第4波 人型ヴァイル「ジーク」 出現!
1時間後、作戦会議が終了した。
案外、あっという間だった気がする。
基本、俺たちはずっと凛堂先輩の話を聞いているだけで、確認を取る感じだったのだ。
集合日時、探索時間、はぐれた時の対策、大量のヴァイルとの戦闘になった時の対処法などをガイダンス的な説明を受けていた感じで意見などを出し合う話し合いではなかった。
そして、今俺たちはプレデター本部の廊下を出口に向かって真っ直ぐに歩いている。
すると、途中に見覚えのある人物たちとすれ違った。
「久しぶりですね、才和さん」
あの時と同じ戦闘服を着たアイリスが俺たちよりも先に上品な振る舞いで挨拶をする。
俺たちも少しかしこまった状態になって、ペコリと軽く頭を下げた。
「長官に用でもあるのか?」
まだ、プレデター本部の30階、つまりは長官室がある廊下を歩いていた。
だから、ここを通るということは必然的に長官に用があるということに繋がる。
「ヴェゾットって知ってるわよね?」
「ああ、勿論」
愛が割ってはいるようにして会話に交じる。
なるほど、彼女たちもヴェゾットを調べようと考えているのか。
実力がある彼女たちのことを考えると、同じ考えに至ってもおかしくはない。
ただ、俺たちよりも決断するのにかなり時間を要しただけだろう。
「俺たちは明後日ヴェゾットの調査に行くんだが、アイリス達も参加するか?」
和馬が先陣を切るようにして、アイリス達を誘った。
驚いた表情で彼女たちは俺たちを見る。
事情や作戦を話すと参加したいと言ってきた。
覚悟を決めての発言なんだろうが、一応念のために一つだけ問うことにした。
「本当に参加することに後悔はしないんだよな?」
「もちろんよ! というか、参加しないほうが絶対に後悔するくらいだわ!」
「私も愛に同意見です。後悔しないためにも参加します」
E地区担当の3人とB地区担当の2人、そして執行部の1人で計6人で調査することに決定したのだった。
「ところで、私たちE地区担当に異動になったんだけど、貴方たち何か知っている?」
「いや、それは初耳だ。しかしそうか、俺たちと一緒の班になったのか」
「そうね。どうやらあの一件で私たちと貴方たちのコンビネーションが良いことがわかり、上層部の連中が私たちをE地区に異動させることで、組ませようとしているみたい」
なるほど、あの一件は人型ヴァイルが出現したこともあって、上層部にまで内容が知れ渡っている。
5人だけでヴァイルを5分以内に撃破なんてことを知ってしまった場合、組ませようと考えてもおかしくはないだろう。
それに俺たちの内、2人は病み上がりだというのにも関わらず、死者負傷者共に0。
完璧な結果だった。
「とりあえず、明後日が俺たち5人の結成チームによるデビュー任務ってことになりそうだな」
「ええ、そうですね。それでは私たちもこれから準備があるのでこの辺で」
アイリスのその言葉で会話はお開きとなった。
出口までは一緒に行動し、別れる際に緊急の事態を考えて連絡先を交換しておいた。
その後は各々の帰路につく。
表情を見る限り皆明るかった。
だけど、心の中では不安が募っているのではないだろうか。
かくゆう俺も明後日無事調査を出来るかどうかはわからないし、凛堂先輩がいたとしても死という不安要素は取り除くことは絶対にできない。
「ただいまー」
自分の家に着いた。
定型文の様な言葉をもらすが、返事が返ってくることは決してありえない。
両親は既に他界しているし、兄弟は初めから一人もいない。
よって現在俺は独身生活の真っ最中だ。
ヴァイル討伐に忙しいので恋愛にうつつを抜かすこともできない。
「おかえり」
――!!
返ってくるはずない言葉がこの空間に響き渡る。
俺はすぐさま武器を構えた。
一体この部屋に誰がいるというのか。
全く想像もしていなかったがために焦りが生じる。
額の方から雫が出て、地面に垂れていく。
鼓動も段々早さを増していき、今にも張り裂けそうなまでに緊張状態が続いている。
「誰かいるのか?!」
誰もいないはずの空間に俺の声が響いた。
そう、いつものように反響するだけ。
「久しぶりだね、才和くん」
声がする方向に目を向けるとそこには何者かが確かに存在していた。
殺気がこっちにまでビンビンに伝わってくる。
夕暮れの光が差すリビングに向かってその者は一歩一歩ゆっくりと近づいてくる。
夕日の木洩れ陽に輝くようにして、姿を現す。
「どうしてお前がこんなところにいる!」
訳がわからなかった。
俺の目の前に姿を現した人物はなんとジークだった。
どうやって俺の家を突き止めたのか、そしてどのように侵入してきたのか、様々な疑問が俺の脳裏を過ぎ去っていく。
でも、それ以前に彼の殺気に今にも押しつぶされてしまいそうだった。
立っているのがやっとという状況で襲われでもしたら、間違いなく勝ち目はない。
だからといって助けを呼ぼうとしても、携帯なんかを出す隙すら見せられない。
打つ手もなく、ただ睨むだけしか俺にはできなかった。
「どうして? ハハ、ただの偶然だよ……。んん、その顔は信じてないね。嘘じゃないさ、食べ物を探して不法侵入した先が君の家だっただけ。それだけだよ」
とてもじゃないけど信じられなかった。
偶然? そんな理由でこの状況を片付けられては困る。
もし、本当に偶然だとしてもそれは結果として敵であるヴァイルに現在住所がバレたことに直結してしまっている。
よって、次の日にもヴァイルがここに出現してもおかしくはないということだ。
いや待て、ヴァイルは普通上空から飛来してくる。
しかし、彼がここにいるというのに、ヴァイル警報は鳴っていない。
「ジーク、一つ聞かせろ」
恐怖でなかなか出せなかった声を振り絞るようにして出した。
ジークはそんな俺の姿を見て嘲笑う。
「いいでしょう。何を聞きたいのですか?」
「ここにどうやってきた? まさか上空からではないだろう?」
「私は普段から地上を歩いて行動しているので、気づかれないのですよ」
普段から地上で生活をしているというのか。
話を深く聞けば聞くほど疑問が募っていく。
ダメだ、このままだと相手のペースに飲まれてしまう。
とりあえず、これ以上の詮索はやめておいた方がいいな。
「他にも何か聞きたいことはありますか?」
「いや、もうない」
「おやおや、あえて疑問が増えてしまうような回答をしたというのに面白くないですね。殺してしまいますよ」
殺気が一瞬にして強くなった。
反射的に俺は後ずさる。
しかし、結局一瞬だけですぐさま殺気は収まっていく。
「いやー、いいですね。人間の本能は優れていますね」
軽く手を叩きながらジークは言った。
「というか、あんた本当に何しに来たんだ!」
「本当に私はお腹が空いたので、ここの食料を漁っていただけです。まあ折角ですから、一つだけ助言でもしておきましょう」
「助言? どういうことだ?」
「ヴェゾット調査は中止したほうが身のためですよ」
完全にバレている。
会議でも盗み聞きされたのだろうか。
疑問はあるものの、真っ先に解消したいことがあるのでそっちを優先する。
「何故中止したほうがいいのだ?」
「今の時期は、2体の龍型ヴァイルがあそこに生息していて危険なんだよ。それを知っても君は行くかい?」
龍型ヴァイルが2体……。
1体でさえ、倒すのが困難なのに無茶苦茶だ。
というか、この感じだとその2体も普段から地上に存在しているみたいだな。
ヴァイルは常に上空からのみやってくるものだと思っていたが、この認識は少し改めておこう。
俺はしばらくの間、黙り込む。
その姿をジークはただ見ているだけで襲撃をする素振りなど全く見せない。
何を考えているかさっぱりわからない。
敵でしか俺にこんな情報を与えて何の得があるのだろうか。
それとも、何か目的をもって与えているのだろうか。
「俺は、それを知っても行く。一度決めたことを変えることはしたくない」
弱気になるわけにはいかない。
ここで背中を見せたらこいつに勝つことなんて絶対にできなくなる。
リビングが嵐の前触れのように静まり返る。
一体、彼は何を言うのだろうか。
すると、急に俺に背中を向けるようにして歩いて行った。
しばらくすると、片手にカップを持ち、もう片手にはパンを持っていた。
そのまま椅子にもたれ掛かるように座るとコーヒーを軽く飲む。
そして、椅子をこちらに向けて足を組んだ。
「わかった。君がそういうなら止めはしない。一応、敵だからね」
一応も何も敵以外の何者でもないだろう。
パンを食べている姿を見て緊張がほぐれたのか、どっと疲れが襲ってきた。
近くにある椅子を取って俺もジークと向かい合うようにして座る。
「おやおや、隣が空いているよ」
「一応、敵だからな。隣は危険だ」
同じ言葉を返してやった。
この言葉を聞いてジークは高らかに笑う。
その時、俺は今更でしかない最大の疑問がここに来て生じたのだ!
「お前はジェネレーション・ノイズを使うことはできないのか?」
ジークは笑いを止める。
そして、パンを一気に口の中に放り込み、片手に持っていたカップをゆっくりおく。
少しうつむく様にして考え込んでいたが、数分くらい経った頃、口を開いた。
「使うことができないわけではない。ただし、条件があってそれを満たさなければ使えない」
有力な情報を得ることができた。
とりあえず、条件が何かはわからないものの、今ここであの技を使われる危険性はないということになる。
彼は立ち上がるとコーヒーとパンのおかわりを取りに行った。
「君の分のコーヒーとパンです。一緒に食べましょう」
「敵が目の前にいるというのに、随分と警戒心が薄いな」
俺の言葉を無視するようにして、丁寧にコーヒーなどをテーブルに並べる。
今まであった殺気はほとんど感じられない。
俺もジークも結局食事を共にした。
「なあ、今こうしてお前は人間と同じものを食べている。じゃあ、何故ヴァイルは人を食べるのだ?」
「人型と龍型のみが人以外も食べれるのですよ。しかし、龍型は食べるよりも殺すのを楽しむみたいですけど」
「随分、冷静に述べているが、お前はどうなんだ? 人を殺すのが好きなのか?」
「いいえ、私は人の生態に興味があるのです。だから、自己防衛以外の戦闘は極力避けたいのです」
ヴァイルの中にも平和主義者はいるのか。
いや、嘘を言っていてもおかしくはない。
鵜呑みにするのは止めておくとしよう。
その後は特に喋ることもなくただ、黙々とパンを食べていた。
「楽しかったですよ。貴方との食事」
食事が終わった時そんなことをいいながら、ジークは近くのウェットテッシュを取り出しそれで口元を軽く拭う。
すっかり馴染んだ様な感じになってしまっているが、俺は警戒心を解くことは全くできなかった。
「俺はいつ殺されるかわからなくて喉にものがよく通らなかったぜ」
「次また食べる時があったら、一緒に食べましょう」
「お断りだ」
二度とあってたまるか。
一瞬で殺される方がまだマシだって思えたからな。
こんなこと何回も続けられたら身が持たない。
「では、私はこれで」
ジークが去ろうとした時、俺は軽く止めた。
そして、すぐさま錫杖を取り出して突っ込んでいく。
その勢いのままガジェット・チェーンを外した。
「光を裂き、闇を裂き、次元を裂く!! 百鬼夜行を裂く力を今ここに示さん! 奥義! 次元衝撃波!!」
自分の部屋に衝撃波による轟音を響かせたのだった……。