35 君は間違いなく天使だ、神だ、ヤクモ様だ!
前書き
しばらくはヤクモお母さんのターン!
海港都市ディールに来てから、早々に自身の店である魔銃販売店【スプリングフィールド】の経営を安定させたヤクモ。
店頭にいるだけで男が寄ってくる外見をしているので、客足に困ることはなかった。おまけに今回はヤヌーシャという、見た目だけなら完璧なゴスロリ美幼女までいる。
ヤクモは自分のことを俺と呼び、口調だって男そのもの。着ている服も男物だ。
なのに、
「逆にそのアンバランスさがいいんだよな」
などと、訳の分からないことをいう変態男までいる始末。
とりあえず、ヤクモのことを男だと知ってなお、店に通い詰める変態どもがいるのだ。
一方ヤヌーシャは、店番にたまにいる。
だいたい無口な彼女だが、見た目は愛らしい姿なので、「ヤヌーシャちゃん、可愛いよ」と彼女の姿を褒める男がいる。
しかし当然すぎることを言われても、ヤヌーシャは、ちっとも嬉しくない。
「俺もヤヌーシャちゃんみたいな娘が欲しいな」
「あなたの外見では、どれだけ頑張ってもゴリラ女しか生まれませんよ」
「……」
ある日店に来た中年客との会話の一部だ。
見た目は美幼女だが、口はひどい。
しかし外見が可愛いものだから、彼女の元にはせ参じる男は後を絶たなかった。むしろ、彼女の言動を求めている男が多い気がするのだが、気のせいだろうか?
そんな男どもの光景を見ながら、二次元病の沢西はしみじみと思った。
「俺も、昔は幼女になじられるのが嬉しいことだと思ってたぜ。だがな、リアルにやられたらシャレにならない。体と心が痛すぎる……」
ネット上では「ゴスロリ性格ブス美幼女最高」などと、ほざいていたこともある。そんな沢西の姿を現実の女性が見れば、白い眼をされるどころか、警察に通報すらされかねない。
だが、実際にヤヌーシャにいじめられた沢西は、そこで理解した。
――俺には、高等(M)すぎて無理だ!
と。
そんな沢西のオタク心理はともかくとして、ヤクモとヤヌーシャの2人はまるで姉妹のように見えるほどの完璧さだ。
この2人の為、店へ群がる男どもは後を絶つことがなかった。
もっとも客が集まるだけでは商売にならないので、ちゃんと店の経理や商品管理、その他もろもろが存在している。
とはいえヤクモには、そう言ったものをあっさり片づけてしまう頭脳があった。
そのため、客が絶えないことで、店の収益は常に上々だった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
店舗の経営がうまくいっているのに、開店から1カ月もした頃には、ヤクモは方針を転換していた。
最初はヤクモが店頭に現れなくなった。仕事部屋に籠って手紙を送ることがあれば、行き先も告げず、どこかへ出かけるという行動を繰り返すようになる。
店頭にヤヌーシャがいるときはいいのだが、店員であるヴォルドだけが店頭に立っている時など、
「店長はどうしたんだ?」
「ヤヌーシャちゃんはどこだ!?」
と、詰め寄られたりした。
ここは武器屋なのだが、男たちの目的は店の商品とは全く明後日の方向にある。
そのうちにヤクモはヤヌーシャを連れて2、3日店を留守にし始めることが増えてきた。店に戻ってきても、部屋に引きこもって何かしているばかりだ。
一応商品の在庫管理や経理などのチェックはしている。
ヴォルドでも在庫や経理面の処理はできたが、ヤクモの場合、それを僅かな時間で片づけてしまうのだから、見事な手並みと言うしかなかった。
とはいえ、魔銃ギルドの人間として長く働いしているヴォルドは、ヤクモの奇怪な行動を知りつつも、特に何かを言うわけでなかった。
このギルドは時として命が懸る場合もある。ならば、上司が行っている行動が不可解であっても、首を突っ込まない方が我が身のためになる。
ただ、ヴォルドはヤクモが留守にしている間に、彼の仕事部屋に入ろうとしたことがある。
だが、その時部屋の中にいたペルシャ猫に、思い切り顔を引っ掻かれてしまった。単に店の帳簿が目的だったのだが、ひどい目に遭ってしまった。
そしてヤクモの仕事部屋の中には、ハムスターを閉じ込めた籠が置かれていた。
別にペットを飼うぐらい不思議なことでないので、ヴォルドはそれがヤクモの趣味なのだろうと思っただけだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
別の日の夕飯時のこと。
「ラーメン食いてー」
異世界(二次元)にやってきながら、生活の為に職業が大道芸人にクラスチェンジした沢西。
たとえ異世界であっても、彼のように特殊技能を一切持ち合わせない底辺凡人では、大道芸人をして稼げるだけ、まだましだった。
何しろこの前までは言葉すらわからず乞食をしていたのだから、あまりにも当然すぎる帰結だ。
まあ、その話はおいておこう。
この世界に来てからと言うもの、沢西はラーメンを一度も食べてない。
無性に食べたくなった。
今では彼の住まいである、【スプリングフィールド】の2階にあるダイニングルーム。
「ラーメンラーメンラーメン」
まるでただをこねる子供のように、机に突っ伏して同じ言葉を繰り返す。
同じテーブルには、イケメン男コウもいる。
沢西にとってはライバル(もてることがない男の、完全に一方通行の嫉妬)だが、
「ラーメンか、僕も食べたいな」
と、コウも日本での食事を懐かしむように口を合わせた。
「だよなー。この世界って小麦があるのに、麺類が全くないなんて犯罪だ」
「そういえば、確かに麺自体がないよね」
男2人は、食べるもので共感する。
ちなみに今2人が食べているのは、パンとそれの付け合わせのおかずが少々。ここのところヤクモが忙しすぎるせいで、お手製料理にあずかることができない。
何ともさびれた食事だ。
2人とも料理技能に対しては、大したことがない。
沢西の調理技能は、冷凍食品を電子レンジで温めるか、インスタントラーメンにお湯を注いで、完成まで待つぐらいしかできない。
コウはそれよりましだが、頑張ってもルーを使ったカレーを作れればいいというレベルだった。
「ラーメーンー」
わびしい食事に悲しくなり、沢西は再び声を上げる。
「さっきから煩いです。黙らないと口をきけなくします、ド低能」
「ヒイッ」
叫び続けているところに、ヤヌーシャが姿を現した。
沢西は今まで痛い目に何度も会わされているので、反射で思わず悲鳴を上げた。
コウも、僅かに顔が引きつる。
「ゴ、ゴスロリ様、いつからそこにいたんですか!?」
「無能なあなたには関係ないでしょう」
そう言って、ヤヌーシャはダイニングの椅子に腰かける。
――俺泣いてもいいですか。この子、俺のことを塵芥みたいな扱いしてくるんですが……
ちょっと泣きそうになってしまう沢西。
この家に住むようになってから新たに獲得した習性で、自然と助けを求めるようにコウの方を見た。だが、沢西のライバル男にしても、その顔には複雑な表情が浮かんでいる。
「なんか俺、お前との間にありもしない友情を感じちまったぜ」
「?」
そんな意味不明な沢西の言葉を、コウは理解できてないようだ。
沢西としては、別に理解してほしいわけでもないので、それでいいが。
「ただいま」
と、ヤヌーシャに続いて、ヤクモが現れた。
「ヤクモ、すごい顔をしてるけど……」
しかし現れたヤクモの顔はかなり疲れ切っていた。
げっそりとしていて、少し足取りがおぼつかない。
ドサリとダイニングの椅子に腰を下ろし、顔は天井を向いて、手の甲で目を覆う。
「大丈夫、1日寝てないだけだから」
「1日って、大丈夫なのか?」
「……たぶん」
ヤクモの声はかなり弱々しい。
そんな従兄弟を心配するコウ。
――相変わらずこの夫婦は、仲がいいねぇ。
などと、傍目から見ていて思う沢西。
「でも、お前最近おかしすぎるぞ。何日も家を留守にしてたり、生活は不規則だし……随分と爛ただ)れた生き方してるなー」
万能人間級の頭脳の持ち主であるヤクモがこの様だ。頭でも見た目でも敵わない沢西は、少しだけ小気味良くなった。
――ギロッ
直後、ヤクモの忠実なる手下ヤヌーシャに睨まれてしまう。
「ゴ、ゴスロリ様、お願いです、許してください。僕がすべて間違っていました!」
「当たり前です、あなたは存在自体が間違っています」
「ヒ、ヒドイッ」
この子、俺に対してひどすぎる!
――た、助けてコウへ
と、身についてしまった習慣から、沢西は情けない目をして、コウの方を見る。
あくまでも無言だが、目には彼の心の声がありありと浮かび上がっている。
「大丈夫ヤクモ。濡らしたタオルがあるから」
「ありがとう」
コウの手から濡れたタオルを受け取って、閉じた瞼に当てるヤクモ。
――すみませんね。夫婦で取り込み中ですか。
救援してくれる唯一の友が取り込み中だったので、誰にも慰められることのない沢西だった。
その後、ヤクモはテーブルのパンを一口二口食べて、すぐに自分の部屋に引き取ってしまった。
「あいつ、本当に何やってんだ?」
沢西もコウも、ヤクモのが何をしているのか全く知らない。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
翌日の夕食時。
沢西は猫と共に大道芸をした後、その報酬で獲得した小魚をめぐって、猫たちと闘争を繰り広げた。
その戦いは熾烈を極め、戦いが終わった沢西の顔には、猫に引っ掻かれた傷があった。
誠に、誠に、人間として無念なことだが、猫どもに小魚を全て奪われてしまった。
人間としての面目丸つぶれである。
ため息を付きつつ、今ではこの世界の家となっている【スプリングフィールド】の2階へ帰ってきた。
ただ2階への階段を上がっている途中で、物凄く食欲を刺激する匂いがしてくる。
「これは、もしかして……」
猫に敗北したことも忘れて、沢西は階上へ急いだ。
「ヤクモ、君は間違いなく天使だ、神だ、ヤクモ様だ!」
台所でヤクモが久々に料理に立っていた。
お玉を片手に鍋に向かっているが、そこからする臭いは間違いなくラーメンのスープ。鍋には白濁としたスープが煮立ち、とんこつベースの香りがする。
料理台にあるまた板の上には、縮れ麺まであるではないか。
ラーメンの出現だ。あまりの感動に、打ち震える沢西。
「ヤクモ様バンザイー」
と、沢西は喜びの声を上げた。
「感動しているのは分かったから、手でも洗ってダイニングで待ってろ」
「イエス・サー」
偉大な料理人の命令に、沢西は1も2もなく従った。
ダイニングに行くと、そこにはコウもいた。
ほどなくして、熱いスープに麺の入ったラーメンが、ヤクモによって運ばれてきた。
それから一同は食事となり、コウと沢西の2人は、異世界に来て初めてのラーメンに感動していた。
ズルズルと麺をすするコウと沢西の2人。大してヤクモは、そんな2人を眺めている。
「うまい、うますぎる!」
これなら店を出しても普通に売れると思う沢西。
「でも、ラーメンなんてよく作れたね」
コウは従兄弟の多才ぶりを知りながらも、改めて驚かされる。
「昨日の話が聞こえてたから。今日は久しぶりに時間もとれたから、気分転換も兼ねて作ってみたんだ」
そう言いうものの、ヤクモは自分が作ったラーメンに手を出さない。
「どうしたんだ、ヤクモは食わないのか?」
沢西が気付いて尋ねる。
「ヤクモはラーメンが苦手なんだよね」
「苦手!?」
従兄弟であるため、コウはヤクモが苦手なものを知っている。
普通ラーメンが嫌いな人間など、いないだろうというのが沢西の考えだった。だから、これは驚きだ。
「熱い麺を啜れないんだよ。あんなの子供のころからしてないと無理だろ」
「はい!?」
ヤクモの言っていることの意味が分からない沢西。
「俺が生まれ育った国じゃ、日本人みたいに啜って食べる食べ物がなかったから、熱いラーメンをすするのが無理なんだよ」
まるで意味が分からん。と思う沢西。
ただ、ヤクモは熱い汁に使った麺を、食べることができないらしい。
「お前、本当に人間か?」
「人間だよ。ただし、子供のころから日本で育ったわけじゃないから」
銀色の髪と目をしているヤクモは、そう言った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ところでこの出来事から数日後、海港都市ディールの街中に、珍妙な料理を出す店が出店した。
街の人々はその店で出される見たこともない異国の料理に当初は物珍しさを感じつつも、よほど好奇心のある人間しか立ち寄らなかった。
だが、日が経つと共に口コミで情報が広がっていき、客足が増えていった。
その店で出される料理は、間違いなくラーメン。
あとは、麺を使ったスパゲティーなどが出されていた。
店の人気が高まっていくにつれて、同じような商品を売る店や屋台が、街の中に増えていく。
「おお、ラーメン屋台」
街中に現れたラーメン屋台に感動する沢西。この世界でも、故郷の愛すべき食べ物を食べることができるようになったのだと喜ぶ。
「でも、ラーメンを売る店が出てきたんだろう?」
一方コウは、この世界になかったラーメンの店が、次々にできていくことが不思議だった。
あとがき
欧米人は食べ物を啜ることができないらしいですね。
そんなことをネタに仕込んでみたものの、こんなマイナーなネタを知っている人なんてどれだけいるのやら~?




