第10話 ジズ
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ーーーー5日後
洞窟で耐え続けた俺は完全に死毒を克服し、ようやく外に出ることができた。
「腹ぁ、減った…………」
もはや餓死寸前。1週間以上何も食べておらず、洞窟内では毒で出血する自分の血を飲んで飢えをしのいでいた。体重もかなり落ち、あばら骨が浮き出て見えるほどには痩せた。
洞窟の出口から下を見れば少しの崖。普段ならピョンと飛び下りるのだが、
「無理だろ、これ…………」
ぼやける視界に、壁に手をつかなければ立っていられないほどの衰弱具合。
後ろ向きになって左足を下ろすが、
「あ、ああ……………………!」
ゴロゴロ、ゴロン…………。
身体を支えられずに転がり落ちた。
ちょうどいいか…………。
そのまま這って川へ行き、顔に浴びるように水を飲む。
「……………………うう、まい」
結局死毒耐性Lv.9を得ることで毒を克服することができた。だが、途中から空腹の限界が来たのか、空腹によって体力が減り始めたのでかなり焦った。
みずが、うますぎ…………る。
だがまだ腹に何か入れねば待っているのは餓死だ。
水を飲めたことで少し戻った体力でふらつきながらデドリードルガを倒した場所に戻ると、死体は倒した時の姿そのままだった。
「肉ぅ…………た、助かった…………」
どの魔物も死毒を持つこいつを食べることができなかったんだろう。だが、死毒を克服した俺ならば食える。
堂々と川原に腰を下ろし、なんとか切り出した肉を火魔法で炙っていく。焼けた肉をピロッと指で摘まんで持ち上げては口へと運ぶ。
もきゅもきゅ、もきゅもきゅ。
「うまい!」
肉は白いピンク色で味も鶏肉と魚の間くらいだ。これにこいつの鎧の毒を塗って食べるとピリピリと少し山椒のような痺れる感覚があるが、それがまた旨い。弱った胃を驚かせないよう少しずつよく噛んで食べた。
「生きてるなぁ…………おれ」
満腹になると、そのまま仰向けに寝転んだ。青空と、高い雲を眺めながら睡眠をとる。
危険すぎて誰もデドリードルガの死体に近付いてこないようだ。おかげでしっかりと眠ることができた。おそらくデドリードルガの持つ死毒は最強だ。常人ならほぼ即死の超猛毒になるだろう。
この9日間は決して無駄ではない。毒は効かなくなり、魔力が格段に強くなった。ここでの経験がこの先役に立つ時が来るはずだ。
そうして十分に休息をとった後、また俺は人間の国を目指して歩き出した。
まだまだ森の果ては見えない。
◆◆
ーーーー川に沿って進むこと、3週間が経過した。
とっくに食べ終えたデドリードルガの肉だったが、予想以上に便利だった。保存がきき、凶悪過ぎる死毒はむしろ魔物避けにもなった。
この3週間は体力を回復させながら、レベル上げと体の動かし方を魔物と戦って覚えていった。寝床は洞窟や大木の上を利用した。レベルもかなり上がり、魔法の扱いにも慣れてきた。
だがいつまで経っても人の国が見えてこない。せめて誰かと話がしたい。
そんな時、夜中に木の上で眠っていると探知に反応があった。だが、寝てるのはこの辺じゃ飛び抜けて高い木のてっぺんの枝だ。
探知に反応した方角を見ると、巨大な月を背景に逆光になった鳥らしきシルエットが見えた。身体を起こして剣を構え、その魔物を注視する。
「鷲か?」
近付いてわかった。大きな猛禽類だった。両翼の先の羽根は全てが剣のように鋭く硬く尖り、時々月光がギラリと反射する。翼を広げて5メートルはある。
「餌だと思われるのも久々だ」
最近はここいらの魔物も大概のやつは俺の姿を見れば尻尾を巻いて逃げ出すようになり、戦闘になるのは俺が殺そうとした時だけだ。それに、このへんじゃ最大でもBランク上位くらいの魔物しかいない。
だがこの魔物は今までの奴らとは違う、Aランク以上の力を感じる。それに空を飛ぶ魔物と戦うのは初めてだ。こいつ相手にどこまでやれるだろうか…………。
剣を握る手にギリリと力が入る。
「とりあえず先手必勝だな」
そう思い、前に一度試したように剣に魔力を込め始める。込めるにつれ、剣の周辺の空間がユラユラと捻れたように歪み始めた。魔力が上がったせいだろう。
さぁこの状態で剣を振ればどうなるか……!
「ん?」
すると、こちらへ向かう鳥の速度が急激に落ちた。そしてバサバサとホバリングし、くるっと旋回しようとする。
「は? おいおい待て。待たんと撃ち落とすぞ?」
鳥が一瞬ビクッとしたように見えた。そしてしぶしぶ俺の元にバッサバッサと飛んできた。俺が見てわかるほどしょげており、戦意がない。
なんだ、こいつ…………と言うか、俺の言葉がわかったのか?
近く来たのを見るとますます大きい。
そいつは俺の立っている枝とは反対側の枝にとまった。その重さに枝が軋む。翼をたたんだ状態で背の高さは2メートルくらい。翼の先の羽根は透き通る剣のようでとても綺麗だ。月光を受けて光を吸収しながらも反射している。枝を掴む脚は強靭で、その先には恐竜のような爪がついている。その眼光は鋭く、タカやハヤブサのような顔をしている。イケメンだ。
ただ、強者の顔してるが、態度はヘナチョコなんだよな。今もチラチラと俺を見ているが、俺が目線を向けるとサッと顔をそらし脚が震えている。
「こいつ、まだ子どもか……子どもを殺すのもなぁ」
おそらく獲物だと思って来てみたら、予想より強く勝てなさそうとわかったのだろうか?
どうするか…………あぁ、そうだ!
手のひらをグーでポンと叩く。そして鳥の方を向いた。
「おい、言葉わかってるんだろ?」
話し掛けると、ビクッとした鳥と目が合った。
「頼みがあるんだが」
思いきって話し掛けてみると、翼で頭を抱えて縮こまった。しかも全身がブルブル震えている。
「おいおい。別にとって食おうって言うんじゃない」
だが反応がない。
あれ? こいつ、本当に言葉がわかってるんだよな?
とりあえず納刀し、両手を上げてヒラヒラと手のひらを見せる。
「ほらっ! これでどうだ? 話を聞いてくれ」
チラリとこちらを見ると、コクンと頷いた。
「良かった。なぁ、俺を人間の国まで運んでくれないか?」
コクコクコクコクコクコクコクコク。
即答だ。しかも俺の目を見ずに何度も頷いている。
めちゃくちゃヘタレだ。
「ほら、顔を上げろ。本当に食ったりしないから」
チラッ。
縮こまったまま、翼の隙間から目をのぞかせた。
「ほんとだよ」
その鳥は、人間らしい動作で翼を胸に当て、ホッとするような動きをした。
中にオッサン入ってねぇよな?
◆◆
そして。
「イヤッホーーーーーーイ!!!!」
俺はその鳥の足に掴まって空を飛んでいた。
ゴウゴウと耳元で風が鳴り、空気が顔を叩いていく。森を走るより遥かに速い。夜空を埋め尽くす巨大な月に向かって森の上を飛べるとは気持ちが良い。こいつのありがたみを実感し、さっき脅したことが申し訳なくなってきた。
「ヘタレ、さっきは食おうとしてすまんかったな」
ヘタレはやっぱり!? とでも言いたげにギョッとした。ちなみにヘタレとは俺がさっき名付けたこの鳥の名だ。意味はそのままだ。
「冗談だ」
ちなみに初めは本当に殺して食うつもりだったが。鶏肉も食べたかったし。
「でもお前も俺のこと食うつもりだっただろ?」
無言で前を向いて飛ぶヘタレだったが、わかりやすく汗がダラダラと流れている。
「へぇ? 本当に食うつもりだったのか」
俺がそう聞くとブンブンと首を振った。
面白い奴だ。少なくとも悪い奴じゃないし、意志疎通ができるのも久々で楽しい。
「なぁ、このままただで運んでもらうのも悪い。何か俺にできることがあればやらせてくれ」
俺がそう言うと、ヘタレは少し考えてから、自信なさげにチラッと俺を見た。
「…………あるのか? ならそこへ連れてってくれ」
するとヘタレは進行方向を左にそれだした。
なんだろうな?
ーーーー飛ぶこと2時間
たどり着いたのは標高5000メートルはある岩山が連なる頂上付近だった。剣山のように鋭い山頂が至るところに突き出ており、その山のふもとは雲で隠れている。まるで仙人が修行でもしてそうな場所だ。この辺りに来ると、ヘタレがビクビクしながら周りを警戒するように見回し始めた。
何かいるのか?
探知には反応がない。
「大丈夫。この辺に生き物の気配はないぞ」
それを聞いて、ヘタレはホッとしたようにスーッと岩山の間を抜ける。すると正面の高い岩山に洞窟が見えてきた。かなり入り口が大きい。山頂付近にポッカリと空いた洞窟は高さ20メートルはある。そのまま入り口を飛びながら通過し、中に着地した。
「なんだここ…………」
洞窟の中は真っ暗だ。声が良く響く。
ヘタレは俺の数メートル先をトコトコと歩いていくので、その後を着いていくすると突然、奥に凄まじい存在感を感じた。
「なっ…………!?」
死を予感したあの時のゴブリン、あれと同等。いやそれ以上かもしれない。あの時より俺は強くはなったが、それでもこいつを敵に回せば確実に死ぬ。それはわかる。
ただこいつに敵意はないようだ。なんというか…………。
「弱ってる…………?」
ヘタレはコクコクと頷いた。
「灯り、つけてもいいか?」
ヘタレはまた頷いた。
「ほれ」
あんまり強い光で刺激しないように少し抑えた灯りを作る。
「おわ…………!」
そこには高さ横幅ともに100メートルはある洞窟に、スッポリと収まる大きさの鳥が横たわっていた。まさに鳥の王とも言うべき大きさだ。見た感じ、ヘタレによく似ている。ただ違うのは羽1枚が人間くらいの大きさがあるということだ。
「…………お主は、誰じゃ?」
驚いたことにその鳥がしゃがれた声で喋った。
「お前、話せるのか?」
「かかか…………! 不思議なことを言う。人間が言葉を作ったわけでもなかろう」
鳥の声が洞窟に反響し、響き渡る。
そうなのか? この世界ではそうなのだろうか。
「俺はユウ、こいつに呼ばれてきただけだ」
そう言って俺は親指で後ろのヘタレを指す。
「なんじゃ、愚息が人間を連れてくるとはな! 人間は面白いが愚かじゃ。わしの経験上、人間は地に落とした方がええ」
「おいおい!?」
そいつが首を起こし、俺を見下ろした。俺はとっさに後ろに下がり、剣を抜く。
「かっかっか。そんなものでわしと戦う気か?」
そいつはニマッと目を細めては俺を見て話した。こいつを目の前にすると、俺の持つ剣がつまようじに思えてくる。実際、俺をついばんで丸飲みできるほど大きなクチバシだ。
「さぁどうだろうな?」
さすがにこのサイズに剣が届くとは思えない。だが剣はブラフ。重力魔力でこの洞窟自体を崩し、どさくさに紛れて逃げ切るつもりだ。
こんなところで死ぬわけには…………ん? …………いや、ちょっと待て。
俺は剣を下ろしながら考えた。
ヘタレのことを愚息と言ったなあいつ。なるほど、通りで頼りない息子に育ったわけだ。親がこの状態ではロクに教育もできないだろう。その中ヘタレは1人で頑張っていたわけだ。
バサバサ、バサバサッ!!!!
慌ててヘタレが俺と巨大な鳥の間に飛び込んできた。
「ほぅ?」
巨大な鳥の動きが止まった。息子と目を合わせ、話をしているようだ。
「…………なるほど。話はわかった。愚息が珍しくエサを運んで来たと思ったんじゃが。すまんの、お主はこやつに頼まれて来たのか」
思わずほっとする。さすがにこいつは相手にしたくない。
「ああ。今、危うくその愚息を人質にするところだったぞ?」
「かっかっか。愚息とて、そこらの人間に掴まるほど弱くは…………」
そう言いかけると、固まって俺をじっと見た。
「なんだよ?」
「いや、人間。お主変わっておるの」
さまざまな角度からじろじろと眺めてくる。
「あ? どういう意味だ?」
「人間は愚かで弱いものじゃが、お主は実に異質…………」
1人で呟くデカイ鳥。
「知るか。主語がデカ過ぎる。俺個人を『人間』とか『鳥』とか、1つの種でくくるな」
「かっかっか!! やはり面白いやつじゃ!」
その鳥は、首をのけ反らせて笑う。
「そうじゃな、お主はお主じゃ。お主もわしも共に考えることのできる生き物、1つの思想に染まらんからこその個人じゃ。初対面で決め付けて悪かったの」
「へぇ、そりゃありがたい。で、どうした。困ってるのか?」
「困っていると言えば、そうじゃの。見てのとおり翼がな」
そうして鳥はチラリと自らの翼に目を向ける。灯りをつけたときに気付いていたが、こいつの翼はまるで血のように紅い氷で覆われていた。
「なんなんだ? これ」
俺はその氷をそばを歩いてまじまじと眺めながら問う。氷には俺の顔が反射して写っている。
「50年ほど前、とある魔女に仲間になるように誘われての。気に入らずに断ったんじゃ。そしたらその腹いせにこの有り様じゃよ。お主を見て、わしの機嫌が悪かったのもその女が人間だったからじゃ」
「なるほどな、でも何者だその魔女。お前をこんな風にできるやつなんて」
「わからん。ま、わしも所詮人間だと、それはそれは油断していたが、今思えばあの異形の魔力…………あやつが人間だったのかすら怪しい。これも普通の氷ではないしの。おかげでかつて『空の王』とも呼ばれたわしもこの有り様じゃな」
鳥は自虐的に苦笑いをした。
確かにこんな氷は初めて見る。でもそれはそれで希望が湧いた。人間でもこんなことができるのなら、あの甲冑ゴブリンを殺すことも可能かもしれない。
だがまぁそれはそれだ。
「ふぅん…………ただの炎じゃ溶けないんだな?」
俺はでかい鳥を見上げながら問う。
「なんじゃ、助けてくれるつもりか? 無理じゃな。50年も溶けておらん。それに普通の氷なら、わしが自力でなんとかしとる」
それもそうか。
「さすがに俺でも無理だな」
それを聞いてヘタレはがっくりと頭を落とした。
「そりゃそうじゃ。これをどうにか出来そうなのは、わしの天敵の『海の王』や『龍王』たちくらいじゃな」
「海の王? 龍王? さっきから気になってたが、そんなのがいるのか?」
「いや、魔物たちの間で勝手にそう呼ばれて定着しただけじゃ」
「王様か…………」
「久々に思い出したわい。懐かしいのぉ、海の王とは千年前ほどにケンカした以来じゃ。勢い余って人間と魔物の国が4ヵ国は滅んでの。あれは申し訳なかった」
「は?」
ドン引きだ。その話が本当なら、こいつは化け物の中でも化け物。もはや天災だ。こいつを怒らせれば国が消える。もはやあの甲冑ゴブリンですら凌いでいるかもしれない。
「つ、つまり『王』ってのは畏怖されるほどの魔物ってことか。その海の王なら、それをなんとか出来るのか?」
「かもしれん。じゃがこうなっては会いに行くこともできんからの」
そいつは自身の凍った翼に目を向けて言った。
「なるほどな 」
う、俺が海の王とやらに会いに行って敵視されるのもごめんだ。
俺は洞窟内の岩の出っ張りに腰掛ける。
「そいつに呼んできてもらえばいいじゃねえか」
ヘタレを指差す。ビクッと跳び跳ねてはブンブンと首を横に振り続けるヘタレ。
「かかか! そこの愚息など、相手にもされるまいよ!」
「ああ、まあそうだろうな」
2人にそう言われ、ヘタレがガックリと肩を落とした。
「その王ってのは海の王以外にもいるのか?」
「いるとも。だが勘違いするな? 『理』と呼ばれる者とはまた別じゃ。それほど数はおらん」
そうなのか。まぁ『理』にもまだ会ったことはないがな。
「ちなみに気を付けた方がいいやつは?」
「それはほとんどおらんの。まず出会うこと自体が難しいからの。あぁ、あいつは別じゃがな。『地の王』は」
「地の王?」
「そうじゃ。あいつは常にそこにおる。魔物から化け物と言われるわしからしても化け物じゃ。さらに王にして『理』を持つと聞くしの」
「そりゃぜひとも出会いたくないものだ」
それが人間を害する魔物だとするなら、そんなもの人間にはどう対応すりゃいいのか。
「すまんな。解決策の手掛かりがそいつらに会うことなら、1人の人間の俺にはどうすることもできん」
「ええんじゃええんじゃ。そこまではわしかてよう頼まん」
こいつに常識があって良かった。
一旦話が途切れると、思い出したようにデカイ鳥は話し出した。
「そうじゃ、お主ユウとか言ったか? 名乗っておらんかったの。わしは『ジズ』じゃ」
「ジズか。よろしく。俺は訳あって人間の国に向かう途中だ」
「なるほど、それでそこの愚息を捕まえて運んでもらっていたというわけか」
「そゆこと。その交通費にと思ったんだが、力及ばずですまん」
ペコリと頭を下げる。
「ええんじゃええんじゃ、わしかてこの氷を溶かせられる者が都合よくここに来るとは思っておらん。ところでなぜこんな森深くにいる? 並の人間ならば、ここは死地と変わらん環境じゃろうに」
「ああ、それだがな。俺はアラオザルから来たんだ。知ってるか? アラオザルという町を…………」
俺は真剣にあの町の謎を解く手掛かりを聞いた。ジズは一瞬ビクリとするも答えた。
「…………なんと、あの町の者か」
「知ってるのか!?」
思わず身を乗り出した。
「…………落ち着け。知ってるというほどではない。何千年前になるかの。わしがまだ『空の王』と呼ばれ始める前じゃったか。あの町ができる前、湖の主に会ったことがある」
「は!? あの湖の主!?」
ミラさんが言っていたシル様って人物か!? 本当に実在したのか!?
ジズは上を見て思い出しながら話す。
「……まだ、若い人間の女性じゃった。…………いや、もうなんせ大昔のことでの。それくらいしか思い出せん。はて、何を話したかの…………?」
「おい、その人は誰なんだ!?」
「いや、そこまでは知らん。じゃが…………その女性と湖が関係しとるのは確かじゃ。これ以上はわからん」
「そうか…………いや、助かる。知らなかった情報だ」
「わしからも質問じゃ。今あの町はどうなっておる?」
答えたくない。
思い出すのも…………辛い。
胸がキュッと締め付けられ、思わず胸を左手で掴んだ。
「全員…………殺された」
俺は絞り出すように答えた。
「ふむ、やはりそうか。わしならば、ここからでも大体の気配は分かる。この魔物の世界で細々と生き長らえていた人間の気配がの。それが消えたのはそういうことか。…………むなしいのぉ」
「…………」
「お主がその生き残りか?」
覗き込むようにジズは聞いた。
「…………ああ、俺が唯一の生き残りだ。俺は、絶対に奴らを許さない」
「…………止めておけ」
ジズは目を伏せて静かに言った。
「なんだと? お前に何がわかる?」
「復讐は止めん。じゃが今のお主が立ち向かったところで、死ぬだけじゃ」
「それくらい…………わかってる。まだな」
まだ早い。それは嫌というほど実感した。
「…………まだか」
「ああ、まだだ」
ジズは何かを一瞬考え込んだ後、思い付いたように言った。
「…………そういえばのう。お主に頼みたいことがあったんじゃ」
「おっ、任せてくれ。そのために来たんだからな」
俺の返事を聞いて、ジズの目の奥が光った気がした。俺は反射的に一歩後ろへ下がる。
「言っとくが! 腹減ったから食わせろとかはなしだぞ? 勝てはしなくても全力で抵抗するからな!」
「かっかっか! そんなことはせん」
ジズはクチバシを大きく開いて笑った。そして続ける。
「じゃが、食糧に困っておることも事実じゃ。何しろわしはこのままで動けんからの」
確かに言われてみれば、羽に艶はなく、身体も痩せているように見える。空腹の苦しみは俺もよく知っている。
「じゃあ、今までどうしてたんだ?」
「前はそこの愚息に兄がおったんじゃ。その兄はわしほどではないものの、体も大きく勇敢でちょくちょくわしに食べ物を運んできてくれてたんじゃが…………」
「そいつはどこいったんだ?」
ジズは首を横に振った。
「わからん。もう3ヶ月も帰ってこん。お主にその兄を探せとは言わん。ただここへ食糧を運んできてほしいんじゃ。しばらくは食いつなげる量をな。ついでにこの辺に増えてきたワイバーンも減らしてくれると助かる。そうすれば、愚息でも弱い魔物を狩ってくるくらいできるじゃろうからな」
ああ、ここへ来る時ヘタレがビビってたのはそいつらか。
「わかった。とりあえずそのワイバーンてやつを狩ってきてやる。それくらいなら俺だってできるしな。ただ、俺は飛べねぇからその愚息を案内役に貸してくれないか?」
ヘタレはギョッ!? と俺を見た。
「よいぞ」
ヘタレはさらにジズの顔も見る。まさに「えー!?」と顔が言っている。鳥ってこんなにも表情豊かなんだな。
それからヘタレと一緒に洞窟を出た。ここら一帯は鋭く尖った岩山が多く、足場が悪い。この洞窟前で戦えたらベストなんだが。さすがにあのジズがいるところまでは来ないようだ。
飛び立つ前にヘタレに尋ねた。
「なぁヘタレ。お前ワイバーンに1対1で勝てるか?」
ヘタレは自信ありげにコクンと頷いた。
まぁこいつは臆病だが、ジズの息子なら当然強いのだろう。それでも怯えてるということは数が多いのだろう。
「仕方ない。じゃヘタレ、俺が攻撃するから上手くそいつらの攻撃を避けてくれよ」
ヘタレはギョッと目を見開いた。「案内するだけじゃないの!?」とでも言いたげだ。
「あ? てめぇで頼んどいて自分は手伝わねぇつもりか?」
そう俺が言うと、ブンブンブンブン! と首がとれそうな勢いで振った。
「そしたらレッツゴー!!」
ガックリ項垂れながらヘタレは飛び出した。
◆◆
両手が使えるように魔力操作でヘタレの脚に掴まり、5分ほど飛んでいると、そこかしこに探知の反応がある場所へ来た。だが、俺も雲の中にいるため、目視ができない。
そして反応は突然正面から迫ってきた。
「来るぞ!」
雲を抜けたとたん、正面から炎が吹き付けられた。だが、炎にそこまでの威力は感じられない。軽く焦げ付く程度だ。
「ほれ」
斥力で簡単に炎をはじく。本物の竜のブレスはわからないが、ワイバーン程度なら俺の魔法でも十分に対応できる。
そして炎のブレスを抜けた先には、ワイバーンの大きく開かれた口が待っていた。
「よっ!」
スパンッ!
牙が俺に刺さる前に左から右に剣を振り、呆気なく上顎ごと頭を斬り飛ばす。こいつら程度なら剣に込める魔力も少なくてすむ。頭を失ったワイバーンは回転しながら落ちていく。
ヘタレはワイバーンにビビってめちゃくちゃ汗をかいていた。
おいヘタレ。お前1匹相手なら勝てるんじゃなかったのかよ。
心の中でツッコむ。
「しかし、あんまり大したことないんだな」
そう呟いた時だった。この一帯の山肌を覆う雲が晴れてきた。
「うげっ!!」
数多のワイバーンがびっっっっしりと覆い尽くすほどに山肌にしがみつき、ワイバーン色一色に染まっている。そして彼らは遥か先の地面へ向かって落ちていく仲間をただ、じっと見ていた。
そして、
「「「ゴガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!!」」」
ワイバーンたちは一斉に飛び立った。
鳥やは虫類のような気持ちの悪い鳴き声を出し続けている。さらに仲間を呼んでいるのだろうか。まるでイナゴの大群のようにどんどんと空を埋め尽くしながらワイバーンが増えてくる。
「やばっ!」
正面から向かってくるやつの首を、一撃で斬り捨て逃げる。
「おいおい! こんなにいるなんて聞いてねぇぞ!! Uターンだ! 逃げろヘタレ!!」
逃げるのは得意なヘタレ。くるっと後ろを向き直して、凛々しさを忘れたブサイクな必死の顔で、全力で羽ばたく。
俺たちを追従してくるその数はおよそ200匹ほどに達した。たびたび背後からブレスや火炎球が飛んでくる。
ワイバーンは翼を広げると4メートルくらい。大きい個体で7メートルくらいになるようだ。暗めのオレンジ色をしており、ガリガリで体表に毛はないように見える。腕はなく、翼膜をもった翼を腕がわりに使っているようだ。それに先が槍のように鋭く尖った長い尻尾を持っている。
ヘタレはパニックになっているのか。無我夢中で羽ばたき、山肌にぶつかりそうになる。
「うおい! 危ねぇ!」
俺が風魔法で向きを変えて難を逃れる。ヘタレの顔を見ると、目がグルグル回っている。
「ほんと表情豊かな鳥だよ!!」
剣の鞘でヘタレの足をバシバシと叩く。俺の声に反応し、我に返ったようだ。
「俺がついてる! しっかりしろ!」
ヘタレはコクンと頷くと、混乱は収まったようだ。前を向いた。
「やるぞ。合図したらもっと限界までスピード上げろよ?」
ヘタレは再度頷いた。俺は全力で魔力を込め、俺の真後ろ、追従してくるワイバーンとの間に強力な1つの魔鼓を作る。
「今だ!」
ヘタレはグンッと速度を上げた。周りの景色が一瞬で流れ、ワイバーンたちを突き放していく。
ヘタレっ、やれば出来るじゃねぇか!
「ほれ」
ギュウンンンン…………!!
俺が発動したのは魔鼓を起点とした重力魔法だ。周囲を飛んでいたワイバーンたちはわけもわからず、吸い寄せられてはくっついていく。
「ゴガガガ!!」
「ゴゴガガガガガガガガ!!!?」
「ゴゴガ!?」
俺がヘタレに速度を上げろと言ったのは、これに巻き込まれないようにするためだ。
「ちょ、ちょっとやり過ぎたか?」
俺が全力で魔力を込めた重力球は、ワイバーンだけでなく、周りに乱立する山脈の山肌をも引き寄せ始めた。メリメリと周囲1キロくらいから巨大な岩石を剥がし、それが飛び交い始める。
「避けろヘタレ!」
普通の家屋くらいの大きさの岩石が俺たちを掠めていった。慌てて重力魔法を弱める。
「危なかった…………自分の魔法で死ぬとこだ」
ヘタレがじろーっと俺を睨んでいた。
「悪かったって!」
だが、そうして巨大なワイバーンでできた球体が出来上がった。
「「「「ゴガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!」」」」
その球体がまとめて鳴きわめくと鼓膜が破れそうだ。
「ガーガーうるせぇなこいつらは、よっ!」
そこに全力の雷を落とす!
ピシャアアアアアアアアン!!!!
バリバリバリィィイイイイ…………!!!!
「ゴガッ…………ガ…………!」
このようにまとめておけば、雷魔法ならすべてのワイバーンに電気が伝い、平等にダメージが入る。3度雷を繰り返すと、プシューと煙を上げながらワイバーンたちは静かになった。
「よしっ! じゃあ帰るか!」
だが、ヘタレから反応がない。
「ん? おいヘタレっ! 飛びながら気絶するなっ!」
ヘタレは俺の雷魔法に驚いて気絶していた。
◆◆
そうしてヘタレをしばきながらジズの元へ戻ってきた。もちろん、ワイバーンの球体も連れてだ。
「ジズ戻ったぞ!」
「早かったな。どうじゃった?」
ジズが伏せていたその巨大な頭をぬっと持ち上げた。
「ほれ」
俺は200匹以上にもなるワイバーンたちをドサドサドサとジズの前に置いた。洞窟内にワイバーンの山ができる。これだけあれば、ジズのでかさでもしばらくはもつだろう。
「なんとお主、期待以上じゃ!」
「まぁな。これで足りるか?」
「ああ、充分じゃ。これだけ捕れれば、この辺りもしばらくは安全じゃろう。また奴らが住み着くまでにこの愚息が成長してくれることを祈るばかりじゃな」
ヘタレが器用に翼で顔をサッと隠した。
「それはまだまだ先のようじゃがのう」
「みたいだな」
俺とジズは揃って笑った。
思ったよりジズとは気が合うようだ。やっぱり意志疎通ができれば種なんて関係ない。
「それはともかく、お主に礼をせんといかんな」
ジズが小さく言った。
「礼? いらねぇよ。こいつに運んでもらえりゃそれで充分だ」
「いや、わしの方からも礼をしたい。…………そういえば気になっておったんじゃが、お主から1つ生き物の気配があるの。それもかなり小さいものじゃが」
「小さい…………? あ、こいつか?」
そう言ってポケットから黒い卵を取り出した。これは毒で死にかけたとき、洞窟でたまたま見つけたものだ。
「それじゃそれじゃ」
ジズはウンウンと頷く。
「これが何の卵なのかわかるのか?」
「おお、長いこと生きてるわしを舐めるなよ? まかせておけ」
ジズがその大きな目でじろじろと卵を見つめる。
「…………ん? これは…………ん~~~? …………わからんのぅ。わしにもわからんとは、何じゃこれは? いや、じゃがこれが卵であることは確かじゃ」
フクロウのように首を傾げるジズ。
「おいおい、あんたでもわからんのか?」
「そうじゃな。魔物はのぉ、親から生まれる場合と、ごく稀にじゃが魔力溜りから自然発生する場合がある。後者の方がレアで特徴的な魔物が生まれるんじゃ。これはそれじゃろうな」
「へぇ」
「じゃが、魔力から魔物ではなく、卵が発生するとは聞いたことがないの」
「そうなのか?」
「普通は魔力から魔物自体が形作られるものなんじゃが。もしかすると、その卵はまだこれから魔力を蓄えて成長するつもりなのかもしれん」
「こいつを俺が孵したら俺に懐くかな?」
「もうそいつは親をお前じゃと認識しとる。たまには魔力を食わせてやるといいぞ」
ジズは親の顔でニコニコと話した。
「魔力を?」
「そうじゃ。わしらもそうじゃが、卵のうちに魔力を与えてやるとより強力な子供が生まれるんじゃ。どれ、ならばワイバーンの礼として、わしが溜め込んだ魔力をやろう。ついこないだからじゃから大した量ではないが……」
「お、お前の魔力? それって、いつから溜めてるんだ?」
「50年ほど前かの? こないだじゃ」
「こないだじゃねぇよ! だとしたら馬鹿みたいな量だろうが! この卵がもたねぇよ!」
「大丈夫じゃ。その卵のポテンシャルははかり知れん。いくぞ?」
ジズの体が光ったかと思うと、ユラユラとしたものが卵に吸い込まれ出した。
ゴゴゴゴゴ、ゴゴゴゴゴゴゴ。
…………なんて魔力。洞窟が振動し、パラパラと小石が降ってくる。それにこれだけの魔力は、俺に直接害はないが、気分が悪い。胃の内容物が喉元までせり上がってくる。魔力酔いってやつか?
「こんなもんかのぉ。かっかっか!! いや、まさか全て吸収できるとはわしも思わなんだ。またお主も魔力をやるといい。このポテンシャルなら生まれた赤ん坊は『王』になるかもしれんの。かっかっか!!」
「わ、わかった。ありがとな」
今のを見て、ジズが本当に敵でなくて良かったと思った。むしろ彼に出会えた俺は運が良い。
というか、今の魔力でジズの息子が泡を吹いていた。情けない。ぶっ飛ばしたい。
「まぁ、まだ待て。お前にわしの『加護』をやろう。礼はこっちが本命じゃ。今のはついでじゃ」
そうだとばかりに軽く言いはなったジズ。
「か、加護!?」
「何もそんな驚くことはない。長らく誰に授けるわけでもなくもて余しておったからの。もしこのままわしが死んでしもうたらもったいないわい」
「いや、そんな適当に決めて良いのか!?」
「いくぞ、ほれ」
全く人の話を聞かない鳥だ。
「お、おい!?」
一瞬だけ、ジズと俺が同時に淡く輝いた。
「…………ん? これで終わりか? 特に変わった感じはないが…………」
身体を見渡しても変化はないようだ。
「わしも加護をやるのは初めてじゃから知らん」
「知らねぇのかよ!」
「自分で探ってみることじゃな。そろそろ行け。気を付けるのじゃぞ」
「はぁ…………じゃあな。またその氷を溶かす手がかりがあったらまた来る! 加護ありがとうよ!」
「おお、その時は頼むぞ。わしの加護があればわしの大体の居場所は感じられるはずじゃ。達者でな」
それからまた、俺はヘタレをしばき起こして飛び立った。
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名前ユウ16歳
種族:人間
Lv :59→83
HP :780→1220
MP :2450→3690
力 :675→980
防御:599→930
敏捷:950→1430
魔力:2696→4010
運 :95→130
【スキル】
・鑑定Lv.8→10
・剣術Lv.6→7
・探知Lv.10→高位探知Lv.1 NEW!!
・魔力感知Lv.9→10
・魔力操作Lv.10→魔力支配Lv.1 NEW!!
・並列思考Lv.7→10
・隠密Lv.6→8
・解体Lv.1→4
・縮地Lv.2 NEW!!
・立体機動Lv.3 New!!
・千里眼Lv.2 New!!
【魔法】
・火魔法Lv.6→7
・水魔法Lv.5→6
・風魔法Lv.5→7
・土魔法Lv.6→8
・雷魔法Lv.6→8
・氷魔法Lv.3→5
・重力魔法Lv.7→9
・光魔法Lv.3→4
・回復魔法Lv.8→10
【耐性】
・混乱耐性Lv.5→6
・斬撃耐性Lv.2→4
・打撃耐性Lv.3→4
・苦痛耐性Lv.6→9
・恐怖耐性Lv.7→8
・猛毒耐性Lv.7→死毒耐性Lv.9 NEW!!
【補助スキル】
・自然治癒力アップLv.9→高速治癒Lv.7 NEW!!
・魔力回復速度アップLv.9→魔力高速回復Lv.5 NEW!!
【ユニークスキル】
・お詫びの品
・結界魔法Lv.1 NEW!!
【加護】
・ジズの加護 NEW!!
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読んでいただき、ありがとうございました。