立てないように敷地内に着地する。俺に続いてブラウンたちも降りてきた。これくらいの壁を越えるのは魔力操作を覚えた今の彼らには余裕だ。


 庭に降りても霧のせいで視界はほぼゼロだが、空間把握で警備兵の位置を把握する。本邸は広い庭を突っ切った先にあり、その入り口にも警備が3人で巡回している。今は突如発生した不可解な霧について話をしているようだ。

 そして、唯一懸念していた例のSSSランクのリザードマンの気配は屋敷の地下にあるようだ。だが、俺たちに気付いた様子はない。


「ブラウン、安全に地下室にいけるルートは本当にあるのか?」


 ブラウンはここに来る前、直接地下室につながる道があると言っていた。


「うん。こっちこっち」


 ブラウンが呼ぶ方に着いていくと、いつぞやウルと2人でここに忍び込んだ際に、ブラウンが閉じ込められていた小屋があった。


「入って」


 スライド式の戸を開けたブラウンが俺たちを招き入れた。そこは灯りもなく薄暗い物置小屋だった。馬車の部品や壊れた武器が置かれている。


「ここは、僕が父さんにお仕置きされる時にいつも閉じ込められてる小屋でね。実は抜け道があって、それがここ」


 ブラウンが案内したのは小屋の中の、さらに小部屋の中だった。


「これって…………まさかねぇ」


「そう、トイレだよ」


 この世界のトイレは、今まで泊まってきた安宿じゃ、地面にただ穴が空いただけだった。だが、貴族の屋敷ともなれば違うらしい。穴の空いた便座があり、そばに水属性の魔石を使用した魔道具がある。どうやらこれで水を流すらしい。


「この便器は取り外せるようになってて、この穴は下水に通じてるんだ。そして、下水道は例の地下室にも繋がってる。ただ下水道は気を付けて。たまにネズミの魔物やスライムがいるから」


 そう言いつつブラウンは慣れた手つきで便器を取り外した。


「うへぇ」


 穴を覗き込むと真っ暗だ。だが、下水独特の臭いが微かに漂ってくる。


「お、おい、まじで行くのか…………?」


 さすがにオズが躊躇した。


 まぁ、王子ならこんなところ縁すらないだろう。


「大丈夫。このトイレは今は使われてないから」


「嫌ならここで待っててもいいんだぞ王子様?」


「ふざけるな」


 俺が挑発すると、オズは嫌々了承した。なかなかいないだろうなぁ。トイレに入った王子様。


「先に行くよ」


 そう言ってブラウンはその中へと飛び込んだ。暗闇にすっと姿が消え、見えなくなる。


「あはは、ブラウンは慣れてるねぇ」


 そして、俺たちは互いに目を合わせた。


「「「お先にどうぞ」」」


 互いに譲り合う。


「王族命令だ。先に行け」


「いやいやいや、それはだめだろ!」


 さらっと出た権力の横暴に思わず突っ込んだ。とにかくオズはめちゃくちゃ嫌そうだ。


「こういう時こそ先陣を切るから国民は着いていくんじゃね?」


「都合の良いこと言うな。国民は王子の言うことを聞けよ」


 王族扱いしたら普段は怒るくせによ…………。


「へいへい。わかりましたよ王子様」


 ここで揉めてるとバレる危険がある。仕方なく俺が折れて先に降りた。



 バシャン…………!



 足元に来る汚水の感触。そして襲いくるヘドロ臭。


「うへぇ」


「やぁ、遅かったから来ないかと思ったよ」


 下で待っていたブラウンが笑顔で手を振って迎えてくれた。


「そりゃどうも」


 下は直系2.5メートルほどの円筒状になっていた。もちろん灯りはなく、光魔法で光源を作る。水深は浅く30センチほど。声が良く響く。そして、覚悟はしていたがかなり臭いがキツい…………。思わず鼻を覆った。


「うわぁ…………」


「くそっ」


 続いてフリーとオズが降りてきた。俺たちの気配にキキッとネズミが鳴いて逃げていく。


「皆揃ったね。じゃ、こっちだよ」


 ブラウンはどうやら役に立てることが嬉しいのか、こんな場所だがウキウキしているようだ。


「良く知ってたなここのルート」


「あはは。僕はしょっちゅうあの小屋に閉じ込められてたからね。なんとか抜け出せないかと探したんだ」


「へぇ」


 ブラウンの奴、なかなか行動力があるな。おかげで助かった。


「しかし臭すぎんだろここ。鼻が曲がりそうだ」


 オズが鼻をつまんで、キレぎみだ。


「そりゃあ皆の排泄物が流れてるからね。でも貴族地区はまだマシさ。下地区に行くほどここの環境は酷くなるよ」


 ブラウンの先導で、膝下くらいの深さの下水をかき分けながらザブザブと進んでいく。元々マードックの敷地内だ。1~2分で目的の場所へと到着した。そこは円形の鉄格子でフタされた排水溝のような出口だった。そこから部屋の中がかすかにのぞける。


「早く出よう。臭くて死にそうだ」


 オズがイライラして呟くとブラウンがしーっと指を口元に立てた。


「うん。ここから中に入れるけど人がいるかもしれないから気を付けてね」


「ああ」


 俺は中に誰もいないことを確認すると、鉄格子をガコンと取り外して中へと踏み込んだ。



◆◆



 1人ずつそっと音を立てないように忍び込むと、そこは誰もいない一本道の通路だった。だが、何本ものパイプのような管が血管のように壁を這っている。とりあえず下水で汚れた衣服を水魔法と火魔法を使い、洗って乾かす。


 しばらく進むと鼻をつくようなツンとする動物の糞尿や獣の体臭がしてきた。


「なんだ? 獣の臭い?」


「ほんとだねぇ」


 皆、スンスンと臭いをかぐ。


「オズの臭いじゃね?」


「ユウ死にてぇのか?」


「さーせん」


 なんでこんな室内で獣の臭いが?


 臭いの強くなる方向へと進んでいくと、広い部屋へと出てきた。


「なんだ…………ここ?」


 部屋の両サイドに人間すら入れるほどの大きさの檻が2段に積まれ、それが壁一面に並べられている。それが全部で80個以上あった。


「ブラウン、ここ何の部屋か知ってるか?」


「詳しくは知らないけど、実験動物がいるって話は聞いたことあるよ」


 確かに檻の中からは何らかの生き物の気配がする。


「じゃあこれらは全部、動物かよ」


 そう呟きながら檻の方へ近付いて行く。うめき声が大きくなってくる。


「う、うう…………!」


 そして、檻の中にいる動物に灯りを向けるとわかった。



「おい……………………嘘だろ!?」



 ああ、そういうことか。実験動物なんかじゃない。


 光で彼らの姿が明らかになる。


「これ…………全部人間かよ!?」


 そう、檻の中にはいびつな形をした、元人間たちがたくさんいた。


 皮膚を突き破った骨が全身から生えた者。


 口が耳まで裂けている者。


 筋肉の肥大化に耐えきれず皮膚が裂け、剥き出しの筋肉の痛みに苦しみうめき声を上げている者。


 もはや人としての理性を失い、エサを手を使わずにむさぼるだけの獣と化した者など。


「酷い…………こんなの、酷すぎるよ!」


 ブラウンが泣きそうに言った。


 お前、計画は知っていたんじゃないのか? いや、ここまでは知らなかったのか。


「糞野郎だ…………! こんなことして、何も感じねぇのかよ!」


 オズが拳を握りしめる。


 俺とフリーはこのバケモノを見るのは初めてじゃない。だがそれでも、ここまでたくさんの人々が実験台にされたのかと思うと、心が痛む。


「今は何もできない。早くマードックを正式な場所で罰して、この人たちを助けてやろう」


「しかし、どうやってこんな人数を…………」


 フリーがズラリと並ぶ数十個の檻を見回しながら言った。


「多分スラムだ。あそこなら多少人がいなくなったところでバレない」


「なるほどねぇ」


 スラム絡みか、こりゃレオンがブチギレそうだ。報告が憂鬱だ。


「なぁ。こいつら、もう俺らの手で殺してやらないか? これ以上苦しまなくていいように」


 オズがバケモノを前にナイフを取り出して言った。


「ダメだ」


 オズのナイフを持った手を握って押さえ、オズの目を見る。


「なんでだ。こんなになって、もはや元に戻れる保証はねぇだろ。殺してやるのが救いだ」


「それはわかってる」


「なら…………!」


 オズは怒ったように言った。


「俺たちが来た痕跡は残せない。それに、この人たちはもう、簡単には死ねねぇんだ。中途半端な攻撃じゃ逆に苦しませるだけになる」


「ちっ…………なんてものを作り出しやがるんだ」


 オズは悪態をつきながらナイフをしまった。


「気持ちはわかる。助けるにはマードックを捕まえるしかない」


 そして、部屋を見て回っていると、片隅に机があるのを見つけた。そこには被検体としてナンバーをふられた似顔絵が順番に貼り付けられてあった。


「おい、フリーこれ…………」


 見たことがある顔だった。そう、ワーグナーへ向かう途中の村で出会った手足の長い子供をさらうバケモノだ。


「ああ、この人…………。強かったね。元々は剣の達人だったのかな」


 ここから逃げ出し、途中で限界が来てアレになったのだろうか。


「これもか…………」


 ヨハンの町でバケモノにされたAランク冒険者スクルの似顔絵まである。


「こんなの、許せねぇよな…………」


 その時、か細い声が聞こえた。



「助けて。お兄ちゃん…………」



 女の子の声だ。


「おい人だ! 檻の中から人の声がする!」


 慌てて聞こえる方へ駆け寄って見ると、少女が檻の中で座り込んでいた。


 この子はどこもおかしなところはない。

 腰まである長い髪に、見た目は普通の13~4歳の女の子だ。裸に白い布切れ1枚だけを身に付け、あまり人間らしい扱いはされていないように見える。


「ひっ…………!」


 俺たちが近付くと小さく悲鳴を上げて奥に引っ込んでしまった。


「俺たちは悪い人じゃない。話を聞かせてくれ」


 そう言うも頭をブンブンと横に振り、『お兄ちゃん』と呟くだけだ。


 そしてボロボロと泣き出してしまった。


「あー、ユウが泣かしたねぇ」


「お、俺のせいか?」


 ブラウンは檻に手を触れ、顔を近付けると柔らかい声で優しく問う。


「大丈夫安心して。危害は加えないよ。僕はブラウン。君は?」


「私、私は…………ルーナ、ルーナ・クリアウォーター」


 ルーナ? 聞いたことのない名前だ。


「そっか。ルーナって言うんだね。ルーナはいつからここにいるの?」


「もう5年くらい…………?」


「5年も!? 一体何のために?」


「…………実験台。私は特別なんだって」


 ルーナは面白くなさそうに呟いた。


 この子が特別? 特別って、どういうことだ?


 その時、ここからさらに奥の部屋から複数人の話し声が聞こえてきた。


「おい、ユウ。声が近いぞ。どうするんだ!」


 それに気付いたオズが急かせる。


「ああ、ちょっと待ってくれ」


 とにかく事情は知っていそうだ。どうするべきだろうか。ここから連れ出せばさすがに侵入がバレてしまう。だが、その時


「ユウ、この子連れて行こう!!」

 

 ブラウンが俺を振り返って力強くそう言った。



「「「へ?」」」



「だって可哀想だよ!」


「いや、話聞いてたか!? 俺らが来た痕跡は残せねぇの!」


「だからって実験台のままにしようって言うの!?」


 ブラウンの目には力がこもっていた。


「それに、彼女は唯一話ができる証人だよ。助けよう!?」


 う…………それは確かに一理ある。このままここで見た情報をギルドに伝えたところで証拠としては弱い。その点、証人がいれば間違いない。


「仕方ねぇな」


 そして俺はルーナに近付いて話しかける。


「ルーナ、詳しく話を聞きたいんだ。ここから助けるから着いてきてくれないか?」


 だが、女の子は首を横に振った。


 あれ!? なんで?


「お兄ちゃんがマードックさんと交渉して、必ずここから出してくれるって約束してくれたの。私がいなくなったら、お兄ちゃんまで危ないかもしれない。だから、私…………お兄ちゃんが助けてくれるまでここで待ってる」


「お兄ちゃん……?」


「うん、マードックさんの大事な用事で数年前からワーグナーって町で冒険者をしてるの」



「ワーグナー!?」



 ワーグナーにいた冒険者がこの子の兄!? マードックのために仕事をしていた?


 フリーと顔を見合わせる。


「な、名前は?」


 ワーグナーの冒険者たちの顔が次々と脳裏に浮かぶ。




「…………ブルートお兄ちゃん」



 

「っ……………………………………………………!!!!」


 天を仰いで額に手をやった。


「ユウ、知ってるの?」


 ブラウンが困惑した様子で問いかけてくる。


「知ってるも何も…………」


 ブルートがワーグナーの広場で自爆する前、奴と最後に言葉を交わした際、確かに何かを抱えているような感じはした。それでも完全に伯爵側の人間だとばかり思っていた。


 この子の話が本当ならば、ブルートは妹を人質に取られ、解放してもらうためにワーグナーで…………。



「あいつ、何で言わなかったんだ!」



 思わず石壁を殴った。


 いや、言えるわけないか…………。やっぱりあいつは根っからの良い奴だったんだ。妹を助けるために全てをなげうって犠牲になっていた。


「ユウ、助けよう。この子を」


 俺と同じことに気が付いたのだろう。フリーが真剣な顔をして言った。


「ああ」


 だってもう、助けてくれるお兄ちゃんはこの世にいないのだから。


「斬るよ」


 感情を表に出さず、フリーが刀で鋼鉄の檻の錠前を斬り裂いた。ガシャンと鍵が外れ、鉄格子の扉が開く。


「ど、どういうこと? お兄ちゃんのこと、知ってるの!? お兄ちゃんは無事なの?」


 俺の手前まで来てルーナはすがるように聞いた。


「話は後でする。今はとにかく着いてきてくれ」


 ブルート、心配いらねぇ。この子は責任をもって助ける。


 と、その時…………。




「ぐがあああああああああああああああああああああああああ!!!!」




 野太い男の悲鳴が地下室に響き渡った。


「なんだ? 向こうの部屋で何が起きている?」


「マードックさんは…………今日も実験をするって言ってた」


 ルーナは肩を抱いて震えながらそう呟いた。


 つまり、またバケモノが作られているのか?


「行こう」


 俺たちは、声のした方へ向かった。



読んでいただき、有難うございました。

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