第12波 み~んな、揃って…… 食事!!
肉なども切り終わり、軽く炒めていた頃、和馬がノックなしで帰ってきた。
しばらくは一緒に暮らすことになったのだから、いちいちノックをしなくてもいいとは思っているのだが、一応許可を取るなどの対応はして欲しかったな。
まあ、長い付き合いのこともあるので、そこまで気にしてはいない。
「はぁーはぁー、ルー買って来たぜ」
「ご苦労さんってこれシチューのルーじゃね?」
「あ、本当だ」
その言葉を聞いて、和馬は地面に膝をつけてがっくりうなだれる。
俺はとりあえず、慰めるように肩を優しく叩く。
ガウスは横でその光景を見て笑いを堪える。
和馬は救いの神を見るような目線で見つめてくる。
「さあ、今すぐ買い直して来い」
「ま、マジで?」
「マジだ」
和馬は撃沈した。
ガウスはとうとう堪えられなくなり、笑い出す。
俺も俺で顔には出していなかったものの、我慢していた笑いが一気にこみ上げてきた。
和馬も冗談だと気づいたのか、流石に買い直しに行くことはなかった。
でも、実際買い直してきていたら、それはそれで面白かったかもしれないと少し期待はずれな感じでお預けをくらった気分だ。
結局、当初はラーメンの予定だったのに、最終的にはシチューという結末に至った。
三人で談笑を交えながら夕食を食べる。
今までこんなに楽しいと思う夕食はあっただろうか。
当たり前の光景が今では貴重な思い出へと変わりつつある。
いつ死んでしまうかもわからない世界でゆっくりと食べながら話す。
この光景をいつまでも守るためにヴァイルを何としても撲滅したいとより強く思った。
食器をかたし、シャワーを済ませると就寝準備に入る。
「なあ、俺たちはどこで寝ればいいんだ?」
「リビングで川の字に布団を敷いて3人で寝よう、幸いにもテーブルを片付ければ出来そうだし」
ということで、一応お客様用に買っておいた布団3式分を押入れから引き出す。
そのまま左から和馬、俺、ガウスの順に川の字に並んだ。
とりあえず、まだ寝はしないものの電気だけは消灯する。
しばらく沈黙の時間が続く。
というよりは皆、今日は色々ありすぎて疲れきっているせいか、喋ろうとする気力すら残っていないだけなのだ。
そして、そのまま最後まで何も喋らないで全員眠りについた。
翌朝、起きてみると既にガウスと和馬の姿がなかった。
俺はすぐさま飛び起きて、周りに目を配る。
和馬はすぐに見つけた。
台所で朝食を作っているようだ。
しかし、ガウスの姿はない。
まあ、和馬が焦っていないということは何か知っているということになるのだが、一体ガウスはどうしていないのだろう。
和馬が朝食の準備をしている間に、俺は着替えて身支度をする。
ちょうど出来上がった頃にガウスが玄関から戻ってきた。
全員がテーブルにつき食事を始める。
皆、ただ脳が目覚めきっていないせいか、未だに沈黙状態が継続していた。
誰か話を切り出さないかな。
そんな事さえ感じてしまうほどに静まり返った空間である。
これは静か過ぎて逆に誰ひとりとして切り出せないのではないだろうか。
ここは家主たる俺の出番だな。
ここぞと言わんばかりの表情をしてガウスに話しかける。
「お前、朝から何をやっていたんだ?」
「自主練。すぶり1000回やっていた」
「へ、へぇ~」
真面目な答えすぎて何も返せなかった。
無音の空間の再来が俺たちを飲み込む。
にしても、この目玉焼きは中々の出来栄えだ。
白身の底は軽く茶色がかった程度で、硬くなっていない。
黄身も半熟と生の間くらいで、美しい白膜が表面を包み込んでいた。
箸で先を刺せば、そこから全体にかかるようにオレンジ色のソースが広がっていく。
それが近くにあるハムにまで到達していき、軽くかかった頃合を見計らって食べる。
絶品だ。
それだけの言葉で充分に思えるそんな深い味わい。
余計な言葉はいらなかった。
寧ろ、変に言葉を紡げば、この料理に対して申し訳なさを感じてしまうくらいである。
和馬にもこんな得意分野があったなんて意外だ。
いつもコンビニ弁当ばっかり食べていたものだから、てっきり料理に関してはからっきしとばかり思っていた。
今度、和馬が作る自信作をぜひ食べてみたいものだな。
目玉焼きがこんなに上手なのだから、きっと他の料理にもうまいに決まっている。
ちょっとした楽しみが心の中で一つ増えた瞬間だった。
俺たちは朝食を済ませるとそのまま本部へと向かう。
本当なら昨日の時点では一人で行くつもりだった。
しかし、監視役だからという理由で3人で行くことになったのだ。
まあ、この2人になら別に聞かれても構わないか。
長官室をノックして入る。
昨日のうちに報告することを言っておいたから、いるはずだ。
開けてみるとそこにはいつものように座っている長官とその横には凛堂先輩、そして最後にその二人と向かう合うようにして立つ見知らぬ男の姿があった。
「誰だ?!」
「ああ、フリードには紹介がまだだったね。彼らがヴァイルを5分で撃破したっていう強者達だよ」
「君たちがそうなのか。すまない、私は執行部所属のフリードという。先日の訓練などにも忙しくて協力できなかった。何か用があったのか。じゃあ私はここらで退散するとします」
それだけ言って、フリードはすぐさま長官室をあとにした。
やけに慌てている様子だったが、何かあったんだろうか。
少し心配になってしまう。
俺は開きっぱなしのドアをじっと眺めていたのだった。
「それで、報告したいこととはなんだね?」
俺は自身の体内にある『ヴェイル細胞』についてのことと、ジークがいっていたヴァイル関する情報、最後に昨日手に入れた謎の物質を見せた。
最初の2つに関しては少し驚いた程度で以前から予想はしていたことらしい。
それ故に昨日は暴走しないか心配をし、和馬たちを監視役にまわしたそうだ。
最後の1つの件は長官たちを黙らせた。
どうやら、上層部でさえ知らない物質らしい。
とりあえず、研究班にまわして調査するということに決まった。
「さて、才和くん。本当だったら、ヴェイル細胞について詳しく判明するまで、おとなしくしていなさいと言いたいところだが、そんな悠長なことを言えるほどうちは人材に富んではいない。とりあえず、しばらくの間は凛堂とアクトを含めた7人で行動してもらい、自宅では3人でいるようにしてもらう。それで構わないか?」
「はい、了解しました。それでは失礼しました」
敬礼をして、長官室を去る。
一時的とはいえ、7人のチームとなった。
指揮はおそらく、アクトか凛堂に違いないだろう。
俺たちの活躍の場はあるのかな。
この二人がいるという時点で手助けは必要なのかと疑問に感じてくるのだった。
昼食を取ろうと思い俺たちは本部の食堂へと足を運んだ。
最近は忙しくて食べれていなかったが、ここの食堂の料理はどれも旨いうえに安いというのが特徴的だ。
例えば、とんこつラーメンは長年続くレシピを変えずに作っている伝統を感じさせる味わいを持ち、酢豚は独自のソースで美味しく出来上がっている。
俺は迷いに迷った末に炒飯にして、カウンターで注文した。
その時、俺と同時に炒飯を注文してきた女性がいることに気づく。
その方向に目を合わせると、愛の姿がそこにはあった。
「ごめんねー、炒飯の材料は残り少しで一人前しか作れないのよ」
食堂のおばちゃんが困った表情をする。
さて、俺は拳をバキバキならす。
愛も同様だ。
今にも火花が生じるのではないかというにらみ合い。
そして、同時に拳を振るった。
「最初はグー!! じゃんけん――」
どうやらアイリスたちも食堂で食べるらしい。
一緒に食べようということになり、全員の注文した料理が運ばれるとそれを持って同じテーブルを囲む。
アイリスは親子丼、ガウスはたこ焼き、和馬はハンバーガーとポテト、そして、肝心の俺とアイリスだが……。
「いやー、旨い! なんといってもカニカマではなく本物の蟹を贅沢に使っているところがいい」
俺は炒飯を口の中に放り込むようにして食べていく。
横で愛は麻婆茄子を食べていた。
炒飯において最も重要なことはベタつきがないことである。
これを一般人が成し遂げることは困難なのだ。
しかし、流石ここの食堂は違う。
まるで中華料理専門の達人が作ったかのようにベタつきが全くと言っていいほどない。
一体、どのような工夫をしているのだろうか。
米か、米から違うのかもしれない。
あまり料理に関しては知識が浅いゆえに覚えていないが、炒飯などに適した、水分をあまり含まない品種の米があると聞く。
もしかするとそれを用いている可能性はある。
横からの視線がやけに強く感じる。
余りの強さに思わず、手が止まる。
俺は一旦れんげをおいて、愛の方を向いた。
「一口食べるか?」
「いいの? じゃあ、遠慮なく」
そう言って、愛はスプーンですくって食べる。
すぐさま頬がとろけてしまうような笑みを愛は浮かべていた。
「おいしいわ! うん、凄く美味しい。あ、じゃあ私のも一口食べる?」
そう言って、愛は自分のスプーンですくうとそれを俺に突きつけてきた。
これはいわゆる彼氏彼女がやるアレではないか。
思わず、俺はドキドキと鼓動が早くなってしまう。
落ち着くんだ、俺、あっちはきっと無意識でやっているに違いない。
平常心を保つことが重要だ。
ここで変に動揺してしまっては空気を乱しかねない。
俺は平静を装ってスプーンの上に乗っている麻婆茄子を口にする。
緊張のせいで味がわからない。
ただ、ひとつだけわかったことがある。
「か、辛い! 水、水をくれ!!」
辛いのには慣れているつもりだったが、これは例外的すぎる。
確か、ここの麻婆系の料理は辛さのレベルを調整できたはずだ。
一体愛はどのくらいのレベルを注文したのだろうか。
って、そんなことを考えている場合ではない。
とりあえず俺は近くにあった水道に駆け寄って、コップを取ると水をガブガブ飲み干した。
「辛すぎて、全然味がわからなかった。というか、一体どんだけ辛いの注文してんだよ」
「え? この食堂の麻婆系と言ったら、レベル最大が普通よ。それくらいの辛さが美味しいんだから」
発言に対する驚きと彼女の余りにも可愛らしい笑顔で完全に絶句する。
そういえば、さっきから周りがやけに静かじゃないか。
周囲に目をやると、さっきまで一緒にいたはずのガウスたちの姿がなかった。
いや、どうやらいつの間にか席を移していたのだ。
愛も俺も全く気付かなかった。
一体、いつからあんなところに移ったんだ。
「愛、みんながあっちの方に行っている。俺らも行こう」
そう言って、一緒に食器を持ってみんなの元に行く。
3人とも俺ら2人を見比べるようにしてニヤニヤしていた。
どう考えても、誤解が生じている。
愛だけは未だにそのことに気づいていない。
ここで、誤解を解くという手が最善なのかもしれないが、そうすると流石に愛も気づいて動揺してしまうだろう。
変に意識し合うことは戦闘においてもいいことはないので極力その事態だけは避けて通りたい。
そう考えるのであれば、ここはスルーがいいだろう。
俺と愛は空いている席へ座る。
結局また、隣には愛がいるという風景が完成してしまっていた。
「ねぇー愛? 才和くんのことどう思っているの?」
「え? べ、別に……、才和は仲のいい友達だけど、そ、それがどうかしたって言うの?!」
「うーん、特に意味はないのですけど、ただやけに二人の仲がよろしいなと思っただけですの」
愛が頬を真っ赤にして下を向く。
アイリスはそんな愛を見て、いたずらっ子のように軽く笑みを見せていた。
まるで友達というより、姉妹のような感じだ。
アイリスの様子を見ていると、偶然にも目が合ってしまった。
笑みを浮かべたまま少し舌先を見せる。
その後は食べ終わるまで完全に上の空で何の話をしていたかすら忘れてしまった。
ちょうど、食事も済んで片付けようと思って立ち上がったところ、俺たちは愛に呼び止められた。
「ねー、アンタたちは午後は空いているの?」
「まあ、特に予定とかは決めていないよな」
ガウスも和馬も頷く。
アイリスは後ろの方でさっきの笑みを浮かべていた。
まだ何か企んでいるのだろうか。
思わずそんな思考に至る。
もしかしたら、今から言おうとしている愛の言葉もアイリスの入れ知恵かもしれない。
それだとどんな言葉が飛んできてもおかしくないな。
俺は心の中でしっかりと身構えた。
「じゃあ、一緒に買い物にでも出かけない? みんなで」
「何だ、ただの買い物か」
「そうよ、何か文句でもあるの?」
「別にないよ。それで俺たちは参加できるけど、どこにいくの?」
余りにも、普通のことを言われたので少しびっくりした。
もしかして、これもアイリスの策略か。
いや、それはちょっと考えすぎなような気もする。
だが、アイリスの笑みはまだ止んでいない。
これ以上に何かあるとでも言うのだろうか。
まさか、途中から俺と愛の二人きりにでもするつもりだろうか。
でも、それならば、今から笑みを浮かべているのも変だな。
俺がそんな事を考えている中、愛は行きたいところを淡々と述べていた。
「ねえ、ちゃんと聞いてるの?」
「ああ、聞いてる聞いてる」
実際は勿論一言も耳に入っていない。
アイリスの企みの方が気になりすぎているからだ。
俺が適当にあしらったせいか、妙に愛が頬を膨らませていた。
「ちゃんと聞いて!」
「わかった、わかったから」
仕方なしに、愛の話に耳を傾けた。
愛はもう一度初めからといって行きたいところを伝えていく。
途中、引っかかる言葉があった。
俺はそこだけを確認するように尋ねる。
「今、なんて言った?」
「だから、下着も買いに行くのよ! わかった?!」
愛は大きな声を出す。
周りの視線が俺たちに集まる。
場の空気が完全に凍りついた瞬間だった。
明らかにアイリスはこれを狙っていたのだ。
とりあえず、俺たちはそそくさと片付けを済ませ食堂から出るのだった。