38 エヘヘ~、泥遊びしてきた~
前書き
ごくごくありふれたギルド物語。
ギルド員にとって依頼主と言うものは、個人的な関係がない限り、あまり重要な存在でない。
しかし、ギルドを経営しているマスターにとって、依頼主とは非常に重要な存在になる。
ギルド員は依頼を成功させることで報酬を得るが、ギルドは依頼主から依頼が来ることで利益を得ている。
【海港都市ゲーテ】にある討伐専門ギルドでは、依頼主から依頼が来た段階で一定の金額を受け取っている。その後、ギルド員によって依頼が成功すれば、ギルド員へ報酬を支払うと共に、ギルドも依頼主から依頼成功分の報酬を追加で受け取っていた。
ギルドとしては依頼の成否に関係なく収入があるわけだが、当然ながら依頼が成功した方が収益が大きくなる。
また、依頼を成功させることが出来なければ、それだけ依頼主からの信用を失うことになり、同じ依頼主が、次回も依頼を出してくることがまずなくなる。
依頼を出す側がいなくなれば、ギルドとして経営を続けていくことができなくなってしまう。
そのためギルドとしては、依頼主からの信用を獲得し、次回以降も依頼を出してもらえるようにするため、依頼を成功に導く必要性があった。
さて、そんなギルドのひとつ。
【海港都市ディール】にある討伐専門ギルドのマスターは、ここ最近【グラックス&スタンレー商会】からの依頼が増えていることを考えていた。
【グラックス&スタンレー商会】と言えば、3年前に立ち上がった商会だそうだが、今まで全く無名で、ギルドマスターはもとより、交易をおこなっている同業者の間でもろくに名前が知られてなかったという。
そんな商会がある日一転。石炭の売買で巨額の利益を得た所から急激に業績が良くなり、今では【ディール】の街の交易商の間では、知らぬものがない存在にまで急成長を遂げていた。
経営が急成長している【グラックス&スタンレー商会】は、今では交易事業だけでなく、土地の売買や鉱山事業にも手を出している。
その中で、購入した土地に巣食っている魔物討伐を、ギルドへ依頼してくるケースが多かった。
今ではギルドの大口の依頼主と言っていいほどで、高額の依頼を複数出してくれている。
依頼主がいることで経営が成立するギルドにとって、大口の依頼主は大切な顧客であり、決して信頼を裏切ってはならない相手だった。
【グラックス&スタンレー商会】が港湾事業所を傘下に収めた際、労働者との間でいざこざを起こしたそうだが、経営者が変わる際に労働者との間でいざこざが発生するのはそう珍しいことでない。
労働者との対決を少々強引な方法で解決したように見えるが、それでも悪評が立つほど対応の仕方が悪いというわけでもなかった。解雇された労働者には気の毒だが、事業というものは常にそういうものだ。
とはいえ、商会からくる依頼が高額な依頼と言うことは、同時に危険度の高い魔物討伐を行わなければならないということになる。
危険が付きまとう分、仕事をこなすギルド員の身も危険にさらされやすい。命を失うことだってあるのが、討伐ギルドの宿命だ。
ギルド員と身近に接するマスターとしては、経営面ではうれしいものの、一方でギルド員たちの身の安全に心配になることもあった。
――結局討伐ギルドなんてのは、こんなもんなんだ。
金と良心の間での葛藤。
経営を行うマスターは、苦々しげに思った。
そんなことをマスターが考えていた時、高難易度依頼をよく受けているパーティーの一つが、ギルドに帰ってきた。
「ケホッケホッ、ゴホゴホ」
全身に土ぼこりをかぶった長身の男が1人。
さらに背後にも、同じく全身土ぼこりで汚れている少年。
1人だけ汚れとは無縁な、カールした銀髪の魔法使いがいた。
「……お前ら、その年になって泥遊びでもしてきたのか?」
土で汚れている男2人を見て、呆れるマスター。
「エヘヘ~、泥んこ遊びをしてきました!」
指を2本たてて、ピースサインをする少年。
顔には無邪気な笑みを浮かべているが、顔も泥で汚れているので、表情がつかみにくい。ただし、笑っている口から覗く白い歯が、よく目立つ。
「違うんですマスター、これは……」
一方、笑顔とは確実に反対の表情をしている長身の男は、苦々しげな声をしている。
青年はコウ・シドウ、少年はクルト、そして銀髪の魔法使いはシーラ。
現在このギルドで、実力とその他いろいろのトラブルメーカーとして、最強と言っていいパーティーメンバーだ。
「コウ、話してみろ」
マスターは3人の中の1人を指名する。
「えー、僕が話したいよ~。あのねあのね~」
「前さんが話したら、訳が分からなくなるから黙ってろ」
実力ではこのギルドで間違いなく最強のクルトだが、しゃべり方は見た目以上に幼い。どうせ、あることないこと盛りまくって話するだろうから、この少年から話を聞いてはならない。
「大人しくこれでを飲んでいろ」
マスターはジュースの入ったグラスを、クルトの目の前に出してやる。
「ワーイ。ボク、カロンジュース大好きー。でも、マスターってボクが物でつられると思ってない?」
「実際つれるだろ」
「うん!」
図星を突かれたのに上機嫌で返事して、クルトはカロンジュースをごくごくと飲み始めた。
「実は……」
これで厄介者の口は閉じた。コウが何があったのかを話し出そうとした。
「お代わり!」
……のだが、コウが説明しだすより早く、ジュースを飲み終えたクルトが、次を要求してきた。
「言っておくが、無料じゃないぞ」
「ええー!サービスしてよマスター。もう一杯、もう一杯」
両手でカウンターを叩いて、要求するクルト。
「先生。ボトルがあるので落ち着いてください」
「ワーイ、カロンジュースがたくさんだ~」
いつの間にかカウンター越しにあるカロンジュースのボトルを、シーラが手にしていた。
「おい、お前さん」
「安心してください。ちゃんとボトル分の代金は払いますから」
落ち着いた様子で答えるシーラ。
――扱い慣れてるシーラに任せておけばいいか。
マスターはクルトのことをシーラに任せ、コウには何があったか話すよう促した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
さて、全身土ぼこりに塗れてしまったコウとクルトの2人だが、今回は依頼で閉鎖された鉱山跡の魔物討伐を受けていた。
3人は鉱山に入る前に相談をした。
鉱山に巣食う魔物はボスを除けば大して強くないのだが、鉱山内には数えきれないほどの魔物が潜伏していて、それらも討伐する必要があった。
数が数であるため、
「内部に入って1体1体倒すのは非効率です。外から火炎弾を放り込んで片付けましょう」
と、シーラが提案した。
「シーラ、この鉱山って確か炭鉱のはずじゃ……」
「火をつけたら、永遠に燃え続けるね~」
シーラの提案に対して、残りの2人がそう言う。
「燃え続けるなら、内部にいる魔物も蒸し焼きになって全滅ですね。それとも酸欠が先かしら?」
「さすがシーラ、頭いい~」
――ちょっと待て、2人とも本気か!
シーラは平静な顔をしてとんでもないことを言い、クルトはいつも通りの能天気ぶりを発揮だ。
「それをしたら確実に放火魔になるだろ!それに鉱山の持ち主に、弁償を要求される可能性もあるかも」
弁償と言う言葉を聞いた途端、クルトとシーラが互いの顔を見合わせた。
「先生、今借金はいくら残ってます?」
「うーんと、先月よりちょっと増えてる」
この2人――今では3人だが――、ギルドの高額依頼を当たり前のようにこなしているものの、いつも報酬が消えてしまう現象に悩まされていた。
大体クルトのドジが原因で、なぜか弁償をしなければならなくなることがあるのだ。
この前王都で城壁に穴を開けたのは、その一例といえた。
「仕方がないので放火はやめて、中に入って1体ずつ倒していきましょう」
「ハーイ」
「……そうだね」
放火って言い切ってしまうシーラ。とはいえ、鉱山を丸ごと燃やさずに済むので、コウも大人しくシーラの案を了承した。
そして鉱山内部に入った3人。
内部で出没する魔物の多くはキラーバットと呼ばれる大型化したコウモリの魔物。あとは吸血コウモリに、全長が1メートルもある大型ナメクジの魔物だった。
どれも魔物としては非常に弱い部類で、戦闘経験がほとんどない一般人でも退治可能なレベルだった。
前衛を務めるコウは、アライグマ獣人のミッチェル・バークからもらった新しい剣で敵を次々に倒していく。今までに使っていた剣と違い、ただ触れただけで魔物の体が両断されるほど、刃の切れ味が段違いだ。
おまけに剣自体が放つ力によって、通常の剣であれば魔物の血肉が付着して、すぐに切れ味が落ちてしまうのに、この剣ではそれが起こらない。
「ワー、コウってばすごくかっこいい。よーし、僕も頑張っちゃう!」
活躍するコウに触発され、クルトも気合を入れる。
「そーれっ」と掛け声を入れて、クルトは近くにいた大型ナメクジを短杖で叩いた。
――ドカンッ
内部爆発によってナメクジは体ごと吹き飛んだ。ただし、爆発の威力はナメクジの体の中だけで留まらず、周囲にまで爆風を巻き散らす。
ズドドンッという、何とも不気味な音がして、爆発の力の一部が、狭い鉱山の壁を砕く。
「クルト?」
「先生?」
「ワッホーイ」
クルトの方を見るコウとシーラ。
一方クルトは、笑いながら目に涙を溜めていた。
自分でも、マズいことをしでかした自覚があるのだ。
爆発で壁が粉砕され、支えを失った鉱山の天井が音を立てて崩れてきた。
コウは悲鳴を上げ、クルトは笑い泣きの声を上げ、シーラは3人の中で最も早くその場から逃げ出した。
轟音がとどろいて、岩石が頭上から崩れ落ちてくる。
「……イテテテッ」
天井が崩落した後、コウは体に痛みを感じつつも、自分がなんとか無事であると分かった。
――だが、残りの2人は?
「クルト、シーラ、無事かー!?」
叫ぶコウ。
「私は無傷です」
短時間で一番遠くまで逃げていたシーラの声が、遠くから聞こえる。
だが、クルトの声がしない。
「クルト?」
何度かクルトの名を叫ぶ。しかし、それでもクルトの返事がない。
「まさか、今の瓦礫の下敷きに……」
最悪の事態に思い当たり、コウは大急ぎで崩れてきた瓦礫に向かった。
とてもではないが、人間が無事でいられる量の瓦礫でない。
「クルト、返事をするんだ!生きているなら、返事をしてくれ!」
叫び、コウは急いで瓦礫の山から岩石をどかそうとする。しかし、コウ1人ではとてもどうにかできる量でない。
「そうだ、シーラなら!」
魔法使いのシーラであれば、大量の瓦礫でもなんとかできる方法があるかもしれない。
「コウさん。近くにいたら危険ですよ」
ところがシーラから帰ってきた答えは、それだった。
――えっ?
と思う間もなく、コウの目の前の瓦礫が、いきなり大爆発を起こして吹き飛んだ。
「ゲホゲホゲホ、ハクシューン」
吹き飛んだ瓦礫の山から、全身土ぼこりに汚れたクルトが出現。どうやら爆破によって瓦礫を木っ端微塵に粉砕したようだが、吸い込んだ土ぼこりのせいで咳を出しまくり、おまけに鼻水まで垂らしている。
「アウウッ~。ひどい目に遭っちゃったー」
瓦礫に下敷きにされていたのに、汚れ以外は怪我ひとつしてなかった。
「シーラは無事だね。あれ、コウは?」
「先生が爆発させたときに近くにいたので……コウさん?どこにいますかー」
「コーウ、無事なら返事をしてよ~」
先ほどまでと一転、今度はコウの方が無事なのかと、2人が叫び始めることになってしまった。
「こ、ここにいる……」
ほどなくしてコウの姿を2人は見つけた。地面の上に倒れていて、片手を上げている。そして、クルトと同じように全身土ぼこりに塗れていた。
「コウ、大丈夫?」
地面に倒れたままのコウの姿を見て取り、短杖の先っぽで、ツンツンと叩いてみるクルト。
(あの2人の上に大型ナメクジが落ちて来ないかしら?)
一方のシーラは、倒れているコウの身を心配するより、不埒なことを考えていた。しかも表情は普段と変わらず、平静なままで。
なお、コウは近くで起きた爆発のせいで、一時的に体がショック状態になっていたようだが、幸い怪我はなかった。
クルトの爆発は、瓦礫を吹き飛ばしただけでなく、岩石交じりの瓦礫を、細かい土にまで粉砕し尽くしていた。
この少年にしか見えない人は、相変わらずやることの次元が狂っている。
その後、3人は洞窟内に巣食っていた魔物を全滅させ、魔物たちのボスも討伐した。
とはいえ、クルトの爆破のせいで、コウとクルトは全身土ぼこりに塗れてしまったのだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「先生、さすがに飲みすぎじゃないですか?」
「おしっこ~」
再び場所はギルドの中。
カロンジュースのボトルを1本、空になるまで飲んだクルトは、トイレに駆けていった。
「なあ、コウ。こいつらと一緒にいると、命がいくつあっても足りんぞ」
「……ですよね」
クルトがトイレに行った後もシーラはその場に残っていたが、遠慮せずに言うマスター。
「でも、僕がいなくなると、また新しい犠牲者が確実に出ますよね」
「……」
コウがこのパーティーから抜ければ、クルトとシーラの2人は、再び新米ギルド員を巻き込んで、ハチャメチャな戦いをするだろう。その挙句、精神的に再起不能な状態にしてしまう。
コウはそんなことが2度と起こらないようにと、このパーティーに加わったのだ。
その崇高な自己犠牲の精神に、マスターは沈黙した。
コウは、人がいいのではなく、物凄く損な性格をしているだけなのだと思いながら……
あとがき
さあ、本編の読後感とか、いろんなものをぶち壊す時間を始めましょう(そう言うのが嫌な人は、あとがきを読まずにスルーすることを強く推奨します)。
クルト先生は、個人的にものすごく書きやすいキャラです。
と言うのも、元ネタが私(作者)がオンゲしている時の性格がベースになっているので、変に背伸びしないで書くことができるからです。
そう、つまりあの人、私のオンゲ上での性格にかなり近いです。
ただしこれは小説なので、私が思う以上に何をしでかしまくるか分からなくなってますが~
真面目な話をしていくと、人と言うものは結構困った生き物で、リアルではいろいろと本能を抑制していて、殻(猫)をかぶっているものです。
しかし今の時代だと、オンゲやネット上で、それまで抑制してた本能が全開になったりするものです。
リアルで人当たりがいい人が、オンゲではPvPに憑りつかれた戦闘狂になっていたり。
電車で涼しい顔をしているOLが、手元のスマホをいじってツイッターでホモーと叫んでいたり。
あるいはこの物語の沢西健二くんのように、現実では臆病で無害な引きオタなのに、異世界(二次元)になった途端、ハーレム目指して女性に突撃しまくったり。
「えっ!
てことは……私の本能は、お頭の足りていない能天気小僧なの……!?」
(by適当に投げたブーメランが、自分に帰ってきた作者)




