財布の歴史、お金を入れる財布の歴史とは?日本文化試論
財布、、
人間の欲望と見栄と貪欲と、物欲の詰まった物体、
それが財布ですね?
さて日本でお金を入れるもの、がいつ誕生したのか?
それはもちろん和同開珎の誕生に始まる?
いいえそのころのお金って呪術的な?祭具?的なものであり、世間に流通などしなかったのですね。
極く一部特権階級のみの、ものです。
で、、いわゆる財布的なものが誕生するのは
せいぜい、、鎌倉時代ごろです。
財布とは言わずもがなお金を入れる袋状のものを言う。
上古はいざ知らず、
日本では、鎌倉時代ころから貨幣が一般的に流通し始めた。
そのころの貨幣はもっぱら中国の文銭を輸入してそのまま使ったのである。
当時の日本政府?は貨幣を一切鋳造しなかったのである。
これは江戸時代に寛永通宝が幕府によって鋳造されるまで続くことになる。
日本は他国の、つまり中国の文銭をただ輸入して自国通貨として使ったという
奇妙奇天烈な事を続けたのである。
さてお金があれば財布も必要ということで、
文銭は穴が開いているので、一般には、その穴にひもを通して束ねて、もちはこんだらしい、
藁ざしとか紐さしとか言われる、、100枚を穴に紐を通して結わえる、これを袋に入れたり布で包んだりして運んだらしい。
財布など必要なかったのである。
とはいえもっと少額の銭はどうしたのか?
当時、巾着というものがあった、布。皮などで作ったあの、、巾着である。
これは主として砂金や、小粒金などを入れるのに使ったらしい、
だから当時の財布はこの巾着ということになる。
巾着はそもそも、布や皮の袋でかなり古代から使われていたもので、
古くはポシェットとして何でも入れたようだが、
アルプスの氷の下から発見された5000年前の氷漬け人間、
アイスマンが「つる」を編んだポシェットを持っていましたよね。
室町時代頃には巾着はもっと多様に、使用法は、
これには、薬や、煙硝、砂金、火打石、はんこ、などを入れたのである。
この巾着を腰に吊るすので、根付が発展したというわけである。
江戸時代以前にはモノの運搬用には、背中に籠を背負うか、腰に「どうらん」をまくか、
小さなものは巾着にいれて、、というのが普通だったらしい、
さて
いわゆる財布が一般的に使われるようになったのは江戸時代である。
ところで江戸時代、服は和服ですよね。
和服にはポケットがありません。
ですからお金を入れる袋状のものを根付でひもで結わえて根付を帯にひっかけて
つるすしかなかったのですね。
根付は帯に引っかかりますから袋は決して落ちません。
お金入れではありませんが印籠がありますね。
印籠は元もとは、薬入れですがのちに装飾品になり実用性はなくなりました。
印籠も根付で帯につるします。武士のアクセサリーですが裕福な町民もつるしましたね。
さて
江戸時代の財布の種類を以下に項目的に、挙げてみよう。
1、早道、 銅の筒に、皮で作った小さな袋がついている。銅の筒部分を帯に挟んで持ち歩く。
主として小銭(文銭)判子などを入れたもの、これは小間物師にしか作れないものです。
燕口 早道に似てるのですが、帯に掛ける部分が、フック状になった爪がついていて、
楕円形の皮製の小銭れの袋がついている。そういうのもあります、これは寛永通宝が
まあせいぜい、50枚も入れればいっぱいになるような小さな財布?です。
2、巾着
主として革製で、根付と緒締め玉がついている。革製は小間物師にしか作れません。
判子、小銭、薬、などを入れた、これは火打石や火薬入れが原型である。
皮は、印伝、が多いですが高級なものでは金唐皮などのものもあります。
布で適当に袋を作って一般庶民が使った例も多いです。
さて、
巾着袋といえば今でも
ポシェットと名を変えて広く愛用されていますね。
私がここで取り上げるのは
主として江戸時代に使用された
革製の巾着袋のことです。
大きさは15センチくらいの
鹿皮製が多いです。
これに、根付と緒締め玉が付属します。
これを腰に下げて携帯したわけですね。
小間物一切なら、
まあ何でも入れられるわけですが、
さてではこの革袋に当時の人は、何を入れたか、
というと、
一番用途の多かったのは
火打ち袋としての用途でした。
火打石と刃鎌、火くち、などのセットを入れたのですね。
これは戦場に行く時の武士や、猟師や、マタギ、アイヌ人などが
使用したものが残っています、
中にヨモギの火口が残っているものもあります。
要するに火縄銃用の、必需品ですね。
こうした用途の巾着は結構火薬くさかったり
汚れのひどいものが多いです。
次に多かったのが
町人や農民がはんこ入れや、小銭入れにつかったものです。
お守り入れにも使った例もあります.
また、刻み煙草を入れた例もあります。
煙草入れですね。
となると煙管はどうしたのでしょう?
いわゆる「とんこつ」というのは、
刻みいれと煙管筒がセットになってるわけです。
こうした使用例のものは保存状態がわりと、きれいですね。
また、しゃれた根付や締め玉がついていたりします。
布製のものもありますね。
火薬入れとして、戦場に持っていく、あるいは猟師の火打石入れでは布製など耐久性がないので
ありえませんが、
市中で小銭れやらお守り入れでは
布製でもよかったはずです。
あるいはマタギの巾着にはクマ皮の巾着もありますね。
猟の安全と魔除け(森には魔物が住んでいますからね)のために、
イノシシの牙の根付とか、クマの手とか(そのままですよ)
狼の牙(というか上顎の骨]の根付などを
あしらったものも見かけますね。
ところで、
装飾化した、
しゃれた布製で刺繍のあるかわいらしい
女性用のたぶんお守り入れ用、、あるいはにおい袋、の巾着もも見たことがりあります。
時代は幕末ころでしょうか?
印籠が、実用でなく
装飾品になったしまったため。
巾着はあくまで
実用品として命脈をたもったのでしょうね。
ですから巾着には
女性用のお守り入れなどの特殊な例を除いて
全く装飾っ気はありません。
革袋も無地が多いです。
玉もメノウとか
根付も
象牙の丸切をそのまま使ったものなど
装飾っ気なしですね。
あくまで
実用品だったわけですから。
そういう点が私は親しめるというか、
好きな点ですね。
印籠の華美より、
巾着のやぼったさが好きです。
ところで
昔、掏摸(スリ]のことを
『巾着切り』といいました。
文字通り巾着のひもをそっと切って
盗み取ることからきています。
ところでこんな変わった巾着もあります。
変わり巾着リスト、
、道中燭台が仕込まれたもの、
早道と合体したもの、
胴乱のような物、
3、 懐紙入れ、
御夫人の紙入れが転訛したもので、元もとは鼻紙み入れ、、櫛なども入れた、。
更には、藩札などを入れたもの、小さな鏡など
はいっているのもあります。材質は皮製が多い。布製もある。
高級なものでは。インド更紗、金唐革、ビロード、刺子、相良刺繍などもあります。
財布の口を止める、銀の金具や、その彫金も凝ったものが多い、
女性用に特化したものとして、「ハコセコ」がある。これは化粧品などを入れたもの。
4、胴巻き 3折れ財布、長財布、どんぶり、、道中財布、、等ともいう
商人・旅人などが使った。小判や分銀を主として入れた、
布・革製で長細い30センチほどの長方形状の皮袋にお金(小判分銀などが主)、、
を入れて、
くるくると巻いて帯の中の腰に挟む。
小判など大事なものを入れた。皮は鹿のなめし皮でとてもやわらかく丈夫です。
これを3段巻にして文字通り胴に巻いた。
この胴巻きは、一般人も適当に布で袋を作ってそれを金入れとして使った例も多いです。
何しろ細長い袋を作ればよいのですから誰にでも作れます。「縞の財布に30両」、
、というセリフがありますがそれがまさにこれですね。
5、大名財布 懐紙入れの豪華版、大きい見せ財布。金具や素材が高級。
印伝、金唐革、インド更紗、西洋の古裂など、
6、大夫財布 大夫が見せるために豪華に作らせたモノ、懐紙入れの豪華版、
7、一つ提げ、 皮の財布を根付でひもで結わえて下げる。
8、胴乱、厳密には財布ではない。そもそもこれは戦場で火薬入れや火打石もぐさ、等を入れた胴に
つけたポシェット?というか戦場夜用鞄ですね。これが転用されて一般人も小物入れに使った例があります。
9.がま口 明治に流行した革袋で、
金属の口金でパチンと締められる、
10、藩札入れ
藩札は懐紙入れに入れたのだろうが、メズラシイものとしては
15センチほどの板で藩札を折れないように挟んだものもある。
財布は江戸から明治にかけて豪華さや実用性が高められて
ほぼ芸術品とさえいえるような
きれいで凝ったつくりのモノも出現した。
金唐革の豪華な懐紙入れ
印伝の鹿皮の道中財布
相良刺繍の凝った懐紙入れ
金襴の紙入れ
これらはもはや芸術品
工芸品である。
今見ても美しいと思えるし、
鑑賞に堪えるような工芸品である。




