1 死
前書き
シリアスファンタジーを装っていますが、、第2章から変態話(BL、GL)が進行していきます。
ガチの戦闘シーンは、16、17話で。
黒いゴスロリドレスに、漆黒の髪。それとは対照的に肌は恐ろしく白く、死者に施された化粧のような色。
そんな白い色とはまたしても対照的なのが、血のように赤い真紅の唇。
もしもこの人物が大人であれば、男の誰もが目を離せない美貌だっただろう。
だが、残念なことに見た目は5、6歳にしか見えない。人並み外れた綺麗さがあっても、ただの幼い少女だった。
「可哀想な勇者様」
そんな幼い少女の血の色の唇が、言葉を紡いだ。
少女は、たたの人間ではない。
その体は空中に浮かんでいる。
彼女は腕を突き出し、1人の男の首を片手で掴み、体ごと持ち上げている。とても大の男1人を持ち上げられるような腕ではないのに、である。
「くっ、ううっ」
首を掴まれた男は、声にならないうめき声をあげる。
男は額に切り傷を負い、そこから流れ出す血で顔の左半分が赤く染まっている。左目に血が流れ込み、目を見開いていることができない。
息ができないせいで顔は苦悶に歪んでいるが、それでも右目にはいまだ尽きることのない闘志を宿し、目の前の少女の姿をした化け物を睨み付けていた。
だが、そんな男……勇者の睨みなど、少女には何ほどのこともない。
「くらえ、ライトニング・ストーム」
そんな中、魔法の呪文の声が響いた。
敵味方の区別もなしに放たれた雷の嵐が、少女と勇者の頭上から降り注ぐ。
だが、少女が張り巡らした対魔障壁が、見えない壁となって雷の全てを防いでしまう。
魔法を放ったのは、勇者と共にこの場へとやってきた魔法使いだった。
魔法使いにしても、その恰好はボロボロで、立っているのがやっとと言う有様。その傍には女剣士が気を失って倒れている。僧侶が回復呪文を唱えているが、効果はいまだに現れていない。
「……ば、化け物め」
魔法使いが放った魔法は必殺の一撃だった。それなのに、まるで効果がないことに愕然とする。
そんな中、少女は見た目に似合わない嫣然とした笑みを顔に浮かべた。
「魔法とはこうやって使うもの。ライトニング・ストーム」
少女が紡いだ呪文は、魔法使いが紡いだものと全く同じだった。
だが、同じ呪文でありながら、次元が違った。
雷の柱が、天と地を引き裂くように落ちてきた。眩い閃光が大地と空を占領し、耳を貫いて直接脳を揺さぶる爆音が響き渡る。
雷の柱が消え去った時、大地に巨大な穴がいくつも穿たれていた。そして、そこにいたはずの、魔法使いも女剣士も、僧侶の姿も、どこにもなくなっていた。
その光景に、勇者の目が大きく見開かれた。
(嘘だ。そんなはずがない。仲間たちが、あんなにあっけなくやられてしまうなんて)
首を掴まれ、声すら出すことができない。
勇者は、仲間たちの跡形すら残らなかった巨大な力を前に、驚愕と絶望に叩き落とされた。
そして、それらにとって代わって、復讐の怒りが沸き起こる。
だが、そんな勇者の内心を見通すように、嫣然と笑う少女は勇者の瞳を近くでのぞき込む。
「ガッ!」
さらに強い力で首を絞めつけられ、勇者は悲鳴を上げた。いや、気動がふさがれ、息すら出ない。
息ができず、口の端から涎が垂れて、それが地面へと落ちていく。完全に酸欠状態で、意識すら保てなくなってしまう。
「今すぐ、私のマスターを離しなさい!」
もうじき勇者が死んでしまう。
そんな中で、声がした。
少女は声のした方を見た。
勇者が武器としていた聖剣。それは魔族に対して致命的な一撃を持つ武器であり、その威力は少女にとっても致命的な威力を持っていた。
もっとも、聖剣は持ち主の手から離れ、今では地面に転がっているだけ。
それでも、聖剣には意思が宿っている。
聖剣に宿る意思が人の姿を取って、少女を睨み付けていた。
少女にとっては恐るべき天敵である。
だが……
「持ち主の手にない道具など、役に立たない置物でしかない」
少女は嘲笑った。
その言葉の通り、主人である勇者の手に握られていない聖剣は、単体では何もすることができない。
そのことを告げられても、聖剣に宿る意思は少女を睨み付ける。
「フフフ、そこで大人しくお前の主が死ぬ姿を。そしてわれらの王によって、この世界が滅ぼされていく様を眺めていればいい」
少女は、完全に勝ちを確信していた。
そして、勇者に向けて最後に語り掛ける。
「愚かな人間よ、私の者になるがいい」
少女は瞳を閉じて、自分の顔を勇者の唇へと近づけていった。
もはや勇者の意識は途切れる寸前で、抵抗すらなかった。
少女は勇者の唇に、自身の唇をゆっくりと重ねた。
そして自分の歯で舌を噛み、血が流れ出す。
少女は、その時初めて勇者の首を締め上げていた手を緩めた。
窒息しかけていた勇者は、反射で空気を吸い込もうとした。
だが代わりに彼の口の中へ流れ込むのは、少女の舌から流れ出した赤い血だった。
それが勇者の体内へ侵入する。
ビクリ。
と、勇者の体が震えた。
それだけだったが、勇者の体は以降ピクリとも動かなくなった。
もはや口は新たな空気を求めることはない。体を生かしていた心臓は、鼓動を刻むことを放棄した。体を駆け巡る血管は、血を流すことをやめ、瞳は生きている輝きを失った。
どれほどの強い闘志も、あるいは仲間を殺されたことへの怒りも、死の瞬間に抱いたかもしれない恐怖も、もはやそこには存在しない。
人間だったもの、と化した肉があるだけだった。
「マスター!」
悲痛な声が聖剣の意思から放たれた。
そんな聖剣の意思の声を聴きながら、少女は嫣然たる笑みを浮かべたまま告げた。
「ごちそうさま、勇者様」
――勇者は魔王を倒すことが叶わなかった。
そればかりか、彼とその一行は魔王の手下である魔女によって、その生涯を終えることになる。
勇者を失った世界は、その後魔族によって滅びの時を迎えていくのだった。