沙耶、仕事をもらう
私は、多分私にとってかなり重要であろうことを思い切って切り出した。
「あの、重ね重ね申し訳ないんですが…私、仕事がほしいんです…!少しでも早く自立したいと思って…」
…保護をしてもらって、食べさせてもらうだけじゃ嫌だ。
元々やっと自立できてた頃だったし、自分で働きたい。
「どんな小さな仕事でもいいんです。どこか紹介して下さる所を教えてくれませんか?」
私は、この人達なら信用できると短い間だが確信している。
だから、どこか仕事先を笑顔で教えてくれると思っていた。
だけど…
「それは…ムリなんだよ。ごめんよ…」とマリアさんの申し訳なさそうな声が響いた。
「え…どうしてですか…?」まさかの返答に私は驚く。
そして伝えられた事実に愕然とするのだ。
この国では18歳以下の労働は禁止されており、それに背いた場合は罰則が与えられる。
しかも、魔力持ちは生まれてすぐ、王国直属の機関で魔術師名簿というものに登録をされる。それが魔力持ちの身分証になるのだ。
しかし、生まれた魔力持ちを手元から放したくない者は、その登録をせずに自分たちの手で一生その魔力持ちを養っていく。だから、魔力持ちが働く必要性がないのだ。
「…今からその登録を取りに行くことは…」
私が小さな望みを託した言葉にも、マリアさんは首を振る。
「生まれてすぐ登録するはずの名簿だよ?何故登録しなかったのかその理由、その子の生まれ、そしてその子の能力が専門機関で調べられる。…その調べを受けるのはあんたと保護者2人でするものだからね。今のあんたには、魔術師名簿に登録が出来ないのさ」
…八方塞がりとはきっとこの状況を言うんだろうな…
どうしよう…今はマリアさんとダイさんが面倒を見てくれるって言ってるけど、もしこのままこの世界に残ったら…?
私がこの世界で18歳になった時どうするの…?
ずっとこの人達のお世話になってる訳にはいかない…。
でも、働けないんじゃ生きていけない…。
どんどん悪い方向へ向く私の意識。
そんな時、ずっと黙っていたラル君の声が響く。
「…サーシャ、俺の家に来ない?」
…はい?
あまりにいきなりのことで私の頭の理解が及ばない。
マリアさんもダイさんも同様のようだ、2人とも目が丸くなっている。
「えっと…どういうことですか?」
意味を計り兼ねる私にラル君は微笑みながら「俺、働き始めたばっかりで、家のことまともに出来ていないんだ。だから、俺が働いてる間にサーシャには俺の家のことやっておいてくれないかな?サーシャの出来ることで良いからさ。それで、サーシャの働きの分だけ俺からサーシャに小遣いをあげる。だから、俺の家に来ない?」と言いながら私の頭を優しく撫でる。
「別に小遣い稼ぎの手伝いなら大丈夫ですよね?俺も小さい頃から麦の収穫なんかを手伝ってましたし」
と、2人に向かって話しかけるラル君。
この子は…どうしてこんなに優しいんだろうか。
どこまで私を救ってくれるのだろうか。
私が働けるように、私の意思を尊重するように、ラル君は考えてくれた。
その優しさに、また目頭が熱くなる。
「まぁ、小遣い稼ぎならなぁ…。でも、それならラル坊じゃなくて俺たちが…」とダイさんが難色を示すように呟きかけるが、すかさずラル君が「最初にサーシャを見つけたのは俺です。だから、俺が面倒を見るべきだと思います。そりゃあ、マリアさんやダイさんから見たら、俺はまだまだ子供だと思います。でも、俺も18歳です。大人なんです。だから、俺にサーシャのことをまかせてもらえませんか?本当に、どうしてもダメな時はサーシャの事はマリアさん達にまかせると約束します。だから、お願いします。」
と強い意志を持った言葉とともに深く2人に頭を下げた。
…ラル君は責任を感じてる。
私を見つけたのが、ラル君だったから。
…きっとこの子はとっても良い子だ。そしてすごく人が良い。
一人ぼっちの知らない子供を放っておけず、手を繋いで自分の手元に連れてきてしまうほどに。
でも、そんな責任感じなくて良いのだ。
もう彼には、十分すぎるくらい面倒をみてもらった。
かなり恥ずかしかったが、たくさん慰めてもらった。
それがどんなに、私の心を救ってくれたことか。
…もう十分だよ、ラル君。本当によくしてもらった。
君の足を引っ張るような、私の存在を抱え込まなくていいのだ。
「あの、私…ダイさん達の所で」
その私の言葉を遮るように、ラル君の私の手を強く握る。
最初は村に連れてきてもらった時のように。
「サーシャは嫌?俺と一緒にいるの」
真剣なラル君の声と眼差しが私を射抜く。
…嫌?
嫌なんて考える訳ないじゃないか。
どんなに彼の優しさに助けられたことか。心を救ってくれたことか。
でも…
「迷惑、かけたく、ないです…」と小さく小さく私は呟く。
…優しい彼に迷惑なんかかけたくない。
マリアさんとダイさんの好意には甘えようと、迷惑をかけようとしているのに、彼には…彼だけには迷惑をかけたくないと思った。
…彼は優し過ぎるから。
その優しさがいつか重荷になるから。
まだ18だ。これから色々なことが彼に起こるだろう。
辛いこと、大変なこと、…幸せなこと…
そしてその時、きっと私の存在は彼の邪魔になる。
でも、彼はきっと私を見捨てない。
あの、優しく綺麗な微笑みで私の手を取ってしまう。
自分の幸せより、私を優先させる。…そんな気がするのだ。
でも、私の考えをよそにラル君は優しく優しく笑った。
私がこの短時間で何度も救われたあの笑顔で
「迷惑なんかじゃないよ。俺が、サーシャと一緒にいたいんだよ?…お願いだから、俺に君を守らせて。」と何でもないように言う。彼自身が、私と一緒にいたいと。それが自分の望みだと言うように…
あぁ、そう言われたらもう何も言えないじゃないか…
守らせて、なんて本当にお伽噺の王子様だ。
私は何も彼にしてあげられないのに…
まるで私を必要としているような顔で微笑まれたら…
頷くことしかできないじゃないか。
無言で頷いた私を見て、本当に幸せそうな笑顔で「ありがとう」と囁いたラル君。
…その顔は本当に綺麗で、もう私は何も言えなかった。
2人もラル君の意思が固いと分かったのか、互いに顔を見合わせ「仕方ないね」と苦笑いで了承してくれた。
それでも2人は「何かあったらすぐ相談すること」「いつでも遊びに来ていいこと」を私とラル君に伝えてくれた。
…本当にここにいる人達はみんな良い人。
私の仕事はラル君の家を守ること。
家も仕事も決まった。
これから、私の新たな生活が始まる。
と、思ったら…
マリアさんが「そういえば…」と声をあげる。
あれ?まだ何かあったけ?
問題はまだまだ続きます。