第14波 再び迫り来る 脅威!
結局、最後まで眠らないまま朝を迎えてしまった。
疲労も全然回復できていない。
というより、あの後からずっと悩み続けていたせいで、寝ようと思っていた時よりも疲れがたまっていた。
とりあえず、皆を起こそうと思い、カーテンを開ける。
太陽の光が貫くようにして差す。
まるでそれは眠れなかった俺を咎めているかのようだった。
ほかの二人も眩しさに反応を示す。
二人同時に片手で目をこすっていた。
あまりのシンクロ具合に思わず笑ってしまう。
そんな俺の様子を二人は不思議に思いながら見ていた。
その突如、急に重たいような負荷が俺を襲った。
疲労が限界まで達したのだろうか。
一体何が起きたのか理解が追いつかない。
視界が狭まっていくのを最後に感じ、真っ暗闇で幕を閉じたのだった。
◇
「おい! 大丈夫か?! おい」
和馬は急に倒れた才和を抱き上げ揺さぶった。
ガウスは初め戸惑っていたが、すぐさま病院と上層部に一報を入れる。
誰もがこの光景に驚いただろう。
実際、才和が不眠であったことなど誰ひとりとして知るよしもない。
朝食を食べることさえ忘れて、二人共、才和につきっきりで様子を見ている。
命に別状はないのか、そんな事を思わせる表情ぶりを二人はしていた。
才和の様子は吐血などはなく、ただ静かにその場に寝ているだけ。
しかし、表情は寝つきがいいと思える様子ではなく、何かでもがき苦しんでいるというべき状態だった。
ガウスはコーヒーを注いで、和馬に手渡す。
そんなガウスを和馬は睨む目で見た。
「お前、才和がこんな状態なのによく冷静でいられるな」
和馬は侮蔑や憎しみを込めたトーンで言いながら、胸ぐらを掴む。
しかし、ガウスはそれを振りほどこうとしない。
ただ真っ直ぐ和馬のことだけを見ていた。
「こんな状態だからだ。俺たちまで倒れてしまったら意味がない。とりあえず、コーヒーくらいは口にしておけ。俺だって頭の中では混乱している」
「そ、そうか。悪かった、じゃあいただく」
胸ぐらから手を離して、カップを受け取る。
二人は布団のそばで才和の様子を心配していた。
ガウスはちょくちょくおしぼりを濡らしては額の上に乗せる。
早く来ないのか、空間はそんな感じで一杯だ。
朝のこの時間、車の出入りが多いのか、それともここまで来るのが遠いせいなのか、一時間経った今でも来る気配がしない。
すると、ドアが勢いよく開いた音がした。
「才和が急に倒れたって本当か?!」
「はい、寝ているような感じではありますが、明らか様子は変です」
救急隊員よりも先にアクトが姿を見せる。
すぐさま才和の元に駆け寄って様子を確かめる。
脈拍、体温、血圧ありとあらゆる状態を調べていた。
「特に異常は見当たらない。ということはおそらく『ヴェイル細胞』の方に問題があるのか」
流石に未知の生命体の異常に関してはわかるわけがない。
つまり、これ以上は救急の到着を待つ以外方法はなかった。
その中、すっかり黙り込んでいたアクトは何かを閃いたかのように手に拳を乗せていた。
「フリードや長官はかつて、ヴェイル細胞に関して研究をしていたはずだ。それにうちの本部には研究班も多数存在する。そこらへんに聞けば何かわかるかもしれない」
救急隊員よりはあてになるはずだ。
実際、救急にできることといえば限られてくる。
まず、この症状を治すことは彼らには不可能だ。
やったとしても一時的なものに過ぎず一瞬にして再発することが目に見えている。
今救急にやれることはベッドを借すことと面倒を見て現状維持を計るだけだ。
いや、現状維持すら難しいのかもしれない。
アクトはこのことを研究班やフリードたちに伝えようと何処かへ行ってしまった。
その後、救急隊員がやっとのことで到着する。
和馬たちも同行してその車は病院へと一目散に行ったのだった。
◇
「ここは、夢の中か。というかまたここに俺は来たのか」
目を開けると真っ暗闇の世界。
その世界は見覚えがあり、どう見てもあの戦闘を行った空間そのものだ。
しかし、あの時でここは確か消滅したはずだ。
だから、今ここにあるということ自体がおかしいのである。
それともまさかもう一度戦うなんてことはないだろうな。
あってもおかしくない状況故に完全に身構えでいた。
「ここに呼んだのは我である」
黒い土のようなものが盛り上がったと思いきや、そこから俺のそっくりの影が現れた。
あの時と全く同じだ。
しかし、違うのは気迫である。
あの時とは別人なのだろうか。
影は辺りを見回している。
「ここだと何か暗いな。場所を移すとしよう」
影が手を掲げると共に草原へと背景は移り変わっていく。
風になびいて草たちが揺れる。
その際に奏でる音色は美しく思えた。
影の姿もくっきり見えるようになっていく。
やはり、俺と瓜二つの姿だった。
「お前は誰だ?」
「我は貴殿の影、『ヴェイル細胞』の代表格と言ったところか」
「俺を喰らいにでも来たのか?」
「貴殿はなかなか面白いことを言うな。安心しろ、あの時で勝負はしっかりついておる」
俺が剣を身構えるやいなや、敵意がないことを影は示した。
お互い一歩も歩み寄ろうとしない。
ただ、その場で立ち尽くしているだけで睨むようにして目を交わし合うだけだ。
もし敵意がないのであれば近づいてくれるとわかりやすいのだがな。
「それより、貴殿は何故我らを受け入れようとしない?」
「受け入れる? 既に俺の体に取り込んでいるのだから受け入れているじゃないか」
突然、影が訳のわかないことを述べる。
既に体内に存在する時点で受け入れが確立しているはずのにそれが違うとでも言うのだろうか。
俺の発言を聞いても納得しているようには見えなかった。
つまり、受け入れていると錯覚しているだけで本当は受け入れていないのだろうか。
「受け入れているというのであれば、今ここでそれを示せ」
「示すったってどうやって示せばいいんだよ。体内でもカッさばいて見せろとか言うのか?」
「そういうことではない。もし本当に受け入れているのであれば『ヴァイル化』が行えるはずだ」
なるほど、ようやく俺は気づく。
さっきまで『ヴェイル細胞』を体内に宿すことが受け入れたということに繋がるものだと思っていた。
しかし、真相は『ヴァイル化』できることが受け入れたということだったのだ。
「すまんが、『ヴァイル化』はできない」
「どうしてだ。受け入れているのであればできるであろう」
「俺はさっきまで誤解していた。受け入れていない、だから『ヴァイル化』はできない」
「では、改めて問うとしよう。何故、貴殿は『ヴェイル細胞』を受け入れようとしない」
今思えば確かにそうだ。
勝ったときはこの力でみんなを守ろうと決意を固めていたというのに、今ではその力を使おうとさえ考えていなかった。
実際、目が覚めた時の光景が影響しているのだろう。
心のどこかで俺はまだ、受け入れられないのかもしれない。
影は黙り込んでいる俺をただ見つめている。
「ふん、貴殿の言い分はよくわかった」
「俺まだ何も言ってないはずだが?」
「我は貴殿の影だ。言わずとも考えが読み取れる」
だったら初めから聞かなくてもいいじゃないかと思ってしまったが、文句を言うと戦闘になりそうで怖い。
あの時は癪ではあったもののジークの助けがあったから勝つことができた。
つまり、俺ひとりで影に勝つことは不可能だろう。
いくら、さっき決着がついているから問題ないと言われたって少し前まで敵だった者の言葉をあっさり信じてしまうほど馬鹿ではない。
ある程度は疑いを持って掛かるべきだ。
「実際、貴殿が受け入れてくれないのであれば我々は強硬手段に出るだけだ」
「それは一体どんなことだ?」
「不眠症がまさにそれだ。貴殿の細胞と『ヴェイル細胞』を一時的に合致させた。これが意味するのは姿かたちは変わってないとはいえ、『ヴァイル化』をしていたのだ。今はそれを解いた故に倒れているのだがな」
だから昨日は寝れて、今日は眠ることができなかったのか。
昨日までは様子見だったというわけだ。
幾ら何でも困った。
毎日寝れないで任務に勤しむなんてことできるわけがない。
かと言ってこいつらを受け入れるのも危険すぎるだろう。
究極の選択が今俺の前に迫っている。
「貴殿にある選択は、死ぬか人間を止めるかだ」
「究極過ぎて今答えは出せねぇよ」
とりあえず、舐められないよう強気な態度を見せる。
これくらいしておかないと毎日のようにやってきてもおかしくはない。
それだけは是が気でも阻止しなくてはならない。
「とりあえず、考える時間が欲しい」
「わかった、一週間あげようじゃないか」
よし、一週間で人間を止めずに生きる手段を探すとしよう。
そのためにもここから一刻でも早く出たい。
俺は影に背中を向けて夢から覚めようとした。
「どこへ行こうとしている? 早く考えろ」
「いや、だから時間が欲しいって言っただろ。現実に戻せ」
「安心しろ、貴殿がここで一週間分の時間を費やして考えても、現実世界で死んでいたりはしない」
しまった、ここで考えるという選択があったのか。
初めからあっちはそのつもりだったな。
どうりですんなり過ぎると思った。
ここでずっと考えていれば、明らか選択肢は増えることなどありえないだろう。
諦めてその場に座り込む。
どうにかしてここから抜け出すことはできないだろうか。
「言っておくがいくら考えようともここから抜け出すことはできない。諦めろ」
「諦めろと言われて素直にそうなるほどの器に俺が見えるか?」
言うまでもなく、俺は諦めない。
何としてでもここから抜け出して、解決策を見出してやる。
だが、影の言う通り中から出ることは間違いなく不可能だ。
だとすればもう外部からの侵入に身を委ねるしかない。
和馬、ガウス俺をここから連れ出してくれ。
心のそこから強く願う。
この願いが直接届くとは思っていない。
だけど、この気持ちはガウスたちに伝わるのではないだろうか。
そう思うとより強く俺は念じるのだった。
◇
「全然目を開けるとも思えないな。どうすればいいのだろう」
「俺たちはただ側にいて、見守ることしかできないのか」
病室で未だに目を覚まさない才和の姿がここにある。
ガウスも和馬も寝ずにずっと側にいた。
あれからもう2日は経っているだろう。
今、研究所の人達も急ピッチで才和を助ける方法を考えている。
「いい加減、寝たらどうだ? 一昨日まで、俺たちが倒れたらどうするって言っていたのはどこのどいつだよ。安心しろ、俺ひとりでも寝ずにしっかり見張っているから」
「そういうお前だって、俺と同じで2日間飲まず食わずで寝てないじゃないか。俺に任せて休んだほうがいい」
彼らはこの2日間何も口に通していない。
寧ろ、通したくもなかったのだ。
目の前で一人何かと戦っている親友がいる。
そんな人の前でのんきに食事なんてとてもじゃないけどできない。
才和は現在、酸素マスクをつけて点滴も打ってもらっている。
やはり、病院の限界はここまでだった。
病気ではないこの症状に対して打つ手はないそうだ。
残すはあと、研究所の力のみとなっている。
もしこれで、研究所も手がなかった場合、才和はどうなってしまうのだろうか。
とてもじゃないけど考えたくない。
最近はすっかり顔色なども普通に改善してきたというのに、今日はやけにおかしかった。
最初の頃よりも悪化しているのだ。
一体、才和の精神に何が起きたというのだろうか。
和馬たちには全く理解できない。
「大丈夫だよな。きっと目を覚ますよな」
「ああ、俺もそうであると信じていたい。だけど、現在の状態では目を覚ますことはないんじゃないか」
相変わらずガウスは冷静でいた。
しかし、それは口調だけであって、表情に余裕は見られなかった。
和馬もガウスも目の下には既に青くなっている。
また、やけにやつれたような雰囲気を醸し出していた。
「あんたたち、まだ寝てないの? その調子だと才和が起きたとき、倒れちゃうわよ」
「あまり無理をなさらない方がよろしいですよ。一旦私たちに任せて仮眠をとってはいかがですか?」
愛とアイリスが姿を見せる。
彼女たちは親が家にいることもあって、さすがにつきっきりというわけにもいかず、ギリギリまで才和の様子を見ては帰宅をしていた。
任務や訓練については才和が目を覚ますまでは休みとなっている。
これは長官の計らいによるものだ。
みんなのまとめ役である才和がこんな状態なのに任務なんてやっていられるわけがない。
アイリスたちは凄い剣幕でガウスたちを見ていた。
「ねぇ、聞いているの? 貴方たちにまで倒れられると私たちも迷惑なのよ」
「俺たちは倒れない、才和が目を覚ますまでしっかり側に居てやるんだ」
愛も心配のあまり腹を立てたのか、強引にでも寝かせようと近づいた時、アクトが現れて和馬とガウスを無理矢理気絶させたのだった。