放課後-見つめ合う二人-
時刻は夕暮れ。学園祭初日の帰り道、護と潔子は二人で歩いていた。
「落ち着いたか?潔子。」
やさしそうな声で護が潔子に話しかけた。
彼女の目の周りはまだ真っ赤だった。
「……うん、何とか落ち着いた。」
やや間が空いて、小さな声でありがとう、と彼女は彼に言葉を返した。
「恋なんかするもんじゃない、って分かっていたのにね。あーあ、なんかおかしいな、私。」
「そうかな?」
「そうよ。あんたの机に満子先輩のラブレター入っていた時から、調子おかしいんだよね。」
突然、彼女の言葉でその場の空気が重くなった。
「え?」
「だってさ……変な感情抱いたんだよ、護に。こう、なんていうか、どきまぎした感情が。だから、アンタのせい。」
再び、空気が一変して軽い雰囲気に変わった。
「……おかしくね?俺の机に間違えて、ラブレターをいれた満子先輩を責めるなら、ともかく。俺のせいっていうのは、お門違いだよ。」
「先輩のせいにしないでよ。その感情を抱いたのは事実だから、それを護が抱かせなければ良かったんだって。」
次の瞬間、護は即答した。
「納得いかねぇ。論点をずらすなよ、そんな事をいたって過ぎ去った時間は帰ってこないよ。」
「文学少年か、その言い訳は……まぁ、慰めてもらったし、そういうことにしておくね。護に私の弱い所、知られた訳だし。」
「知られたらマズイのかよ。この話、平行線になりそうだから、話題変えるわ。《Last Orders》シリーズ、覚えているか?」
その言葉に少し嬉しそうな顔をする潔子は、もちろん、と言ってうなずいた。
「恋愛に夢中になっていたから知らないだろうけど、全作品を1つのソフトにまとめてリメイクして来月に、携帯機で発売するぞ。名前は《Last Orders Collection Plus》だぜ。一応、番外編やらも新規で製作して入ってるんだぜー」
「えっ?!ってことは、6作目も入っているから……レンカー・R・ロード様出るって事よね!新規も入ってて携帯機かぁ、すごいね。今の時代。」
既に満面の笑みになっている彼女の顔をみて、少しひいた顔をする護が続けて言った。
「流石。そのキャラが好きなだけの事はあるわ、一応ホームページのキャラ紹介に新しく追加されてたから家のパソコンで見てみたら、どうだ?」
「そうするー。楽しみ増えたなぁ……嬉しい。護の事だから、限定版買うんでしょ。いくら?」
「税抜きで1万8千円。約2万円だけど、正月のお年玉作戦で解決。誰かさんが恋にうつつを抜かしている間に、予約したもん。」
彼の勝ち誇った顔が彼女の視界に入るが、呆れた、と言って彼女は話を続けた。
「私は通常版買うから、そこまで問題ないけど…その値段だと資料集ついてきそうだから、貸してね。」
「よく分かったな、オイ。レンカーだけ大好きだからって、写メで撮って待ちうけになんかするなよ。」
値段的に予想できるじゃない、と少しため息をしつつも続けて言った。
「しないわよ、そんな事。自身の目に焼き付けておくことこそ本当の《写真》ってもんよ。」
「怖いわ、マジで怖い。好きになったキャラを持つと皆、そうなるんだね。」
「あーアンタはどっちかっていうと主人公よりではあるけど、満遍なくキャラを愛するタイプだよね。ドーピングアイテム、主人公だけに入れ込むけど。」
潔子の思い描く風景に、横でゲームをやっている護がゲームの主人公に、そのアイテムをつぎこみ強化しているのをしみじみと思い出していた。
「その弊害として2作目のアーカイブやって、中盤の山場で主人公が死んだ時は絶望したんたぞ。主人公復活ルートがあって、良かった。」
「中学の時だっけ。アンタ、呆然としていたもんね。それにさ、2作目の時は序盤の悲劇から主人公復活まで暗い話、続くじゃん。」
「でもそういうストーリーだったからこそ、当時のゲーム大賞で最優秀賞とユニーク賞、審査員特別賞、受賞したからいいの。異端作として出した結果が、めちゃくちゃ売れたおかげで、今までシリーズ続いてるわけだし。そうじゃなきゃ、レンカーとも会えなかっただろ?」
「むー…正論を言うようになったじゃない。」
すると、突如、潔子の顔が険しくなった。
彼女は、こうして彼と会話するのが楽しいと思うようになっていた。
だが、その楽しいという感情が別な意味で心の中をざわつかせている事に気づいた。
「?どうした、潔子」
「いや、あんたと久しぶりにこんな長く会話したな、って。最後にこんな他愛もない会話したの、ゴールデンウィーク以来かなー」
「………そう、だな。夏休みからお目当ての人を好きになってからこの事、目に入らなかったらしいし、俺も体調悪くてかまってやれなかったからな。」
「は?かまってやれない、って何よ。私、アンタの………ッ!」」
恋人じゃない、と潔子は言い返そうとした。いつもの、幼馴染の会話のように。
その言葉を口にだそうとすると、声がつまった。まるで彼女自身も訳が分からなくなるくらいに。
それを言ってしまったら最後、今までの自分を否定するのでないか、という強い不安に潔子は、かられてしまった。
「潔子…?」
護の言葉に脅えおののく彼女は、再び瞳から涙が出てしまった。
「あれ…なんで、私、泣いているんだろう…え、どうして。」
「お、おい。大丈夫か?落ち着けって…」
涙がこぼれ落ちるとともに、彼女の呼吸が不規則になっていく。
傍にいた護が、よりそうように抱きしめた。
(怖い?……失うのが怖い、のかな。私っ……大丈夫、大丈夫!護は、どこにもいかない…こうして、私の隣に……。)
心地よいと思ったその時、彼女は気づいた。すると、涙は止んだ。
(私…護の事が、好きなんだ。アハハ、皮肉だなぁ……本当に大切な人は、傍にいたってやつかぁ……まだ分別がつかない子どもじゃないんだけどな。)
潔子は首を横に振ると、護は何かを悟ったかのように抱きしめる事を止めて、言った。
「まぁ、すぐに失恋のショックから立ち直る、ってのは厳しいだろうけど、頑張れよ。」
「…うん、ありがと。あのさ、護。」
「ん?どうした?」
「……アンタ、さっき私を抱きしめたでしょ。何も言ってないのに……セクハラで訴えてよい?」
咄嗟に出た彼女らしい言葉、だった。強がりたかった。幼馴染の彼にこれ以上、弱みをにぎられたくない。
どちらかといえば、弱みを握り、主導権を自分に戻しておきたかった。ただ、何の悪気もなかった。そう、諸刃の剣であることわかっていても。
(あー…失恋のショックで、混乱してるぞ。潔子のやつ…話は一応会わせておいた方が……良いよな、うん。)
一方の護は、彼女が彼を好きになったことに気づかず、失恋のショックで冷静な判断が出来ない、と錯覚していた。
「いやいや、だから、なんでそうなる……お返しになにをすりゃーいいんだよ。」
潔子の心がドキッとした。強く言い返して、バイバイしてまた明日学校で…という予定が彼女の考えとは裏腹に狂ってしまっていた。
「…そ、そうねぇ……今度の振替休日に、新しくできたショッピングモールにいかない?ほら、ええと、買い物につきあってもらったり、さっき言ったゲーム《Last Orders Collection Plus》のPVだって、一緒にみたいから。」
(わ、私のバカッ!で、デートしたいって言えばいいじゃん……いや、付き合ってもいないから、それはどうかとは思うけど……)
混乱している潔子が正常な判断はできないまま、思いついた言葉をそのまま、護に口走っているかのようでもあった。
「お、いいね。ホームページからでも見れるけど、生で見るといいよね、あそこのモールのモニター、36インチの大型だったかな、楽しみ!じゃあ振替休日の9時に、俺の家の前に集合な。よろしく!」」
「分かってるじゃない、それでいいのよ。」
(護って…こんな馬鹿だったっけ。いや、コイツを好きになった私の方が、もっと馬鹿、なのかな…………)
そう言い合いながら歩いていると、もう目の前は、潔子の家だった。
「じゃ、約束な。また、明日。」
「ん。また明日。」
手を振って別れる二人。潔子の恋煩いは、まだ終わりそうになかった。
暗くよどんだ空から見える月が、光り輝いて二人をいつまでも見守っていた---------
数時間後、護は、自分の部屋のベットで横になり天井を見つめていた。
「あの約束って、デートだよなぁ……ま、いっか。気軽に行くとして、変な事を意識したら潔子に蹴られそうだし。」
ふと、彼は自分の喋った言葉に疑問を抱いた。
「…………あれっ、俺、潔子と付き合っている訳じゃないからデートじゃないよな……今度、明にでも聞いてみるかっ」
気持ちを切り替えてパソコンの前にある椅子に座った護の前にそれのディスプレイが、彼の顔を写した。
すると、なぜか彼は、無意識に潔子を抱きしめた事を思い出してしまった。
(俺、なんで、あの時潔子を抱きしめちゃったんだろ……幼馴染としてだよなぁ…もしかして、俺がアイツの事を好きに……)
思わず顔をふせる護。そして、自分がモールに行くことを約束した意味を、改めて再認識した。
(落ち着け!落ち着け、俺ッ!ただの、そうただの…幼馴染としての馴れ合いだ、うん。大丈夫…あんな事、言い出した潔子は誘っているのか?まさか、恋愛で頭がパニックなっているだけ、やっぱりやーめた、なんていうかもしれん。それに期待しよう!)
彼は何度も深呼吸をした後、パソコンの電源を入れた。先ほどのゲームの公式ホームページの更新がないかチェックするためでもあった。
だが、潔子とのデートの事を意識しすぎたあまり、すんなりと更新情報が頭に入らなくなり、彼は不貞寝してしまった。
(ダメだ、こりゃ。また明日、学園祭が終わってからゆっくり見ようっと……俺と潔子ねぇ、つりあうかなぁ、あんなおてんば娘と。)
一方、潔子も同じようにそのゲームのホームページを見ているが、頭に情報が入ってこなかった。
あの、彼女が好きだといっていたキャラクターの画像を見ても、護に対しての意識の変化が邪魔をし、心がゆらぐ事態となっていた。
(はー……重症だわ。レンカー様の絵だけは、目に入るけれど、他のゲームの情報が頭に入ってかないなんて……うー、切り替えろ潔子、!あんな…おせっかいな奴と私、つりあいそうにないのに…なんですきになるかなぁ………)
こうして、二人の関係に大きな進展が生まれた。
デートの日まで残り数日、二人は頭を整理しながら、今後の事についてどうするべきかを考え始めていくことになるのであった……
<第9話に続く>