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ヴァイル・クライ  作者: 日谷 将也
  第1章  始まりの轟き編
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  第3波  ヴァイル生態情報 閲覧!

 退院してから数日の時が経ったある日、俺たちが所属する対ヴァイル組織『プレデター』のメンバー全員に召集がかかった。

 要件に関しては大体のおおよそがつく。

 おそらく、『人型ヴァイル』のことだろう。

 報告した時、上層部の連中が『人型ヴァイル』という言葉を聞いて血相が変わったのをよく覚えている。


「全員、敬礼!!」


 『プレデター』本部の作戦会議場。

 空間は体育館のような作りで白く輝く壁はまるで何者にも染まらない絶対的な正義を象徴するかのようである。

 その中に、一人の怒号のような声が会場一体に響き渡る。

 すると、さっきまでざわついていたのが嘘だったかように静まり返り一同、敬礼をした。

 壇上に一人の男が後ろに手を組んで仁王立ちしている。

 敬礼を解く合図があると同時に口を開いた。


「知っている者も既にいるかもしれないが、先日国立病院にて『人型ヴァイル』らしき存在が確認された。上層部もこの異例の事態に対して困惑を露にしている。『人型ヴァイル』に関する詳細は一切不明。よって仮に遭遇しても無闇に戦闘は行わず、情報だけを入手して来て欲しい。以上!!」


 最後の言葉と同時に、一斉に敬礼をした。

 男はそのまま壇上をゆっくり降りていく。

 そして、解散の号令が掛かると張り詰めていた空間が再びうるさくなった。 


「先日の戦闘、5分以内の討伐とはお前たちも腕を上げたな」


 さっき壇上で話していた男が俺、和馬、ガウスのところまで来て、褒めてくれた。

 この人物こそが俺たちが訓練生だった頃のラウド教官その人である。

 俺たちは敬礼はするも、頬は完全に緩みきっていた。

 昔から教官に褒められることなんて滅多にない。

 だからこそ、褒められた時はいつも嬉しかった。

 教官は戦場における闘い方よりも心構えを重視する人故に、感情の緩みに関して特にうるさかったのだが、褒められて笑顔になる俺たちを咎めることだけは決してなかった。

 それは教官にとっての一つの愛情なのだ。


「やはり、上層部の方々も『人型ヴァイル』については知らないんですか?」

「そのようだな、ただ人の言葉を喋るヴァイルなら知っていたがな」


 おそらくそれは『龍型ヴァイル』のことを言っているのだろう。

 過去に四回の出現例のある『龍型ヴァイル』。

 元々、初めてヴァイルが出現したときの型が「龍型」だった。

 そいつは勿論討伐したが、四年に一体くらいの間隔で龍型は何回も出現している。

 その度に数多の犠牲者を出しているが、彼らを討伐することで得られるものも大きい。

 『ガジェット・チェーン』がまさにその一例である。

 これは元々、ヴァイルの残骸に含まれている『クシエリウム』と呼ばれる化学物質を金属と超高温の状態で反応させることでできる結晶体なのである。

 使うヴァイルの素体や収集量によって作れるレベルは変動し、レベルが高いほど使用者にかかる負担はとんでもないものになっていく。

 龍型ヴァイルから得たクシエリウムで作られたガジェット・チェーンは確かに存在はしているものの、使用している姿を今まで見たことがない。

 しかし、もし使うものがいようものなら、その力は強大なものだと思う。


「あと、上層部の連中が言うには『ヴェゾット』に行けば、何かわかるかもしれないそうだ」


 『ヴェゾット』というのはヴァイルが過去に沢山出現し住みついていると推測されている地域の一つで、誰ひとりあそこには近づこうとしない。

 というかそこに生息するヴァイルが外に出ないように巨大な壁に覆われている地帯なので入ろうにも入れないのである。

 俺たち一同沈黙する。

 重い空気に囲まれているようで、周りは明るいというのにここだけ夜になってしまったような感じだ。


「行ってみるか?『ヴェゾット』」


 ガウスが急に口を開いた。

 しかも、周りが一時的に静まりかえっていた時だったから、周囲にも俺たちがヴェゾットに行くことが聞こえてしまった。

 一瞬にして目線がこっちに集まる。

 ヒソヒソと何か話している人までいる。

 完全にまずい状況だ。

 普通冗談でもヴェゾットに行くなんて誰も言わないから、ほとんど本気と捉えられてしまっているだろう。

 ガウス自体、本気で言っていたのだろうか。


「ガウス、さっきの発言、正気か?」

「ああ、ここで話していても埓が明かないと思ったから、実際にヴェゾットに行って事の真相でも確かめに行こうぜ。幸いあそこならそこまで危険じゃないだろ」


 ヴァイルが沢山いるって時点でかなり危険な場所でしかない。

 突っ込みたかったが、彼にふざけている様子はこれっぽっちもなく、余計考え込んでしまった。

 確かにあそこに行って調べるのが一番手っ取り早い。

 しかし、結局なんにも得られずじまいで終わってしまうかもしれないことや大量のヴァイルとの戦闘になるリスクを背負ってまで実施することなのだろうか。

 できたら、そんなリスクはごめんだ。

 人を助けるのが俺たちの担当であって「ヴァイル調査」は別の班の担当だ。

 それを俺たちが担うことになんのメリットがあるというのか。


「才和よ。ガウスは君のように利益なんかを考えない男だ。おそらくガウスは自分たちでなんとかしよう程度にしか考えていない。でも、その考えだけで動けるのは案外素晴らしいのかもしれないな」


 教官は考え込んでいる俺をじっと見つめて、アドバイスをするように言った。

 あまり考えないこと、到底俺には難しいことだな。

 メリットデメリットを考慮にする人にはガウスの行動原理は理解不可能だ。

 しかし、彼の意見に身を任せてみるのも一興なのかもしれないな。


「わかった。じゃあ明後日あたりにでもヴェゾットに行ってみるか」


 和馬が急に口を開くなり、まとめた感じで言う。

 俺もガウスも彼の言葉に頷いた。

 教官は感心した様子で見る。

 周りの野次馬たちは騒いでいた。

 ついに宣言してしまった。

 これでもうあとに引くことなんて絶対にできない。

 決意が揺らがないうちに「ヴェゾット調査作戦」の実施許可をもらいに向かった。


「君たち、本気で言っているのかね」


 長官室に入るやいなや、問われた。

 どうやら下での騒ぎ声は上にまで届いていたらしい。

 いや違うな、長官の場合は「地獄耳(ヘルストレンセンサー)」の力の一つ「絶対聴力(エフェティクト・ジグ)」だろう。

 ガジェット・チェーンの力でただ遠くにいる人の声を聞くことができる。

 長官に対して隠し事は無闇にできないな。


「本気です。俺たちでヴェゾット調査作戦を執行します」


 横に並び、後ろに手を組んで仁王立ちをしている中、俺ひとりが一歩前に出て宣言した。

 長官は自分の椅子から動いておらず、手を机の上におき、組んでいる状態でいる。

 目は少し眉間にしわをよせるようにしてただ見ているだけだ。

 長官室は立派な部屋で本棚とテーブル、ソファ、冷蔵庫、金庫と基本必需品は全て置いてある。

 また、長官室の入口の向かい側となる壁は全面ガラスで都市を一望することが可能である。

 ちなみに今見える景色は灰色の空だけで、お日様の姿などどこにもない。

 漂う香りは上品な木の香りで気持ちを安らかにしてくれる。


「君たちは長年属しているだけあって、優秀な戦力だ。だからこそ、適当に承認なんぞして重要な時にいなくなられてしまうのは困る」


 長官は考え込む。

 おそらく、この件を承認するかどうかではなく、どうやって止めさせるかを考えているのだろう。

 そんな簡単に承認してくれるとは初めっから思ってはいない。

 しかし、もし最後まで反対されてしまったらどうしようか。

 ここまできたら何としてでも調査をしたい。

 いざとなったら脱退するか、いやそんなことをするのは逃げでしかない。

 やはり、承認してもらうまで何度でも言いに行く以外方法はなさそうだ。


「なあ、承認してもいいんじゃねぇか」


 ガラス窓の方から声がした。

 そこに目を向けると浮いている男が一人いる。

 次の瞬間、男は長官室の中、俺たちの前に背中を見せた状態で現れた。 


瞬間移動(テレポート)!?」


 俺たちは驚きを隠せずにいる。

 俺の能力「空間(フェレシェント)」も珍しい種類の能力に部類されているとはいえ、実際使い勝手の悪い能力だ。

 それに対し、この「瞬間移動」は使いやすいに決まっているとしか思えない代物だ。

 当然、使いやすくて強い能力であればあるほど、制作難度も高かっただろうし、体に対する負荷も相当あるだろう。

 男の様子が普通に見えるのはそのくらい実力があることの証明である。

 このことと長官にこんな無礼なことを平気でできることから判断するに間違いなく男は「執行部(レクエドス)」の一員だろう。

 「執行部」とはプレデターの中でも優秀な者のみが所属する班で基本的に非常時以外は戦闘に参加することは自由となっている。


「しかしだね、凛堂(りんどう)君、彼らは優秀な人員故、そんな簡単な話じゃないんだよ」

「ふ~ん、じゃあ俺もついて行くってことでいいんじゃね」

「執行部の君が参加するなんて、それこそ大変じゃないか」


 そう、幾らなんでも調査ごときで執行部の人を動かしたくはない。

 俺ら以上の戦力だからだろう。

 それに今の長官の発言で分かった。

 「凛堂(りんどう) 隼也(しゅんや)」、執行部の一人でかつて「龍型ヴァイル 紫龍(しりゅう)」の討伐戦において、一人で最前線を努めた英雄だ。

 確か俺たちと同じラウド教官に教わったらしい。

 というか、教官は案外若い顔立ちだが、本当の歳はいくつなのだろうか。


「実際、俺たちは自由行動が許されているから問題はない。調査内容にも俺の名前を書かなければ長官にも迷惑がかからないだろ」

「それでは、君の活動記録が残らないではないか。それでもいいのかね?」

「別に活動記録なんてものに興味はない。俺が気になっているのは、彼らの実力だ」


 俺たちの実力? 執行部に注目を浴びるほどの実力は持っていないと思っていたのだが、いつの間にかそこまでの実力を俺たちは身につけていたのかもしれない。

 近い将来、執行部入りも夢じゃないかもな。 


「彼らを執行部に引き込むつもりなのか?」

「実力次第ではそれも検討している。まあ、最終決定するのはあの人だから、俺がどうこう言ったところでどうなるかはわからない。けど、俺の推薦ならば、あいつも検討する可能性はあるな」


 つまり、これはチャンスだ。

 執行部に入るのは名誉そのもの。

 それに執行部に入るということは強大な敵とも戦えるだけでなく、情報開示もある程度行える。

 それはすなわち「あの事件」に関する情報も見ることができるようになるかもしれない。

 何としてでも、実力を彼に示さなくては。

 長官はじっくり考え込んでいる。

 さっきとは表情の具合が違った。

 間違えなく、止められないと諦めて作戦を決行した場合の結果を想定しているのだろう。

 こうなった時の長官の頭の回転は早い。

 一応、長官も執行部にかつて所属していた。

 しかし、頭の回転の速さから指揮官すなわち長官の方が相応しいとされ、ここに至ったらしい。

 長官が活躍した「龍型ヴァイル 星龍(せいりゅう)」の一件は何より有名だ。

 星龍は二番目にきた龍なのだが、まだ未知なことが多かった龍を長官は1時間の戦闘を経てある程度把握し、そして見事に打ち破ったのである。

 そのことから長官には「神のお告げを聴く者(レイ・クル・ヴェネス)」という異名が付けられている。


「わかった。特別に許可しようではないか」


 ため息混じりで長官は言う。

 これでどうやら調査に行くことは出来そうだ。

 俺たちは目を合わせて、少し頬を緩めるようにして喜んだ。

 内心では皆でガッツポーズ。

 凛堂先輩も説得できて嬉しそうに見える。

 表情に変化は全くないが、緊張した雰囲気が今ではもう取れている。

 先輩も許可が降りるのか不安だったのではないだろうか。


「ただし!!」


 内心喜んでいる中、それを遮るかのような声が長官室に響き渡る。

 再び、場合は緊張の渦に苛まれた。

 一体、どんな条件がつけられるのだろうか。

 出来るだけ奥深くまで調査をしたいというのが俺たちの本音だ。

 活動範囲を狭められては目的の情報が何も手に入らずに只の骨折り損になってしまうことだってありえる。

 どんな言葉が続くのか身構えて待っている。


「無理だけはしないように。死にそうになったらすぐに戻ってこい」


 俺たちは笑顔で顔を見合わせた。

 凛堂先輩は鼻で軽く笑っていた。

 只の取り越し苦労だったようだ。


「はい!! 無事、調査を終えて戻ってきます」


 そして、長官に頭を下げると長官室を出るのであった。

 その際、凛堂先輩も俺たちの後をついて行くようにして一緒に出ていった。 


「ところで、凛堂先輩はなんであんなところにいたのですか?」


 出た矢先、ずっと疑問に思っていたことを口にする。

 普通に考えれば不思議に思って何らおかしくない。

 どう考えたってあそこにいる理由が何も浮かばないのだ。 


「ああ、お前たちと似たようなことを企てていてな、ちょうど言いに行こうと思ったら先を越されただけだ」


 なるほど、だから協力を買って出たのか。

 でも、それではさっき言っていたことは建前だったのだろうか。

 疑問が増える一方でしかないな。 


「俺たちの実力は執行部に通じるレベルなんですか?」

「実際、全然通じない。しかし、才能だけはしっかりあるようだ。努力次第では執行部に所属できるようになる可能性は充分にある」


 少しこの言葉を聞いてホッとした。

 もし、全く才能がないと言われていたらショックだっただろう。

 とりあえず、今現在は実力はないものの、努力さえすれば、執行部になれるかな。


「そういえば、凛堂先輩の武器は何ですか?」

「ふっ……。直にわかる」


 もったいぶるような素振りをしながら、はぐらかされた。

 ヴァイルとの戦闘になれば、嫌でも見ることができるか。


「今はまず、ヴェゾット調査作戦に専念しろ。1時間後くらい経ったら、作戦会議をする。わかったか?」

「了解!!」


 俺たちは静かな廊下で凛堂先輩に敬礼した。

 廊下に俺たちの声が鳴り響く。

 そんな余韻を残しながら、作戦会議室3に向かうのだった。 

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