02.白雪姫はハンドクリーム技を会得したい
「あら、セイハ。おかえりなさい」
玄関に向かっていると、横から声が飛んできた。そちらに目をやれば、大きな麦わら帽子が花壇の前に座り込んでいた。こちらに気付いた麦わら帽子からは碧色の瞳が覗く。
「……おう、お前か」
立ち上がった身体は、大きな大きな麦わら帽子のせいでいつもより華奢にみえる。どこから引っ張り出してきたのだろうか。相変わらず貧弱だな、と思えば麦わら帽子に隠れてしまいそうな小さな顔がむっとする。そこでやっと、セイハは自分がそれを声に出していたことに気付く。ここに最近ませてきた妹達がいたとしたら、マイナス8点、と評価されるところだ。因みに10点満点の評価である。いつからマイナス評価も加わったのか、セイハは分からない。
「こんな美少女捕まえて気付かないなんてどうかしているわ!」
はて、そんな話だっただろうか。
そんな呆れが表情に出ていたのか、彼女――白雪と名乗っていた――はふんと鼻を鳴らす。
「“美人”はこれからいくらでも使えるけれど、“美少女”期間限定なのよ?」
まぁ、私は幾つになっても少女のような愛らしさは失わないだろうけれど、やはりいつかはつい“美人”の要素の方が強くなってしまう時も来るでしょう。そう考えれば、今は背伸びせず“美少女”と形容すべきよね。
白雪の赤い小さな口が忙しなく動くのを視界の端に捉えながら、セイハは白雪の頬についた泥を眺めていた。汚れに気付かず、美しさとは、と語る白雪の姿は酷く笑いを誘う。彼女の声帯から溢れる鈴の音を拾って集ってきた小鳥達は、セイハの必死の抵抗を崩しにかかってきているとしか思えない。
「あー、はいはい」
噛み殺し損ねた笑いを溢しながら、セイハは指の腹で白雪の頬を拭ってやる。反射で強く目を瞑ってしまう様は追い討ちをかけにきている。
「……ちょっと、いつまで笑っているのよ」
「あ、ああ。ツボに入った、らしい」
最後には腹を抱えてしまったセイハを白雪は呆れたようにみつめた。日頃腹の底から笑うことが少ない分、一度ツボに入ってしまったセイハは鬱陶しい程に笑う。更にどういうわけか最近のセイハの笑いの肴は専ら白雪だった。彼女はそれが不満でならない。
「何よ、気付いていたわよ。気付いていたけど、手が汚れていたから放っておいただけ。」
忘れていたわけではないんだからね、と念押しする白雪の恨めしげな声に、折角整い始めていたセイハの呼吸はまた不規則に揺れた。
「そういう、ことにしといてやるから。取り敢えず、黙れ」
「花壇か」
やっと呼吸の落ち着いたセイハは、白雪の顔にかかった髪を耳にかけてやりながら言った。彼女の手は依然土にまみれていて空をさ迷っている。
「ええ。子供達は砂場として使っていたようなのだけれど、もう使わないようだからいいかしらと思って。」
不味かっただろうかと尋ねる白雪の瞳はやる気に満ちていて、否という返事など受け付けないような様子にセイハは肩を竦める。勿論構わない。女手の失っていたセイハの家に、庭の片隅に存在している花壇のことを覚えている者などいなかった。
「好きにしろ。何を植えるんだ」
「森の花を植え替えるのと、あと子供達が貰ってきたもの」
そこまで言うと、白雪は何かを思い出したようにセイハを置いて花壇に駆けて戻る。後ろに簡単にひとつに結った長い黒髪がさらさらと揺れる。身軽な様子を眺めていると、白雪は大切そうに両手で何かを抱えながらまた駆け寄ってくる。
「これは何の種なの?」
白雪の白い掌に乗っている小さな丸い種に、セイハは目を細めて見つめる。橙に近い黄色いそれは見覚えがある。
ラルカか、と口の中で呟く。白雪の瞳が光った気がして口を噤むが、白雪はそれを耳敏く拾った。ラルカ!と顔を明るくする白雪にセイハに苦った表情をする。セイハは曖昧なことをするのは嫌な質だ。
「いや、知らないぞ。薬草類ならまだしも、ただの娯楽用の植物なんて専門外だ。自分で調べろ」
勿論だと答えながら、白雪は形のいい眉をついと片方上げる。
「セイハ、“娯楽用”はどうかと思うわ」
“娯楽用”は流石の白雪も引っ掛かってしまったらしい。自分の相変わらずな言葉選びの下手くそさに、セイハは更に顔を歪める。
「分かってる。他意はない」
本当だ。セイハとしては、ただ分類として言っただけで見下げたつもりはなかった。固い声で答えるセイハに、白雪は何を思ったのか数拍セイハを見つめる。負い目で下手なことを言えないセイハは黙ってその視線を受け止める。しかし、白雪の瞳が楽しげに細められたのを確認した瞬間、負い目を感じるような余裕などなかったことに気付く。
「分かっているのなら、この花が咲いたら患者さんに差し上げてね。勿論セイハの手ずから」
「………。わかっ」
「子供達に手伝だわせてはダメよ」
「………。」
何匹苦虫を噛み潰したんだというようなセイハの表情に、白雪はそれはそれは楽しそうに笑った。
白雪はここにきて家事や庶民の常識、魔法など沢山のことを知り、吸収した。口を大きく開けて笑うことも、そのうちのひとつだ。勿論これはセイハではなく七つ子から学んだ。
「ラルカは……赤と黄色と、白と紫、だったか」
昔の記憶を引っ張り出してセイハは呟く。白雪は首を捻るセイハの横でストンと腰を落とした。そしてまだ何もない花壇を見つめる。
「青も、あるわ」
ラルカは小さな花をぽつぽつつける控えめな――はっきり言って地味な花だ。長所といえば、その色の種類の豊富さくらいだ。それを知っているセイハは、よく知ってるな、とつい正直な感想を溢す。如何にも華やかな花が好きそうな白雪が、雑草に分類されてしまうこともあるような地味な花を知っているとは思ってなかったのだ。それをまた口にする辺りが懲りない青年である。
「当たり前でしょう。淑女の嗜みよ。花と宝石、詩の知識は幼い頃に叩き込まれるの」
花言葉や宝石言葉は近場の国の分まで覚えなくてはならないから嫌になるわ、と文句を垂れる白雪に、セイハは素っ気なく返事をするだけだ。白雪はそんなセイハを横目で確認したが、無愛想だと文句を言うことはしなかった。
「…セイハは何色が好き?」
情緒溢れるような会話にセイハは目を瞬いた。セイハは少し逡巡した後、赤、と端的に答えた。好きなわけではないが、ラルカといえば赤というイメージがセイハには植え付けられていたのだ。家に――この花壇にあったのは赤ばかりだった。
「そう。私は、見ることが出来るのなら…青が見たいわ」
その光景を想像するように、白雪は目を閉じて囁いた。いつもはコロコロと煩いほどの明るい音をたてているくせに、時々白雪はこうやってしっとりした静かな声を出す。
「……。」
セイハはこの声が、この時の彼女の表情が酷く苦手だ。
「…それはまた、随分と見劣りする色を選ぶな」
意図してそういう言葉を選んだのは始めてかもしれない。そうすることでしか気を引く方法を思い付けない自分の不器用さに幻滅すると共に、それくらい目を瞑る程度にはセイハは形振り構っていなかった。
ラルカの葉は深い緑色だ。だからそれに鮮やかな赤の花弁がぱらぱらと散らばった様子はそれなりに可憐だ。一方、青は暗い色で、青緑と言っても間違いではないほど。見劣りするとまではいかなくても、質素なのは確かだろう。
「そうね」
白雪は淑やかに微笑んだ。
口は開けず、口角をゆるりと上げるだけ。うるさいような笑い声はたてない。唇から溢れるのは息と共に落ちてしまった柔らかい音だけ。瞳の碧は静かな色をしていた。“上品”と万人が表現し、誉め称えるであろうそれから、セイハは目をそらした。
セイハは曖昧なことをするのが嫌な質だ。中途半端は嫌いだ。やるならとことんやる。やらないなら、全く関わらない。突き通すことが難しいのは分かっているが、このスタンスできたからこそ、若い歳で医者なんていう職につけた。
白雪がそこらの少女でないことは明白だった。痛みを知らない長く艶やかな髪、荒れを知らない手と肌、きらびやかな服。小さな唇から出てくる言葉も、ひとつひとつの動作も、自分達のものと当ては嵌まらない常識も。何より、ただその場にいるだけで溢れでる雰囲気。白雪が『特別』なのは、それだけでよく分かった。
片田舎の医者なんかに彼女の全てを知ることなんて、まして受け入れることなんて無理だ。事情を聞けば情が簡単に移ってしまうことは、この短い20年間で理解していた。だから、彼女のこと――家族や身分や、何故あんなところに倒れていたのか、何故ここに留まっているのかも聞かなかった。
彼女も何も言わなかった。ただ、一時置いて欲しいと言われた。患者をそこらに捨てるわけにはいかないし、何より七つ子達の目の前でそんなことは出来ないのでセイハは頷いた。
(中途半端は嫌い、か)
踏み込めないくせに割りきれていないこの状態を中途半端と言わずして何と言うのか。
「にいちゃん」
幼い声に呼ばれてセイハは振り返った。目線は椅子に座っているセイハより幾分か下。目の前に掲げられたものをみたセイハが苦笑しつつも頷くと、三対の目が嬉しそうに輝いた。
「どうかしたの?」
端から彼らのやりとりを見ていた白雪はセイハの背から顔を覗かす。
どいつからだと問えば、三人は滑らかにじゃんけんの体勢に入る。じゃんけんをする口実が欲しいだけじゃないのか、と思わなくもないが、男の子組はいないということはそれなりに本来の目的があるのだろう。子供の成長の速度というのは目を見張るものがあるが、特に女の子の成長はめまぐるしい。
「ああ、手の手入れをしているのね」
彼女達が手にしていたのはハンドクリームだった。荒れの酷い白雪用にと調達してきたのだが、それは効用よりそういう行為に興味を示した女の子組を虜にした。今や、面倒がって忘れがちな白雪より頻繁に利用している。
トップバッターを勝ち取ったらしいムツキがセイハに小さい手を差し出す。
「えへへ、聞いてよユキちゃん。今日ね、さっちゃんにね、手がツルツルだねって褒められたんだよ」
順番待ちをしていたイツキが顔を輝かせながら白雪の膝に飛び込んだ。頬を染めるイツキに、ニキとムツキもいいなー、と声をあげる。そんなに嬉しいものなのか、とセイハが何ともなしに聞いていると、白雪が一瞬セイハに意味深に笑った気がした。確かめようとしたときには、もう白雪の視線はイツキに向けられていた。
「さっちゃんって、走るのが速いサトリくんのこと?」
「うん、そう」
は!?という叫びをセイハはなんとか飲み込む。
イツキは口をもごもごさせながらもしっかりと頷いた。その表情は嬉しさや照れが混ざったなんとも言えないもので、セイハはつい手を止めた。どういうことか問い詰めたい気持ちで一杯だが、ニキにさっさとしろと促される。目の前で繰り広げられている妹達の――否、女達の会話にセイハの頭はついていかない。その深い碧色に優しい光を浮かべてイツキの話を聞いていた白雪がちらりとセイハに視線をやった。イツキの手前、表情こそ大きく変えないものの白雪の思惑などセイハには手に取るように分かった。――妹達の考えも分かっているつもりでいたが、どうやらそれはセイハの願望だったらしい。
どうにかして詳しい話を聞こうと思っていたが、白雪のからかいを含んだ目が、セイハのプライドを刺激した。次に手を差し出したのはイツキだったが、セイハは黙って慣れた手つきで塗ってやる。白雪の思惑に乗ってやるのは癪に触るからと口を噤んだものの、セイハの心中は大荒れだった。
「…ふわ」
「ニキ、私がセイハの代わりに塗りましょうか?」
大きく口を開けて欠伸をしたニキを確認した白雪は、にこりと笑って提案した。考え事をしていたせいで、セイハの手際がいつもより悪かったのだろう。子供達の寝室である隣の部屋から聞こえていた話し声や物音はおさまってきた。男の子組もそろそろ夢の中だろう。
親切のつもりで言った白雪の言葉にニキは二の句もなく返した。
「いい」
否定の意味合いでのいい、である。断れるだなんて思っていなかった白雪は、ハンドクリームの蓋にかけていた手を止めた。何故なのかと問えば、ニキは簡潔に答える。
「だって、ユキちゃん、雑だもの」
「……。」
「……、くく」
白雪が言葉を発する前に、セイハの声が漏れる。押し殺したそれは、白雪に気を使っているというよりうとうとしている子供達を驚かせないようにという配慮のものだろう。
「……ちょっと待って、ニキ。それは、セイハと比べてということ?セイハの方が丁寧なの?」
白雪の必死の問いにニキは、うん、とあっさり首を縦に振った。悪気が全く窺えない様子が、また白雪の胸に刺さった。ショックを受けている白雪をよそに、ニキは早くしろとセイハを急かす。
悔しい、とつい溢れた白雪の苦々しい呟きをセイハだけが拾い、また小さく噴き出した。
「ムツキはもう寝るけど、二人はまだ寝ないの?」
白雪が腰を少し屈めて、頬にムツキからの口づけを受ける。白雪もそれを返した。
「まだ、寝れないわ。」
ムツキの問いに、白雪は毅然として首を横に振った。そして、ハンドクリーム技を習得するまでは、と真剣な表情で続ける。ハンドクリーム技ってなんだ、とセイハの心中は笑いの嵐に見舞われているが、そんなこと白雪の知ったことではない。
目に力を入れて口許を隠していると、ぐっと服の裾を引っ張られる。笑いを噛み殺すのに必死で気付かなかった。
「そ?んじゃあ、おやすみ~」
「おやすみなさい」
「腹出して寝るなよ」
「わかってるよ、もお~。れでぃには言葉選んでよ~」
3点!と叫びながら、ムツキがぷんぷんと唇を尖らせながらセイハの頬に口づける。セイハは、白雪がした方とは反対の頬にそれを返してやる。
3点。割りといい点数だ。
「で?観察してたみたいだけど、コツでも掴んだか?」
ムツキが寝室に入るのを見送った後、セイハは白雪を見やった。拍子に決死の防御壁が崩れ、目尻が緩む。
たかがハンドクリームにコツもくそもないように思うが、白雪をからかうためにそう言って、ニヤリとしてやる。
「…分からない」
いつもならからかうなと腹を立てるところだが、余程悔しかったのだろう。白雪は真面目な表情を崩さずに首を捻った。
「セイハ」
「ん?」
笑っていた名残せいか、応じる声はいつもより幾分か柔らかい。白雪は未だゆるりと上がる口角を忌々しそうに見つめた。
セイハも人のことを言える立場ではないが、白雪は変なところで負けず嫌いだ。さぞ周りに面倒がられていただろうな、と自身の経験からそう一瞬考えるが、セイハはそれをすぐ頭の外へ追いやった。
考え事をしていたセイハの目の前に、白い手がかざされた。反射でその手をとる。
セイハの手に易々と包まれてしまう手は、七つ子よりはよっぽど大きいはずなのに何故かとても小さく感じた。
来たときのように、爪は長くないし、赤いマニキュアも塗ってない。白魚のような、と形容すべきものだった肌は料理や洗濯などの家事で随分と荒れた。ほとんど塞がっているが、所々切り傷の跡もあった。最近はないが、料理なんてしたことのなかった白雪は、何回包丁を踊らせたか分からない。
セイハは人工的な赤ではない健康的な薄桃の白雪の爪をみて、なるほど、こういうのを桜貝色というのか、なんて呑気に思った。
「もう、もったいぶらないで、早くして」
焦れたような白雪に、初めてハンドクリームを塗ってみせろという意味合いで手が差し出されたのだと気付く。
「……。それが、人にものを頼む態度か」
「いいじゃない。私も塗ってあげるわ」
「いらんわ。正直に練習台になって下さいと言ったらどうだ」
「ニキをぎゃふんと言わせるために、練習台になって。」
「……負けず嫌いだな、相変わらず」
ため息をついて言えば、何故か白雪は驚いたように目をパチリと瞬いた。だが、気を取り直したように笑って言った。
「セイハに言われたくはないわ」
「うん、分かったわ」
ふふん、と白雪は自信満々に笑ってみせた。
「そりゃよかった」
じゃあさっさと寝るか、とセイハは支度を始めようと席を立った。しかし、それは途中でセイハの服の裾を掴む手に阻まれる。
「私もやってあげると言ったじゃない」
「…いらん」
口でも態度でも拒否を示しているというのに、白雪はめげない。完璧主義に巻き込まれる周りの者の気持ちが少し分かった気がした。今度から少し、気を付けようと思った。
「荒れるくらいなんてことない」
「セイハはそうかもしれないけれど、患者さん達は困るかもしれないわよ?ガサガサして痛いのは嫌だろうし、あかぎれが出来ても面倒でしょう?」
確かに一理ある。何より、白雪は粘り強い。ここはさっさと折れてやった方が楽だろ。そう自身に言い聞かせ、セイハは渋々といった体をしたまま白雪の前に座った。余計なことを言い出したニキが少し恨めしい。呑気に笑っていた自分も腹立たしい。
「ええと、」
白雪は暫し空を見上げた後、自らの手を首に当てた。
「何してる」
「温めてるの」
訝しげに尋ねると、邪魔するなとばかりに短く答える。どこからそのやる気が出てくるのか不思議だ。
首から手を離すと、今度はセイハの手を両手でギュッと握りこむ。手は温かいというより生温かい。
「あったかい?」
「……ああ、うん、まあ」
動脈のある首で温めてこれなのか、と敢えて考えをそらす。先程の冷たい手を思い出し、今度生姜湯でも作って飲ませなければなと考える。冷えは案外身体に負担をかける。若いからそんなもんだと放っておくと後々困るのだ。
白雪はクリームを人差し指の第一関節分ほど取るとセイハの手の甲に乗せ、またその上から手を重ねた。自身の熱でじんわりとクリームが溶けたのを確認して、それを指先まで広げていく。そして親指から順々に、根本から軽く引っ張るように塗り込んでいく。何をそんなに慎重になっているのか、白雪の動作は随分ゆったりしていて、セイハにはそれがとても長く感じた。
白雪がひとつも視線を上げないことをいいことに、セイハはじっと白雪を見つめる。長い睫毛が頬に影を落としている顔は一生懸命な様子で、なんとなく、という理由で急かすには気後れした。色々考えた結果、セイハは黙って好きにさせることを選んだ。
「どうだった?なかなかでしょう?」
えへんと胸を張る白雪にセイハは軽く相槌を打つ。
「まあ、いいんじゃないのか。時間かかった気もするけど」
「雑って言われたからね!」
なるほど、思った以上に根に持っていたらしい。飛び火を食らったセイハとしては、いい迷惑だ。
あとさ、とセイハが言葉を付け足すと、白雪は機嫌良さそうに続きを促した。
「なんでそんなにおっかなびっくりしてるんだ。」
もう少し勢いよくしてもいいだろうに、白雪は酷く繊細に作業していた。あれは結構焦れったいので、セイハとして勘弁して欲しい。
「え?そうだったのかしら?」
分かった、気を付けるわ、と返事をしながらも白雪は首を傾げる。
「セイハのやった通りにしただけだから、よく分からないわ。」
「………。」
うーん、と眉を寄せる白雪を数拍見つめた後、セイハはゆっくり視線を逃がした。
「くだらんこと考えんでもいいから、戸締まり確認してこい」
「はーい」
白雪の学習能力の高さが憎らしい。
その日からセイハにハンドクリームを塗ってもらうための子供達の列の最後尾に白雪が並び始めたのは、また別の話だ。
作中に登場するラルカは架空の花です。