第2波 カメレオン型ヴァイル 出現!
あれから1ヶ月の月日が流れた。
その間も当然ヴァイルは出現したのだが、俺は骨折していたため参加できなかった。
今、病室のベッドで足は宙吊り状態である。
実際、明日辺りにはもう退院することができ、今現在も動かそうと思えば普通に動かすことができる。
退屈しのぎに窓の外をみた。
緑豊かな木が俺の視界をある程度遮るが、その隙間から子供たちが庭で遊んでいるのが見える。
「ごっこ遊び……か」
おそらくはヴァイルごっこで間違いない。
ヴァイル役の人を決めて、残りの人がヴァイル役の人をタッチするまで続ける遊びだ。
小さい頃、よく夢中になっていたものだ。
木漏れ日から差す光がちょうどよい感じで、毛布に光と影の模様が出来上がっていた。
「よお才和、明日で退院だってな」
和馬がノックもなしに入ってきた。
というか、入院してから和馬はほとんど毎日のようにお見舞いに来ている。
「ふん。大丈夫そうだな」
上から目線でいうガウスがここにいた。
彼もよく和馬と一緒に俺のお見舞いに来ていた。
なんだかんだで心配しているみたいだった。
世界はヴァイルによっていつ死ぬのかもわからなくなっている。
そんな中、俺たち3人は今こうして笑顔で語り合っている。
このことが人々にとってどれだけ幸せなのかは言うまでもない。
――!!
不吉な音がこの賑やかで明るい病室に響いた。
何か巨大なものが空から降ってくる音。
俺たち3人は予想している事態が起きていないことを祈りつつ、窓の外に目をやった。
すると、さっきまでは地面が緑色だった、庭が茶色くなっていて、地面に亀裂が出来上がっている。
そこにはヴァイルがいた。
カメレオン型で、爪がある4本の足で大地を立ち、刺々しい尻尾を持っている。
目はギョロッとしていて、舌を出したり引っ込めたりしている。
「最悪だ」
国立の病院であるだけあって、ここには精密機械が沢山ある。
そして、患者の何人かは精密機械を身につけることでなんとか生きながらえている人もいる。
つまり、ここでもし『ジェネレーション・ノイズ』が発生すれば、彼らは一瞬にして死ぬ。
ただし、『ジェネレーション・ノイズ』をヴァイルが使用するケースは2つあり、1つ目は身を守るために用いる。
これに関してはヴァイルをここで倒そうとしない限り、問題はない。
そして2つ目はヴァイルが人を捕食する時である。
戦わなければ、ヴァイルはその内捕食を始め、ノイズを起こす。
戦っても、ヴァイルはノイズを起こす。
どっちにしてもノイズを引き起こす可能性が高いのである。
「どうする? 病院に頼んで、患者たちに精密機械の方を外してもらうか」
和馬はヴァイルが出たという状況しか理解できず只呆然としている中、ガウスが不意に俺たちに提案してきた。
「精密機械を外せば、その患者たちは間違いなく死ぬ。だが、つけていても死ぬ」
もうヴァイルがここに現れた時点で状況は詰んでいた。
どう転んでも、重病の患者たちを助けることはできない。
そんな事を考えている中、庭には3人の子供たちが恐怖のせいか、動けないでその場に立ちすくんでいた。
ゆっくりと子供たちに一歩ずつ近づいていく。
そして、子供たちの前に立つと、一瞬にしてヴァイルは大地を赤く染めた。
3人の子供たちの首を一瞬にして爪で切り裂いた。
子供たちは自分の身に何が起きたのかわからずキョトンとしていた。
しかし、次の瞬間、子供たちの頭が地面に落ちた。
病院の中から悲鳴が沢山聞こえる。
おそらく、みんなこの光景を見ていたのだろう。
助けられなかった悔しさが俺たちの胸に刺のように刺さってくる。
「おい!! 才和!」
俺が一人で考え込んでいると、和馬が肩を揺さぶってきた。
「いいのか、このままだとあのヴァイル、ノイズを発生させるぞ」
「でも、だからと言って助けに行けば、それはそれでノイズを起こして結局死ぬ」
深く考えこんでいた。
どうにかして、一人でも犠牲者を減らしたい。
でもどうやって。
俺の頭の中にはこの疑問がずっと解消されないまま残っている。
路上でヴァイルが不意に出没するケースは今までよくあった。
そして、出現するとみんな逃げるようにしてどこかに避難する。
しかし、今回は病院ということもあり、避難なんてこと自体が不可能である。
容易に動けない、どうすればいい。
「ヴァイルを倒すぞ! 才和!! 俺は何もしないで他の患者たちを見殺しにすることなんか真っ平ごめんだ。行ってくる」
「俺も行く」
和馬が急に怒鳴ったかと思うと、俺の胸ぐらを掴み思いっきり殴る。
俺は殴られたことに対して呆気にとられた。
そして、ガウスと共に窓から地面に降りていく。
そうだ、こうなったら考えていても仕方がない。
どうせなら、数パーセントの可能性に賭けてみよう。
俺は武器を取り出すと、足の固定を外し、階段から庭に向かった。
ヴァイルはまだ食べておらず、只子供の肉体をボールのように転がして遊んでいた。
おそらく、このヴァイルは子供たちを殺したはいいが味は不味そうに思えたのだろう。
人に好き嫌いがあるのと同様にヴァイルにも食べる人間の好き嫌いが存在する。
とりあえず、捕食によるノイズの発生は避けることができた。
「貴方たち! ここは危ないから下がっていなさい!」
背後から急に声がしたので振り返るとそこには2人の女性がいた。
二人とも俺と同じ病院の患者用の服を着ている。
彼女たちが武器を持っているのを、確認すると状況はすぐに飲み込めた。
「俺たちは『プレデター』E地区担当の者だ。君たちは?」
「私たちはB地区担当よ。でも、そう、貴方たちも『プレデター』のメンバーだったのね」
とりあえずは軽い自己紹介を済ませた。
拳銃を持っている女性が「愛」、そして錫杖を持っている女性が「アイリス」と言うらしい。
彼女たちも俺たちとは別のヴァイルの討伐の際に深手を負い、ここに入院していた。
彼女たちと共闘することになり、作戦を立てた。
「私には結界の術式があります。これで5分間はノイズを遮断することはできます」
希望への活路が見い出せた。
つまり、5分でヴァイルを倒せばこの状況を打開することができる。
俺たちはそれぞれ分担を決めた。
「空を描き、海を描き、大地を描け!! 百鬼夜行を止める力を今ここに示さん! 奥義! 完全防御結界!!」
彼女がそう叫ぶと、ヴァイルを取り囲むように結界が円柱状に貼られた。
そして、俺たちは一気に接近していった。
愛はヴァイルの踏もうとする足を横に逸れるようにしてかわすと、その足に弾丸を打ち込んだ。
ガウスは只呆然と突っ立っているようにしか見えないが、おそらく目にも止まらぬ速さで何かをしているに違いない。
和馬はヴァイルと向かい合うようにして立ち、いつでも行けるように力を溜めていた。
俺はすぐさまヴァイルに飛び乗った。
ようやく弾丸のダメージが効いてきたのか、急にヴァイルは咆哮を撒き散らしながら暴れだし縦横無尽に動き出した。
結界のおかげである程度行動は制限されてはいるのだが、それでも俺の状況はかなり危険だ。
足を痛めているため、踏ん張る力がほとんどない。
なんとか、3本で振り落とされないように耐えていた。
ヴァイルが暴れることで子供たちの体と頭はミンチのように潰されていった。
愛はそのことに激昂したのか、弾丸を連続して近距離で打っ放し、ヴァイルの足と胴体を切り離した。
俺はそれを見るなり、空中に飛び上がった。
そして、「ガジェット・チェーン」を解除した。
「光を裂き、闇を裂き、次元を裂く!! 百鬼夜行を裂く力を今ここに示さん! 奥義! 次元衝撃波!!」
錫杖が青く輝き、見えない衝撃波がヴァイルを襲う。
ヴァイルはその衝撃波を喰らうと立ち上がろうにも立ち上がれない状態となった。
「今だ!!」
和馬の方に目を向けて叫ぶと、和馬は待ってましたかとでもいうようにすぐさまヴァイルに近づいていった。
「岩を砕き、大地を砕き、星を砕く破壊の力『プロメテウス』! 百鬼夜行を打ち砕く力を今ここに示さん! 奥義! 惑星破壊!!」
ヴァイルは粉々に散っていった。
機械の破片のようなものが雨のように落ちていく。
アスファルトとぶつかると轟音を響き渡らせ、それがまるで勝利の轟きのようにも思えてきた。
しかし、俺たちの目の前には一つの悲惨な光景があった。
「しかしヴァイルのやろう、なんてことをしてくれたんだ」
3人の子供たちの無残な姿。
顔はなんとか原型を取り止めてはいるものの、腕の関節はぐにゅりと曲がって潰れていたり、足がなくなっていてそれがどこにあるのかわからないという状況である。
愛は口元を手のひらで抑えると、その場に膝をついて下を向いた。
赤く染まった大地が鏡のように彼女を映すと、そこには泣いている姿があった。
「一緒に……退院しようって……約束したのに……」
どうやら、愛は3人の子供達とよく遊んでいたらしい。
彼女はヴァイルが出現した際、真っ先に庭に向かった。
しかし、庭に着いたところで俺と同様、ノイズを引き起こさないようにするため、迂闊な行動はできなかった。
アイリスは愛に呼ばれてここに来たらしい。
そして、アイリスが着いた頃にはもう、子供たちは2つになっていた。
俺たちは愛に対してどうすることもできず、ただ下を向きながらひたすらに子供たちの顔を見つめるのだった……。
「ノヴァ・インパクト」
突如として、俺たちの前に何かを言いながら男が姿を見せる。
しかし、この男が放った言の葉は最も恐ろしい事態の幕開けだった。
周囲から沢山の悲鳴がする。
俺たちは灰色の空の中、あたりを見回した。
すると、窓が赤く染まっていて、病院の中を見ることができなかった。
「貴様!! 一体何をした!」
俺たちは状況が理解できなかった。
そして、謎の人物を睨みつけた。
謎の人物は不敵な笑みを浮かべていた。
「私はジークと言います。人型ヴァイルで、人と会話することができます。自己紹介はこんな感じでいいのですかね?」
人型ヴァイル。
そんなものは今まで一度として聞いたことはない。
それに人間に興味を示しているからなのか、自己紹介の仕方が合っているのか尋ねている。
灰色の空から、紅い雫と透明な雫が混ざって降ってきた。
「さっき何をしたかという質問ですが、私は他のヴァイルと違い、唱えることで力を発動できます」
もうわけがわからなくなってきた。
人型ヴァイルという例外的な存在だけでも、かなり困惑しているというのに、ノイズではなく、唱えることでノイズ同様の力を発動する。
例外に例外を重ねすぎて、もはや、ジークというヴァイルはヴァイルにすら思えなくなっていた。
「私の趣味は人間を殺すことですね。食べるのはあまり好きじゃない」
その言葉を言った瞬間、愛はすぐさまジークに対して引き金を引いた。
しかし、弾丸は着弾する前に透明な何かに当たって、地面に落ちた。
「いやだな~、物騒なものはしまってくださいよ。今日は挨拶に来ただけなんですから」
「挨拶?」
「ええ、私はいつか君たちをご馳走になる。カメレオン型のヴァイルとの戦闘を見て、君たちを食べたくなりました」
俺たちはみんな身構えた。
でも、ジークから殺気のようなものは微塵もなく、彼はさっきからずっと笑顔だ。
当然、この笑顔は好意的な笑顔なのかは定かである。
「安心してください。私は食べごろを考える人ですから。あ、人じゃなくてヴァイルでしたね~」
笑えないジョークだった。
空気は雨粒が水たまりに落ちて跳ねる音がするくらい静まり返っている。
彼はさっきから一人でつぶやいているような感じだ。
「まあ、いいでしょう。いずれまた会うでしょうから、その時はまたゆっくり話しましょう」
ジークはそう言うと何やら唱え始めた。
唱え終わると、彼の周りに紫色の煙が上がり、そのまま消えていってしまった。
「さっきのやつジークとかいったな。一体何者なんだ」
俺たち5人は新型の存在に疑問を感じながらも、とりあえず子供たちのために墓を作ろうと決意するのだった。