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ヴァイル・クライ  作者: 日谷 将也
  第1章  始まりの轟き編
16/81

  第16波  水……お湯……そして、 温泉!!

 その生物の姿はマリンブルーの鱗を一枚一枚綺麗に敷き詰めた模様を持っており、なんとも形容し難い美しさだった。

 このような幻想的な生物は初めて見る。

 あまりの凄さに思わず俺は息を呑む。

 つい、見とれてしまっていたのだ。

 しかし、その生物は明らかに俺を睨んでいる。

 それも今にも喰おうとするような怖く勇ましい表情でいた。


「誰の許可を得てここの水を飲んでいる?」

「うわっ! 喋った!」

「ふん、龍である私が人の言葉を喋れない訳がないだろう。私の名は『グレゴス』、ここで執行部の修行の面倒を見ることになっているのだ。かれこれもう1000年は生きている」


 千年……。

 果てしない年数の時を生きているのだな。

 でも、そう言うだけあってか、ウロコの所々に古傷らしきものがあった。

 グレゴスは一体どれだけの修羅場を潜ってきたのと言うのか。

 それに1000年前から執行部は存在しなかったはずだ。

 それまでは一体何をしていたのだろう。

 疑問に思い、それらを全て口にする。

 グレゴスは俺の質問に対して、自慢げにそして淡々拍子に答えていった。

 これまで戦ってきた戦士たちとの記憶、今まで見てきた景色の情景などなど、どれもかつて聞いたことがないものばかりで少し自分が今興奮しているのを認識する。

 グレゴスの方もやけに楽しく語っていて、周りの人の存在など忘れて完全に2人だけの世界の中で夢中になっていた。


「いい加減、話を進めさせてもらうぞ」


 アクトが一つ大きな咳払いをした。

 すっかり夢中になっていた俺たちは慌てて話を止める。

 あくまでも、俺たちは今回、グレゴスに鍛えてもらうために来たらしい。

 それだというのに、いつの間にかその教官と慣れ親しんでいる。

 とりあえず、俺以外のみんなはまだ何も言っていなかったので、それぞれ順番に自己紹介をしていった。

 グレゴスは品定めをするような視線を全員に与えている。

 その間、俺たちは思いっきり背筋を伸ばしてしっかり立っていた。


「うむ。とりあえず、全員、今から滝に打たれて来い。本格的な修行はそれからだな」


 そう言うと、グレゴスは体の向きを変え、顔を突き出すことで滝のある方向を示す。

 俺たちは言われた通りに滝の近くまで行った。

 滝はとても大きかった。

 雄叫びのような轟音を響かせており、周りの声など一切聞くことができない。

 俺たちはどんどん川の中へと入り、滝の麓まで近づいていく。

 しかし、アイリスと愛だけは川の前で歩を休めていた。


「どうした? 入らないのか?」


 疑問に思い、声をかける。

 特に愛なんかはいつもみたいに真っ先に突っ込んで行くのかと、思っていた。

 それが今回、珍しく戸惑っているように感じる。

 何かここに問題でもあるのだろうか。

 もしかしたら、泳げない可能性があるかもしれないと一瞬思った。

 しかし、2人揃ってというのは確率的に低いだろう。

 2人とも入れない理由なんて他にあるのか……。

 俺はわからずに悩んでいた。

 すると、訳を話そうと考えたのか、愛は急に口を開いた。

 

「滝って、水でしょ。そんなものを被ったら、服がびしょ濡れになっちゃうわ」

「ああなるほど、下着が丸見えになるから嫌なのか」


俺の言葉に即座に反応した愛が銃を出すと、構える。

両手を上げてすぐさま降参し、謝罪した。

 愛は大人く銃をしまうと、最後に笑顔で俺の腹部に重い一撃を浴びせてきた。 

 謝ったというのにこの仕打ちは少し酷すぎるのではないだろうか。

 

「愛、アイリス。君たちの上司からこれを預かってきている」


 俺の状態を特に構いもせずに、アクトは何かをアイリスたちに差し出す。

 それを見た途端、彼女たちは笑みを浮かべ納得がいくような表情をした。

 一体、何をもらったのだろう。

 残念ながら、少し遠いところで手渡していたのでわからない。

 彼女たちはアクトからものを受け取るとそのまま隠れるような場所へと入っていった。

 そして、数分後、彼女たちは水着姿で出てきた。

 愛は普通のビキニ姿で上下とも赤だ。

 アイリスは少し露出を少なめにした水色の水着でハイビスカス柄のパレオも付いている。

 完全に遊びに来た人のような格好にしか思えなかった。

 とりあえず、愛たちもこの格好でなら参加できるらしい。

 俺としてはこの格好も露出度的に見てみると充分恥ずかしいのはないだろうか。

 水着と言っているだけで、結局は薄いのに代わりはないと思う。


「滝の中に入ったら目をつむり、立った状態で私がいいと言うまで続けなさい」


 俺たちはグレゴスに言われるようにして、滝に打たれながら入っていく。

 滝の威力は凄まじいものだった。

 一歩気を抜けばそのまま押しつぶされて川に落とされてしまう。

 こんなの周りを見ている余裕なんて一切ない。

 むしろ、見ていたらこっちが死んでしまうことだってありえる。

 それくらいの威力があったのだ。

 俺は滝に打たれるやいなや目を閉じた。

 ただ滝の轟音が耳に入るだけでそれ以外の音は何もない。

 自然の綺麗な情景が頭の中にすうっと入ってくる。

 今、風が吹いて木々が(なび)いたのではないだろうか。

 そんな風にゆったり考えながら滝に打たれていた。

 突如、急に頭に激痛が走った。

 痛くてつい声が出そうになったが堪え、自分の身に何が起きたのかを確かめようと思い、目を開けようとする。


「才和、私がいいと言うまで目を開けてはならん。それにさっき来た痛みは何なのか。それも打たれながら考えろ。そして、次は避けて見せろ」


 痛みから何が落ちてきたかを考えろってそんなことできるのだろうか。

 いや、これが執行部クラスの人たちなら出来るのかもしれない。

 俺は意識を頭上に集中させる。

 しかし、滝の轟音のせいか、それ自体が中々難しい。

 それに隣にはビキニ姿の愛がいる。

 愛も戦闘服ではわからなかったが、わりかしスタイルは悪くなかった。

 そして、その愛とは逆の二つ隣にはアイリスがいる。

 彼女の肌はとても白く滑らかで、やわらかそうに感じた。

 再び、頭上に激痛が起きる。

 これではまるで煩悩と闘う修行僧そのものじゃないか。

 いかんいかん、真面目に取り組まなければ。

 俺は再び意識を頭上へと向ける。


 数時間後、頭の上には数多のタンコブができていた。

 結局、一つとて避けるなり防ぐなりできなかったのだ。

 和馬と愛も同じ感じだった。

 しかし、ガウスとアイリスだけは一つ出来ているだけで、それ以外目立った傷はない。


「初日にしてはガウスとアイリスは充分と言っていいほどの危機管理能力を兼ね備えているな。和馬と愛も時々ではあったが、防げていたぞ。問題は才和、君だ。初日で一度も防げなかったことは執行部でも何人かはいた。しかし、今回の修行は君のために用意されたものなのだ。そのことを意識した上で明日も修行に励むように。私からはそれだけだ。今日のところはここら辺で野宿をするといい。安心しなさい、私は寝ないのでみんなの安全を確保しておこう」


 俺ひとりだけみんなに置いていかれている。

 明らかにそう自覚せざるを得なかった。

 折角、アクトが取り計らってくれたというのに、これでは無意味にしかならない。

 俺は拳を奮い立たせるように強く握った。

 苛立ちと焦りに冷静さを欠きそうになる。

 すると、アクトが俺の肩に手を添えてきた。


「安心しろ、俺も初日は一度として成功しなかった」

「君は確か、フィアと姫華の水着姿に夢中になって失敗したんじゃなかったか。あの時は私が君のノルマ達成のためにどれだけ協力したか。今思えば、よく執行部に居られるものだよ」

「いやー、あの時は本当に世話になったな」


 グレゴスがアクトの軽すぎる声に呆れたようにため息を漏らす。

 俺は俺でアクトと同じ理由でできなかったと思うと、余計凹んでしまった。

 

 その夜、皆で夕食の準備にかかる。

 ちなみに、今晩は飯ごう炊飯でカレーということになった。

 久しぶりの野外での食事に胸が躍る。

 しかし、心のどこかに焦りだけはまだ残っていた。

 みんなに追いつかなくてはと夕食の準備中にも関わらず思ってしまう。

 上の空の状態で料理の手伝いをしていた。

 その時、ふと俺はアイリスがニラを切っていることに気づく。


「アイリス、何でニラを切っているんだ? まさかそれをカレーにでも入れるのか?」

「ええ、そうですわよ。それ以外に何があるんですの?」

「ああ、カレーにニラって合うよな」


 ガウスがアイリスに共感するような素振りを見せる。

 カレーにニラ……合うのか? 若干、この二人の味覚に疑問を抱いた。

 愛の方を見ると、呆れ顔でいる。

 多分あれはアイリスが料理が苦手なことを示しているのだろう。

 つまり、それに共感しているガウスも料理が苦手ということである。

 二人とも料理の技術は明らかに持ち合わせているというのに材料に関する思考回路が残念な意味で似ていると思っい落胆した。

 その二人の材料のチョイスはとりあえず華麗にスルーしていき、ごく普通の材料を使ったカレーが完成した。


「んー、美味しいわ」


 料理を皿に盛って、一斉に食べ始めると、愛が早々にほっぺが落ちてしまいそうなくらいの満足気な表情を浮かべている。

 実際、中に入っている具は玉ねぎと豚小間切れ肉とジャガイモの三つだけという一番オーソドックスなカレーだ。

 しかし、こだわりはカレーのスパイスにあると言えるだろう。

 和馬がわざわざ家からオリジナルのスパイスを持ってきてくれたのだ。

 30種類ほどの調味料をブレンドしたものらしく、粉末の状態でも充分香ばしく、食欲をそそっていた。

 きっと、これを絶妙なタイミングで入れたことが功を奏したのだろう。

 おかげで、只のカレーも一流シェフ顔負けの味となっていた。

 みんなで一瞬にして平らげ、食器を各々片付け始める。


「そういえば、入浴ってどうなっているの?」


 愛がグレゴスに尋ねている。

 その言葉が耳に入るなり、俺は脳裏に愛たちの入浴する姿を想像してしまう。

 すると、いきなり俺の視界に錫杖が入ってきた。

 怖い表情でアイリスが俺のことを見ている。

 アイリスに心を読まれているとでもいうのか。

 でも、明らかにアイリスの目はマジだった。

 これは迂闊なことを言えるような空気ではない。

 しかし、愛がグレゴスにしている質問については俺も正直、気になっていた。

 錫杖を突きつけられているさなか、俺は愛とグレゴスの会話に耳を傾ける。


「入浴か、アクト、君たちの代はどうしていたか教えてくれ。私の記憶が曖昧すぎて思い出せない」

「それ、俺たちの時も言っていましたよ。俺たち時はとりあえず混浴でした。以上」

「だそうだ、というわけで今年も混浴とするとしよう。少し登ったところに温泉がある。そこを使うといい。多分、石鹸なんかも執行部が前に使ったやつが綺麗残っているんじゃないか?」

「残念ながら、残っていませんよ。なんで、そういう最低限必要なものは俺が用意しておきました。あと、ついでに皆様の寝巻きの方とテントの方も。安心してください、女性陣のは姫華のチョイスです」


 愛たちは姫華という言葉を聞いて安堵の息を漏らすも、混浴になることに対して不安を抱いている。

 確かに、寝巻きに関しては男が選んだものを着るもの何か変だと思っていたところだ。

 しかし、今思うと、混浴という言葉に妙に意識している男は俺だけで、他の2人はは特に意識している様子はない。

 ガウスは確かに煩悩なんてものを持ってなさそうだ。

 和馬は……楽しければいいような性格だから、そんなこと気にも止めないか。

 アイリスと愛に視線を向けると既に笑ってさえいなかった。

 完全に嫌がっている。

 そうだ、アクトはと思い視線をその方向へと変える。

 ただ、親指を立てているだけだった。

 これはどうみてもアクトの代は絶対混浴じゃなかったな。

 よくよく考えても、女性陣が意地でも避けたに決まっている。

 しかし、このままではこっちは混浴で入ることになってしまいそうだ。

 俺は若干男女別々になることを諦めていた。

 まあ、美少女達の裸が見れるということで少し胸弾む展開ではあるのだが、これで気まずくなっては意味がない。

 そう考えながらそそくさと片付けを終えて、入浴準備を開始した。


「私たちが先に入りますので、貴方たちは後から入ってもらえませんの?」


 入浴準備がちょうど出来た頃、急にアイリスが順番を譲りだす。

 しまった、上手い具合に避けられてしまった。

 折角のお楽しみがこれではただの男祭りになってしまう。

 これは少し困った事態になった。

 いや、さっきまで、別に男女別々方が良いとか考えていた俺が言うのも変だが、ここまで来たら一緒に入りたかったという後悔の念があったのだ。

 どうにかして、一緒に入ることはできないだろうか。

 俺は腕を組みながら唸るようにして考え込んでいた。

 今頃、アイリスは内心、勝ち誇ったような気持ちでいるに違いない。


「うん、私もそれでいいと思う。私たちが入っている間、みんなは護衛しておいてね。言っとくけど、覗いていたら、撃つわよ」

「おう、そうだな。てか、覗く気なんか俺は毛頭ないぞ」


 愛の提案に和馬が乗ってきた。

 ガウスは軽く頷くだけで何も言わない。

 というか、和馬、その発言は男としては余りにも不自然だと思う。

 アイリスの方に目を向けると、安心したような顔を浮かべていた。

 そんなに俺たちと入るのが嫌だったのだろうか。

 俺たちはそこまで嫌われてしまうようなことをしていたのか。

 そんな記憶はどこにもない。

 まだ、彼女が溶け込んでいないから一緒に入ろうとしないのか。

 いや、そもそも仲の良い男女とは言えど普通は混浴なんてしないだろう。

 しかし、真っ向から拝めないのは少し残念に感じる。

 ならば、俺の考えることは一つしかない。

 俺は護衛をしに行くと言って速攻で走り去る。

 目的はただ一つ、覗くためだ。

 数分歩くと脱衣所らしき建物を見つけた。

 おそらく、執行部の人たちが作っておいたのだろう。

 とても頑丈に出来ていて、しっかり男、女に分かれている。

 俺はすぐさま服を脱ぎだしそれを見つからないようなところに隠す。

 そして、体を急いで洗うとそのまま温泉へと飛び込んでいく。

 近くに隠れ蓑になるところがないかと辺りを見回すと大きな岩石があった。

 これならば、人一人隠れるには充分だ。

 そこを壁にして隠れ、待っている間、時折潜水をしてはどのくらい持つか試していた。

 

「準備はできた。あとは彼女たちが来るのを待つだけだな」


 温泉に向かう途中の彼女たちの声を聞こえてくると、入浴が今か今かと待ち遠しくなっていたのだった。


 それから数分後、ようやく彼女たちも入ってきた。

 岩陰から覗いて見ると、愛は完全に一糸まとわぬ姿で思いっきり二つの果実を揺らしている。

 アイリスの方はタオルで全体を包んでいた。

 例え、女同士とは言えど、普通はタオルなどを巻くだろう。

 相変わらずだなと思ったが、これはこれで(めぐみ)らしくていいとも思った。

 しかし、アイリスの表情はまだ暗いままだ。

 混浴がなくなったというのに、一体、何が彼女をそうさせているのだろうか。

 俺は彼女のことを見つめながら、考えていた。

 水滴が彼女の背中をゆっくりと通っていく。

 それはとても綺麗でうっとりしてしまうような情景だ。

 それを見ている時、俺は彼女の背中にある大きな傷に気がついた。


「アイリス、その傷は何だ?」


 俺は思わず、岩陰から姿を現し、呟いてしまう。

 この言葉を聞いてアイリスはうつむいて黙り込んでしまった。

 そうか、彼女がやけに暗かったのはこの傷を余り他の人に見せたくなかったのか。

 ようやくこれでさっきまで明るくなかったことについて全てに納得がいった。

 確かに、昼間の水着も背中部分の露出がかなり控えめであったのは事実だ。

 姫華さんもこのことをきっと知っていて、配慮したのだろう。

 しかし、アクトに関してはあの発言を見る限り、このことについては全く知らないに違いない。

 これは何か声をかけるべきなのだろうか。

 すると、呆れ顔を浮かべた愛が急に俺の近くまで来て耳打ちをする。

 胸が当たっていることに思わず興奮してしまいそうになったが、今はそんなことをのんきに考えている場合ではないので、意識を話へと集中した。


「あれは昔、私をかばった際に傷ついたものなのよ。そのことで最初、アイリスは私のことを気遣って一時的に距離を置いていたんだけど、私は全然気にしていないって言ったの。だからそれ以降、私には気兼ねなく見せることができるんだけど、他の人はその傷を見るたびに私を責め立てるものだからアイリスは余りこの傷のある体を見せたがらないの。そんなのあっても私はアイリスのこと充分可愛いと思っているんだけどね」

「愛は本当に気にしていないのか? それはそれでアイリスに対して酷いと思うんだが」

「私だって今でもあの時のことに関しては不甲斐なかったと思っているわ。実際、私のミスさえなければ、アイリスは傷つくことはなかった。でも、彼女は多分、私が自分を責めているところなんて見たくないと思うの。だから、私はあえて気にしないことにした。過去でしてしまった過ちは未来で成功することで償えばいい。私はそう考えているわ」


 俺よりも明らかに大人だと感じさせる言葉だった。

 俺だったら、絶対そうは考えられないはずだ。

 自分を責めて責めて責めまくるに決まっている。

 未来で成功することで取り替えそうだなんてとてもじゃないけど考えられない。

 愛はきっと強いんだと思った。

 そして、アイリスは優しすぎるのだと思う。

 彼女は自己犠牲の精神を持っている。

 だから、自分より他人のことを気遣ってしまう。

 それはきっとアイリスの重荷となっているに違いない。

 そんな彼女に対して俺には何ができる? 優しい言葉をかけてやることだろうか。

 それはきっと違うだろう。

 彼女に今必要なもの……それは言葉なんかではなく、本心をありのままに出せる安らぎの空間なのではないだろうか。

 彼女のために、いや親友のために俺も何かしてあげたい。

 咄嗟にそう思い、彼女のもとへと近づいていった。


「な……なによ」


 アイリスはまだ暗い表情のままだ。

 これを俺が今から笑顔に変えることができるのか。

 いや、変えなきゃいけないんだ。

 これを乗り越えた時、俺たちの信頼はもっと強くなる。

 今まで出来なかったことができるようになるかもしれない。

 己の魂を奮い立たせ、息を吸い込むと口を大きく開いた。


「その傷は俺から見ても充分美しいと思う。人を守ってできた傷っていうのは只の傷とは違って綺麗に感じる。もしかしたら、その傷を見て悲しくなったり、切なくなったりしてしまう人がいるかもしれない。だけど、最低限俺たちみんなはそうは思わないはずだ。きっと、アイリスが気にしていることでも笑顔で受け止めてくれる。このチームはそんなチームなんだよ」


 俺は本心から思ったことを言の葉に込めて送る。

 愛も俺の言葉に共感を示し、頷いた。

 そして、二人でアイリスのことを見る。

 水滴がポタポタと温泉の湯に落ちていく。

 これは只の水滴なのか、それとも涙なのかははっきりとは断言できない。

 そして、彼女は決意を固めたような表情を俺たちに見せたのだった。 

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