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不器用な二人  作者: じゃが丸
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学園祭にて-ぶつかりあう思惑-

まだ残暑が照りつける日だった。とある女性の携帯電話の着信音が、部屋中に大きく鳴り響いた。


数十秒の間が空いた後、彼女は電話に出ると同時に、向こうから一方的な言葉が飛び交う。


「分かったわ。」


何となく答えを察知していたかのように、彼女はその一言だけを口に出した後、電話を切った。大きなため息をついて。


言葉では表すことのできない、感情。それは、選択した者に対しての人生を左右させる。


良いほうにも悪いほうにも…









それから数ヵ月後。運動会も過ぎ、文化部の主催とも言える学園祭の開催される日まで後少しと迫っていた。


護は、美術室にいた。


彼は、自分のデッサンしたリンゴの絵をまじまじと眺めつつ、上手く描けた事に気分は浮かれていた。


夏休み中に風邪をひき、疲れていた身体も早めに治しつつ、学園祭に出展する絵も無事に描き終えたからだった。


ふと何気なく、彼は幼馴染の潔子の方を見た。


そこにいた彼女は、晴天の空が写る窓を眺めつつも、強い決心をしたかの如く顔がりりしく見えた。


その様子を悟った彼は、何事かと思い、口を開いた。


「潔子……何か、あったのか?」


護の言葉にふりむく、潔子。


「護?特に何ともないよ、大丈夫…私、何か変かな?」


「うん、雰囲気がおかしい。悩んだ顔しているし。」


その言葉に潔子は怪訝そうな顔をしたものの、すぐにその顔からいつもの表情に戻った。


「相変わらず、護は変な所で空気読めるんだから。」


「…………俺、何か変な事したかな?潔子に。」


少し困り果てた表情をしながら、しぼりだすような彼の声に、彼女は笑顔で答えた。


「してないわよ。してたら、とっくに殴ってるから。」


そういうと、潔子は再び外の窓を眺め続けていた。


すると、護はその場から何も言わずに立ち去ってしまった。


その時既に、空の色は暗くなり初めていた----------



珍しく明と護は、部活動の終了時間が重なったため、二人で下校することとなった。


明は護の様子が、おかしいことに気づく。


その原因を姉である光から聞いていた彼は、何ともいたたまれない気持ちになっていた。


彼は親友に説明をしたかったが、姉からの口止めが強く、その事を話せずにいた。


突然、護が奇妙な事を言い出した。


「なぁ、明。すれ違いって、どうやったら解消できると思う?」


「すれ違い?誰かとケンカでもしたのか。」


「いや、してない。思い当たる原因もない。ただ、噛み合わない。会話が。」


「潔子さんと?」


その言葉に、顔をしかめる護。


「…まぁ、そんなとこだよ。やれやれ、女心ってのは難しいんだな。」


「時間が解決してくれるんじゃないか?まぁ、姉ちゃんにも聞いてみるから。」


「あー、まー…そんなに気にしなくて良いから。」


どこか人事のように、しかし、気にしつつ、彼は暗く染まった空を見ていた。


そして、その色こそ、彼の思っている感情に等しかった。


明の家の前に着いた後、護が手を振って別れのあいさつを述べつつ、そこから去っていった。


数時間後、明を含む家族一同が夕食を終えた後、再び姉の光に部屋に来るよう、呼び出された。


「…呼び出した理由は、何となく分かっていると思うけれど、護君の様子はどう?」


「いや、もう、潔子さんの様子がおかしいことには気づいているみたい。姉ちゃんの言いつけどおり、何も話しちゃいないけれど、さ。」


「時間の問題ってことでしょ?分かっている。どうやら、潔子は学園祭で行動を起こすつもりだから、要観察ね。」


はぁ、と大きくため息をつく光に、ため息をつきたいのはこっちだよ、と明もまた姉よりも大きいため息をついたのであった。


「なぁ、潔子さんの事さ。透先輩に恋人がいるのに、いいのか?」


「恋は盲目。何を言っても潔子の意思が変わらないのは、親友である私が、一番良く知っているから諦めているの。玉砕覚悟ね。」


少しうつむき、再びため息をつく彼女は、今後の事に頭を悩ますのであった。





一方、同時刻、護は自分の部屋で、今度発売するとあるゲームの公式サイトを閲覧していた。


夏休みに体調を崩していた護が、見ようとしていた既に発売されたはずのゲームであった。


だが、大人の事情で延期になり伸びに伸びて、再来月に発売する運びとなった旨を告知していたのである。


「限定版、税抜で1万8千超えかぁ…コツコツためたお年玉の紐を緩める時が来たな。1・2作目の時に俺は生まれてないけど、いいよなーこのRPG。」


そこのホームページの概要には"初代発売から約20年ぶりの初リメイク・前作から2年ぶりの発売!"と大きく表示されている。


更には、"過去のシリーズ全7作品をリメイクした上にオリジナル版も収録""新たにスピンオフ2作と後日談の新作つき" "有名な持ち運び可能な携帯ゲーム機で発売" "通常版価格は7千円(税抜)"等と大きく表示されており、それらを売り文句にしているようだ。


「これらに加えて限定版は、全作品の完全版サントラとアレンジサントラ、効果音CDまでついてる上に、約1200ページに及ぶシリーズ全てを網羅した設定資料集、そして未発売とされている幻の1作目の小説もついてくるなんて……ファンからしたら、もう、他のいらないゲーム売ってでも欲しいよなぁ…」


いつもならこういう情報を自分の目で確認した後、小躍りするのだが、こんな調子でもなお、彼の気分はのらないようであった。


「潔子は買うかなぁ…確か、6作目に出た主人公のライバルキャラがお気に入りだったっけ……それにしても、アイツ、何かあったのかねぇ。」


彼にとっては楽しい事のハズが心の底だけは晴れることなく、ため息をついて部屋の天井を眺めていた。


(アイツを不機嫌にさせるような事した覚えないのに…………)












それから数日後。とうとう、学園祭の日がやってきた。


全部で2日間行われるが初日に関しては、外部からの訪問者も含めて大勢の人で賑わう日でもある。


護をはじめ、美術部員達は決められた時間内に当番を任されていた。美術室には部員達の様々な絵が置かれており、見学しに来る。


つまり、その当番の時間を除けば、その生徒は自由行動となる。


開催から約90分は、護と満子当番となっていた。


「よろしくね、護君。」


満子が、護に声をかけるものの、考え事をしていた護の意識が現実に突如として戻された。


「えっ?!」


「あ、大丈夫?まだ風邪が治ってない…とか?」


少し心配そうに満子が、護を気遣うと、彼はこう答えた。


「いえ…ちょっと寝不足でして…お気遣いありがとうございます、満子先輩。」


元気なさそうにしかし、護の目力はしっかりとした表情だった。


「そ、そう。無茶は駄目よ?(…うーん、潔子ちゃんのこと薄々気づいているのかしら、ね。)」


学校内のチャイムが鳴ると同時に満子が外を眺めると、たくさんの来場者が集まってきている事を悟ったのだった。













一方、潔子は音楽室にて、光と打ち合わせをしていた。


音楽室は、関係者以外出入り禁止の看板がつけられている。どうやらお昼前に演奏会とコーラスをやるようだ。


「…透先輩が独りになりたい時は、いつもここの音楽室の隣の準備室で休憩しているの。部員もいるけど、独りの時が多いわ。」


「じゃあ、その隙をついて、告白すればいいね。ありがとう。光。」


「例になら、明に言ってあげて。陸上部の信頼できる先輩達から情報をもらったみたいだから。」


そういうと、潔子はただうなずいていた。


「…言うまでもないけれど、護にはこの事を話してないわ。告白が終わってからの方が良いでしょ?」


「……うん。アイツが首つっこむと面倒なことに、なりかねないからね。私から話す。」


もう、彼女は後ろを振り向かなかった。前だけを見ていた。


その様子を親友の光は、どうすることも出来ず時間が過ぎ去っていくことを祈るだけだった。


その願いは早くにも届くことになる。目的としていたあの透先輩が、音楽室にやってきたのである。


潔子は驚きのあまり、光の後ろに隠れてしまった。


「あ、おはよう。光ちゃん。」


透の突然の入場驚きを隠せない光だったが、深呼吸をして彼のあいさつに答えた。



「お、おはようございますっ!透先輩、もう音楽室に来られて早いですねー」


「そうでもないよ、ちょっと独りになってリフレッシュしたくてさー…って、後ろにいる子、いつも君を待っている人だよね?」


なんと、透は潔子の事を覚えており、どうやら光を待っていた生徒だと察したようだった。


その言葉に驚き、慌てて彼の目の前に、光は出てこざるをえなかった。


彼女は、緊張しているような口調で早口に話し出した。


「は、始めましてっ、光の同級生の潔子じゅんこって言います!」


「うん、よろしくね、潔子ちゃん。」


ニコリ、とさわやかな笑みがこぼれる。彼の顔は心を奪われるかのような表情でもあった。


「そ、それで!透先輩ッ!」


音楽準備室に入ろうとする、透を呼び止めた潔子は声を大きくして叫ぶような形をして言った。



「私と、付き合ってくださいっ!」


その瞬間、全ての空間の時間が止まったかのように、大きな静寂が生まれた。
























































潔子が透に告白してから1時間以上が過ぎた頃…………


美術室の当番をしていた護と満子は、美術室に来る大人や子ども達を相手にしつつ、それぞれの出展物に対しての説明をしたり、トイレの案内をしていた。


少しずつではあるが、人々の流れが音楽室にいくようになっていた。そろそろ演奏会の時間なのだろう。


「ふぅ、結構なお客さん…というより来場者の方々が来てくれたわね、護君。」


「……そうですね、例年、こんなに来られていたんですか?」


「いや、今年はいつもより多いんじゃないかしら。音楽室で開催される演奏会1日目に持ってきたからだと思うわ。例年だと、2日目のトップバッターだったから。」


疲れた表情をみせる二人ではあったが、当番で交代の二人がもう来てくれていた。


「二人ともーお疲れー」


「早いね、来てくれて助かるよ。」


護が疲れつつも、当番で交代の二人が早めに着てくれたことに感謝した。


「ありがと、二人とも。護君と同じ1年生なのに偉いわねー私の頃、3年生の先輩が一人サボっちゃって。当番が大変だったんだから。」


「そんな世間知らずの先輩もいたんですね……」


少し苦笑いをする満子の顔に、呆れながらも反応をする護だった。


「少し早いけど、交代しましょうか?もうすぐ、音楽室の前、混雑してここから下に行くの苦労するって、顧問の先生にも言われました。」


「じゃ、お言葉に甘えて。吹奏楽部の演奏中って、美術部が割と被害を被るのよ……ま、この高校の顔みたいなものだから仕方ないけどね。」


そういうと、満子は引継ぎを済ますとそそくさと、美術室から出て行った。


ほぼ同じ段階で、護も美術室の外に出た。


「後はよろしくー……さーて、俺はどうするかな……外の模擬店でも見てこようかなー」


ふぅ、とため息をついて、美術室の外を出て階段を下り1Fの自動販売機がある休憩所にまで、たどり着いた。


そこの椅子に、潔子が一人、絶望の表情を浮かべてもたれかかるように座っていた。


彼はその事に気づくと、自動販売機の前に立ってお金を入れると、自分用のお茶と潔子のオレンジジュースのペットボトルを購入した。


そして、それを持ちながら、彼女に声をかけた。


「……潔子、何かあったのか?」


その言葉に呆然としていた潔子は冷静さを取り戻し、驚いた表情で護を見つめていた。


彼女の目は真っ赤に腫れていた。


「泣いて、いたのか?」


「うるさいっ!言うな…言わないで、護。」


「…………」















彼は無言のまま、潔子のために買ったオレンジジュースのペットボトルを彼女に渡した。


彼女もまた何も言わず、それを受け取り少しの間、静寂が訪れていた。


ちょうど護が、自分のお茶に口をつけたと同時だった。音楽室からコーラスの大合唱が響き渡った。


すると、潔子がようやく、口をひらいた。


「私さ、フラれたんだ。護。」


その言葉に再び静寂が訪れるものの、彼の口が思わず開いた。


「……悩んでいた理由って、フラれた人に告白しようかどうか迷っていたの?」


そういいながら、潔子の隣の空いている椅子席に座った。


「うん。それにアンタの事も。」


「俺の事?」


意外そうな表情を見せる護に対して、潔子の口からは言葉が止まらなかった。


「もし告白されてその人と付き合うことになったら、幼馴染としての関係もこれで終わりだな、って。それもそれで何か、嫌だったから……」


「本当に好きな奴だったら、そんなのを押しのけてでも、選ぶべきなんじゃね?潔子の事を分かってくれる人を。」


「…それでも、さびしくない?自分の恋人以外に、相談できる異性がいなくなる、って。」


「下手すると浮気とか、もっと生々しいと不倫とかになっちゃうぞ……まぁ、気持ちは分からなくはないけれどさ。」


少し擁護するような形で護は、自分の考えた言葉をポツリと潔子に言い返した。


「……それは、そうね。人それぞれの意見、ってことで、この話題はおしまい。」


言い返せないのか、少し言葉を濁して彼女は彼に答えた。


「…ちなみにさ、なんてフラれたんだ?」


「それ、聞く事じゃないよね……護だから、良いけど。」


少し間を置いて、深呼吸をしてから理由を語りだした。


「その人には彼女がいるんだって。あまり知られてないらしいんだけど。だから付き合えません、って。」


「ふーん。ごくごく、自然な理由だね。潔子は知らなかった訳だ。」


「…光達は知っていたらしいけれど、私の物事が集中すると前が見えなくなる事を知ってて、敢えて言わなかったみたい。」


「ああ、うん。知っている。人の話を聞かないもんな、そういう時の潔子って。」


何よ、と少し不貞腐れたような顔をして、彼女は護をにらみつけた。


「そう、睨むなよ。睨んだら、その顔がもっとひどい顔になっちゃうぞ。」


「はぁ?!何が言いたいのよ、護!」


すると、護の表情が大きく変わり、真剣な顔をして潔子に言った。


「まだ頭の中がぐちゃぐちゃなんだろ?……泣き足りないくせに、強がり言ってるんだから。」


「言わないでよ……私だって、やっと泣くのが止んで…来たのに。」


彼女の瞳には、また涙がたまりはじめていた。


「我慢、しすぎなんだよ。潔子は昔から…もう少し、周りを頼っても良いんじゃないのか?」


「頼っているわよ……アンタとか、光とか……うっ、……うううわあああああああん!!」


まるで壊れた水道管のようだった。気がつくと、潔子は隣に座っていた護に泣きじゃくり始めていた。


彼女の目から湧き出る大きい水の粒が、彼のワイシャツを濡らしていく。


「……気が済むまで泣いていいから……そしたら、どうしたいのかまた話そうぜ、潔子。」


そういいながら、彼は自分の手で彼女の背中をさすっていた。


その時、潔子は彼のさする手を拒否することなく、むしろそれが心地よいとさえ思えた。


逆に、護もまた、彼女を慰めることに嫌な気持ち一つ感じることはなく、ただ彼女の気持ちを分かり合いと思うようになった。


泣きじゃくる彼女がいる中、未だに音楽室から聞こえてくる演奏の声に、その場の雰囲気は包み込まれているかのようだった。






こうして潔子の告白は、残念な結果で幕を閉じたものの、この護と潔子の二人の関係にも大きな変化が訪れていた。


それは当事者である二人はまだ知らない。


そう、互いを意識してしまう”恋愛”という大きな感情がこの時生まれた事を……



<8話へ続く……>

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