第19波 熊型ヴァイル 出現!
じっくり考えては見るも、やはりわからない。
一体どうやってあんな攻撃を成功させたというのだ。
すると再び、今度は真横から飛び出してきて、刃を振るってきた。
ギリギリのタイミングで防ぐものの、これはもはや時間の問題だ。
そして、ガウスはまたすぐさま攻撃を止めると森の中へと身を隠すように降りていく。
いや、少し待て、なぜいちいち森の中へ入る必要があるのだ。
そもそも俺はガウスに攻撃しようなんて画策していないわけだから、何も隠れる必要はない。
つまり、ガウスは森を身を隠す以外の用途で利用しているのではないだろうか。
俺は森の中をくまなく探し、ガウスの姿を探す。
しかし、もう結構動いているせいなのかどこにも姿は見当たらなかった。
「ふん、そう簡単には俺の姿は見つけられないぜ」
はたまた背後からガウスは忽然と姿を現し、獲物を振ってくる。
ワンパターン過ぎて、段々とこの攻撃手段に対応できるようになってきた。
しかし、この油断が一瞬にして、敗北を招きそうになる出来事となった。
ガウスはもう片方の手に鞘を持っており、それで思いっきり攻撃してきたのだ。
錫杖を両手で持つことでガウスの刃を守っていた俺にとってはこの鞘は防ぎようがない。
そのため、鞘の攻撃はもろに受けるか、避けるのかの二通りとなっていた。
俺は隙を見て、ガウスの腹部を足で蹴っ飛ばす。
そして、そのままガウスは森の中へと突っ込んでいった。
葉がざわめく音と木々が折れる音が夜の静けさを打ち消すようにして聞こえて来る。
俺は目を見張るようにして、ガウスの行動を見ていた。
しかし、ガウスは地面に落ちるやいなや、すぐさま体勢を立ち直して、神速で移動を開始する。
何かこれを可視化、あるいは行動を把握する手立てはないか。
そう考えているとき、ふと『空覚』のことが頭を過ぎった。
あれならば、もしかしたら、わかるかもしれない。
そう思うと、俺は目をつむり、意識を集中させた。
昼間の時よりも精度が良くなったのか、視界が閉ざされていても周りの景色を感じ取ることができる。
草木が少しでも揺れるとすぐわかった。
間違いなく、その場所にガウスはいるのだろう。
ただ、さっきからグルグルと回っているようだ。
おそらくガウスは今俺の状態を走りながら見ている。
ジッと堪えながら、俺もガウスの様子をずっと探っていた。
すると、急に走り回るのを止めたと思うと、どうやら木を登り始めた。
流石に、神速では登れないらしく、安全にされど素早く登っていく。
てっぺんまで到達することはなく、その近くの枝に仁王立ちする。
これから一体何をするのか。
ある程度の予想が出来上がったが、果たしてそれが正しいのかはわからない。
というよりも、俺の予想自体が人間の身体能力を無視した予想であるため合っていると断言できないでいたのだ。
しかし、俺の予感は見事に的中した。
ガウスはその木々で踏ん張るように力をためと思いきや、こっちに向かって一目散に飛んできたのだ。
「おらぁぁぁぁぁ!!!!」
ガウスは背後を取って若干、余裕を笑みを浮かべている。
俺はそれに対して今まで以上に即座に反応し、軽く避けた。
そして、そのまま別の場所へと降り立つ前に錫杖で思いっきり背中を打ち、地面へと叩き落とす。
「お前、どんな身体能力してんだよ。普通の人間はひとっ飛びでここまで到達できないだろう」
「残念ながらお前は一つ誤解している。俺の能力は『神速』じゃない。『跳躍力強化』だ。今までも俺は走るというより低空で飛んでいただろ。そういうことだよ」
ここに来て、驚愕の真実を告げられた。
今まで俺は勘違いをしていたのだ。
ちなみにさっきの一撃で勝敗は付いている。
これ以上は怪我に繋がるから見逃すことはできないと他のみんなに言われたからだ。
とりあえず和解は無事出来て、その後は今日騒げなかった分を夜に談笑することで発散したのだった。
朝だろうか。
俺は重たい瞼を無理矢理開けた。
昨日一体何時まで話していたか記憶はない。
気づいたときにはかなり夜更けになっていて、明日も修行があるからとお開きになったのだ。
まだ感覚がはっきりしない。
多分、よほど遅くに飲んだせいだろう。
おかげで目を開いているというのに動けないでいた。
「よお……ってああ薬のせいで動けないんだっけ」
「悪いな。みんなで先に朝食を食べていてくれ」
「いや、全員揃うまで待っているぜ」
あんまりみんなには迷惑を掛けたくないのだが、そう言うならお言葉に甘えようと思う。
とりあえず、俺は早く痺れから解放されないかと待ち望んでいた。
数十分後くらい経った頃、ようやく麻痺状態から解き放たれる。
そういえば、この薬の効果もいつまで持つかわからないはずだ。
そして、今現在どのくらい効いているか調べようにも俺は何時間寝ていたかすらわからない。
それは短い時間だったかもしれないし、まだ長く済んでいるのかもしれない。
とにかく、時間は刻一刻と迫っているのだけは確かだ。
それまでに修行を終えて何としても押さ込めるまでの力を手にないといけない。
決意を改めて心に刻み込み、俺は着替えを終えてテントを出た。
みんなで朝から楽しく食事を取る。
そして、アクトがきた頃にはみんな真剣な表情へと変わっていた。
「どうやら、昨日の落ち込みはすっかりなくなったようだな」
アクトは若干の笑みを浮かべると、その後はキリッとした雰囲気を醸し出し、俺たちをグレゴスのところまで案内する。
正直、道などは覚えてしまっているから今更案内なんてと思っているのだが、折角修行の場を設けてくれた人に対してそれも失礼かなと思い、言葉を飲み込んでおく。
今日は川の流れが妙に静かだった。
何かあったのだろうか。
いつもなら聞こえてくるはずの滝の音も全然しない。
俺たちは奇妙に感じ、麓へと向かう。
すると、そこにはグレゴスと見慣れない生物がいた。
とても巨大な生物で滝を完全に塞き止めている。
「貴様はそこで何をしておる! 私の縄張りに土足で踏み入ってただで済むと思っているのか」
グレゴスは雄叫びを大きくあげる。
謎の生物はその声にようやく気づいたのか重たいそうな体をゆっくりとこちらへ向けてきた。
凶暴さを表すような赤い眼を持ち、鋭い鋼の刃のような爪、ずっしりとした巨体には無数もの刺のようなものがあった。
そして、部分部分に金属のような装甲がある。
間違いない、この生物はヴァイルだろう。
「熊型ヴァイルか。よりよってこのタイミングで出てきたか」
「そういえば、何でヴァイルが発生したのに警報がならないのですか?」
「あ? ああ、ここは一般人が立ち入る安全な森じゃない上、グレゴスがいるから必要ないという判断だ。それに時折、俺たち執行部も顔を出すから特に問題ないんだ」
確かに、グレゴスのあの力を見れば、この地域がそう簡単にヴァイルに侵略されることはまずないだろう。
今だって、俺らからしてみるとグレゴスの方が圧倒的に強く感じる。
俺は一つ不可思議なことに気づく。
「あのヴァイル、浮いていませんか?」
「ああ、地上にいる時もそうだが、ヴァイルは地面から数ミリ単位で浮くことが出来るらしい。俺も最近聞いた情報で信じられなかったのだが、これを見て確信した」
しかし、いつの間にヴァイルが出現したのだ。
正直、こんな巨体が落ちてきたら、普通に気づくと思う。
いや、もしかしたら既に出現していたやつだったのかもしれない。
それなら気づかなくても無理はない。
「アクトさん。もしかして、先日、川辺でグレゴスと話していたことって」
「ああ、そうだ。というか、元々ここには修行のために来るのが目的じゃない。修行はあくまでもついでで、ここに出現したとされるヴァイル駆除がメインだったんだ。だから、俺とグレゴスの交代で探しては攻撃を繰り返していたんだがな。こいつが中々しぶとい。そして、よりによってこんな所に再出現したわけだ」
鎧を纏ったような巨体にはいくつもの傷跡がまだはっきりと残っていた。
多分、彼らがつけた傷だろう。
俺たちも協力しようと思い、各々武器を取り出し構え出す。
その突如、ヴァイルは耳を切り裂くような轟をした。
久々に聞く轟音な上に、普段とは比べ物にならない程の音量によって俺たちは少しばかり怯む。
そして、俺たちは打ち合わせもなしに無意識でいつも通りの分担を始める。
とりあえず、アクト、グレゴスのサポートするためにヴァイルの強固な鎧を剥がそうと俺たちは考え、各々攻撃をしていた。
アクトは上空から鳥の羽を一枚一枚、矢のように放ち至るところを貫通させていく。
グレゴスは真っ向から対峙する形になり、水を自在に操っていた。
しかし、いくら攻撃しようともヴァイルが倒れるような気配は一度として起きない。
「これはやはり鎧を砕く以外、突破口はないな」
「だったら、それは俺がやります」
アクトの作戦の要役を和馬が自ら打って出た。
金槌と馬鹿力を持つ和馬なら出来ると思い、一同が頷く。
そして、俺が空間の力で熊の元へと運ぶ役割を担い、他の3人とアクトは惹きつけ役となった。
グレゴスの水を思いっきり巻き上げた咆哮が作戦開始の狼煙となる。
みんな各々の役割について行動を開始した。
ガウスは基本的に足元をすくうようにして切り刻む。
愛は銃弾を、アクトは羽をランダムに敵に打ち込み注意を惹きつけていた。
グレゴスは独断で強力な一撃をヴァイルに浴びせる。
これらの攻撃で注意は完全に彼らへと集まっていた。
その隙を伺いすぐさまヴァイルの元へと駆け寄る。
そして、真上まで来たところで和馬を投下した。
「岩を砕き、大地を砕き、星を砕く破壊の力『プロメテウス』! 百鬼夜行を打ち砕く力を今ここに示さん! 奥義! 惑星破壊!!」
豪快なまでの一撃は大音量の衝撃波となって辺りに響き渡る。
物凄く頑丈な鎧は音を上げるも、壊れることはなかった。
しかし、無傷というわけでもなく大きなヒビがそこには出来上がる。
俺は落下していく、和馬を空中で受け止めると安全圏まで移動した。
「虚空をを切り裂く銀の翼よ、今ここに万物全てを穿つ力を示せ! 奥義! 昇天を断つ鎗」
一本の鋭く巨大な羽が出来上がり、光の矢のように解き放たれる。
それは一瞬の出来事で何が起こったか見ることができなかった。
ただ、その一撃のあと、ヴァイルには大きな空洞が仕上がっているのだけはわかった。
そのままヴァイルは川の中へと沈んでいく。
「なあ、ヴァイルが川底に沈んだけど川の環境には影響しないのか」
「安心しろ、ここの川は前にも言ったが特殊なのだ。おそらく、沈んだヴァイルは時が経てば自然と分解され浄化されるだろうよ。それより、君たちのコンビネーションには恐れ入った。だが、それはあくまでも地上での話。水中戦ではどうかな?」
俺たちのことを褒めると同時に試すような口ぶりをする。
当然、心の中で答えは既に出ていた。
今日は何としても勝ってみせる。
ただそれだけだ。
しかし、今からすぐ始めるのはお互い体力的に酷なので、午後からということになった。
俺たちは昼食を作って食べ始める。
みんなで無理にでも楽しく談笑を繰り広げることが出来るくらい落ち着いてはいたものの、食べ物は押し込むように食べていた。
これから、昨日全く歯が立たなかった相手との再戦。
それはかなり重圧があり、今にも押しつぶされてしまいそうだ。
誰ひとりミスなくこなさなければならない。
そうでもしない限り、俺たちに勝機は訪れないだろう。
顔ではみんな笑ってはいても、誰ひとり心から笑ってはいない。
だけどみんな、勝てると信じている。
決して諦めた人の目ではなかったのだ。
「どうだ? もう準備は出来たのか?」
昼食を終え、滝の麓まで行くと、既にグレゴスが待機していた。
愛を除き、全員が武器を持つと全員同時に川の中へと飛び込む。
水の泡が一時的に視界を妨げる。
それが消えた頃、みんなで顔を合わせ、個々に頷く。
そして、グレゴスがいる辺りへと駆け寄った。
すると、いきなりグレゴスは素早い蛇行で突っ込んでくる。
俺たちは一瞬にして散らばってしまった。
このままでは結局昨日と同じだ。
隙を伺いながら俺はガウスと合流し、水面に顔を出す。
「とりあえず、俺が囮になるから、その隙にガウスが一撃をグレゴスに与えてくれ」
「ここは水中だから俺の能力が使えない。だから、俺が囮になる」
作戦を確認すると再び潜り込む。
現在はアイリスが真っ向からくるグレゴスの攻撃を防御している。
そして、和馬が重い金槌を強引に振り回して攻撃を行っている。
ひとりが防御に徹し、ひとりが攻撃に徹するこの作戦は昨日アイリスが思いついた作戦だ。
この作戦で決まれば、一安心なのだがと思っている時、グレゴスが昨日最後に放った一撃と同じ構えをする。
みんな一斉にグレゴスから距離を取ろうとするも、アイリスと和馬は逃げ遅れてしまい渦に飲まれた。
とりあえず、グレゴスは二人を背中に乗せて川辺に向かう。
俺たちは俺たちで戦闘の途中で呼吸が辛くなるといけないと考え、水面へと向かった。
「ねぇ、ちょっといい?」
やっと呼吸が出来て、どうするか作戦を考えている中、急に愛が笑みを浮かべながら話しかけてきた。
俺はどうしたのだろうと思い、耳を傾ける。
ガウスも俺らの話が気になったのか近づいてきた。
「んで、こうすれば何とかなるんじゃない。この作戦どう?」
「ああ、それなら勝機はあるかもしれない。ガウス、今の作戦聞いていたよな」
ガウスはこくんと頷き、愛は自信満々の表情でいる。
愛なりに戦えない自分に出来ることを考え、実行していたのか。
これはかなり助かった。
俺たちはグレゴスが水中に潜るのを確認するなり、潜る。
「どうだ、私に対する対策は出来たか?」
水中でグレゴスが問いかける。
しかし、俺たちは答えることは当然出来なかった。
ガウスはじっとグレゴスと向かい合うように浮いている。
愛と俺は2方向から囲むようにして泳いでいた。
ガウスは俺たちに視線を送ると、刀を水平に構えて真っ向から突っ込んで行った。
グレゴスはガウスの攻撃に水で出来た壁を作り出すことで応対する。
そして、その水の壁は所々から水で出来た細い槍が飛び出してはガウスを攻撃していた。
完全にガウスへと注意がいっている。
俺はこの機を逃すまいと思い、出来るだけ早くグレゴスの元へと近づいた。
「ふん、才和、君がこのタイミングで接近してくることはよめていた。残念だったな」
そう言うと、再び渦を作り出そうとする。
それと同時に俺たち二人は逃げるのではなく、グレゴスにしがみついたのだ。
グレゴスは渦を作るために勢いよく回転する。
俺たちは吹き飛ばされないようにしっかりと胴体を掴んでいた。
そして、渦が出来上がると同時に、俺たちは攻撃を再開する。
愛は気づいていたのだ。
渦を作ったあと、グレゴスがその中心で体を休めていることに。
つまり、渦の中心にはなんにも起きていないのだ。
俺たちは渦にうっかり飲み込まれないように気をつけながらダメージを与えていく。
「まさか、こんな手を思いつくとは。長生きはしてみるものだ。今までこんな無茶をしでかしたやつに私は今まであったことがない。流石に降参だ」
俺たちはその言葉を聞いてすぐに攻撃を止めた。
そして、渦が収まるやいなや、笑顔で愛が近づいて来る。
しかし、俺たちは息が限界になってしまい、そのまま溺れていったのだ。
目を覚ますと、川辺についていた。
みんなが笑顔でいる。
ガウスと俺はお互いに顔を見合わせ、腕をクロスするようにがっちり組み合った。
「お前たちの実力、充分見せてもらった。修行もこれで終わりだ。もし、また鍛えてもらいたくなったらここに来るといい。喜んでビシバシしごいてやろう」
俺たちは最後に一言お礼を述べると、アクトと共にこの神秘的な森をあとにするのだった。