期末テスト終了-ラブレターの差出人-
あの日、確かに「それ」は机の中にあった。
護の周りにいた者達全てが、その状況を目撃していた。
茫然自失といった表情の護に、明は声をかけた。
「で、どうする?行くのか?今日の放課後。」
その言葉に、彼は我に返った。ラブレターが、机の上に置いてある事を再確認して。
「…ああ、一応な。間違いであることを祈るぜ?こんなことされても、困るし。」
そういうと弁当にある爪楊枝で、残っていたウインナー1個を食べ終えると、彼は少し考え込んでしまった。
(そう、誰かの机に間違えて入れたんだ。そうにきまっている。だけど、もし本当に俺だったらどうすればいい…?)
その状況を片隅で見守る、潔子もまた考え込んでしまっていた。
(この痛みは何なのか、理解できない。護に恋人ができる…それは嬉しいこと。あのおっちょこちょい見てるだけで……見てるだけ、私、おかしいなぁ、今日。)
混乱しながらも、お弁当に入っていた卵焼きの残りを口に入れて、むしゃくしゃしたように食べていた。
そして、昼休みも終わろうとしている中、護が席を外したのを見計らって、光が教室に帰ろうとする明に声をかけた。
「ねぇ、明。ラブレターの文字を見た?」
「一応。女性に筆跡みたいだった。姉ちゃんより綺麗な字だったよ……」
「何よ、それ。私でもあんな方法を使わないわよ。」
「何となくだけど分かってた。姉ちゃんは使わない方法だな、って。」
何かを察したかのように明は、続けて言った。
「姉ちゃんは嫉妬してるんでしょ?潔子さんと護をくっつけたいのに、それを引き裂こうとしてる奴を。」
「流石だね、我が弟よ。」
えっへん、というような態度で手を腰に当てて、いばる姉の姿にあきれる弟。
「RPGに出てくるボスキャラみたいな態度を取られてもねぇ…個人的な意見になるけれど、あそこまで護が動揺するの初めて見たよ。」
「当たり前でしょ。恋愛をしたことがないってことは、ああいうリアクションするもんよ。」
「潔子さんも、そんな感じ?」
それは触れてほしくなかった、とでも言いたそうな怪訝とした顔をする光は少し悩んだ末に、口を開いた。
「いや潔子を見るに、あの顔は……護に対しての恋心があったことに気づいて困惑しているって感じよ、あの様子じゃ。」
「どんな様子だよ、姉ちゃん。」
興味深そうに、明は姉を問いただした。
「女心を問いただそうとするな!」
光が深呼吸をして、間を置いた後、彼の問いに答えた。
「…………顔を見れば、潔子の場合は大体分かるわよ。かなり深刻になったわ…私の【護&潔子カップルへの道】計画が、めちゃくちゃよ。」
「……まだ諦めていなかったの?」
その言葉に反応した彼女は、大声で叫びだす。
「当たり前じゃない!幼馴染!お互いの家を行き来できる程そこそこ仲が良い!同い年!クラスも一緒!こんな少女マンガのような物件が、目の前にあってみなさい?誰だってくっつけたくなるでしょ?!」
「いや、それは少女マンガの読みすぎだよ。姉ちゃん。」
「何が悪いのよ!?」
冷静なツッコミを明はするものの、嫉妬している光の心には届かない様子に、彼は別な切り口を思いつく。
「それは置いといて、姉ちゃん。心当たりないの?護へのラブレター。いたずらにしちゃ、悪意ありすぎだぜ。」
「それがね、ないのよ。あったら、私から話しかけたりしてない。その本人の所に殴りこみにいく。」
「(カモフラージュじゃなさそうだなぁ)……納得がいくような、いかないような説明だね。心当たりがなくて、マジっぽいのは分かった。」
光が肝心な事を聞こうと口を開こうとしたその時、始業開始のチャイムが鳴り響くと同時に、護が教室に戻ってきたため、彼が明に声をかける。
「明、もうチャイム鳴ってるぞ?」
「分かってるって…姉ちゃん、俺、もう教室に戻るぜ?隣の教室だからって、授業の準備があるんだから。」
「分かった、分かった。ゴメンなさい。家に帰ってから、聞くわ。」
そういうと、明は自分の教室へと慌てて戻っていった。
(気まずいなぁ……)
護と光は顔を合わせるものの、気まずそうな雰囲気となったため、お互い知らないふりをして、教室へ入り各々の所に着席した。
そして、時は立ち放課後。運動場へと護は向かった。
いつもならば、運動部に所属している生徒達がそこでそれぞれの競技の練習をしているが、期末テスト前のため部活動は休みの状態になっている。
強い風が、運動場に吹いた。静寂だけがその場を支配していた。
護は手紙に書かれたとおりに、運動場に着いた。
その様子を近くにあった体育館の隅から、3人の影があった。
一人は、明。もう一人は、光。
そして最後の一人は……
「…手紙の差出人は、現れたの?光。」
「いや、まだよ。誰もいないみたいだわ。潔子。」
そう、潔子である。彼女もまた、護が気になって仕方ないため、光に話をして一緒についてきたのであった。
「んっ?誰か来たぞ、声を潜めろ。」
明の声に、二人は押し黙った。
運動場に現れた人物は………………
「あれ、護君?」
「えっ」
突然の言葉に驚き護は、声が聞こえた方向に振り向いた。
髪型は黒のポニーテールで、少しスレンダーで痩せた身体をした女性が立っていた。
そう、満子先輩だった。
「やっぱり、護君じゃない。どうしたの、こんなところで?何か用事でも?」
「いえ、別に……満子先輩こそ、どうしてここに?」
「あっ、いや、その……」
歯切れの悪い答えに、『何か』を感じ取った護は、ズボンのポケットにしまっていたラブレターを取り出した。
「俺の机に、これが入っていたんですけれど……犯人は、満子先輩ですか?」
そのラブレターの内容を開いて見せると、満子は錯乱した。
「えっ!!?ど、どうして、護君がそれを持っているのよ!確かに…明君の机の中に入れたのにっ!!」
「教室は隣ですよ?俺と明の机を間違えたのは、もしかして…………」
遠くから、体育館の影に隠れていた3人はその様子を神妙そうに見守っていたが、満子先輩だと分かると明が感づいた。
「……分かった。満子先輩、俺と護の机を間違えて入れたんだ。」
「えぇ…そんなベタな間違え方する人……いや、満子先輩ありえるわ。天然な所、あるし。」
二人はやれやれ、という感じで胸をなでおろした。
それでも、恋のキューピッド役をやっている光からすれば、その行動はベタすぎて怒りを隠しきれていないようではあった。
(私、あんな方法教えたことないのに!!何で勝手な方法で明とくっつこうとするかなぁ……先輩だけれど、説教したい気分。)
「…………さて、満子先輩はどうするのかしら?ごまかしたりはしないわよね?」
思わぬ言葉が、潔子の口から出た事に驚く光と明。
満子先輩が勘違いした、というのはあくまでも外野の意見であり、当事者しかその事が真実だと知ることはできないからだ。
(うーん……恋が芽生えたというより、ライバル出現したと見るのが妥当かしら?潔子にとって。でも、どうしよう。私の計画90度くらいズレ始めてる……恋愛において、不条理でかつ不測の事態が起きることは当たり前であっても。)
(えっ?潔子さんがこんな事言うなんて、何かおかしくね…?嵐がきそう……)
「明君の机って…………隣のクラスだったの?!」
「はい、そうです。満子先輩。」
「ご、ゴメンナサイっ!間違えたの、私です!!一応、ゆさぶりの意味もこめていれてたの。光ちゃんは関係ないわよ?私の独断だから。」
「……俺、こーいうのは良く分からないですけれど、本人に気持ちを直接伝えた方が良いですよ?そこにいるんじゃないかな。」
そういうと、彼は体育館の方向を指差した。案の定、その指差しした所には明がいた。どうやら、護は気づいていたようである。
「あっ!?明君!!」
「おそらく、俺の机の中にラブレターを入れた人を確認したくて、隠れていたんでしょう。悪気はないんで、許してやってくださいよ。」
そう話している間に、3人は仕方なしと言わんばかりに、運動場へと向かい、明から事情を説明し始めた。
「……というわけで護の言うとおり悪気はなかったんです、満子先輩。」
「いえ、元はといえば、私が机を間違えたのが始まりだから、お互い様って所でいい?」
「あの、ところで満子先輩……非常に言いにくいのですが、なぜ、明の机に運動場へ呼び出すラブレターを入れたんですか……?」
「いや、恋愛は自分で勝ち取るモノだと思って…光ちゃんのアドバイスだけで、明君とくっつくてのも中々、納得いかない所もあったのよ……。」
「あーいやーそのー、うちの明の悪い部分はよく、熟知していますがー本人を目の前にして言うのは…」
「俺の悪口じゃねぇだろ!姉ちゃんのアドバイスが拙いって事だろーが!」
「はぁ!?聞き捨てならないわよ、明ァ!」
そういうと、明と光は、運動場で追いかけっこを始めてしまった。
「やれやれ……あの二人も相変わらずだな…………」
「とりあえず、私は帰るね。今回は、本当にゴメンナサイ。あの二人にもよろしく言っておいてね、護君。」
そういうと、マイペースな満子はその場から立ち去っていった。
「これで一件落着、っと…………なぁ、潔子。どうした?さっきから、黙ってばかりで。」
「……ねぇ、護。」
神妙そうな顔をして、潔子は護の目を見つめながら言った。
「もし、もしもよ?さっきの満子先輩が、あなたを呼び出したラブレターだったとしたら、その言葉に応じて、付き合ってたと思う?」
「急に変なこと聞くなぁ…………そうだね、断ると思うよ、俺、恋愛はよく分からないし。それに……」
「それに……?」
「なんか、潔子がさびしそうにしている姿をみたくはなかったからさ。」
その言葉に胸の痛みは消え、逆に唖然とした表情をする潔子。それをみて護は、慌てて言葉を付け足し始める。
「あ、もちろんいつもどおり、他意はないから安心してくれよな。」
「うん、それなら……それならいいの。護。良かったぁ……」
「今、良かったって、言った?」
聞こえたハズの言葉に確認する護に対して、彼女はこう答えた。
「言ってないっ!私、もう帰るから、じゃあね。」
「ちょっと待って……数学で分からない所があるから、教えて……あーおいてくなよー!潔子!」
そそくさと潔子は、その場から立ち去ってしまった。
護も彼女をすぐに追いたかったが、明と光の追いかけっこをそのままにしておく訳にもせず、諦めたのだった。
彼は二人を諌めると、満子と潔子が帰ってしまった事を改めて説明し、3人はその場で解散した。
ラブレター騒動から数週間後……いよいよ、期末テストがやってきたのである。
4日間に及ぶ地獄の末に二人が待つのは……
「あー終わった、ま、赤点はないだろ。」
欠伸をしながら、護は教室から出てきたのである。その様子を見た明が隣の教室から同じタイミングで出てきて、声をかけた。
「やっと、終わったなー今度、二人でカラオケでも行こうぜー」
「そうだな。そうしようぜーところで……光さん、何かあったのか?朝からあんな感じだぞ。」
そういって顔だけを光の方向を向くと、絶望を体現したかの如く、顔は真っ青になっていた。
その時、既にこの二人は、護達の教室に入りながら、おしゃべりをしていた。
「あー英語の長文読解、死んだらしいぞ。あそこ配点高かったから、赤点は確定っぽいから、昨日泣いてた。」
「…あれ、そんなに難しい長文だったか?光さん、英語はボチボチだろうに。」
「そっとしておこう、姉ちゃん、キレると手がつけられないからさ。そういえば、潔子さんは?」
潔子は真っ青な顔をした光の傍にいて、彼女の背中をポンポンと叩きながらなぐさめていた。
「潔子は……まぁ、英語はゴールデンウィークの時に俺が教えたのもあって、何とかなったみたいだぞ。代わりにこないだ俺も、数学を教えてもらったし。」
「ふーん……そういう幼馴染って、良いよな。」
護は、明がそんなことを言うなんて意外だな、とつぶやいた後、続けて彼に言った。
「そういうもんか?そっちも、満子先輩はどうなんだよ?」
「あー、それ?まー、期末テスト前の騒動があってから、お互い会いづらい形だねぇ……テストも終わったし、何かしらアプローチが、あるかもな。」
やれやれ、という表情で明は、満子先輩のことを護に説明した後、二人は仲良く、お弁当を食べ始めた。昼休みの時間がきたのである。
そして、その様子を遠くから眺める潔子の姿が、あった。
(変わらないのが、1番よね……うん。きっと、これからもそのままで良いんだから…………)
この時、潔子は未だに気づいていなかった。この心に秘めた感情が、いずれ大きな力となって、良い方にも悪いほうも爆発することを。
また奇しくもその時に気づくべき親友の心は、赤点の補修という絶望に覆われていて察知することができなかったのだから。
<第5話へ続く…………>