沙耶、お姉さまに出会う
しばらくラル君に引っ張られるように歩いていたが
…よくよく考えたら、別に手を繋ぐ必要なくない?
いくら知らない土地とはいえ、こんな真昼間からはぐれる事ないだろう。
「あの、ラル君…」私の呼びかけに、顔だけこちらに向けて「どうしたの?」と聞いてくる。
…その顔は未だ強張っている。(だから、どれだけ嫌なんだよ…)
「えっと…手、繋いでなくても、私迷いません…」
遠まわしに、「手ぇ放せや」という意思を伝える。
それに気づいたラル君は「俺と手、繋ぐの嫌?」と少し困ったように笑った。
「いえ、嫌って言うんじゃなくて…恥ずかしくて…」
…そう!恥ずかしいの!!
いくらここでは15って事になってても、ラル君には10そこいらの子供に見えていようとも!!
私はれっきとして21歳の成人女性なんじゃぁぁぁ!
心の中は羞恥心で大爆発。しかし、表面上は恥じらう女の子。
いや…やっぱりイケメンの前では、ちょっと可愛いと思われたいじゃん?(ほら私、普通の乙女ですから)
そんな私を見て、一瞬キョトンとしてからラル君は薄く笑った。
そうして、その場でしゃがみ私に目線を合わせる。
「俺がサーシャと手を繋いでいたいんだ。サーシャが嫌じゃないのなら、このままでいさせてほしい。…ダメ…かな?」
…上目遣いで、小首をかしげて「ダメ?」とか…
こいつは私を萌え殺す気か…!!!!
イケメンが小首かしげてコテンとか!!!!卑怯だ!!!
そんな風にお願いされたらさぁ…!
「ダ、ダメ…じゃ、ない、です…」
としか言えないじゃないか!!!
その私の返答に「良かった」と澄んだ碧眼の瞳をゆるりと細め、甘く笑った。
そして、再び私の手を取って歩き出す。
…ラル君のあの、甘い笑顔どうにかしてほしい…!
18にしては妙に色っぽくて、心臓に悪いんだよぉぉぉ!(いや、18って言われても分かんないくらい、大人っぽいんだけどね!!)
しばらく、そのまま歩いていると「着いたよ」とラル君の声がする。
そこには、ドールハウスをそのまま大きくしたような、可愛らしい家が建っていた。
「可愛い…」思わずこぼれた私の言葉に、ラル君は苦笑いをしながらドアを叩く。
「フィン。俺、ラル」と私やマリアさん達に対する者より幾分、雑なラル君の声。
おぉ、こういう風にも喋れるのか…!なんか新鮮だ!!
ちょっと年相応に見えるぞ!!
しばらくすると「ラル?どうしたのよ?」と女性の声が中から聞こえてきた。
「フィンに頼みたいことがある。開けてくれないか?」
その言葉と共に開くドア。
「あんたが私に頼みごと?何企んでんのよ?」
少し怪訝そうな声とともに現れたのは…
ウェーブのかかった腰まであるであろう光沢のある艶やかな紫の髪。瞳の色はラル君のより濃い海色の青。
その瞳は今は、顰める様に細められているが普段や笑った顔はものすごく美しいことが見て分かる。
その青眼を縁取る長い睫毛。高い鼻筋の通った鼻に、ぷっくりとした桃色の色っぽい唇。
ものすごい美女がそこにいた。
…しかし、顔は美人やイケメンを3人も見たので、もう驚かない(あの2人の子だしね…)
だが…だが…!
私は彼女の身体に目が釘付けになっていたのだ。
長い手足に、Fはあるであろう大きく形の良い胸、くびれた腰に、上向きの形の良いお尻…
どれをとっても、女性が一度は夢見る体型だった。
一言でいえば…ナイスバディー!!
それとともに、部屋着か何か知らないが薄手のキャミソールワンピースが溢れる色気をかもし出している。
そっと私は自分の身体を見る。…うん、ムリ。負けました。私は21には見えません。
私水原沙耶(21)、これからはサーシャ(15)として強く生きて行こうと思います!!
…うわぁぁぁん!
神様は不公平だぁぁぁ!!
何で!?
同じ女なのに!
同い年なのにぃぃぃ!
そう心の中で思いながらトリップしかけた私を「この子、迷子だったんだけど俺が面倒みることになった。何かと入り用だから、お前に買物を頼みたい。」と淡々と要点だけを喋るラル君の声が私を現実に引き戻す。
急なことでキョトンとしているフィンさんに、慌てて私はラル君の前に出て「初めまして!サーシャと言います。迷子になってしまって、帰る場所が分からなくなってしまったところをラル君やマリアさん、ダイさんに助けてもらいました。帰る場所が見つかるまでこの村でお世話になります。よろしくお願いします!!」と深々とお辞儀をする。
…しばらく無言が続く。
恐る恐る私が顔を上げると、ポカーンとしたフィンさんの顔が…。
…いきなり話過ぎたか?それともやっぱり設定に無理があったか…?
とか考えていたら、フィンさんが突然花が綻ぶ様な笑顔で笑いかけてきた。
…これはこれで威力高い!!
私が男だったら、一瞬で恋に落ちたね!
そして。
「可愛い!!」とガバッと私に抱きついてきた。
!!!!?
急な展開に私の頭はついてこない。
あぁでも、柔らかいなぁ…良い匂いもする~
何か遠くの方で「おい、フィン!離れろよ!!」というラル君の怒鳴り声が聞こえる。
それに対してフィンさんは「いいじゃないのよ、だって可愛すぎるんだもん!何、あんたが連れてきたの?」
と、未だ私を抱き込めながらフィンさんはラル君に半笑いのような声で問いかける。
「そうだよ!麦畑で迷子になってたんだ。珍しい魔力持ちでそのままにしたら危ないって思って…。そしたら、家がどこにあるか分かんないっていうから、俺が面倒みるの!!」
対して、怒鳴りながら事の経緯を的確に説明をするラル君。…真面目だなぁ。
でもね、そろそろね…
「く…苦しいです」
…胸って凶器だったんだね…息、出来ないよぉ。
私のか細い声に気がついたフィンさんは「ごめんねっ、大丈夫?」と腕の力を緩めてくれる。
プハッとフィンさんの胸から顔を上げる。
いやぁ、柔らかくて気持ち良かったけど死ぬかと思った!
すぐさまラル君が私の手を引き、自分の後ろに隠す。
その顔は相当怒っているようだった。
「いきなり抱きつく馬鹿がどこにいる!サーシャがその無駄にでかい胸で死んだらどうするんだよ!!」
…うわぁ、ラル君。それはいろんな人を敵に回すお言葉ですよ?
巨乳は宝っ!て思ってる人沢山いるからね?
しかし、フィンさんはラル君の言動を特に気にするわけでもなくコロコロと花のように笑いだした。
「あんた、その子の事になると必死ねぇ。そんな感情むき出しのあんたなんて何年ぶりに見たかしら?よっぽど大切なのねぇ~」
その言葉に顔を真っ赤にするラル君。
それから「最初にこの子を見つけたのは俺だっ!だから俺が最後まで面倒みるだけだ!!」とまるで癇癪を起した子供のように怒鳴る。
するとさっきまで可愛らしく笑っていたフィンさんが、すっと眼を鋭くし
「だからそう思ってること自体が大切に思ってるってことでしょ?普通は父さんと母さんに預けておしまいよ。そこを認められずに格好つけてるだけだから、あんたはいつまでたってもラル“坊”のままなのよ。」
とラル君に冷たく言い放つ。
ラル君は何か言おうと口を開くが声に為らず、ぐっと口を噤んだ。
怒りで眼が潤み、顔は耳まで真っ赤に染まり、口をきつく噛みしめる姿は…
こんなときに言うのもあれなのだが…
ものすごく…可愛い。
私に対するラル君は大人で優しくて、最初に会った時の笑顔を可愛いとは思ったがそれっきりで、それからは甘い笑顔や妙に色っぽい顔ばかりでドキドキしっぱなしだった。
だが、フィンさんと話、言いくるめられて感情をむき出しにしてるラル君はこう…加虐心をそそるというか
たぶん、構図がいけないな。
気の強いお姉さんに罵倒される綺麗な年下の男の子っていうのがさぁ。
いけない気分になるね、見ちゃいけないけど見たい!みたいな…!
なんかもっと苛めてやれ!!って思う…。
苛めて、もっとその綺麗な碧色の瞳に涙を溜めた姿をみたいっていうか…やだ、私ってSだったの?
私がちょっと危ない妄想を楽しんでいると、突然ラル君の後ろにいた私を引っ張り出した。
驚いた私の顔を見ながら「初めまして!挨拶してくれたのに、こっちが名乗らなくてごめんね?私はフィンティアメル。フィンって呼んでね、可愛い迷子さん?」とその花のような微笑みを向けてきた(さっきまでラル君を苛めていた人と思えないような可憐な笑みだ…)
美人パワー強ぇ…
…気を取り直して本題に入ろう。
私はフィンさんに向き合った。
「えっと…色々買い物したくて、でもマリアさん忙しいって言っていて…。そしたら、フィンさんが今日お仕事お休みってマリアさんが教えてくれて…。フィンさんなら、歳もそれなりに近いし良いんじゃないかって、マリアさんが言ってくれたんです。お休みなのにごめんなさい。付き合ってもらえますか…?」
かなりたどたどしい説明をし、おずおずとフィンさんにお伺いを立てる。
ほら…忙しいかもしれないじゃん?
たとえ、部屋着でゴロゴロしていたとしても、それが忙しい時もあるじゃない?
でも、フィンさんは嫌な顔をせずに「もちろん!ラルにはムリだもんねぇ。こんな可愛い子の下着、選ぶなんて、ねぇ?」と私に快い返事をし、そのあとチラっとラル君を見る。
私もチラっとラル君の様子を窺うと、恥ずかしそうな、それでいて怒っているようにも見える真っ赤な顔で震えていた…。
そこで今度はフィンさんの顔をチラっと見た。
…笑ってた。嬉しそうに、楽しむように…
うん…分かった。
分かっちゃったよ、私…。
フィンさん、ラル君いじめるの…趣味だな。
この人、お姉さまだ。いや…女王様?
ていうか親子揃って下着、下着って…そんな明け透けに言わなくても…
だんだんラル君が不憫になってきた…
「じゃあ私、着替えてくる!すぐに支度するから、申し訳ないけどそこで待っていて!本当ごめんね!!」
ラル君の表情をたっぷり堪能したフィンさんは満足げに、家の中に入って行った。
ドアの前に残された私とラル君。
…気まずいな…
出会ってから短い間だが、優しくて穏やかな彼しか知らなかった私が、フィンさんに翻弄されまくって遊ばれてるラル君を見てしまったのだ。
…年頃の男の子ってこういう姿、絶対見せたくないんだろうな…
チラっとラル君を見ると、同じく私を見ていたラル君とバッチリと目が合った。
そして、どちらともなく目を逸らす。
…気まずい
しかし、そんな空気の中口を開いたのは…ラル君だった。
「俺…格好悪いとこばっかりだったね…。本当ダメだな、あいつの前だといつもこんな感じでさ…。早く大人になりたい思ってるのに…。こんな子供な俺を見て嫌いになった…?」
自嘲するようなラル君の声。
…相当凹んでるな、この人…。
でも、このラル君の方が親しみやすい。
綺麗で優しくて穏やかで…時々色っぽくて。
そんな部分だけの人と一緒に暮らすより、ちょっと子供っぽい面や可愛い面がある人の方がずっとずっと良い。
だから私は、「そんなことないです。さっきより今の方が、もっとずっと…一緒に住んでみたくなりました。…それに無理して大人にならなくてもいいと思います。ラル君らしくいて下さい。私はそんなラル君と仲良くなりたいです。」
と笑って伝えた。
ラル君は一瞬、驚いた表情をしてから「ありがとう…」と私の頭を撫でながら、ちょっと力なく笑った。
その表情は少し情けなかったけど、今までで一番親しみやすく、可愛い笑顔だった。
…たぶん、とっても複雑な気分なんだろう。18って言ったら私の世界では大人でも子供でもない。
でも、この世界ではもう大人なのだ。
大人にならなくてはいけない年齢なのだ。
それが自分より年下の子に(いや、本当は違うが)大人にならなくていいと言われたのだ。
それでも、“ありがとう”と私の言葉を笑顔で受け入れてくれるラル君は、ラル君が思っているよりずっと大人だと思う。
私はそんなラル君をもっともっと知りたいと思った。
だから、こんな素敵なラル君の表情を引きだしてくれたフィンさんとの出会いにも私は感謝をしたい。
お姉さまが綺麗な男の子を苛める姿が書きたかった…!
ラル君はそんなに大人じゃないのです。