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監督の荒療治

 来る国体に向けてトレーニングに励む和歌山選抜。その中で、アガーラ和歌山ユースの面々は存在感を光らせていた。

「ヘィっ!」

「オッケー」

「よし、ナイスパス」

 とあるミニゲーム。小松原の要求に応じて栗栖がパスを出した。それは綺麗に小松原の足元に収まった。小松原は冷静にディフェンダーをかわし、キーパーの逆をつくシュートを決めた。



「ふむ。栗栖君はさすがですねえ。あれだけマークに囲まれてピンポイントにパスを出せるなんて」

 小早川監督は栗栖の存在感に目を細める。黒田コーチも、栗栖の実力に惚れている。

「いやあうちにもあいつみたいなパサーがいればなあ。小松原があれだけイキイキしてるのはなかなかないですからね」


 しかしながら、栗栖のパスセンスが生きるのは、小松原の能力の高さ所以である。パスコースを作るポジション取りに優れていて、いつもパスが通りやすいところで呼び込んでいた。

「あんな楽な受け手はそういないな。フォワードはなんだかんだ言ってやっぱ地力が大事なんだな」

 ある日の栗栖の呟きだ。


 では、栗栖の幼なじみであり、ユース組の一人であるこの男はどう言えばいいのだろうか。

「どっせいっ!!」

 セットプレー練習での一幕。鎌林のクロスボールを、大垣と競り合いながら剣崎が頭で叩き込んだ。初橋のディフェンスリーダーでもある大垣や、相方のセンターバック上野は、体格的にはユース組に遅れはとっていない。それでもいくら激しくマークしても剣崎の勢いにはまるで歯が立たなかった。

「ったく訳わかんねえよな。あいつ。当たり強すぎたろ?」

「素人以下のポカもあるけど、あれだけ強引にゴール決められたらちゃんと才能もあるんだろうなあ」

 肌を合わせた二人の言葉には説得力もあり、次第に剣崎も認められつつはあった。


 では当事者たちはどう思っているのだろうか。剣崎は小松原に対して早くもライバル心を燃やしていた。

「やっぱまずあいつよりは点取りてえ。俺にはゴールしか価値がないからな。なんでもできる奴には負けたかねえよ」

 着替えの最中、剣崎が漏らした言葉だ。竹内も同調する。

「しかし、ユースにもあれぐらいの選手、なかなかいないよな。もしかしたらどっかのジュニア(ユース)にいたのかもな」

「あいつは落第生だよ」

 そこに口を挟んだのは、初橋の正GKである野川だった。竹内が野川に聞き返す。

「落第生?あいつが?あれだけの力あるのに」

「落第生ってのは言い過ぎだけど、お前の言う通りマコ(小松原)はガリバー大阪のジュニアユースにいたんだ。ユースに上がるためのセレクションでダメになったらしい」

「へえ。やっぱわかんないもんだな。あれだけテクニックがありながら」

「聞いた話じゃかなり線が細かったらしい。うちにきてからだな。ガタイ変わってったの。20近く太ったらしい。まあ俺もセレーノ大阪のジュニアいたんだけどよ。俺の場合は家の問題だ。近いとこでサッカーしたかったんでな」

「へー、ユース寸前の選手が守護神とエースか。そりゃ初橋は今年強いわけだ」

 野川の話を聞いて、竹内は感心する。だが、野川は思わぬことを口にする。

「勘違いすんなよ。俺もマコも、上がろうと思えば上がれたし、お前らと同じユースに入ることだってできたんだ。チビやガリガリ、そしてあの下手くそ。あんな低レベルの選手がいると知ってたらな」

 その言いように、剣崎は目くじらを立てる。

「てめえ、俺達のことバカにしてんのかよ。言っとくがな、俺達だっててめえらに負けるつもりはねえぜ」

 だが野川は吐き捨てた。

「田舎のポンコツクラブなんか上も下も一緒だろ?だったら天翔杯ぐらい出てみろよ。高校生ともろくに戦えないプロなんざ目標にもなんねえよ。悔しかったら俺達を納得させるぐらいの結果見せてみな」

 最後に嘲笑を浮かべて、野川はロッカールームを出た。

 対する剣崎たちは、怒りを覚えはしたものの、反論することはできなかった。

 このころのアガーラ和歌山は、まだJリーグに昇格して4年の新興クラブで、まだまだ底辺レベルの認識があり、おまけに夏場はクラブ史に残るリーグ戦14連敗の真っ最中。お互いのスケジュールが合わないこともあって、ユースと初橋、近体大和歌山と練習試合の機会もなく、いまのところは前評判が優先されるのも仕方なかったのである。


 一方で、野川の言葉は彼の嫉妬でもあった。あのミニゲームで自分が使われなかった不満に加え、実際に見せた天野と友成のパフォーマンスに危機感が募っていた。

(あいつらにああは言ったが…やべえな。俺、この合宿で終わるかもな…)

 そんな弱気を押し殺すための見栄でもあった。



 とはいえ、剣崎たちを快く思わない選手は野川に限られた話ではない。FW佐野を筆頭に、選手の多くは初橋、近体大和歌山の部員の多くは県外からの留学生。和歌山県民のサッカーレベルを軽んじていた連中は、皆ユース組のポテンシャルに驚き、嫉妬し、認められないでいた。一方で県内の選手もそれにのまれ、かえって意気消沈している様子。はっきり言えば、チームとして和歌山選抜は完全に崩壊していた。




「まあ、それも狙いですよ」

 ある日のコーチ会議で小早川監督はそう漏らした。チーム状態を不安視した黒田コーチの質問に対する答えだった。

「しかし、国体まで時間がないんですよ?この段階でチームを壊して何になるんですか?」

 苛立つ黒田コーチは立ち上がってまくし立てる。宮脇コーチも同じ気持ちだ。

「黒田コーチの言う通りです。うちもチームを壊すために選手を派遣した訳じゃない。意図と今後のビジョンをお聞かせ願えませんか」


「一番は経験です。これまで和歌山県下の高校生はなかなか他県のトップレベルのチーム、それこそユースチームと対戦する機会がありません。加えて、高校間のレベルがかなりはっきりしているため、悪い意味でお山の大将となっている選手も少なくない。まずその選手たちに喝を入れるのです」

 急に黒田コーチのトーンが下がる。思い当たる節があるからだ。近体大和歌山OBである石田コーチも頷く。特に近体大和歌山の選手にはそういう傾向がある。


「そういう慢心をまずなくす、吹き飛ばすのが肝要。ただでさえ低い山なのに、満足されては勝ち目はありません。まあ、そこからどうリカバリーできるかは明日のキャプテンと副キャプテンの選出にありますよ」




 合宿4日目。実はまだキャプテンが決まっていない。前の3日間は、暫定的に初橋、近体、ユースそれぞれのキャプテンが持ち回りでしていたし、基本的にコーチが練習を主導していたので特にらしい仕事もしていない。

 その日の朝、集めた選手たちの前で小早川監督はキャプテンと副キャプテンを発表した。

「まずキャプテンは、小松原君。お願いします」

「はい!」

「そして、副キャプテンは…二人お願いします。一人は、鎌林君」

「えっ?あ、はい」

 選出にはまわりはもちろん、本人が一番驚いた。そしてそれ以上の選出に、場の空気が凍りついた。

「剣崎君。お願いします」

「了解っす!…え?」

 即答した剣崎も、さすがに戸惑った。そして見ると一部の選手が露骨に嫌な顔をした。そして佐野が不満をぶつけた。

「監督、なんでうちの白石(近体キャプテン)が選ばれてないんすか?マコは初橋で100人ぐらいの部員まとめてるからわかるけど、うちのキャプテンがなんで選ばれてへんのです?」

「佐野、偉そうなこと言うんじゃない」

 OBの石田コーチがたしなめようとするが、それに合わせるように野川も声を上げる。

「失礼ですけど、鎌林や剣崎がチームを引っ張れるとは思えないっす。せめて根拠教えてくださいよ」

 それらに対しての小早川監督の解答は、それまでの柔らかい振る舞いからかけ離れた、冷徹なものだった。

「理由が知りたい?…なるほど。では、教えたあとは合宿から追放しますが、よろしいですか?」

「え…」

「うっ」


 小早川監督が佐野や野川に見せた表現は、恵比寿のような笑顔だったが、目は鬼のような迫力を湛えていた。

「理由が知りたければ自分で観察しなさい。もっとも、そんな余裕があるでしょうか。どちらにしろ、今週末には半分近くが合宿を去ることになりますからね」

 その言葉で、場の空気は変わった。一気に緊張感が走る。

「今キャプテンに指名した3名は、メンバー入り確定と考えてください。このあと、本大会の登録メンバー18人…いや、15人を選びます」

 合宿に集められたメンバーは総勢30人。うち、剣崎、小松原、鎌林はすでにメンバー入りが決まった。とすれば残りの27人が15枠を争うわけだが、頭をよぎったのはメンバー落ち。しかも近体大和歌山の選手たちは「うちから一人もメンバー入れなかったとしても…まだ4人入れない」という最悪の結果が頭をよぎった。

「キャプテンの選出に文句を言う暇があったら、自分のアピールや周りとのコミュニケーションに時間を使いなさい。キーパーは二人いれば十分だし、フォワードもなるべくタイプをばらしたいのでね。さあ、練習をはじめましょうか」



 声を上げた野川、佐野に暗に釘をさして小早川監督は練習を指示した。小早川監督の目は今まで通り優しくなっていた。




 ランニング中の選手の表情はバラバラだった。近体の選手はお通夜のような暗さを見せ、その他の高校から集められた選手も、緊張から顔が強ばっていた。それを見かねた剣崎は大声を出し始めた。

「おらおらみんなっ。朝から辛気くせえぞっ!声出そうぜ声ぇ!イッチニィッ、イッチニィッ、イッチニィッ!」

 ムードを盛り上げようと空元気を張り上げる剣崎だが、反応したのはユース組ぐらい。そこにもう一人声が加わった。 「声だして走るぞ。気持ち上げてかねえと簡単に怪我すっからな。たかがランニングで時間フイにすんのももったいない。…声出せっ、いいか!」

 喝を入れる小松原の声に、一同の顔が上がった。小松原の号令に合わせて、選手たちは声を張り上げた。やけくそ気味ではあったが、若々しい雄叫びが練習場にこだましていった。



「おい」

 ランニング後のストレッチ中、小松原は剣崎に声をかけた。そのまま肩を叩く。

「さっきはよくやった」

「何が?」

「…声だよ。ああやって声出せるってのはありがたい。これからお前、声担当な」

 小松原は剣崎の先ほどの振る舞いに評価を送った。ただ剣崎は小松原に対して、突拍子もないことを言い出した。



「それで俺のライバル心とろうったってそうは行かねえぞ!エースの座は絶対渡さねえぜ、キャプテンっ!」

「…のぞむところだ。とにかく、お前は声を切らすなよ」

 意外にも小松原はあっさり受けて立つ。その上で剣崎に役割を命じた。


 その様子を見ていた宮脇コーチは、小松原のキャプテンの意味を理解した。


「小松原、かなり器でかいな。それでいて声でも態度でもチームを引っ張れる。あの素質を見たら、誰だってキャプテンにしたくなる。大将はああいう風に、目が広くねえとなあ」



 しかし、和歌山選抜のくすぶりが終わった訳ではない。し烈なサバイバルレースは急展開の様相を見せるのだった。


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