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ヴァイル・クライ  作者: 日谷 将也
  第1章  始まりの轟き編
13/81

  第13波  みんなで買い物、みんなで  夕食!!

 アイリスはかなりの策士だと思う。

 誰もが心の中でそう感じているはずだ。

 本人はかなりの上機嫌だが、こっちは精神的に疲労している。

 まさか、普段のアイリスがここまでの人だとは思ってもみなかった。

 今、俺たちは街中を闊歩している。

 当初の目的通り色んな店をまわっているのだ。

 しかし、本当に下着も買うつもりなのだろうか。

 聞きたいけど、聞けないでいる。

 もし、聞いた場合、愛が動揺しかねないからだ。

 ただでさえ、食堂でのあの一言はかなり恥ずかったのだから、公共の場でうっかり口にしてしまった日には外も歩けなくなってしまうだろう。

 まあいくらなんでもアイリスだってそこまではしないと思う、多分。

 とりあえず、既に和馬は荷物持ちで一杯となっている。

 というか、俺とガウスも両手に荷物の状態だ。

 女の子の買い物は骨が折れる作業になるということを知った。


「次はあの店に行こう、アイリス」

「ええ、そうですね。可愛らしいものも結構あるみたいですし、行きましょうか」


 アイリスが笑顔で俺たちを見る。

 明らかにわざとだ。

 わざと荷物を増やそうとしてやがる。

 和馬は疲れているのか、店には入らずに近くの公園で待っていると言った。

 俺たちは荷物に翻弄されている和馬を悲しい目で見送る。

 俺らも少ししたらああなるのか。

 若干の恐怖が背中に走る。

 とりあえず、極力荷物を減らすためにも、アイリスの邪魔をしなくてはならない。

 使命感に追われるようにして、俺たちも店の中へと入っていくのだった。


「わぁあ、可愛いものが一杯あるー。どれが一番可愛いかな」


 愛は一つ一つ手にとって、無邪気な笑みを浮かべている。

 アイリスも邪魔をするつもりなどなく、ただ見守っているだけだった。

 なるほど、愛は元々こういうのが好きだったのか。

 てっきり、アイリスの方がこういう可愛いものに興味があると思っていたが、少し違かったようだ。

 意外すぎる一面を見て、思わず頬が緩む。

 どうやら、どれを買おうか迷っているようだった。

 うさぎ、ねこ、いぬ……って一体何個から迷って何個買うつもりなんだ。

 アイリスが何も言わなくても、荷物が増えていく気しかしなかった。

 数時間後、ぬいぐるみ屋で買い物を済ませた俺たちは公園へと向かう。

 この時点でガウスの顔も見えなくなっていた。

 残りはあと、俺ひとりだ。

 正直、ここらで解散したいところだが、まだアイリスたちは買い物する気で一杯だった。


「ふぅう、沢山買ったわぁ」


 愛は満足気な表情を浮かべ、アイリスも類まれないにこやかな笑みを浮かべる。

 しかし、まさか最後の最後で下着売り場に行くとは本当に疲れもあったせいかダメージが大きかった。

 というか、あの妹を見るような目、もしかしてアイリスにはそっちの気があるのではないだろうか。

 充分にありえる推測だ。

 俺たちはみんなで愛の家まで荷物を運んでいった。

 そして、愛と別れの挨拶を済ませると帰路につく。


「あれ? アイリスは一緒に住んでいないのか?」

「ええ、そうですの。私も愛も親が五月蝿くて、一人暮らしとかできないんですの」

「ところで、一つ尋ねてもいいか?」


 アイリスは小首を傾げる。

 俺は自分の推測を遠まわしにだけど、気づくように語った。

 近くにいたガウスたちも聞いていたが、俺の話に賛同するような素振りを見せる。

 傍から見ると、3人で1人の女を口説いているみたいだ。

 夜で真っ暗な中、俺たちは何をやっているんだと、自らに呆れる。


「私が百合なわけないじゃないですか、もぉ、勘違いしないでください。ただ、愛の反応が余りにも可愛いものだから、ついいじりたくなっちゃうだけで、別にそういうことは考えていませんのよ。というより、実際あの子は貴方のことが――」


 途中から顔を赤くしながら、口ごもってしまった。

 最後の方はもう何を言っているのかわからない。

 しかし、ガウスや和馬は何かを察したのか、俺の顔を見てニヤニヤしだした。

 一体、どういうことだ。

 ここで俺だけ知らないなんてのは恥ずかしいし、素直に聞くこともできなかった。

 その後はずっと無音のままアイリスを自宅まで送るのだった。


「すっかり、夜も更けこんだな。今晩は何を食べるんだ?」

「そうだな……ってまだ材料とか何も買ってないじゃん」


 時計を確認すると既に夜の10時をまわっていた。

 コンビニとかならともかく、ほとんどのスーパーは店を閉めている頃合だろう。

 コンビニ弁当しかないかと諦めかけていた時、端末に受信音が鳴る。


『そういえば、貴方たち夕食とかはどうするの?』


 この声は愛だ。

 何か思い出したような口調で尋ねてくる。

 俺たちはこれからコンビニ弁当だと、悲しい一言をもらす。

 すると、急に甲高い声を上げてきた。


「私の家、今晩誰も居ないのよ。だから、アイリスも誘ってこれるようなら、皆で食べない?」


 悲しい食事が一瞬にして賑やかな食事へと変貌する。

 俺たちはすぐさま方向転換し、アイリスの家のインターホンを押す。

 玄関のドアがゆっくり開くなり、眠たそうにしたアイリスがパジャマ姿で出てきた。

 普段、戦闘服だったからわからなかったけど、たわわな実が二つくっきりと分かるくらいできている。

 白い水玉模様のピンク色の薄手のパジャマで、若干服が乱れているせいか妖艶さを綺麗に(かも)し出している。

 思わず俺たちは生唾を飲み込んでしまった。


「一体、今何時だと思っているのですか……って……え?」

「す、すまん、ただ愛がみんなで夕食を食べないかって」


 バタンと大きな音を立てながらドアを閉める。

 しかも、鍵まで掛け出した。

 いくらなんでもタイミングが悪すぎるだろう。

 しかし、あんな可愛い姿もアイリスにあったことは少し男としては何かに勝った気分だ。

 と、そんな悠長なことを言っている場合ではなかった。


「大丈夫、俺たちは何も見ていない。大丈夫だ」

「嘘よ嘘よ嘘よー!! もう! 何でよりによってこんな姿を信頼できる仲間に……」

「え? 今なんて言ったのー? よく聞こえないよ」

「なんでもないわよ。とりあえず、今から着替えるから少し待ってなさい。あと、さっき見たことは忘れること! いい?」


 玄関越しから大きな声が耳をつんざくように聞こえた。

 バタバタと慌てるような轟音まで聞こえて来る。

 さっき見たことを忘れろと言われても正直、印象的光景だったために脳内に完全に焼きついていた。

 うん、多分これは忘れられない思い出になるだろう。

 数分後、いつもとは違った格好でアイリスは出てきた。

 ピンク色のワンピースにスカート部分の先には白いレース状のデザインが施されている。

 また、白いショールを身につけており、上品さを高めたようなコーディネートだった。

 しかし、その上品さとは裏腹にアイリスの顔は湯気が出るほどに火照りきっていた。


「と、と、とりあえず行こうか」


 声を震わせながら言って俺は歩き出す。

 アイリスはこくんと小さく頷くと後ろの方からついてくるようにして歩いていた。

 気まずい、余りにも気まずすぎる。

 このままだと、折角の夕食も沈黙したままで始まるぞ。

 さて、どうしたものだろう。

 この静寂な空間を脱出する魔法の糸口はないものか。

 いつも馬鹿みたいにはしゃいでいる和馬もこういう時になると必ず黙り込む。

 ガウスにおいては無関心を貫きとうそうとしている。

 俺しかいないか。

 俺は少しずつ歩くペースを落としていき、アイリスの横に並ぶようにして歩く。


「さっきのパジャマ、充分アイリスに似合っていて可愛かったと思うよ。いつもと違う顔も見れたし。だから、そんなに気にしないで」

「いきなり何言うのよ! 可愛いなんて今まで言われたことなんて一度もないんだから!」


 静寂を切り裂いたと思うと、そのままスタスタと歩いて行ってしまった。

 とりあえずは良かったのかな。

 うーん、ダメかもしれない。

 半ば諦めた状態になり、俺たちは俺たちでゆっくりとマイペースに愛の家へと向かったのだった。


「アイリスが顔を真っ赤にして来たけど、何かあったの?」

「別にそこまで大したことではないよ。気にしないで」


 愛の家にお邪魔なり質問攻めをくらった。

 予想通りとはいえ、やっぱりここに来てもまだ顔は真っ赤だったか。

 そろそろ、いつも通りに戻ってくれないと、こっちの方が調子狂ってしまいそうだ。

 とりあえず、俺たちは夕食作りを手伝った。

 しばらくすると、アイリスもちゃっかり参加しており、いつの間にか5人で分担している。

 本調子とまではいかないものの、これで一安心だ。

 全員で食事を並べていき食べ始め、いつものように談笑を交わし合う。

 勿論、その中にはアイリスもすっかり参加しており、この夜は沢山はしゃいだのであった。

 食器なども片付け今度こそ解散する。

 アイリスも今度は一人で大丈夫だからと言ってきた。

 無理についていくのも良くないので、俺たちは見送る。

 しかし、女性が夜道を一人で歩くなんて危険すぎる。

 これがいつものアイリスならば、武装もあるため加害者の方の安否を不安するのだが、上の空の状態なんかで歩いて帰るなんてことがあったらと思うと心配で仕方なかった。


「どうするんだ、才和」


 いつの間にか、ガウスと和馬は武器を取り出して構えている。

 答えなど決まっている。


「よし、一応陰ながら護衛するぞ」


 そう言って俺たちはそっとアイリスを尾行することにしたのだった。

 

 特に問題もなく着実に自宅へとアイリスは進んでいく。

 俺たちが近くにいるから流石に犯罪者もより付けないのだろうか。

 もしそうであれば、作戦通りの展開だ。

 とにかく、彼女のあんな姿を見てしまったからには何としても守ってあげなくてはと使命感が湧いていた。

 アイリスは急に立ち止まって上空を見上げる。

 俺も彼女の視線に誘導されるようにして、上を見上げた。

 夜空に満開の星々が広がっている。

 月が今宵も光っており、美しく感じた。

 普段、あまり見ることが少ないため、新鮮に思える。

 しばらくの間、夜空の魅力に俺は惹かれていた。


「やっぱり付いて来ていたのね」


 目線を戻すと、目の前にはため息混じりのアイリスの姿があった。


「一応、さっきのこともあったし、それに何より心配だったから」

「私も少し気にしすぎたわ。とりあえず、もう気にしていないから安心して」


 無理をしたような表情ではない。

 何か吹っ切れたのか、それとも受け入れたのか。

 それはアイリスの心の中のみ眠る真実である。

 これ以上の詮索してもいいことはないだろう。

 そう感じて深くは尋ねないことにした。

 結局、尾行はバレてしまったので、護衛するという感じで一緒に帰る。

 もう夜が深いせいか街灯が足元を照らしても、視界は不自由だった。

 こんな状態で護衛をなせているのだろうか。

 アイリスの方を見てみると、安堵した表情を浮かべている。

 護衛がついているからなのか、それとも別のことでなのかは検討がつかないが、もう話にくい状態ではなくなっていた。

 俺たちはその後も、アイリスの家に着くまで喋りながら帰る。

 そして、家の近くまで着いたところで、アイリスは小走りになって距離を少し取る。


「もうここまでくれば大丈夫ですのよ。それじゃあ、また明日。おやすみなさい」


 軽くアイリスが手を振るので、俺たちも振り返す。

 和馬なんかバカみたいに大きく左右に振っていた。

 俺たちも家に着いて就寝準備に入る。

 時計の針は既に12時をまわっており、手早く済ませていた。

 2日目でもこの光景にまだ慣れないでいる。

 直に慣れるだろうが、今度は慣れたあとに一人になるのは怖いと思った。


「いや~、でも今日は疲れたな~」


 和馬はシャワーを浴び終わると、布団の上に座り込んで肩をグルグル回している。

 物凄い鈍い音がした。

 それほどまでに凝っていたのだろう。

 俺も人のことは言えない。

 和馬ほど長時間ではなかったが、かなりの時間、俺も荷物を持っていた。

 おかげで今日はクタクタである。

 ガウスなんてシャワーを浴び終わった途端、倒れるようにして寝てしまった。

 俺や和馬は体の節々が痛くて眠ろうにも寝れないでいる。

 というか、ガウスは疲れているというのに痛くはないのだろうか。

 いや、普段から素振りを怠っていないから、疲れることはあっても肩が痛くなるなんてことはないに違いない。

 今度から俺も自主練でもやってみようかな。

 実際、長くは続きそうもないけど、やれるまでやるか。

 夜更けにそんな事を決意して俺は布団の中へと潜っていった。



「眠れない、どうしてだ? というか、眠くならない」


 数時間の間、ずっと布団の中にうずくまるようにしているのだが、全く眠くならない。

 確かに体に疲労は溜まっている。

 しかし、寝付けないでいたのだ。

 おかしい、おかしすぎる。

 いつもなら、直ぐに寝れたはずだ。

 俺は和馬とガウスの体を軽く揺さぶった。

 深い眠りに入っているせいか、反応は皆無である。

 不眠症か、いやそんな偶発的になる病気ではないだろう。

 それでは一体俺の体に何が起きているのだ。

 ただでさえ眠りにつけずにいるのに、疑問を抱けば抱くほど、逆に睡眠から遠のいていった。


「どうする? 寝るのを諦めるか」


 そんなわけには行かない。

 多分、明日から任務なり、訓練なりが再開されるだろう。

 そのためにも可能な限り寝ておきたい。

 俺は力強く瞼を閉じて、毛布を被る。

 しかし、全く眠れず、この無音の空間は何故か俺を苛立たせる。

 時は既に3時をまわっていた。

 俺は布団から出て、冷蔵庫へと向かう。

 俺の記憶が正しければ、まだ睡眠薬が何錠かあったはずだ。


「お、あったあった」


 俺は取り出して、それを飲む。

 実際、これを飲んでいる時点で普通は遅刻確実だ。

 なぜなら、この薬の効き目はかなり強力だから目覚ましの力を借りても起きることが難しい。

 でも、人に起こしてもらう場合は話が別である。

 きっと、彼らなら強引にでも叩き起してくれそうだ。

 集合時間に遅刻なんてしたら、上官に怒られかねないからな。

 そして、俺は再び布団に潜り込み、瞼を閉じていくのだった。


 何の音もない空間で時計が時を刻む音だけが聞こえる。

 あれから一体どのくらいたったのだ。

 結局、まだ寝付けていない。

 本当にどうしてしまったというのだ。

 不意に、ジークの言葉を一つ思い出した。



[ヴァイルは睡眠を取らないものでね]


 

 思い出すと同時に俺は絶句したのだった……。 

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