第5波 執行部(レクエドス) 出現?
家のガラスは完全に割れて足元に飛び散っている。
また床もヒビが入り今にも壊れそうだ。
まるで、大地震があったような後の光景だった。
肩で息をしている状態から、段々と呼吸を整えていく。
武器もしまい、完全に臨戦態勢を解いた。
「この程度で勝ったつもりですか」
完全に消失したと思われていたジークの姿が天井にあった。
足が天井についていて目線は明らかに俺を捉えている。
どういう原理であんなところにいるのだ。
次の瞬間、足を天井から離し、床に着いた。
両手を軽く埃を落とすようしてたたくと、一瞬にして目の前に接近してきた。
「柔の力と剛の力の融合。荒ぶる魂の一撃を今ここに証明する。ドライブインパクト!」
平手の状態の手を前に突き出した一撃が俺を襲う。
初めは指が上を向いていたが、回転させながらの突きのため、命中するタイミングには指は下を向いていた。
これが腹部を直撃したのだ。
そのまま、俺は勢いよく回転しながら吹っ飛んで行く。
余りの威力に意識を持って行かれそうになる。
でも、殺されたくないという一心のみで意識だけは保っている。
当然、体の方は既にボロボロで今すぐに立てるような余力はない。
「立てないのですか? まだまだ弱いですね」
一歩一歩近づきながら上からの物言いをする。
頭に血が上っていくのを自身で自覚はしたが、体は思うように動かないため何も返すことができない。
殺気は感じられないが、恐怖感が俺を襲う。
もしかすると、このまま殺されてしまうのではないだろうか。
そんな不安で一杯になる。
「安心してください。さっきも言いましたが、私は極力、人を殺したくありません」
ジークは手を差し伸べてきた。
しかし、俺はその手を払う。
幾らなんでも敵に情けをかけてもらうなんて恥でしかない。
残った力を振り絞ってなんとか立ち上がる。
足はガクガク震えていて、手はダランと垂れたような感じだ。
体の節々が痛くて、今にも気を失ってしまいそうだ。
床を見ると赤い液体が小さな丸を作っていた。
どうやら頭から出血しているらしい。
「では、私はそろそろ帰るとしますね。さようなら」
そんな言葉を言い残し、姿を消す。
俺はその姿を見送ったあと、そのまま床に倒れ込むのだった。
数時間後、目を覚ますと病室にいた。
意識がまだ朦朧としている。
手を動かすと、額に包帯が巻いてあることに気がついた。
そうだ、さっきまで俺はジークと戦闘になったんだ。
ここで意識がようやくはっきりしてくる。
「よう、目が覚めたか。安心しろ、明日の朝には退院できる。只の念持ちの入院だからな」
声のする方を見ると、和馬の姿があった。
話を聞いたところによると、近隣の人が異変に気づいたらしく、救急車を呼んでくれたそうだ。
和馬はその際、明後日のことで用があり、俺の家に向かっていた。
そこで搬送される姿を見て、ここまで一緒に来てくれたらしい。
「悪いな。明後日には任務があるっていうのにこのざまで」
「気にすることはないぜ。相手が相手だ、仕方がないだろ」
慰めに言っているのかはわからないが、俺の心は締め付けられる一方だ。
こんな状態なってしまうような実力で調査なんか無事達成できるのだろうか。
ジークと会うことはないかもしれないが、龍型ヴァイルには遭遇する可能性がある。
もし、出くわした時、生きて帰って来れるかは今回の件でどうしても不可能にしか思えない。
「なあ、少し話を聞いてくれ」
肩を落とした感じで俯きながら言う。
和馬はただ黙って頷く。
俺はジークから得た情報を全て話した。
聞き終わったあと、病室はしばらく沈黙が続いた。
「才和さんの家が襲撃されたって本当ですか?!」
「才和、あんた死んでないわよね?!」
ドアを思いっきり開ける音がしたと思いきや、一瞬にして静寂が打ち壊された。
アイリスは俺の状態を見て、胸を撫で下ろし、愛は思いっきり背中を叩いてきた。
「案外、大丈夫そうじゃない」
「怪我人相手に少しは遠慮しろ」
若干背中が腫れた気がする。
数分後、ガウスも俺の様子を見に病室を訪れてきた。
至って冷静で、状態を確認するなり、すぐさま帰ろうとした。
そんなガウスを和馬が止めた。
そして、その後ガウス達にも和馬に話したことと同じことを話した。
「龍型ヴァイルが2体って本当なの?!」
「本当かはまだわからないが、嘘を付いているような感じではなかった」
やはり、皆この話に関して半信半疑のようだ。
無論、俺だって鵜呑みにはしていない。
というより信じたくないのだろう。
考え込むようにして黙り込む一同。
すると、再びドアが開く音がした。
「怪我の方は大丈夫なのか」
凛堂先輩だった。
どうやら、情報を聞きつけてここまで駆けつけて来たらしい。
大丈夫なことを伝えると同時に凛堂先輩にも同じことを話した。
「それで、お前は調査を辞退するのか?」
聞いてすぐに質問してきた。
流石歴戦の勇士と言ったところだろうか。
顔色一つ変えずに俺の話を聞き、冷静に質問してくる。
正直、あの時はまだ勢いで行くとか言ってたものの、今更ながら俺は答えに戸惑っている。
しかし、ここで怖気付きたくはない。
「いいえ、辞退したくありません」
震えた調子で言った。
情けない姿にしか見えない俺を凛堂先輩はじっと見る。
緊張のあまり顔がつい強張ってしまう。
そして、凛堂先輩は他の人のことをじっと見て、全員に同じ質問をした。
誰ひとり辞退すると言ったものはいなかったが、声の調子は恐怖によっていつもと違っているのが分かった。
「どうやら、心までは怖気づいていないようだな。ラウド教官の言葉を覚えているか? アイリスたちの場合は姫華教官の言葉だな」
『戦いで最も重要なことは心。どんなに恐怖感に襲われようとも逃げようとしない心こそが勝利へと導く。決してこのことを忘れてはいけない』
どうやら、アイリス達も別の教官から同じことを教わっていたようだ。
心こそが重要。
立ち向かう心があれば、後は努力と根性でどうにかなるもの。
一見無茶苦茶の様に思えるが、俺たちは今までそうやって困難を乗り越えてきた。
だったら、最後まで諦めずに向かうまでだ。
「もう一度問う。本当に辞退する気はないな?」
『はい! 最後まで全力で立ち向かいます!』
今度ははっきりと意志を述べることができた。
表情も吹っ切れたように皆明るい。
迷いを断ち切れたのだから当然といえば当然だろう。
俺たちのそんな姿を見て、凛堂先輩は若干の笑みを浮かべる。
「じゃあ、明日、才和が退院次第、午前中は訓練とする!」
『了解!』
俺たちは敬礼をした。
訓練なんて久しぶりだ。
自主演習は今でもよくするが、教官などが付いた演習はおそらく、配属されてから全くした記憶がない。
少し、懐かしい気分でついほころんでしまう。
他の皆もそんな感じだった。
その日はそのまま解散となり、俺は病室で一人眠りにつくのだった。
――長官室――
そこには夜中だと言うのに、長官を含め7人が集まっていた。
凛堂、姫華、アクト、フリード、フィアという現・執行部の5人と長官とラウドという元・執行部の2人が大きなテーブルを囲むようにして座っていた。
「報告は以上です」
凛堂が他のメンバーに才和のことを説明していた。
現執行部メンバーが若いのに対し、元執行部はなかなか貫禄のある顔立ちだ。
報告が終わるやいなや、近くのにいた仲間と話し合いを始める。
それから10分くらいしたあと、長官が両手でパンっと大きな音を響き渡らせた。
一瞬にして、話し合いは止み無音となる。
「さて、問題はジークという存在だ。彼は一体何者かということで議論をする」
「何者って……。普通にヴァイルでいいじゃないですか」
アクトが適当なことを口走る。
空気が冷たくなり、視線がアクトに一斉に集まる。
すると、若干拗ねた様子になり、そのまま椅子をテーブルとは反対の方向において、背中を向けるようにすると、そのまま蹲ってしまった。
しかし、誰ひとりとして気にかけるものはいない。
いつものことなのである。
寧ろこの姿を見てあきれたようなため息を漏らす。
「人型ヴァイル何て自分で言うなんて少しおかしいですわ」
「そこだ。何故自らを人型ヴァイル何て呼称したのだろうか」
姫華が口を開くと議論が再開する。
アクトは無視のまま進んでいく。
討論の中、一人が気になることを発言した。
「もしかしたら何ですけど……」
フリードはそのまま続けて自分の推測を話していく。
参加している人たちは初めは興味を示すような感じで聞いていたというのに、段々と表情の方が青ざめていく。
「それは本当なのか?!」
「いえ、あくまでも予想で話しているので断言はできません」
「しかし、その可能性は大いにありえるな」
周りもフリードの予想を支持する。
しかし、同時にこんなことがありえるのだろうかと言う疑問も飛び交っていた。
意見は真っ二つに分かれた。
予想を支持するものと否定するもの。
どっちが正しいかは真実を明らかにしない限りわからないだろう。
「これは凛堂。貴方にかかっているのよ」
「俺ですか?」
「ええ、何としてもヴェゾット調査作戦で見事真相を突き止めてきなさい」
フィアが凛堂に強気な姿勢で命令する。
ため息混じりで凛堂は返事をする。
いつものことらしいが、正直凛堂はフィアのことが苦手らしい。
元々、2人は付き合っていたらしいのだが、その時の余りの自分勝手な振る舞いに凛堂が愛想を尽かしてしまい、そのまま破局。
フィアはこのことを気にしている様子など全くなく、今でもこのように命令ばかりしてくる。
しかし、凛堂には負い目があるらしくて破局して以降、命令やお願いを断れなくなっている。
「とりあえず、続きは調査を終えてからということになりそうだな」
ラウドが議論は収束したような素振りで言い、立ち上がる。
それと同時に皆も一斉に立ち上がり、お開きとなった。
皆すぐさま退出していく。
「凛堂、少しいいか」
「私も少しよろしいですか?」
ラウドと姫華に凛堂は呼び止められた。
とりあえず、3人は長官室を出て、1階の談笑室へと集まる。
「本当に才和は無事なんだな?」
座った途端、顔を近づけて質問してきた。
よほど心配だったのだろう。
凛堂は一旦ラウドを落ち着かせると、冷静に才和の今の状態を告げていった。
「そうか。無事でなによりだ」
「というか、そんなに気になるのであればお見舞いに行けばいいじゃないですか」
「私も忙しいのだよ。まあ、私が聞きたかったことは以上だ」
そう言うと、ラウドはすぐさま立ち上がって出口へと向かっていった。
「では、私は貴方を除く5人が行うヴェゾット調査作戦に関する質問です」
「私もそれを聞こう」
さっきまで帰る気満々だったラウドがいつの間にか元の位置に座っていた。
「何ですか?」
「あの子達は無事生きて帰還できるのかしら?」
あれだけ教え子たちに死を恐るなと言っている姫華でさえ、さすがに心配になってしまうのだろう。
彼女の表情は教官としての顔というには優しすぎて娘を見守る母親のような感じだ。
ラウドも真剣な眼差しで凛堂を見る。
決心でも着いたのか、凛堂は息を吸い込むとそのまま立ち上がった。
「俺が何としても生きて帰還させます!!」
凛堂の堂々たる決意表明だった。
「ところで、一つお願いがあるのですけど……」
凛堂はひっそりと耳打ちするように、二人に願いの内容を述べた。
「そうゆうことなら、喜んで協力しますわ」
「私も協力しよう」
その後は、3人で軽い談笑を交わし合うのだった。