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沙耶、決意する

だけど、考えないようにしてた。

だって、そんなファンタジーなんて信じられないでしょ?

…私の知ってる世界じゃないなんて…信じられないよ…

言葉を無くし、茫然と地図を見ている私に「お譲ちゃん?」と心配そうな声を出すおばさん。

見上げれば、おばさんだけでなく王子やおじさんも、心配そうな眼差しで私を見つめいてた。

「…帰る場所、分かりません…。私、本当に迷子みたいです…。もう、帰れないんでしょうか…」

私は、小さくそう言うことしかできなかった。

私は世界を超えた迷子だ。

帰れる保証もない…。

急にどっと心細さが私の胸を襲う。

次第に涙が溢れて止まらなくなった。

「私…家に…帰り…たいよ…」

嗚咽とともに流れる涙。

…こんなに涙を流すのは、何時ぶりだろう。

最近泣くようなことなんてなかったのに…。

戸惑うような視線を感じながらも、ただただ私は泣き続けた。

そうしたら、手を握っていた王子の気配が動いたかと思うと、あたたかくて、お日さまの匂いのするものが私の全体を包み込んだ。

それは王子に抱きしめられたのだと、しばらくしてから気づいた。

「大丈夫…。大丈夫だよ。」

優しく優しく王子は囁く。

何の確証も、保証もないのに「大丈夫」とまるで呪文のように言い続けながら、私の頭を撫でる。

さっきまでは、その子供扱いが嫌で嫌で仕方なかったはずなのに、今は…今だけは、まるで本物の子供のように王子の背中に手を回して、ぎゅうぎゅうと縋りつくように王子の胸の中に顔をうずめて泣いた。

王子は何度も何度も「大丈夫」と言って頭を撫で続ける。

その手のぬくもりはあたたかくて、優しくて…

怖くて、心細いけど、あたたかい王子の胸の中は、少しだけ私に安心をくれた。

この人は怖くない。

私を一人ぼっちになんてしない。

そんな“安心”を王子は私に与えてくれた。

しばらくそうして泣き続け、少し落ち着きを取り戻す。

少し冷静になった頭で考えると…結構凄い状況だ…。

おばさんやおじさんが見てる前で、わんわん泣くし、同年代の子に頭撫でられながら、抱きしめられるし…!(いや、抱きついてたともいうけれど…)

すぐに「ごめんなさい!!」と王子の胸の中から抜け出ようとする。

それを見た王子は優しく笑い「もう平気?」と私の瞳を覗き込むように聞いてくる。

相当泣いたので、腫れてるであろう顔を隠すように下を向き、無言で私は頷いた。

…この状況が居た堪れない…!!

「とにかく!お譲ちゃんは迷子なんだね。そうと分かったら、これからどうするか考えなくちゃねぇ。あ、お譲ちゃんお腹空いてないかい?あっちでご飯食べよう。あとの事はその後考えればいいさ。」

その場を空気を明るくするような、おばさんの声。

…言われてみれば、ものすごくお腹が空いているような…。

ぐぅ。

…そんなに大きくはない。

しかし、この距離なら確実に聞かれたであろう、私のお腹の虫。

「ははっ!腹の虫は正直だな!よし、待ってろ。うまいパン食わせてやるからな!!」

豪快におじさんが笑い、先に奥に向かった。

それに続くおばさんがにこにこ笑いながら「さぁ、おいで!」と私に向かって手招きをする。

王子の顔を見つめれば、おかしそうにくすくすと笑みをうかべている。

恥ずかしいやら、そこまで笑わなくてもいいじゃないかと軽い怒りを込めて、じろりと王子を睨む。

それに気づいた王子は、またあのとろりとした優しい目を私に向け(この笑顔弱いんだよ!!)

「まずは腹ごしらえだね。ここのパンは美味しいよ。」

と、私の手を引き2人が待つ奥の部屋に私を導いていく。



奥の部屋はオープンキッチンとダイニングテーブルがある部屋だった。

私は、進められるままダイニングテーブルの椅子に腰かけた。

おばさんとおじさんは「ちょっと待っていて」とキッチンに行き、おばさんは鍋に火をかけ、おじさんはパンが置いてある棚から1つパンを取りだし、トースターのような機械にパンを入れる。

王子は私の隣に座り「すぐにできるよ」と声をかけた。

そして、数分後

私の前に美味しそうな丸パンと、野菜がたっぷり入ったホカホカのスープが出された。

「沢山あるから遠慮しないで召し上がれ。」とおばさんはにこにこ笑って木製のスプーンを渡してくれた。

「…いただきます。」と小さく呟き、一口スープに口をつける。

塩見がほのかにきいて、野菜の甘さを引き出した素朴で、あたたかくて、とっても美味しいスープだ。

パンも一口に千切って口に入れる。

芳ばしい香りが口いっぱいに広がって、いつも私が仕事帰りにもらって食べていた出来合いの惣菜パンより、ずっとずっと美味しかった。

…でも

スープもパンも、私がいた世界と全く同じ味だった。

手作りで、素朴で、あたたかくて…

実家のお母さんを思い出す。

あたたかい、家庭の味…。

この食事は、そんなあたたかい家庭の味がした。

1人暮らしを始めてからも、時々お母さんの料理を食べたくなった。

でもいつでも食べに行けるって思っていて、実家を出てから一度も食べていなかった。

…ちゃんと食べに行っていれば良かった。

行けば電話より口うるさく言われるのも分かっていたし、いつ戻ってくるんだと聞かれるのもわかってた。

けど、今はそんな言葉すら聞きたい。

お父さんとお母さんに逢いたいよ……

無言で涙を流しながら、一口一口食べていく。

何か言いたいだろうが、何も言わずにいる3人の視線を感じる。

一口、一口、もとの世界を思い、どうしてこんな目に遭うんだと思い、それでも優しくしてくれる王子達のあたたかさを思い、これからどうしていけば良いのか考えながら、食事を口に運んでいく。

そして、パンもスープも空になって、目が真っ赤に腫れているであろう顔を上げ「ご馳走さまでした。とっても美味しかったです!」と精一杯の笑顔で笑う。

一口一口ゆっくり食べながら決心した。

ただ泣いたって、怒ったって、もとの世界には帰れない。

だったら笑っていよう。

どんなにこの現実が辛くたって、来てしまったんだ。

この世界に。

だったら笑って、色んな人と出逢ってみよう。

そしたら、誰か知ってるかもしれない。



もとの世界への帰り方を


それがどんなに小さな可能性でも0じゃない。

だって私はまだなにも知らないのだ、この世界を。


それにもし帰れなくても、この人たちに会えた私はラッキーだ。

こんな、のどかで、良い人達に会えた。

もっとひどい場所に落ちてたかもしれない。

人を人と思わないひどい人達に出会っていたかもしれない。

でも、そうじゃなかった。

迷子?と優しく聞いて、そうだと分かったらこうして食事まで出してくれた。

今も、心配そうに私を見てくれている。

こんな良い人達に出会えたのだ。

私は不運だけど、不幸なんかじゃない。

「えへへ、あんまりにも美味しくて泣いちゃいました」と少しおどけて私は笑う。

おじさんは「泣くほどうまいか!まぁ、俺のパンはこの南大陸一だからな!」と冗談風に言いつつ、一緒に笑ってくれた。

おばさんは少し涙ぐみつつも「そんなに美味しかったなら、おかわりいるかい?」と笑ってくれた。

王子は「うん。泣いちゃうほど美味しいよね。俺もここの料理大好きなんだ。」と笑って頭を撫でてくれた。

その手つきは、私を慰めるような優しい手つきだった。

ほら、やっぱり私は不幸じゃない。

こんな幸運な出会いなのに、それをも呪ったら私は本当に不運で不幸な人間になってしまう。

私はそんな人間になりたくない。

こんなに優しくしてくれた人たちには、同じく優しさを返してあげたい。

そう思えるくらい、この人たちは優しい。

…この優しさに応えたい。


なかなか進みません…

いつになったら名乗るのかしら、この人たち…

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