沙耶、腕を上げる
アルさんに腕を引かれて連れてこられたのは、新鮮な野菜やお肉など色々な食材が並んでいるお店だった。
(うわぁ…!色んな材料がある!)
村にいるときは、シーガ村で採れるものを中心にお店に並ぶので、こんなに多くの種類が並ぶことはなかった。
私が種類の多い食材に目を輝かせてる間に、いつの間にか私の腕を掴んでたはずのアルさんの腕は解かれていたらしく、その腕は私の肩を軽く叩いた。
「好きな分だけ買っていいぞ。そんで、それ料理して食べよう。」
「え?」
真剣に食材に目を向けていた私は、その言葉に驚きアルさんの方に視線を戻す。
アルさんの表情は、さっきと同じく楽しそうなままだった。
アルさんの申し出は嬉しい。
…でも
「お料理する場所…ないですよ?」
そう、ないのだ。
さっき想像した通り。
今、私たちが借りている宿にはキッチンはない。
これから、泊まる場所にもないだろう。
だから、新鮮な食材を買っても調理が出来ないのだ。
(アルさんだって、分かってるはずなのに…)
分かってるからこそ、あの食堂で食事をしていたはずなのに。
…何を考えているの?
私の考えがなんとなく分かったのか「そんなに心配しなくても、どうにでも出来るんだよ。ほら、早く好きなもん選べよ」とアルさんは苦笑いを浮かべて私の頭を撫でる。
まだ不安が拭えたわけではないけれど、このままここに居ても何も解決しなさそうなので、私はとりあえず最悪調理しなくても何とかなりそうな食材を数個手に取った。
(…最終的には生で食べよう)そう心の中で呟いて。
そこから、宿に戻りアルさんは店の人と話をしに、一度部屋から出ていってしまった。
アルさんの手には先ほど私が選んだ食材の入った紙袋を持ったままでだ。
「あんたは待ってろ」と言うので、疑問に思いながらも頷いた。
一体アルさんは…何をするつもりなんだろうか?
そうして、しばらく待っているとガチャとドアが開き、ご機嫌なアルさんが顔を覗かせる。
「お帰りなさい、アルさん。何してたんですか?」
「おう!サーシャ、とりあえずこっちこい!!」
形式的に迎える挨拶をした私に軽く返事をしつつ、息を弾ませる様に私を手招きするアルさん。
「どうしたんですか?」
あまりのアルさんの謎の行動に、首を傾げながら言われた通りにアルさんのもとへ。
ニコニコ楽しくてしょうがないという様なアルさんをみて、ますます不思議は増すばかりだ。
そうしてまた腕を引かれ、アルさんは歩き出す。
「ちょっ…!?アルさん、今度はどこ行くんですか!?」
またしても唐突なアルさんの行動に私は非難めいた声を上げる。
「行けば分かる!」
そんな私にアルさんは上機嫌な声で答える。
ちょっ!
さっきもおんなじこと言ってたよね!?
でも、さっきの食材の件も解決まだしてないんだけど!!
訳が分からないまま、宿の奥を進んでいく。
アルさんに連れていかれた先…
広々としたそこはキッチンというよりは厨房というのが相応しい、料理を作る場所。
ご丁寧に厨房の中央にある台には、私が選んだ食材が並んでいる。
「えと…?どういう…ことですか?」
私の置かれてる状況が理解できず、素っ頓狂な声でアルさんに声をかけてしまう。
そんな私の表情を見たアルさんは悪戯が成功した子供のように、楽しげに笑っている。
「驚いたか?俺も考えたんだけどさ、絶対道中あんたの料理が食べたくなると思ったんだよ。あんたも、辛そうだったし…。だったら、作れる環境にすれば良かったんだって思ってさ。宿の主人に話したら、厨房使う事承諾してくれたし。これで俺もあんたも良いことだらけだろ?」
名案だろという風に自慢げに話すアルさん。
嬉しい。
確かに、料理できるのは嬉しい。
でも…私は考えてしまう。
「でも、ここ借りるのってお金かかったんじゃ…?」
一般人は普通は入れない場所だ。
無償で貸してはくれないだろう。
承諾なんて言ってるが、きっと交渉して言い値を払ってる…そんな気がした。
私の我儘のせいで、アルさんに入らない出費をさせてしまった。
その事が堪らなく嫌だった。
表情の曇る私にアルさんは困ったような顔をし「…別にそんな大した額じゃない」と私の頭を撫でる。
「俺もあんたの料理食べたいって言っただろ?別にあんただけの為じゃないんだ。…だから、そんな顔すんなよ」
アルさんは私の髪をかき混ぜる様に撫で続ける。
自分のためもあると言ってくれたアルさんだが、ほとんどは私の為だと分かりきっている。
アルさんは別に食堂の食事でも一向に構わないはずなのだ。
気を使わせてしまっている…。
「…じゃあ私がこの厨房を借りたお金払います。いくらですか?」
せめてもの謝罪としてここの厨房の貸し出し代は払いたい。
これから、王都に着くまでの自分の宿代を出すほどの蓄えは無いが、そのくらいは自分で出せる筈だ。
ラル君の家でもらったお小遣いが少しはあるのだから。
しかし、私の申し出にアルさんは「却下」と即答した。
それから「はぁ」と小さくため息を吐く。
「あのなぁ、子供に払わせるなんて出来るはずないだろ?それとも何か、そんなに俺が薄給に見えるか?これでも、結構稼いでんだよ。だから、あんたはそんな面倒なこと考えず、楽しく料理してうまい料理を俺に食わせてくれればいいんだよ。」
な?と優しげに微笑むアルさん。
「でも…」と諦めきれず言葉を続けようとした私に「しつこい」と私の頬をアルさんは軽く抓んだ。
「面倒な事考えんなって言っただろ?…でも、それでもこの厨房使うのが躊躇われるんなら、これが今日から王都に着くまでのあんたの仕事だと思えばいい。それであんたの気が紛れるんなら」
といつもよりも、真剣なアルさんの声が響く。
「仕事?」
「そうだ、あのラルって奴のとこでもやってたんだろ?仕事っていうか手伝い?あいつの家で掃除して料理してたんだろ?それと同じだって思えばいい。あんたはこれから、俺の食事を作る仕事に就く。俺はその報酬に宿屋の厨房を借りる。それでいいだろ?」
思わぬところから飛び出した言葉に、驚く私にアルさんは言い聞かせるように言葉を紡ぐ。
確かに、それだったら…
現金なものでそう言われると納得してしまう自分がいる。
ラル君と暮らし始める時も私は仕事が欲しいって言って、ラル君が自分の家の事を私に任せてくれた。
私に居場所をくれたあの日を思い出す。
そしてアルさんも私が窮屈な思いをしない様に、変な後ろめたさを感じない様に、あえて“仕事”という言葉を使ったような気がした。
仕事という言葉は、私の何よりも重大な言葉だから。
私にこの世界での役割を与えてくれる…そんな言葉。
そう思いながら、私は小さく息を吐く。
「分かりました。そのお仕事引き受けます。美味しい料理食べさせてあげますね」
そう言って私は、笑顔でアルさんに返事をした。
その顔を見て、アルさんはホッとしたように「頼んだぜ」と笑った。
それからどの宿に行っても、アルさんは宿の主人と交渉して厨房を借りてくれた。
かなりの出費だったと思う。
それでも、アルさんはいつも何も言わずに厨房を借りてくれた。
笑顔で「今日も美味い飯頼むな」と言ってくれた。
そんなアルさんの優しさに応えるために、王都に着くまで朝と夕飯そして昼用のお弁当を私が毎日作った。
どうすればもっと美味しくなるのか考えながら、作り続けた。
魔法の訓練は相変わらずダメダメで、全然成果は無かったけど、私のその気合のおかげか料理の腕は確実に上がっていったのだ。
それを見ていたアルさんは「料理の腕のように、魔法も出来る様になんねぇかな」と苦笑いを零したのを私は見ない振りをした。
…多分、その日は永遠に来ないです。
そろそろ王都に着きます!
長かった!!




