第18波 才和とガウスが…… 喧嘩!?
怪我の方は完璧とまではいかなくても、朝にはかさぶた程度まで治っていた。
この回復力はヴェイル細胞によるものなのか、水の力のおかげなのか不明のままだ。
そして、今日もまたいつも通りの訓練を行う。
しかし、昨日までと違い俺の心持ちは自信に満ち溢れていた。
偶然にも朝に気づいてしまったのだ。
今まで避けることが出来なかったのはおそらく、痛覚が鈍いゆえの危機管理能力の欠如によるものである。
つまり、痛覚、危機感に頼ろうとしたことがそもそもの間違いだった。
触覚、聴覚を用いて避ければいいのだ。
このことに気づくと余りに安易すぎる考えで、朝から思わず腹を抱えてしまった。
とりあえず、この方法で試してみる価値は充分にある。
俺は淡々とした感じで滝の中へと入っていった。
「やけに今日はやる気満々じゃねぇか?」
「ふん、今日の俺を昨日までの俺と一緒にするなよ」
和馬の質問を面白半分にして返す。
余裕を持った俺の表情を見て、和馬も笑顔を見せる。
そして、訓練開始の合図と共に俺たちは目をつむった。
意識を耳と皮膚に集中させる。
そこに聞こえるものは滝の轟音で触覚が感じるものといえば、冷たい水だ。
なるほど、この状況よくよく考えると、痛覚が鈍くなった俺に対して、それ以外の感覚機能をより鋭敏にしてカバーしろと言ってるようにも感じられた。
だったら俺はやってやるぜ。
そう意気込んでいる時、頭上からまた激痛が走った。
つい、考え込むあまり、訓練中であることをすっかり忘れていたのだ。
すぐさま意識をこちらへと戻し、再び訓練に身を投じる。
そういえば、何が落ちてきているのかを考えろって言われていたな。
それを考えることで何か意味があるのだろうか。
俺としては全く皆目見当がつかない。
とりあえず、考えてみることにした。
頭上にのみ迫り来るであろう何かを連想する。
すると、俺は一瞬何かを垣間見たような感覚に陥った。
しかし、その直後俺の頭上には大きなたんこぶができたのだった。
「今の感覚は一体……?」
正直、自分でも理解が追いつかないでいた。
さっき起きた閃くような感じ、それがどんなことを意味して何を俺に伝えてようとしていたのか。
しかし、あの感じを頼りにすれば避けることができるのではないかと思う。
確証は何一つとしてない。
唯一、あるとしたならば、それは勘だ。
おそらく、さっきの能力はきっと自分の身を守るのに繋がる。
次、もう一度あの感覚が来たとき、頼ってみるとしよう。
そう考え、再び意識を頭上へと戻す。
ずっと感じる謎の静けさ。
おかしい、さっきまで聞こえていたはずの滝の音さえ耳に入らない。
それに水の冷たさや衝撃が全く気にならないでいる。
若干、このことを疑問に感じるも、とりあえずは目の前のことに集中しようと思い、考えるのを一旦止めた。
落ちてくるのがまだかまだかと待ち望んでいる。
今までにはとてもじゃないけどそんな余裕は一度としてなかった。
これは自信や精神的強さからくる余裕に違いない。
この状態ならば、きっと避けることが出来る。
そんなことを思っている時、またさっきの感覚が俺の体を過ぎる。
その瞬間に俺は拳を上へと突き上げた。
すると、何かが割れたような音がする。
その音はどう感じ取っても木にしか思えなかった。
そして、今間違いなく俺はそれを見事に破壊できたはずだ。
「才和、君が今破壊したものは何だ?」
「はい、大きな木です」
自信満々に答えを述べると、アクトは急に一回大きく手を叩く。
それが意味することは全員目を開けろということだ。
流石に滝に打たれながら目を開けることは不可能なので、一歩退いてから目を開ける。
しかし、左右どちらにも俺以外の人影はなかった。
川辺の方角を見やると、みんなはそこにいる。
さっきまで、気づかなかったのだが、どうやら俺以外は合格点を出したということで、既に訓練は免除ということになっていたのだ。
若干、みんなに対して、ずるいと感じる。
でも、遅れていたのは俺ひとりだし、寧ろこれで皆には迷惑を掛けずに済んだのではないだろうか。
俺は最初の拗ねたような表情から白歯を見せるような笑顔へと変わっていった。
「どうやって、君はこの攻撃を避けた?」
「説明が難しくてうまく言えないかもしれませんが、何か閃くような感覚が脳裏を過ぎ去ったので、それに身を任せるような感じで行ったら、うまく出来たとしか」
「いや、それでいい。これこそが『ヴェイル細胞適合者』にのみ得られる6つめの感覚『空覚』なのだ。これに関して詳しく言うと……」
1時間にも及ぶ長い長い解説をみんなで聞くことになってしまった。
余りにも長いのでかいつまんで理解すると、どうやら『空覚』という能力は『鋭敏なまでの空間把握における危機管理能力』に該当するらしい。
つまり、ヴァイルたちは痛覚が鈍いため、それによって生じる恐怖感から攻撃を避けようとすることは余りない。
代わりに彼らはこの『空覚』によって行動を起こしていたのだ。
この事自体、誰もが初耳だった。
しかし、言われてみると実際、痛覚が鈍い彼らはどうやって回避していたのか普通なら不可思議に感じてもおかしくなかったはずだ。
俺たちはヴァイル殲滅を掲げるあまり、彼らに対して何の興味も抱いていなかった。
今度、しっかり調査をしてみるのもいいかもしれない。
「とりあえずはみんな訓練のノルマを達成したな。さて、修行へと向かうとするか」
「え? 俺まだ一回しか避けることが出来てないのにいいのか?」
「ああ、空覚の存在に気づくことが出来ただけで充分だ。元々この訓練はそのためのものだからな」
俺たちは滝から川辺へと移動する途中、次の内容を言い渡された。
それはグレゴスとの戦闘だ。
水の中での戦闘を行ってもらい、誰か一人でも残った状態で降参させればいいらしい。
俺たちのチームワークを考えればそう難しくないと思った。
そう思っていたのだが……。
数時間後、水中での戦闘はかなりの苦戦を強いられた。
まず、地上と違って自由に行動できないこと、次に、一定時間しか水中には潜ることが出来ず、大きく隙を作ってしまうことだ。
今回、一番苦戦しているのはおそらく愛だろう。
他の人たちが武器を持っているのに対し、愛は銃であるため水中では使うことができない。
そして、次に和馬も和馬で金槌が重いことを考えると水中での戦闘は不利に感じる。
ここは、俺とガウスとアイリスで先陣を切るしかない。
3人目を合わせ、同時に頷く。
3方向に分断し、包囲を作るような陣形を取った。
俺とアイリスは錫杖を天に振りかざすように上げて、グレゴスの頭上を狙う。
ガウスは背後から刃を出し、ウロコに思いっきり突き刺そうとする。
当然グレゴスも大人しくはしてくれない。
体をバネのように捻ると、それを勢いよく戻して、巨大な渦を作り出す。
俺たちはそれに飲み込まれると、息が出来なくなっていき、意識を失った。
「ゴホッ! ゴホゴホッ! はぁあーはぁあ」
意識を取り戻すと、そこは川辺だった。
どうやらあの攻撃でみんな意識を失ってしまったらしい。
それをアクトとグレゴスで全員救助し、ここまで運んできてくれた。
しかし、俺たち相手にあそこまでやるとは容赦がない。
修行の一貫だからと思い、少し油断していたようだ。
次からは身をきつく引き締めて行くとしよう。
その日の夜、いつものようにみんなで夕食を作って食べているのだが、少し様子が違かった。
いつもならば、注意されるほどのバカ騒ぎをしていたのだが、今日は寝静まったように黙々と食事をしている。
おそらく、昼間の修行の敗北が身に染みているのだろう。
そして、この大理石に敷き詰められたような空間はより敗北の苦渋を実感させられる。
一応、みんなのリーダーは俺ということになっている。
ここは何か言った方がいいのではないだろうか。
しかし、昨日まで遅れを取っていた俺が言うのも変な気がしていた。
でも、この空気を少しでも和らげようと固く閉ざされたドアを開けた。
「今日の敗北は正直、仕方ないと思う。多分、グレゴスも一回目で勝てるとは思っていないんじゃないかな。これを糧に明日こそは協力してみんなで勝とう」
しかし、誰ひとりからも返事がない。
それどころか余計空気を重くしてしまった気分だ。
どうにかしてこの状況を打破できないものか。
考えるに考えたが、結局最後まで黙ったまま夕食を終えるのだった。
そこから先はまるで音速の速さで時が進んでいった。
不必要な会話は無くなり、ただ風呂はどちらが先に入るかなど定型的なやり取りのみ。
俺は我慢の限界を迎えていた。
「みんな急にどうしたんだよ! 昨日までの元気は一体どこいった?! もっと楽しく行こうぜ!」
「じゃあ、お前一人で楽しんでいろよ」
急にガウスが口を開くやいなや、普段聞きなれないトーンを出した。
吐き捨てるような言の葉にふてくさたような表情は普段のガウスの面影を完全に消し去っている。
みんなも若干呆れたような顔で俺を見ていた。
どうしてだ、どうしてみんな明るく行こうとしない。
俺が間違っているとでもいうのか。
こういう時こそ、不屈の精神というものが試されるのではないのか。
みんなの輝きを失った目に俺は憤りを覚えた。
「おい、ガウス。今から俺の自主練に付き合え。模擬戦をする」
「いいだろう、コテンパンに潰してやるよ」
これはもう完全な喧嘩でしかない。
そういえば、今までもこんなことは何回かあったな。
最後はいつも相打ちで笑いあったっけ。
でも、今日は違う。
あの時はただの殴り合いだったが、今回は武器まで持ち込んだ真剣な模擬戦だ。
どちらかが倒れるまで永遠に勝負は続く。
降参なんて一切ありえない。
問答無用の一騎打ちだった。
「おい、才和、止めるなら今のうちだ。今日の俺は手加減できないかもしれん」
「それはこっちのセリフだ。あとで戦ったことを後悔しても知らないぞ」
お互い一定の距離を保ち、ただ身構える。
開始の合図などないが、基本的に考えていることは同じだろう。
何かが少しでも音がしたとき、それが勝負の引き金となるのだ。
夜の寒さと静けさがこの状態を体現する。
じっと堪え、力を蓄え、今か今かとタイミングを計っていたとき、木の葉が中に舞って地面へと落ちた。
「はぁぁぁぁぁあああああ!!!!!」
ガウスは刃を取り出すと、一閃の光となって接近する。
俺は錫杖のガジェットを引き、宙へと飛び立つことでその一撃を回避する。
奥義はあくまでもヴァイルに対して使うものなので使用は厳禁とされているが、その能力自体を模擬戦で用いることは問題ない。
陸と空の決戦、かたや銀色の刃を掲げ、かたや、金色の輪を掲げる。
音よりも早く穿つ彼の一撃はとてもじゃないけど、目では追えない。
しかし、今の俺には『空覚』がある。
その力を用いることで俺は彼の攻撃を巧みに避けていった。
途中、彼が後ろへと退き、一旦距離を置く。
そこにすかさず俺は美しい金属の音と共に重たい一撃をガウスの腹部に当てる。
そのまま勢いよく、俺は上空へと投げ飛ばした。
「この一撃で決める!!!」
自分自身も宙へと身を浮かせ、空中で何回か回転をしながら、一撃の威力を高めていく。
ガウスも空中で立て直すと、刀を縦に構えていた。
横に大きく振った杖と縦に大きく裂いた一撃がつばぜり合いとなって火花を散らす光景となる。
このまま落下していけば、痛みを受けるのは間違いなく俺だ。
しかし、ここで錫杖の力を抜いては押し負けて勢いよく地面へと衝突し、ただじゃすまないだろう。
俺は錫杖を思いっきり上へと跳ね上げ、刃を弾いた。
そして、すぐさまガウスの背後へと周り、膝を思いっきり背中にぶち当てる。
そのまま地面へと落ちていき、最終的にガウスが直撃した。
川辺の石が飛び散り、砂埃を巻き上げる。
先ほど弾いた刀は近くの地面に突き刺さっていた。
俺は暫くの間、膝で押さえつけ拘束を解かなかった。
「昨日まで足引っ張っていた奴が出しゃばった真似してんじゃねぇぇ!!」
怒鳴り声が砂埃の中から響く。
それと同時に俺はバランスを崩し、尻餅を着いた。
ガウスはボロボロではあったが、闘志はまだ燃え盛っている。
得物を取ろうと駆け出そうとしたところを俺は錫杖で足を引っ掛け、邪魔をした。
それでも、ガウスは這うように得物へと近づいて行った。
「どうしてだ、どうしてこの諦めようとしない信念をさっきまで見せようとしなかったんだ!!」
俺はガウスの急に執念深くなったことが腑に落ちなかった。
さっきまでのガウスとは、明らかに違う。
いつも通りのガウスとも異なる。
なぜだ、彼にもこんなになるほどの根性を持ち合わせているのに、さっきまであんな諦めるような顔なんてしていたんだ。
他のみんなもそう、いつものような気合いが全く感じられなかった。
しかし、今はいつものようなどこか諦めないとする心がみんなの元に芽生え出してきている。
「ああ、そうだ。俺はさっきまで諦めていた。どうせ、グレゴスには勝てっこないってな。わかるだろ、あそこまで不利な状況であの大技。どう見たって勝機なんかどこにもない。でも、今こうして武器を交えることでわかったんだ。お前がまだ本当に諦めていなかったことを、だから俺も負けていられなくなった」
「私たちもガウスと同じよ。貴方のあの時の発言には少し疑いの気持ちがあった。本当に勝てると思っているのかしらってね。だけど、この勝負を見て思った。才和、アンタは一度として諦めようと何て考えていなんだって」
「みんな……みんな、明日こそは絶対に勝とう!!」
「まあ、その前にこっちの決着付けようぜ」
気づくと既に背後にはガウスが不敵な笑みを浮かべて得物を強く握っていた。
話に気を取られすぎていて、全くこのことに気づけなかった。
明らか、ガウスはさっきまでの戦闘での傷に対して恨みのような念を抱いているに違いない。
そう思わせるくらいの表情を浮かべている。
早く避けないととんでもない一撃がお見舞いされそうだ。
俺は逃げるように距離を取ろうとするが、『神速』の速さをもつガウスには何の意味を持たなかったのだ。
「さぁ、俺のさっきまで受けた攻撃、全部受けてもらうぜ」
俺は空中に飛び立つことでガウスの素早い攻撃を避ける。
しかし、急に針が刺さるような痛みがしたと思うと、頬の一部に切り傷ができていた。
早すぎる攻撃に体が追いつかなかったのだ。
ここまで早い一撃は初めて見る。
もしかしなくても、ガウスは怒っているのではないだろうか。
思わず、得物が自分の身に突き刺さるような光景を浮かべてしまう。
その瞬間、とてもつもないくらいの恐怖を感じた。
絶対にここから地上に降りてはいけない。
体が既にそういう反応を起こしている。
「おい、才和!! 早くそこから降りてこいよ。いつまで経っても決着つかないだろ」
「いや、もう俺の負けでいい。正直、ガウスの刃を受けたくはない」
「お前、さっきまで俺のことあんだけぶっ飛ばしておいてよくそんなこと言えたな。もういい、俺から行く」
俺から行くってどうするつもりだ。
ガウスには空中に飛ぶ手段がないことなど仲間である俺は当然知っている。
疑問に感じている中、地面を見るといつの間にかガウスの姿が消えていた。
森の中にでも隠れたのだろうか。
とはいっても俺が宙に浮いているのは川の中央部分だ。
一体何を考えているのだろう。
とりあえず、いつ奇襲されるかもわからないので、武器を両手で強く握り締め身構えていた。
「もらったぁぁぁぁぁあああ!!」
真後ろから声がしたかと思い振り向くと、既に後一歩で真っ二つにされる手前にまで来ていた。
即座に反応した俺は錫杖で刀を受け止める。
すると、攻撃を速攻で止めて、森の中へと降り立っていった。
「おい! さっきの下手をしたら俺が死ぬところだったぞ」
「安心しろ! 刃のない部分で攻撃やるから問題ない」
俺はとりあえず、さっきの攻撃はどうやって行ったのかを考えることにしたのだった。