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6 愛、同情、憐れみ……そんなものとは無縁な逃避行

前書き


 うーむ、今回は理屈っぽい考えばかり書いて、テンポが悪くなってしまった気が……

 捕まっていた牢屋から抜け出すことは簡単だった。

 ヤクモとしては、使いたくない手の一つであった。だが、このまま牢屋に捕まったまま奴隷として売られるようなことがあれば、もっと悲惨な未来になりかねない。

 背に腹は代えられないのだから、仕方がなかった。


「コウ、そこの石とってくれないか」

「こんなのでどうするつもりだ?牢屋は鉄製だから、石で叩いても無駄だし……」

「……いいか、これからすることは、絶対に記憶から消せ!」


 ヤクモのすさまじい剣幕に、コウは気圧されながら頷いた。



 ヤクモは、服の中に拾ってもらった石ころを忍ばせる。

 今の格好は部屋で着ていた普段着で、白いラインの入っていた黒ジャージ姿。ジャージのちょうど胸のあたりに、石を2つ設置する。

 ただし、そのまま立ち上がった際に石が落ちてしまうので、石が落ちないように、胸の下あたりに腕を回して支える。


「ヤクモ、もしかして……」

 ヤクモの企みに気付いたコウ。だが、そんなコウを、視線だけで射殺しかねないヤクモの視線。

 コウには、沈黙しかできなかった。


 その後、ヤクモは牢屋にやってきた山賊相手に、普段は出すことがない随分高い声を出し、山賊を籠絡した。

 その山賊は、ヤクモの正体が男だと知らなかったらしい。いや、ヤクモの姿を見た時に、山賊はこんなことを呟いていた。

「おいおい、男が2人捕まったって聞いてたけど、なんだよこの別嬪は!」


 ……

 女のふりをしたヤクモに見事に籠絡され、山賊は鼻息も荒々しく、牢屋の鍵を自分から開けてくれた。山賊がヤクモの前に立ち、両手でヤクモの肩を掴む。

「キャッ」

 ヤクモは怯えた声と表情をした。

 それを聞いて、山賊の顔がだらしなくにやけた顔になる。

 直後、油断しきっている山賊の腹部に、ヤクモが問答無用で足の膝を叩きこんだ。

 山賊は泡を吹いてその場に崩れ落ちたが、容赦なくヤクモは山賊を2回、3回と足蹴りにし、さらに男の大事な場所を踏み潰さんがばかりの勢いで踏みにじった


「……ヤクモ、お前どこでそんな技覚えたんだ」

「……昔男に後ろから抱きつかれたことがあって……それから空手を覚えた」


 ヤクモの容姿は、中性的とか、女顔とかいう次元を超えたほどに、女っぽい。

 というか、女そのもの。絶対に、男には見えない。

 とはいえ、それはそれで、とんでもない苦労をしているらしい。


 その後、コウは股間を踏みにじられた哀れな山賊に両手を合わせて合唱すると、ヤクモと共に牢屋からの脱出に成功した。

 ついでながら、山賊が持っていたナイフを、コウは失敬しておいた。護身用には不安だが、何もないよりはましだ。

 あとは、砦の中を山賊に見つからないようにして抜け出す。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 とりあえずの危機は脱出できるはずだったのに、砦の中を移動しているときに、2人は見つけてしまった。


 ヤクモたちが捕えられているのとは、別の牢屋があった。

 その中に、6人の人間が捕えられている。

 捕まえられた人々の身なりはいずれもボロボロで、満足な食事も与えられていないのか、皆体が痩せ細っていた。

 捕まっていた人々は、ヤクモたちの姿を見つけたが、それに対して何の声も上げない。皆疲れ果てて、助けてくれと呼ぶだけの気力も残っていないようだ。

 だが、目だけが黙って2人を見つめている。


「助けなくちゃ」

 そうコウが口にして、捕えられている人たちの方へと向かおうとした。だが、コウの腕をヤクモは掴む。


「ヤクモ?」

 従兄弟の行動を不審に思うコウ。

「俺たち2人だけの方が、山賊に見つからずに砦から逃げられる可能性が高い。人数が増える分だけ、山賊に見つかる可能性が高くなるぞ」


 2人が身を隠しながら逃げるのと、8人にまで増えた人間が、隠れながら逃げるのでは、発見される危険性が段違いに変わる。

 まして、捕えられている人たちの体は痩せている。満足に走ることができるかさえ怪しい状態だ。


「だからって、見捨てていけるわけがないだろう!」

 そう口にするコウ。叫びそうになるが、山賊たちに見つかるわけにはいかず、押し殺した声になっている。

「俺はここから無事に逃げたい。だが、もしもあの人たちまで連れて行って、山賊に見つかれば、どうなるか分かっているのか!次は殺されることを覚悟しないといけない。安っぽい正義感で、そんな危険を冒すつもりか?」

 言い返すヤクモの声も、言葉が強い。


「正義感で助けるわけじゃない!」

「だったら、同情か!」


 その後、二人の間で意見が分かれて言い合いになった。

 だが、言い合いで時間だけが過ぎて行けば、牢屋で気絶させた山賊が、意識を取り戻すかもしれない。あるいは、他の山賊が見つける危険だってある。

 そうなれば、脱獄がばれてしまう。

 これ以上、言い合いをして時間を使うことはできなかった。


 ヤクモは両手を上げて、降参の意思表示をした。

「分かった。これ以上はなしだ。これがあるから使え」

 そう言いながら、鍵の束をコウに差し出す。


「ヤクモ、こんなのどこで手に入れたんだよ?」

「コウのナイフと一緒で、気絶させた山賊から」

 何気ない様子で、ヤクモは答えた。





 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 その後、牢屋に捕えられていた人々を解放し、彼らと共にヤクモたちは山賊の砦から、なんとか見つからずに脱出することに成功した。

 砦の中にいた時には分からなかったが、外はちょうど夜。山賊たちも寝静まっていたから、砦の中の警戒がおろそかになっていたのだろう。

 とはいえ、明日になれば脱獄が確実にばれる。気付かれる前に、できるだけ遠くに逃げておく必要がある。

 痩せている人々は、歩くだけで精いっぱい。満足に走ることもできない有様だ。


「一緒に逃げるのはここまでだ。あとは、バラバラに逃げよう」

 そんな一行の有様を見ながら、ヤクモは提案した。

「ヤクモ!」

 とはいえ、コウは反対のようだ。


「いいか、あんたらは走ることもできない有様で、俺たちには足手まといだ」

 助けた人たちに向かって、ヤクモは冷酷に事実を告げる。

「とはいえ、バラバラ逃げたほうが、山賊たちの追手がかかっても、全員捕まらずに済むかもしれない。全滅だけは免れられるだろう」

 ヤクモは事実だけを口にしている。

 しかし、そんなヤクモの言葉に、コウはさらに反論しようとした。


「分かりました」

 だが、コウが反論するよりも早く、囚われていた1人が口にした。もう頭の髪が白くなっている老人だ。

「私らは、牢屋から出してもらえただけでも幸運なんです。あとは、自分たちの運だけで、なんとかしてみせます」

 老人の言葉に、捕えられていた他の人々も頷いてみせた。


「と、言うことだ」

 その人たちの様子を背景にしながら、ヤクモはコウに決断を突きつけた。

 そうなれば、コウとてもはや何も言い返せない。


 ヤクモたちは牢屋から助け出した人たちと別れて、さらに逃げていくことにした。

 ただ、ヤクモは捕えられていた中にいた、1人の女性に目を付ける。捕えられていた他の人たちに比べて、痩せ細ってなく、一番体力が残っていそうな女性だ。


「なあ、あんた」

 ヤクモが呼びかけた女性が、視線を向けてくる。

「あんたは、俺たちと一緒に来ないか?」

「あの、私が一緒でいいんですか?」

 女性は躊躇いがちに聞いてくる。


 さっきまで人助けに反対していたヤクモが、そんな言葉を口にするものだから、コウは不審すら感じた。


 そんなコウの疑念をよそに、ヤクモは続ける。

「俺たち、この辺のことに詳しくないんだ。この辺の地理に詳しいなら、一緒にきてほしい」

「はい」

 女性は迷うことなく頷いた。


 それにしても、ヤクモは随分と自分勝手だと思うコウ。

「……ヤクモ。お前って、自分だけ助かればいいって思ってないか?」

 そう、従兄弟に対して疑念を持たざるを得ない。

「俺はそこまで冷血じゃないよ。

 ただ、自分とお前の命がかかっている時に、知らない人まで助けようなんて思うほど、余裕がないだけだ」




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 山賊の砦を後にし、助け出した人々とも別れた。

 とはいえ、夜の山での逃避行は簡単なことではない。

 空には星と月が浮かんでいるが、それだけでは地面を照らす明かりとしてはあまりにも不足している。

 火を起すことができればましになっただろうが、そんな道具をヤクモもコウも、そして助け出した女性も、一切身に着けていなかった。

 それに、たとえ火を起こせたとしても、暗闇の中では自分たちの居場所を、山賊たちに教えることにしかならない。

 そのせいで、砦から少しでも遠くに逃げなければならないという危機感に対して、歩みは遅々としたものにならざるを得なかった。


 そうしているうちに、彼方に見える山々がうっすらと明るくなりはじた。太陽の光が夜の帳を追い払い、朝が到来する。

 それと共に、3人は砦から逃げる速度を上げた。



「俺はヤクモ。ヤクモ・ミスルギ。君の名前は?」

 逃げる中、いつまでも沈黙しているだけではなかった。

「私は、フィリア・フェスって言います。ヤクモ……さん、変わった名前ですね」

 ヤクモに、少女も自らの名前を名乗った。

「そう?この辺の人間じゃないからかもね」

 と、ヤクモは適当に答えておく。


「コウも、自己紹介してあげなよ」

志藤光(シドウコウ)。コウって呼んでくれていいよ」

「はい、コウさん」

 と、少女は答えた。



 その間も、3人は山間を移動していく。

 山賊が砦を築くような場所だから、まともな道なんて存在しない。一応獣道らしきものがあり、そこを通っているが、舗装された日本の道路とはわけが違う。

 急な斜面に出くわせば、ヤクモとコウの2人が、フィリアに手を貸しながら、なんとか斜面を下っていく。

 1キロどころか、100メートルの距離を移動するのさえ、途方もない時間がかかっているように感じる。



 それでも、沈黙して黙ったままという状況が、ヤクモには嫌だった。

 山賊たちに追われているという焦りがあって、その不安から目を反らしたくなって、口を開きたいだけなのかもしれない。

 それに、純粋に気になることもあった。


「コウ、聞きたいんだけど?」

「何を?」

 山賊にしてもそうだが、この訳の分からない場所に来てから(正確にはあの少女にキスをされてから)、コウの雰囲気が依然と変わってしまった気がするヤクモ。

 今も、コウが鋭い視線で、周囲を警戒しているのが見て取れる。

 それも素人のものではなく、すごく慣れているように見える。


 そして、薄暗い砦の中と、その後の脱出は夜であったことで気づかなかったが、太陽の光が出たことで、コウの姿が以前と違うことにも気づいたのだ。


「コウは、いつから髪と目が青色になったんだ?」

 ヤクモが疑問から尋ねると、ヤクモの方を振り向いたコウが、不思議そうな顔をした。


「青い?」

「そう、髪と目が、青色になっている」


 もともとコウの瞳は青みがかっていたが、それでも青色そのものというわけではなかった。

 ただ、今では瞳も髪の色までも、青い色になっている。

 青い瞳は日本人なら珍しいが、ヨーロッパではいくらでもいる。むしろ、黒い瞳の方が珍しい。だから、ヤクモはコウの瞳の色のことは、以前から不思議に思っていなかった。

 だが、今ではその瞳が完全に青い色に、おまけに髪が青い色の人間なんて聞いたことすらない。いや、そもそも髪と目の色なんて、染色してカラーコンタクトでもはめない限り、変化するはずがないものだ。


「こんな時に、何を冗談言ってるんだ?」

「いや、冗談でなく、本当に青くなってるんだって」


 そう言い、ヤクモはコウの許可をもらって、その頭から髪の毛を一本引っこ抜く。

 引っこ抜いたとき、コウが僅かに顔を歪めた。


「ほら、髪が青いだろう」


 この場所に鏡などない。

 引き抜いた髪をコウに渡して、ヤクモは自分の言ってることの正しさを伝える。


「嘘だろう」

 と、コウはその髪を見て驚く。

「でも、青いんだって。なあ、フィリア」

「えっ、ええ。そうですね」

 コウの髪と目の色が、変わっていることをフィリアは知らない。砦を脱出した時点で、コウの髪と瞳の色は青くなっていたのだ。

 だから、その返事はあいまいなものだった。

「綺麗な青い色だと思います」

 ただ、フィリアは素直に自分が感じたことを口にした。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 山の斜面を下り、3人は山間を流れる沢についていた。


「水場にはあまり長くいない方がいいかな?山で人を探すなら、真っ先に思いつく場所の一つだから」

 この状況の中で、冷静に指摘するヤクモ。


 とはいえ、昨日捕えられて以来、ヤクモもコウも水を一口も飲んでいない。それで夜を徹して山道を下ってきたのだから、喉がカラカラだった。

 フィリアも状態は同じようで、3人は水を口に含んで一息ついた。


「しかし、これならコウが元勇者様って話も少し考えてもかなー」

 水を飲んだ後、ヤクモはコウを見ながら……正確には青くなった髪と目を見ながら口にする。

「勇者?」

 その言葉に、フィリアが疑問を口にする。

「ああ、こっちの話。でも、コウがファンタジーワールドの住人になったなら、何か魔法でも使えればいいのに」


「魔法……ねぇ」

 尋ねられた方のコウは、顎に手を当てて考えるそぶりを見せる。

「……冗談だって」

 女の子とキスをしたら、自分の前世を思い出しました。

 そんなファンタジーな……チート系ラノベの展開など、あり得ないだろうと決めてかかっているヤクモ。


 もっとも、現代日本にいないはずの山賊がいた時点で、既に何があり得ないのかが分からなくなってきている。それでも、ヤクモの中では、ここは異世界だ!などとまでは考えていなかった。

 昨日から接触したすべての人間と言葉が通じている。だから、過去にタイムスリップした……その方が異世界よりは、まだ現実味がある。

 ……もっとも、一緒にいるフィリアは茶色の髪と瞳をしている。ここが過去の日本だとしたら、黒髪黒目の住人でないとおかしいことになる。


 そんなことをヤクモが脳裏で考えている前で、コウはおもむろに人差し指を立てて、何かをブツブツと唱えていた。

――勇者様ゴッコはもういいって。

 そう思うヤクモ。


 次の瞬間、呪文を唱え終えたコウの指先から、電気が迸ったかと思うと、雷撃が近くに生えていた木の1本に直撃した。

 爆音とまではいかないが、かなり大きな音を立てて木が真っ二つに折れ、火を上げて燃え始める。


「嘘だろう!」

 ヤクモは、さっきまでの考えを訂正することにした。昔の日本には魔法使いなんて存在しない。陰陽師や怪しげな妖術を使える人間はいたのかもしれないが、だからって本当に雷を操ったりできる方法を取得していないだろう。

 ならば、ここは日本の過去でもありえない。


「……できた」

 そんなことを考えるヤクモに対し、雷撃を放ったコウの方も驚いているようだった。

「できたって……できると思ってなかったってことだよな」

「ああ。ただ呪文の詠唱は覚えていたから、使ってみただけなのに……」


 ――マジで前世は勇者様ですか!


 ヤクモは従兄弟の前世が勇者という話を、真剣に考えなければならないと思わされた。


あとがき


 さあ、本編の読後感とか、いろんなものをぶち壊す時間を始めましょう(そう言うのが嫌な人は、あとがきを読まずにスルーすることを強く推奨します)。




「ヤクモ様、万歳(ウラー)

 私は、ヤクモ様ファンクラブ会員第一号と……って、あかんやろ!」



 唐突に大阪弁だか関西弁だか、京都弁だかを口にする作者でございます。



 さて、毎度毎度話を作るたびに、美女が登場すると、勝手にファンクラブを創設して、勝手に1人でファンクラブ会員第1号を名乗っている愚か者な作者です。

(え、自分の作った話のキャラのファンクラブを名乗りだすとか、キモイって?キャラクリエイトに特化したゲームで自分の性別が男なのに、女キャラ作って、キャッキャムフフと喜んでいる男どもと、考えてることは大体変わらないんだからいいじゃない~)



 えーと、カッコ内の 話題が本体になりかねないので、話を元に戻しましょう。

 美女ならファンクラブ会員第一号になったのですが、ヤクモは男ですからね……


 ただし、美貌と言う名のチート能力によって、周囲にいる男どもをあっさりと籠絡して回っています。

 いや、本当に彼は、すさまじいヒロイン補正ですね~



 ……なんで私は、ヤクモを女として作らなかったんだーーーー!!!!!!

 (byこの作者はいつか性転換ネタにでも走るんでしょうかね?)

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