わかってるけど割りきれない
たまにはこれも進めないと。中断期間万歳です。
小松原がキャプテンになったのは、正解だった。長らくしのぎを削った近体和歌山や、その名を知っていた他の高校生はもちろん、まだ知り合って日が浅いユース組も一目置く存在。そのカリスマ性が、不満を漏らしていた近体の選手たちをプレーに集中させた。
ただ、一度気持ちが切れた選手たちが、もう一度集中できるまでは結構時間がかかるもの。佐野たちは火種をくすぶらせたままのプレーが続いた。
「行けえっ!」
ゲーム形式の練習中、南部川高校から参加している、サイドバックの中西が、逆サイドの佐野にロングパスを送る。
「く、そっ…」
しかし、佐野は反応がわずかに遅れた上、猪口に張りつかれていたために追い付けず。通ればチャンスだっただけに、佐野は天を仰ぎ、項垂れた。
そんな佐野に、中西が文句をつけた。
「佐野〜、何やってんだよ。お前今の追い付けたろう!」
この言葉に、佐野はイラついた。
「ああっ?今のはお前のパスが強すぎたからやろ。お前こそ考えてパス出せや」
「てめえの足信じて俺はパスだしたんだよ。ボーッとしてるおめえが悪いんやろが」
「なんやと!?」
「やめろ、お前ら!」
これ以上悪化してはならないと感づいた小松原が、詰め寄る二人の間に入った。
「佐野、今のは確かに、いつものお前なら行けてたぜ。特にFWなら、出し手の期待に応えろよ」
「…チッ」
「ただ中西も、通れば面白かったけど、そんな急いで組み立てなくてもいい。他にもフリーはいたし、サイドのスペースを使うだけが正解じゃないんだぜ」
「はあ。わかったよ」
そのとき見せた中西の、露骨なまでの失望の表情に、佐野は歯を食い縛るしかできないでいた。小松原がフォローしてくれたものの、非が自分にあることを自覚していたからだ。
一方で初橋の連中も、全員が全員小松原のようにアピールできていた訳ではない。むしろ、その他大勢の選手たちのほうが存在感を示していた。副キャプテンに指名された鎌林や中西はもちろん、ボランチでプレーする早瀬も素早いボール奪取能力でアピールする。エリート勢で発奮していたのは小松原のほかは、空中戦で剣崎と互角に渡り合っているセンターバックの上野ぐらいだった。
「ふあー。やっぱ小松原ってすげえよな?決定力もキープ力もあって、前線にあいつがいるだけで攻撃が成り立っちまうもんな」
練習後のロッカールームの雑談。その他大勢のたたき上げ連中の話は、やはりエリート組に対する寸評だ。中西が小松原を持ち上げ、早瀬もそれに同調する。
「そんでもって、剣崎、竹内、栗栖、友成。和歌山ユースの連中って、すげえ奴らばっかりだったな」
「ああ。正直、選手権の予選で当たらねえことがラッキーだぜ」
そこで、根本が一つため息をつく。そこから出てきたのは、エリート組に対する不満だった。
「・・・そんでもってさ。あいつら、実際は大したことなかったんだな。特に近体の連中はさ」
「ああ。特に佐野はな。なんかあいつ気持ち切れてるよな・・・。小松原はああ入ってたけど、やっぱりあれはあいつのミスだぜ」
同調した中西が、再び佐野をやり玉に挙げる。
「キーパーの野川もさ、なんかコーチング遅いんだよな。俺たちがコース絞ってから同じこと言い出すしよ」
「批判ばっかしても仕方ないだろ」
盛り上がっている話に水を差したのは、鎌林だった。
「お前らなあ、言ってて恥ずかしくねえのか?気に入らなくても、今はチームメートなんだぜ?味方の陰口言ったって何の得にもならねえぞ」
「だけどよカマ・・・。あいつら、まだなんか釈然としてねえぜ?自分たちのことを棚に上げといてさ」
「知ったこっちゃねえさ。だったら上がったまんまにしときゃいい。今はとにかくアピールすることだぜ?俺たちだっていつ落とされても不思議じゃねえんだ」
「まあ・・・な」
中西がそういったところで、お開きになった。一人残った鎌林は、誰かに言うようにつぶやいた。
「これが今のお前たちの評価だ。言われっぱなしでいいのかよ?エースさんよ」
柱の陰に隠れていた佐野は、首にかけたタオルを叩きつけた。
その翌日、メンバーたちは選手が少し減っていることに気付く。辻内と大浦の姿が見えないのだ。釈然としないまま午前の練習を終えたところで、小早川監督が事情を説明した。
「残念ながら、大浦君と辻内君は昨日の練習での負傷により、離脱してもらうことになりました。大浦君は昨日のセットプレーの練習中、競り合った後方から地面に落ちて右肩を痛めたそうです。辻内君は歩き方がおかしかったので病院に無理やり連れて行ったところ、右足首が疲労骨折していたそうです。まあ、せっかくの国体選抜のチームから漏れるのは苦しいでしょうが、それよりも重要な選手権をふいにしてしまうことのほうが私が嫌だったので帰しました。よって、新しいメンバーを追加します。彼らとともに国体の本大会を目指しましょう」
そういって合流したのは、塚本真二と大高純平。ともに中盤のプレイヤーで和歌山ユースの選手だ。
近体の選手たちの気落ちは想像に難くなかった。
「ははは、お前らも来たのかよ。待ってたぜ!」
仲間の合流にテンションの高い剣崎。栗栖、竹内も声をかけた。
「いやー、あぶれた時はどうしたもんかと思ったけど、呼ばれたからにゃすぐにでもボランチのスタメン取ってやるぜ。な、純平」
「おうよ真二。俺たちだって和歌山ユースだ。おめえらに負けらんねえぜ」
意気込む塚本と大高を尻目に」、佐野は表情をこわばらせた。尻に火が付いた顔をしていた。