第9波 麻里と才和の 過去!!
まだ10歳だった頃の話。
俺と麻里は幼馴染だった。
どこにでもいる普通の子供で、毎日を楽しく過ごしていた。
そう、あの日がやってくるまでは……。
よく考えてみると、あの時の俺たちのあの行動は浅はかとしか思えない。
いつものように遊んでいる時、一人の少年がやってきた。
名前はよく覚えていない。
その子は俺たちに近づくと、一緒に遊ぼうと行って来た。
勿論、断る理由もなかったので、夕方まで一緒に遊んでいた。
解散しようと言った時だった、その子は急に森の方を指さした。
「ねえ、あの森の中、入ったことある?」
「いいや、そこは危険だから入るなって言われているから」
「じゃあさ、じゃあさ、3人で探検しない? 噂だとこの森には綺麗な泉があるんだって」
俺は頑なに断っていた。
しかし、少年は諦めようとせず何回も言ってくる。
終いには、麻里まで一緒に行こうと言い出していた。
夕暮れ時の公園。
あかね色に染まる空は帰りの合図のようなものだ。
おそらく、帰らないと怒られてしまう。
だけど、麻里を置いては帰れない。
「わかった。だけど、時間が時間だから少しだけな」
「よっしゃ!」
少年は無邪気な笑顔で一目散に森の近くにまで寄る。
そして、その場で立ち止まって手を振っていた。
「ほらー、早くしないと置いていくぞー」
俺と麻里は目を合わせると、クスリと笑った。
そして、同時に頷くと少年の元へと駆けつけていった。
夕暮れの森を3人で探検し始めるのだった。
「ふぅー、ここら辺に泉があるって噂なんだよな」
「その噂、本当なのか?」
既に30分近く歩いている。
本来ならそろそろ帰るべき時間だ。
しかし、辺りが薄気味悪い上に少年のあとを追っている感じなので、帰るに帰れないでいた。
「なー、もうそろそろ帰らないか?」
「いや、もう少し探してみよう」
少年は俺の言葉に耳を貸す素振りはない。
いつの間にか、麻里も怖いのかずっと俺のシャツの先をちょこんと摘んでいた。
俺は麻里の左手をしっかり握ってあげる。
それに安心したせいか、笑顔を取り戻して俺と並行に歩く。
少年だけが先陣を切っている感じだ。
草木を掻き分けてどんどん奥へと進んでいく。
やがて、光すら差し込むことができないところまで来てしまった。
「おい、どうするんだよ。ここから先は真っ暗だぞ」
「大丈夫、大丈夫」
そう言うと、少年は懐中電灯を取り出した。
何でそんなものを持っているか疑問に思ったが、早く探索を終えたいという気持ちがあったため尋ねるまでには至らなかった。
木の色がやけにおかしい。
そんな風に思えるようなところに来たのは一体どのくらいの時が経った頃だろうか。
地面も所々に紫色の斑点模様があった。
匂いも変な感じで思わず吐きそうになる。
「なあ、もう止めよう。ここ何か変だよ」
「そうだな、来た道を帰るとするか」
俺たちはつま先の向きを逆にし戻ろうとした。
しかし、ここで一つ大きな異変に気づく。
「あれ、麻里は?」
「麻里? 彼女なら君と一緒じゃないのかい?」
「ちゃんと手を繋いでいたはずだったんだけど、まずい! 早く麻里を探さないと!」
懐中電灯は一つしかないため、手分けして探すことなどできない。
だから俺たちは帰路を歩きながら麻里の名前を叫んでいた。
焦りと恐怖のせいで不安感が煽られる。
もし、麻里の身に何かあったら俺のせいだ。
どうしよう、どうしよう。
俺はとにかく一生懸命麻里の名前を呼んだ。
すると、どこかから返事の声がする。
「こ……わた……ここ……」
かすかにしか聞こえないため、なんて言っているのかわからない。
だけど、この声は多分麻里で間違いないだろう。
四方八方動き回って、声が大きくなる方向を模索する。
「あっちじゃないか?」
少年が指した方角に近づいて見ると、声が少し大きく聞こえたような感じがした。
俺たちはすぐさま駆け出す。
草木を折るような勢いで走っていく。
麻里の声は次第に大きくなっていき、ついに見つけることができた。
「よかった。無事で、本当に良かった」
「才和ー、才和ー。私を置いていかないでよー、うぅ」
俺の顔を見て安心したのか、麻里はその場に座り込んで泣き崩れた。
俺たちは泣き止むまで側にいて、そっとしておく。
数十分くらい経った頃にはもう、目の周りが赤いだけで泣いてはいなかった。
「本当に迷惑をかけた。ごめん!」
「別にいいよ。こうして麻里とも合流できたし」
手を合わせてひたすらに謝る少年を俺たちは許した。
気を取り直して森を脱出するべく、懐中電灯を少年は力強く握った。
「ところで、ここはどこなんだ?」
言いながら、少年が俺たちに振り返る。
わからないので、即効目をそらす。
麻里は不安になって、今にも泣きそうな表情になっていた。
「冗談、冗談だから……ね?」
「う……うん」
麻里は袖で出そうになった涙を拭う。
明らかにさっきのは冗談に聞こえない。
多分、麻里を心配させないための嘘だろう。
少年はじっくり考えながら、しかし迷っていることを悟られないように歩みを進める。
俺も少年のあとを追いながら、何かできることはないかと考えていた。
匂いや情景に変わる様子はない。
下手をすると奥地に進んでいる可能性だってある。
幸いにも麻里はまだ気づいていないようだが、いつ気づいてもおかしくはない。
「なあ、この道であっているかな?」
「俺に聞かれても、わからないよ」
麻里に聞こえないよう小声で尋ねてくる。
しかし、俺も全然わからないため、望んだ答えを返すことができない。
闇雲に俺たちは進んでいくのだった。
一体どのくらいの時間が経過しただろうか。
足が痛くて、もう歩きたくない。
途中で木切れなどが当たって、激痛が走る。
麻里の方は大丈夫だろうか。
気になって見ると、明らかに限界だった。
ずっと俺に引っ付いて離れない。
完全に疲れきっているのだろう。
すると、奥の方から何やら水の音がした。
俺たちはその音がする方向に一目散に向かっていく。
「こ……これが、噂の泉か……」
「綺麗だ」
澄み切った透明な色。
それは光のように眩しく、水なのに温かく感じた。
砂漠の中のオアシスそのものだ。
あたりは薄暗い情景というのに、ここだけは少し違った。
とにかく喉が渇いていたので、手で水をすくい、そのまま口へと運んでいく。
透き通るのどごしで今まで飲んだどの水よりも美味しく感じた。
生水だというのに嫌味がない。
柔らかい味わいで、思わず何度も何度もすくって飲む。
生き返るような気分がした。
「喉渇いているせいか、うまいな」
「それもあるけど、ここのは凄く美味しい」
俺と少年、麻里は顔を合わせて笑顔になる。
今までの疲れが一瞬にしてぶっ飛んだ。
喉が潤うまでひたすら飲むと再び歩き出した。
「妾の縄張りを荒らす者は誰じゃ!!」
つんざくような怒号が森一体に響き渡る。
俺たちはその場にしゃがみこんで耳を抑えた。
目の前には巨大な龍の姿があった。
鮮やかな青色で、ウロコの一枚一枚が綺麗な龍。
しかし、目の色は赤く染まっており、顔色は怒りのせいか、赤っぽく見えた。恐怖のあまり、全員が涙目になる。
「お、俺が……、俺がここに入ろうって言って入ったんだ。だから、喰うなら俺だけにしてくれ!」
「いい度胸だ。しかし、妾は人は喰わん」
「許してくれるの……?」
「いや、お主ら全員を殺すだけじゃ」
俺たちはその言葉を聞くやいなや、懐中電灯を投げ捨てて駆け出す。
振り返らずに前だけを見て全力で走り出した。
殺されるなんて絶対に嫌だ。
何でこんな森に入ってしまったのだろう。
今更ながら後悔の念で一杯だった。
「逃げるでないぞ」
龍の大きな手が俺たち三人をまとめて掴む。
そして、そのままさっきの泉にまで戻された。
どう見てもさっきより怒りが増しているようだった。
「ごめんなさい、ごめんなさい。どうか許してください」
涙と鼻水を垂らしながら懇願するように謝る。
他の二人も同じくして謝っていた。
龍は黙り込んで何か考えている。
一応、逃げるチャンスではあるのかもしれないが、また捕まったら次はもうないだろう。
そんな恐怖感から足を踏み出せずにいた。
「許してやらんこともない」
「本当に?」
「ああ、そこの少女を妾に差し出すのなら、それで許してやろう。同じメスの体を一度食べてみたかったのだ」
救いの光が見えたかと一瞬にして絶望へと変わっていった。
麻里の命を差し出すことで、助かるなんてこと絶対にやりたくない。
麻里が死ぬのであれば、俺も死ぬ。
そのくらいの覚悟はあるつもりだ。
「どうした? 早く少女を差し出すのじゃ。さすれば、残りの命は生かしてやろう」
「絶対に麻里は渡さねぇ!」
「ほう、ガキの癖に随分と勇敢じゃないか。面白い、ちょっと遊んでやるか」
そう言うと、龍は小指だけで俺を攻撃する。
しかし、戦闘経験すらない俺は避けることもできずそのまま近くの木へと吹っ飛ばされた。
背中に重い衝撃が発生する。
意識も危うく飛ぶところだった。
背中を抑えながら立ち上がる。
その姿を見て、龍は少し驚いた表情をしていた。
「あの一撃をくらっても恐れを見せないとは……。うん、お主は特別に生かしてやろう」
「俺はいい。他の皆を開放してくれ」
「お断りじゃ!」
何かが潰れる音がした。
恐る恐るその方向に目をやると、さっきまでいたはずの少年の姿はなく、そこには龍の手がある。
そして、周りには赤い液体がその手の枠縁になっていた。
俺は恐怖のあまり、地面に嘔吐する。
とてもじゃないけど、これ以上少年の姿を見ることはできそうにない。
そうだ、麻里は、麻里は大丈夫なのだろうか。
俺は咄嗟に心配になり探す。
「探し物はこれかね?」
もう片方の龍の手にはしっかりと麻里が握り締められていた。
既に気絶しているようで、いくら呼んでも反応がない。
俺はとにかく近くにあった枝きれを持ちそれを龍に向かって投げた。
「ん? 何じゃ、少しかゆいではないか」
枝程度では全くと言っていいほど意味がない。
だからと言ってこれといった武器もない。
そして、龍の腕が上がって行き、段々と口元まで近づいていく。
「待ってくれ、頼む。待ってくれ」
「嫌じゃ、妾ももう待てぬ」
ついに、握っていた手を離して、麻里は龍の口に向かって落ちていく。
何も、何もできなかった。
龍は麻里を食べ終わると、泉の中へと姿を消していく。
その姿を俺はただ見ていることしかできなかったのだった。