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ヴァイル・クライ  作者: 日谷 将也
  第1章  始まりの轟き編
15/81

  第15波  仲間と共に……明るい 希望!

 アクトは和馬とガウスをそこらへんに寝かせる。

 病院の中なのに、殴る時の音量は凄まじいものだった。

 何人かの看護師が視線をこちらに向けている。

 しかし、アクトはそんなことお構いなしだ。


「ところで、アクトさんはどうしてこちらへ?」

「そうよ、研究所で忙しいって言っていなかった?」

「そのことなんだが、どうやらあと2日後くらいには何とかなるそうだ」


 その瞬間、2人は喜んでいた。

 あまりのはしゃぎように看護師が注意する。

 すっかり黙り込むも屈託のない笑顔を浮かべていたのだった。

 


 あれから2日の時が過ぎた。


「はぁ、はぁ、いい加減現実に帰してくれ」

「残念ながらそうはいかない。貴殿がここで決意を示さない限り、ここからは出られない」


 どうする? 一か八かの勝負に出てみるか。

 不意打ちで決めればこっちのものだ。

 草原に寝転んでふとそんな考えに至っていた。

 いい加減この景色を眺めるのにも飽きている。

 ずっとだ、ずっとまる2日もの間、ここに留まっていた。

 普通、誰でも飽きが来るというものだ。

 しかし、そんなこと細胞である影には何も意味をなさないのだろう。

 俺は重い荷物をこれから背負う感じで草原から手を離し、立ち上がる。


「どうした? ついに決心が着いたか」

「ああ、ようやく決まった」


 俺はその言葉と同時に思いっきり影に近づいた。

 草は風が吹き荒れたように舞い上がって宙を舞う。

 一歩一歩、意志を強く持った足取りで近づき、拳を当てようとする。


「お前を倒して、元の世界に戻る!」


 しかし、その瞬間、影は姿を消す。

 俺は静止し辺りを見回した。

 そよ風が草原にやってくるだけで、ものが動くような音はしない。

 どこに逃げたのだ。

 下を見るも影の姿はない。

 かと言って上にだっていないのだ。

 場所を全くつかむことができない。

 もしかして、ここから脱出してしまったのだろうか。

 もしそうなら、俺はこの世界に一生幽閉されたままだ。

 何としても抜け出さなくては。

 俺は何か糸口がないか探し始めた。


「安心しろ、我はここにいる!」


 しゃがみ込んでいた体勢からいきなり強引に立たされる。

 無理矢理に体が動くものだから、激痛が走った。

 今、一体何が起きたのか。

 どこからか影の声がしたと思いきや、急に体が動き出した。

 そんな現象が起きるためにはただ一つしか可能性は見いだせない。


「お前、今俺の中にいるんだな」

「ご名答、貴殿の言うとおり、我は中にいる。よって攻撃をすることは不可能だ」


 万事休すかと諦めかけている頃、急に視界が眩しくなった。

 今度は一体何だ。

 これ以上厄介事はゴメンである。

 光から距離を取るようにして、離れていく。


「この光……。ふん、なるほど、貴殿の者たちの力か。いいだろう、しばらくは遊んでやろうじゃないか」


 俺たちの力……? てことは和馬たちが何かしてくれたのだろうか。

 あれから2日も経ったんだ、何かしていてもおかしくはないだろう。

 ようやく抜け出すことができる。

 一目散に俺はその光の空間へ飛び込んでいった。


「覚えておけ……。貴殿は数日後、選択を余儀なくされるであろう。その時まで人間として楽しむが良い」


 数日後か。

 ということはこれは時間稼ぎの策でしかないわけだ。

 それでも、その間に対策を考えればいいこと。

 さっきまでとはわけが違う。

 可能性ができたのだ。

 あとはそれを具現化するだけでいい。

 パーセンテージはそんなに変動していないかもしれない。

 だけど、1パーセントでも可能性があるのであれば、0よりは充分なのだ。

 前回のように眩い光に段々視界が霞んでいき、そのまま俺は目を閉じたのだった。

 

 再び、目を開けるとそこは病室だった。

 いつも怪我などをするとよくお世話になる病院だけあって、景色はすっかり見慣れている。

 ただいつもと違うのは点滴と酸素マスクをしていることくらいだ。

 最近、病院にお世話になることが増えた気がする。

 それだけ危険な任務に挑んでいるということなのか。

 いや、任務には多く行っていない。

 どちらかというと任務以外でトラブルにあって入院しているかもな。


「ようやく、目が覚めたようだな」


 アクトの姿がいきなり目に入る。

 俺は体を起こそうとしたが、動かすことができなかった。


「悪いが、今君に作用している薬は脳の神経と体の神経を一時的に切断するものでね。説明するのは面倒いからしないけど、とりあえずこれを飲めば寝ることはできる。ただ、あくまでも一時的なものであって、そのうち効き目はなくなるかもしれない」


 戻る前に聞いた影の言葉からこの程度の想像はついていたので、そこまで驚かない。

 真っ暗闇の病室には俺とアクトの姿しかなかった。


「そういえば、ほかのみんなはどうしている?」

「アイリスと愛は自宅で就寝している。和馬とガウスならほら」


 指差す方向に視線を合わせるとソファでもたれ掛かるようにして寝る二人の姿があった。

 眠ってはいるようだが、表情はあまり良いとは言えない。

 悪夢にでもうなされているのだろうか。

 気になって近づきたくても近づくことはできない。


「ああ、彼らのこと? 放っておくとつきっきりで君の側にいるもんだから、俺が来ては強引に眠らせている。そのせいで寝つきが悪いのかもしれないな」


 俺は他人にどれだけの迷惑をかければ気が済むのだろう。

 前回のときもそうだ。

 その前も、その前の前もである。

 それなのに、俺が目を覚ました時にはいつも和馬たちが笑顔で迎えてくれる。

 それだけのことに今までどれだけ救われたのだろうか。

 感謝してもしきれないほどである。

 逆に俺はそれに対して今までみんなを守ることができていただろうか。

 できていたとは到底思えない。


「この力を制御することはできるだろうか?」


 気づくといつの間にかアクトに悩み事を打ち明けていた。

 弱音を他人に言うなんていつもの俺らしくない。

 暗い病室に静寂が訪れる。

 時は既に日付を変えていた。

 相変わらず手足を動かすことは出来そうにない。

 本当に強力な薬だ。

 それだというのに、数日くらいしか効き目は出ないのか。

 ヴェイル細胞とはつくづく恐ろしいものだ。


「とりあえず、押さえ込むことからはじめるとするか」


 考え事をしている中、急に言われて驚く。

 まさか、制御することができるのか。

 もしできるのであれば是非したい。

 今まで俺を助けてくれたみんな、そして、俺たちが守るべきみんなをこの手で救える力が欲しい。

 そのためだったら何だってする。

 もうこれ以上の過ちは許されない。

 みんなは許してくれるかもしれないが俺が許せないのだ。

 負けることも、失敗することも全て変えてみせる。


「ぜひ、よろしくお願いします!!」

「じゃあ、今日はまず寝ておけ。あと、病室ではもう少し静かにしろ」


 あまりの大声にアクトは耳を塞いでいた。

 幸い集中治療室の中もあってか外にまで音は漏れている様子はない。

 しかし、その入口近くのソファで寝ていた二人は今の声で起きてしまったようだ。

 いつもと変わらない寝ぼけた顔が二つある。

 つい4日前まで当たり前になりつつあった光景。

 今ではその4日前さえ懐かしく思えてしまう。


「才和! 目を覚ましたのか!!」


 2人とも俺が起きていることに気づくと大慌てで駆け寄ってくる。

 いくら嬉しくても五月蝿すぎだった。

 ほかの患者まで起きてきて、すっかり野次馬の巣窟と化している。


「おいおい、幾ら何でも騒ぎ過ぎじゃないか、他の人にも迷惑じゃないか」

「いや、そうでもないと思うぜ。ほら」


 野次馬たちをよく見ると、迷惑というよりは寧ろホッとしたような表情でいる。

 一体どういうことだ。

 これじゃあまるで病室で静かにしようと心がけている方が間違っているみたいじゃないか。

 そうこうしているうちに野次馬はどんどん増えていく。

 すると、その中から一人の医者が割り込んできて、この集中治療室の中へと入ってきた。

 すぐさま空気は一瞬にして静まり返る。


「才和・ベルケリア。おめでとう、今日朝6時になれば退院して構わないよ」


 この言葉を医師が言った途端、静寂が歓喜の渦へと変貌していった。

 野次馬たちは治療室に雪崩のように入ってくる。

 そして、俺を取り囲んだと思うと、担ぎ上げた。

 もう何が何だかわけがわからない。


「一体、どういうことか説明してくれー」

「どういうことも何も、みんな才和の容態を話したら、目を覚ました時には教えてくれと言い出したんだ。あの病院での一件、助けられなかった人が沢山いたかもしれないけど、同時に助けられた人も沢山いたんだぜ」


 そうか、今ここに集まってきている人はみんな、カメレオン型ヴァイルの一件から生き延びれた人たちなのだな。

 俺たちはあの時、助けられなかったとばかり思っていたが、こんなにも多くの人を助けていたのか。

 俺はこの真実を知り、少し高揚する。

 この人たちのこともしっかり守っていきたい。

 さっきよりも思いは明らかに強くなっていく。

 それから、朝まで静寂がなり止むことはなかった。

 俺ひとりのためにここまで喜んでくれるなんてと俺自身思わず涙を浮かべていることに気づく。

 みんなが暖かい表情で見つめている。

 俺は精一杯笑顔を見せた。


「みんな、ありがとう!」


 この言葉は結局、さらなる盛り上がりを見せる導火線にしかならないのだった。



「ま、まさか6時まで騒ぐことになるとは……」


 意外だった、野次馬たちだって患者なはずだ。

 それだというのにまさかここまで平気で騒いでいられるのか。

 てか、そんなに元気だったらもう退院できてもおかしくはないだろと突っ込みたかった。

 そういえば、みんな病院の入口まで見送ってくれたな。

 余りにも多い見送りで、通行人の視線を集めてしまったのをよく覚えている。

 少し先まで行ったところでアイリスたちと合流する。

 若干とはいえ、アイリスは涙を浮かべていた。

 愛は視線を逸しているせいか、どういう表情をしているかわからない。

 しかし、きっと喜んでくれてはいるだろう。


「それで体の方はもう大丈夫なのよね」

「ああ、今のところは問題ない」

「今のところ?」

「ヴェイルの活動を一時的に抑えているだけで、長くはもたないらしい。だから、これから少しの間、アクトに鍛えてもらって、自力で抑えられるようにするつもりだ」


 実際、何をするのか皆目見当がつかない。

 いつものみたいにただアクトのあとを追うようにして一同は進んでいく。

 初めはアスファルトと住宅に囲まれていた風景だったが、いつの間にか自然の景色へと変わっていっていた。

 生い茂った緑色で、光はほとんど差すことがない。

 矢のように刺さる光は深緑に見える景色を美しい緑へと導いている。

 地面には木切れがそこかしこにあり進めば進むほど色良い音を奏でてくれる。

 自然に満ちあふれた空間、一体その先に何があるのだろうか。

 未だにアクトは目的地を語らない。


「ねぇ、いい加減目的地がどこなのか教えなさいよ」


 ついに我慢できなくなったのか、愛は問いかける。

 すると、アクトはその場で立ち止まって振り返る。

 その時にちょうど光が差し掛かり、アクトを貫いた。

 しばらく、何も語らずにいる。

 そこから感じる重みに俺は思わず息を飲み込んだ。

 そこまで大変なところなのだろうか。


「今から行くところは本来執行部しか知らない、精神修行の場だ。つまりは、かなり危険な場所になる」


 風の噂でだが、聞いたことがある。

 執行部に入ったものがまず最初にやること、それは精神修行だ。

 いついかなる時でも、隊長格である彼らは取り乱してはならない。

 そのためにも、とある修行場で日夜訓練に励んでいるという話だ。

 てっきり、執行部になれなかったものが呟いた嘘話かと思っていたけど、まさか本当に実在しているとは思ってもみなかった。

 みんなが驚きの表情を見せている。

 おそらく、みんなも半信半疑だったのだろう。

 アクトは言うことだけを言うとすぐさま向き直して目的地へ歩を進めた。

 数時間くらいした後、どこからか水が流れる轟音がしてきた。

 近くに滝でもあるのだろう。

 その猛々しい音が水の音だと思うと、段々、喉が渇いてきた。

 滝で一休みしたい。

 そういう風にふと思ってしまった。

 滝の情景を浮かべながら歩いていると、異変に気づく。

 明らかに水音が大きくなっているのだ。

 まさかと思い、視線を足元から上げて奥の方を見てみると、そこには川があった。

 滝の音の強さから上流付近の川だろう。

 俺はアクトたちを追い越してその川へと走って向かった。

 透明に輝いた水、それを両手でもってすくい、顔にかける。

 すごく冷たくて、スッキリするような気分になった。

 次に俺はその水を口に含んでみる。

 嫌味がなく、どこか甘味を感じさせるような味わいが俺の口の中に広がっていった。

 しかし、この味どこか見覚えのある味に近かった。

 どこだ、思い出そうとも思い出すことができない。

 そのことで悩んでいる時、唐突にアクトが声を荒げた。


「おい、すぐにそこから離れろ!」

「へ、どうして?」

「いいから、今すぐに離れろ!!」


 俺は言われるがまま、後退していく。

 その突如、川の水がものすごい音を上げて盛り上がるやいなや、そこから巨大な生物が姿を現したのだった。 

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