第6波 模擬戦 開始!
朝を迎えると、もう痛みなどはすっかり引いていた。
体も特に異常なしで万全のコンディションだ。
俺は包帯などを取り始め、戦闘服に着替えた。
ポリエチレン素材を多く使ったなめらかな肌触りのよい青いズボンに、上には白のカッターシャツを着て、黒のジャケットを羽織る。
そして、ベルトをジャケットの上から締め、左胸辺りに「プレデター」隊員の証であるバッジを付けた。
最後に錫杖を背中にしょって準備万端だ。
着替えがちょうど終わった頃、医者が訪れてきた。
「うん、特に異常はないみたいだね。もう退院して大丈夫だろう。外で君の友達も待っているよ」
「ありがとうございます」
そう言い残すと、俺はベッドにあったカバンを取ってすぐさま会計へと向かう。
その後、外に出るとみんなが温かく迎えてくれた。
病院の入口だと言うのに、相変わらずの騒がしさで、他の病人たちには申し訳ない。
「ところで、集合場所はどうなっているんだ?」
「そういえば、言われてなかったわね」
俺の問いに対して、愛が冷静に対処する。
集合場所を皆知らない。
それでは一体どこに向かえばいいのか。
とりあえず、入口でいつまでもたむろっているのも良くないと思い、病院の庭へと場所を移した。
「それで、これからどうする?」
「どうするって言われてもね」
一斉に黙り込む。
そんな中、和馬は一人、コンビニで買った弁当を開けて食べていた。
ついでに言うと、ガウスは考えている振りをして寝ている。
愛は考えているように見えるが、絶対に何も考えていないだろう。
俺とアイリスだけがこの状況を深刻に捉え、どうすればいいか考えているのが現状だ。
「全員、集まっているな」
唐突に俺の背後から凛堂先輩が姿を見せた。
いつから居たのかはわからないが、びっくりした。
和馬は慌てて弁当を平らげ、ガウスは飛び起きる。
アイリスはそんな二人を見て微笑を浮かべる。
それはまるでお嬢様の様な感じで、普段からヴァイルの討伐をしている兵士には見えない美しい姿だった。
「今から第4訓練場に向かう。いいな?」
「第4訓練場ですか……。わかりました」
あそこは木々が多い上に、足場もかなり悪い。
実践的な環境で訓練には適してる場所なのかもしれないが、怪我するリスクも多く、翌日に任務が控えている俺たちには選択としては余りよくないのではないだろうか。
「納得できないような感じだな」
「正直に言わせてもらいますと、怪我をしてしまうのではないかと心配です」
「確かにあそこは怪我をしやすい。しかし、それは訓練生にとってであって、配属されて何年か経っているお前たちならば問題はないだろう」
不確定要素を根拠にしていいのだろうか。
いまいち納得はできなかったが、上官の判断にしつこく文句をつけることはよくない。
一応、ちゃんと考えた上での判断なのだから、俺たちは俺たちで期待に添えるように努力に励むとしよう。
数分後、目的地である訓練場に着いた。
「ここで一体何をするのかしら?」
愛は相変わらずの生意気な口調で尋ねる。
態度だけは礼儀としてかしこまった感じではあるのだが、口調の方は礼儀知らずもいいところだ。
凛堂先輩はそんなことを気にする様子は決してないが、俺たちとしてはヒヤヒヤされる。
普通なら怒られてもおかしくないのだから。
「もうそろそろ、彼らも到着する頃だと思うのだが」
凛堂先輩は上空を見上げる。空から誰か来るのだろうか。
「待たせたな!」
上空から人が降ってきた。
完全に翼を生やしている。
しかもその翼は鳥型ヴァイルそのものだ。
そして、彼の目は虎型ヴァイルのもので、腕はどう見ても熊型ヴァイルのものに間違いない。
どれも強力なヴァイルの一部ばかり。
実際、それを自らの体に身につけているということが最も驚きなのだが。
「彼は『アクト』。俺と同じ執行部のメンバーだ。見ての通りヴァイルと融合を果たした人物で、武器は持たず素手で戦う」
「やあ、君たち。噂は聞いているよ。5分でヴァイルを討伐したメンバーでしょ。初め聞いた時は驚いたね」
軽い流暢な感じで話しかけてくる。
容姿も若干チャラいイメージが印象的だ。
すると、遅れてくるようにして3人ほど到着する。
その中にはラウド教官の姿もあった。
「才和たちは知っていると思うが、私がラウドだ。皆にはよく『鬼の教官』なんて呼ばれていたりもする」
「こっちは逆に愛たちは知っていると思うけど、私が姫華よ。皆には『姫華先生』って呼ばれているわ」
「私……フィア……よろしく」
あとから来た3人も順番に自己紹介をしていく。
「本当だったら、フリードも誘おうと思っていたが、あいつは今日忙しいらしい」
「そうか」
アクトが凛堂先輩に報告をしていた。
そのフリードという人もおそらく執行部の一員だろう。
名前くらいなら聞き覚えがある。
しかし、執行部のメンバーが4人と元執行部のラウド教官がここに集結するなんて、夢でも見ているんじゃないかと疑うくらいの豪華さだ。
「さてと、今から訓練を行う」
『はい!!』
気を引き締めるように、ビシッとする。
アイリス達もしっかりとした態度をとっていた。
ただ、ガウスはいつも通りの退屈そうな態度でいる。
「今回の内容は5対5による模擬戦だ。既に特殊バトルフィールドの許可は取ってあるから、心臓を貫く攻撃を受けても死ぬことはない。ただ、死ぬほど痛い思いはするけどな」
特殊バトルフィールドか。
確かに、その条件下の中でなら、戦闘終了時にダメージはリセットされるから、この足場の悪い演習場で怪我をしても全く問題ない。
「模擬戦は20分後に開始する。それまでは各自準備と作戦会議を済ませておけ」
『了解!』
俺たち5人はすぐさま集まった。
あちらも集まって作戦会議をしている。
「作戦はどうする?」
「とりあえず、敵のメンバーの武器と能力について、知っていることをまとめよう」
俺が意見の取りまとめ役となり、みんなを引っ張る。
わかったのは、凛堂先輩は『瞬間移動』、アクトは素手で戦うこと、ラウド教官は金槌使いで『馬鹿力』、姫華先生は鉄扇使いで『巨大化』ということで、フィアについては不明だ。
「基本的には1対1に持ち込むとしよう」
「それがベストだな」
俺の意見に皆が賛同する。
話し合いの結果は俺はアクト、ガウスが凛堂先輩、和馬がラウド教官、アイリスが姫華先生で、愛がフィアを狙うということになった。
「残りの作戦についてはおそらく、考えたところでうまくいかないだろう」
「それもそうですね」
作戦を立てたところで、相手は強者。
そんなうまくやらせてくれるなんてことは決してないと見ていい。
つまり、考えるだけ無駄だ。
だったら初めから細かな作戦は立てずにその場その場で考えて行動しよう。
考える余裕があればの話だけどな……。
「こっちは決まったが、そっちはどうだ?」
「はい、こちらも準備OKです」
凛堂先輩達も作戦会議が終了したらしく、尋ねてきた。
俺たちは自信満々の表情で向かい合う。
「随分、早いけど本当に大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ」
姫華先生の最終確認に対し、愛が答える。
作戦タイムは結局10分で終わってしまった。
「さて、それでは各々5分以内で散会しろ。5分後に模擬戦をスタートする」
ラウド教官が言い終わると共に、皆散らばるようにして動き出した。
「和馬、お前はどっかに隠れないのか?」
「そういう教官こそいいんですか?」
皆が各所に散らばる中、ラウド教官と和馬だけはその場を動こうとしなかった。
お互い表情はまだ柔らかい。
「なるほど、私に挑もうと言うのか。面白い、受けて立つとしよう」
ラウド教官は腕組みをし、真剣な表情で和馬を睨む。
それはまるでこれから虎が獲物を狩るような気迫で、一歩でも動けば、今にも襲われそうな感じだ。
少し、間合いを取るように和馬は足を後ろへ引く。
「どうした。恐怖に怖気づいたか」
足が止まった。
図星を突かれて腹が立ったのか、挑発とわかっていても足をこれ以上後ろに引くことはできなかった。
和馬はその場で金槌を取り出し、臨戦態勢になる。
そして、鋭い目つきでラウド教官を睨んでいた。
「君が俺の相手かい?」
少し奥にまで入った森の中。
俺をさっきからつけ回すアクトの姿がここにはあった。
全速力で逃げているのだが、距離が縮まることは決してなく、寧ろあっちが接近してきている。
翼などはまだ出していない。
「どう言う意味だ」
「俺ー、耳はいい方なんだ。でも安心して、君たちの作戦は誰にも教えてないから」
つまり、俺たちの作戦はアクトには筒抜けということか。
そして、どう見ても撒くことは不可能だろう。
諦めてペースを少し落とす。
「あれ~? もう逃げるの諦めちゃうの?」
「その手には乗らない。ここで体力を失うわけにはいかないからな。とりあえず、このペースでも目的地には間に合うはずだ」
この先には闘技場のような円状のフィールドがあったはずだ。
俺は今そこを目指しているのだ。
「ああ、なるほど。あそこなら俺が飛んでいようが、姿を見ることができるもんね」
完全に考えがバレている。
しかし、今更フィールドを変える余裕はない。
バレていたところで、対策を持っているとは限らない。
だったら、このまま突き進もう。
「とりあえず、場所はわかった。先に行ってるねー」
アクトは背中から翼を生やしそのまま俺を追い越して飛んでいった。
ここで行き先を変更すれば、撒くことができるんじゃないか。
一度立ち止まって考える。
いきなり、戦闘になったところで勝てる保証はどこにもない。
だったら最初は様子見をしてチャンスを伺い、それから戦った方が有利なんじゃないか。
本来ここから真っ直ぐ進むところを俺は左折する。
とりあえず身を隠す場所でも探すとしよう。
「道はこっちじゃないよ」
目の前にアクトが急に現れた。
どういうことだ。
さっき、確かに一直線に向かったはずなのにどうして気づいたのだろうか。
「何で気づいたか知りたい?」
いかにも言いたそうだ。
仕方なしに俺は頷く。
すると、宙に浮きながら両手を腰に当て自慢げに語りだした。
「この翼があれば、君のところまでは数秒で追いつく。そして、この目がある限り君がこの訓練場内どこに逃げようとも見つけられるんだ」
つまり、目的地から観察していたということか。
とんでもない強者と戦うことになったな。
俺は隠れることを諦めて、ひたすらに走り出すのだった。