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ラル、気づく

ラル編最終です。

駆け足ですね。

共同生活で、一番最初に思ったのは、『よく働く子だ』だった。

未登録の魔力持ち、しかも世界の情報を何も教えてもらっていない筋金入りの箱入り娘。

もっと俺が守ってあげなくてはいけないと思っていたが、現実は違った。

最初こそ、慣れない生活に戸惑っていたが、それもすぐに慣れ、6日目には自分で料理をし始めた。

その料理を最初に見た時は、あまりの奇抜さに驚いたが一度食べると忘れられない美味しさだった。

サーシャは、俺たちとは違う。

魔力持ちがどんなものなのか全然知らなかったが、こういう事が出来るのが魔力持ちなんだと思った。

素直に褒めると、嬉しそうにするサーシャ。

その顔が見たくて、俺はサーシャを褒めちぎるようになった。

褒めれば褒めるほど、彼女はよく動き、働いた。

本当はそんなに頑張らなくてもいいのに…と思う時もあったが、彼女は彼女なりに自分の居場所を見つけようとしてるのだと思い、そこは何も口を出さなかった。

ただ、頑張った分だけ褒める。

それが俺の日課になっていた。


最初は嫌がっていた、朝の抱擁もあっという間にサーシャは受け入れていた。

適応能力の高い子なのだろう。

そして、一緒に暮らし始めて3カ月。

いろんなサーシャを見つけた。

ちょっとお姉さん振ろうとするサーシャ。

ちょっと悪戯っぽいサーシャ。

俺がちょっと意図として、囁くようにしゃべると顔を真っ赤にするサーシャ。

満面の笑みで笑っているサーシャ。

そのどれもが愛しかった。

一緒に居ればいるほど可愛くなって、一緒に居ればいるほど俺は可愛い自分の妹のようにサーシャを見ていた。

あの綺麗な声で「ラル君」と呼ばれるのが、求められるのがたまらなく嬉しかった。


…だから、あの日サーシャが『アル』という人と会いたいと言われても断れなかった。

本当は嫌だった。

この村の人でもない、本当はこの村の人にだってサーシャは見せたくない。

しかも、十中八九その人は、サーシャを気に入った。

…嫌だと思った。

俺だけのサーシャでいてほしい。

…ほの暗い独占欲。

でも、サーシャは自由だから。

俺にサーシャの行動を制限できる権利なんて本当は無いから。

サーシャの好きな事をしてもらいたい。

サーシャには笑顔でいてもらいたい。

俺は精一杯の強がりで「いいよ」と頷いた。

サーシャは嬉しそうに笑い「大好き」と言って抱きついてくる。

そうされると、満たされる。

サーシャにとって俺は『特別』なんだって思える。

この気持ちはなんだろう?

家族愛にしては歪んでいる気がする。

そう…歪んでいる。

これは、この気持ちはきっとサーシャが俺に抱いているものよりきっと醜い感情。

サーシャを閉じ込めたいと願ってしまう、俺の心の底の醜いもの。

…絶対サーシャには知られてはいけない。

彼女は、俺を優しい人と言って笑うのだ。

なけなしの理性が、彼女の笑顔を守れと訴える。

俺はサーシャにとって『優しい人』でなくてはいけない。

安全な場所でなければいけないのだ。

その気持ちに気づかれないように、そっとサーシャの髪を撫でる。


それからは、サーシャをアルという人の所に送り届けるのが日課になった。

赤髪で、片方の目が黒色の魔力持ちの所に。

最初、その人は俺を見て驚いた顔をした。

それから、おかしそうに俺を値踏みするように見つめる。

分かっていた、みんなそうやって俺を見ているのだから。

「珍しいな」と言われた言葉を「そちらの方が珍しいですよ」と切り返す。

瞬間的に、この人とは相容れないと思った。

形式的な挨拶だけをすまし、足早にその場を去る。

サーシャがしたいという事を止める権利はない。

でも、正直俺は苛立った。

あんな男と一緒に居たいのかと。

言えない思い、募る思いを押し込めて、俺は麦の剪定をする毎日になった。


そんな生活が数週間続き、いつものように麦を刈りいれる。

その時、「ラル君」と小さな声で俺を呼ぶ声がした。

この声を俺は聞き間違えたりしない。

…サーシャ。

この間、灸を据えたばかりなのにまた1人でここまで来たのか?

サーシャは基本的に約束した事は守るのだ。

でも、約束を破った。

怒りよりも呆れた感情の方が強く、麦畑を掻き分けサーシャのもとへ。

諌める様に口を開くと、その言葉に被さる様に「話があるの」といつもより静かなサーシャの声が響く。

その瞳は何か意思を示すように、真剣で。

直感的に「何か」あったと思った。

あの男絡みだと思った。

「少し待っていて。休み時間にしてもらうから」

とサーシャに告げ、ダイさんの所に急ぐ。

「すいません、午後休みをもらってもいいですか?」

唐突に告げた俺の言葉にダイさんは一瞬瞬きをし、「別に今はそれほど忙しくないからいいけどよ…。どうかしたのか?」と気遣わしげに声をかけてきた。

「…サーシャが話があるって。多分、すごく大事な話だと思います。」

俺が淡々と喋る中、ダイさんは「そうか」と小さく呟くだけだった。

…大事な話。

嫌な予感しかしないとダイさんも思ったのだろう。

黙ったダイさんに「失礼します」と声をかけ、サーシャのもとに戻る。

そして、いつも2人でいるときは当たり前のサーシャの手を握り「家で話そう。午後休みもらったから」と伝え、無言で頷いたサーシャと歩き出す。

いつもと同じ帰り道。

違う事と言えば、いつもはサーシャが笑いながら喋るのに今日は無言という事だけ。

その違いが俺の不安を大きくし、握る手にぐっと力を込めた。


いつもより長いと感じた帰り道の後、家のダイニングに向かい合って座る。

沈黙の中、最初に言葉を発したのは俯いたサーシャだった。

サーシャの説明は、彼女が働けるようになるというものだった。

あの男と一緒に行けば、18になって働けるのだと。

魔術師名簿に登録できるのだと。

ぽつぽつと単語を落とすように喋るサーシャを無言で見つめる。

これから、サーシャが何を言うか見当はつく。

麦畑で見たあの表情から、彼女は決心しているのだ。

でも、サーシャは口を噤んだ。

1番言わなければならない単語を彼女は言えない。

…迷っている?

…気遣っている?

だから、俺は代わりに口を開く。

俺が考えている、多分間違いではないセリフを口にする。

「…サーシャはあのアルって人と一緒に行くの?」

自分でも驚くくらい感情のこもっていない声だった。

一瞬俺の言葉に、サーシャの体はかすかに震えた。

でも、次の言葉は力強いものに変わっていた。

この村で、ずっとお世話になるだけは嫌だと。

自分の力で生活していきたいと。

顔を上げたサーシャの瞳は真剣な眼差しを持って俺の瞳を貫く。

…それは、サーシャがこの村に迷い込んだ時に言った言葉そのものだった。

サーシャは変わらずに求めている。

自分の力で生きていくことを。

…それが俺なんかに止められるものじゃない。

サーシャの人生はサーシャのものだ。

嫌だ行くなと叫ぶ自分の心に蓋をして、俺は微笑む。

サーシャが安心するであろう笑顔。

「…サーシャがそう決めたなら、俺には何も言えない。…でも、これだけは覚えていて。俺にとってサーシャはどんなことがあっても…邪魔なんかじゃないよ。大切な家族だって思ってる。だから、いつでも帰ってきていいんだよ。俺には登録した人がどうやって暮らすかなんて見当もつかないけど、疲れたら帰ってきていいんだ。ここはサーシャの家だから。」

とんだ綺麗事だと嗤う心の自分。

都合のいい事を並べるだけ並べて、心ではちっとも納得していない自分。

…でも、サーシャはそんな言葉で泣いてくれるのだ。

俺を綺麗なものだと信じ、優しい存在だと感謝してくれた。

俺はサーシャが思ってるような人間じゃない。

屈折しているし、それほど優しくもない。

優しくするのは、優しくしたい人間だけだ。

でも、サーシャは俺をそんな風には見ていない。

『万人に優しいラル君。』

彼女のそんな幻想を壊したくなかった。

泣きながら「ありがとうございました」と深く頭を下げる彼女の姿を見て、強くそう思った。

嘘つきで狡い自分。

サーシャに嫌われるのがいつの間にか怖くなっていた。

本当の自分を見せたくなかった。

だから、君が思い描く俺のまま『綺麗なラル君』のまま、サーシャを送らなければならないと思った。

椅子から立ち上がり、優しくサーシャを抱きしめる。

そして、彼女が欲しいであろう言葉を囁く。

大好きと、いつもは言わない言葉を交えて。

意図的に言わないようにしていた言葉。

言ってしまったら、サーシャの好きな俺ではなくなってしまいそうだったから。

封じ込めた想いを、さよならと共に言の葉にのせる。

泣きながら俺にしがみつく彼女を優しく優しく包み込む。

…これが俺に出来る今精一杯の事。

悔しいけれど、俺には彼女を幸せに出来ないのだ。

俺に、力がないから。

これほど自分の境遇を呪ったことはなかった。

自分の髪が銀色だった時より、今この瞬間彼女を手放さなければならない弱い自分が嫌で仕方なかった。


それから、マリアさんやダイさん、フィンとお別れがしたいというサーシャを連れて、皆に会いに行った。

残念そうにする2人や、大人げなくサーシャを抱きしめ「行かないで」と子供のように駄々をこねるフィン。

正直、そんなフィンが羨ましかった。

俺も子供みたいに縋れたら良かったのに、と今さらに思う。

サーシャの望む自分でいようと思った自分が何を言うのかという嘲笑と共に。

フィンは強い。

体裁も立場も構わず、自分の望むことが出来る。

それがいいことかは分からない。

相手がただただ困るだけかもしれない。

でも、自分の思いを偽らざるに表に出せるフィンが羨ましいのだ。

俺は弱いから。

相手の望む自分を演じてしまうから。


そして最後の晩は、俺の好きだと言った食事をサーシャはたくさん作ってくれた。

1日では食べきれないくらいの量。

どれもこれも美味しくて「美味しい」と呟くたびに、サーシャは泣き笑いのような顔をした。

泣いてはダメだと律してるようで。

その姿が逆に、俺の胸に刺さった。

嫌なら行くなと何度も言いそうになるのをぐっと堪えて箸を進めた。

そして、眠る時間になった時に俺は最後の我儘をサーシャに言った。

一緒に眠りたい。

今までしたことがなかったが、今日はどうしてもサーシャの温もりを感じたかった。

今この瞬間だけは、サーシャは俺の胸に居ると実感したかった。

子供の仕草のように首を傾げれば、サーシャは断れないのを知っている。

少しおかしそうに笑いながら「いいよ」と俺のベットに潜り込むサーシャ。

温かいサーシャを胸に閉じ込めて、ポツポツと会話をする。

幸せだったと夢心地に語るサーシャに、俺も幸せだったと言葉を返す。

本当に、生きてる中で1番幸せな時間だった。

家を出るときに「いってらっしゃい」と言ってくれる幸せ。

帰ってきて「おかえり」と言ってくれる幸せ。

…誰かが家で待っていてくれる幸せ。

今まで味わったことのないとても大切な時間だった。

すこし間が合ってサーシャが躊躇いがちに口を開く。

「…本当はね、こんな生活が永遠に続けばいいとも思ったんだよ?でもね、それはあり得ないから。時間は進むもの。だから、私は進むの。これから先が辛い道でも、進むの。…分かってくれてありがとう、ラル君」

そう言って笑うサーシャに俺の胸は痛む。

「…本当は行かせたくないよ。分かりたくもなかった。サーシャの隣に俺以外がいるのは嫌だ。ずっと、面倒見ていたかった。ぐずぐずに溶かして、俺だけを見てればいいって思ったよ?でも…それじゃあサーシャは幸せじゃないから。サーシャは笑顔が似合う。サーシャが笑ってられる道を進むのが、俺の幸せだから。だから、そんなにお礼を言わないで?俺は…サーシャが思ってるほど優しくなんかないんだ」

ぽつりと零れる本音。

言うつもりのなかった、醜い感情。

俺だけのものにしたいなんて、なんて横暴なのだろう。

でも、それと同じくらいサーシャには幸せになってもらいたかった。

アンバランスな俺の感情を聞いてもサーシャは笑ってくれた。

「それでもラル君は優しいよ」と俺が俺自身をどう思っていようと、サーシャが俺を優しいと思っているのは変わらないと、驚くほど大人びた顔つきで俺の髪を撫でた。

ありがとうと何度も呟きながら。

15という年齢にそぐわない行動に驚いたが、これもサーシャなのだと思いサーシャの好きにさせる。

…誰かに撫でられるのなんて、一体何時ぶりだろう?

心地よい感触の身を委ねながら、少しお喋りをして俺たちは眠りについた。

決して離さないという様に手を握り合って。


そうして、サーシャの旅立ちの朝。

一緒に行ってもらうと泣いちゃうからと冗談ぽく笑うサーシャを玄関で見送る。

サーシャを「いってらっしゃい」と抱きしめ、くすくすとサーシャが「いつもと逆だね」と笑う。

「いってきます」と柔らかに微笑んで、サーシャは行く。

…もう帰ってこないかもしれない。

それでも、サーシャは「いってきます」と言ってくれた。

小さくなるサーシャの後姿を見ながら、俺の頬を何かが伝う。

触れるとそれは涙だった。

…泣くくらい寂しいのかと、自分で自分がおかしく思えた。

そして、堰を切ったようにその場で泣き崩れた。

おかしいほどに彼女が大切だった。

一緒に居たかった。

ずっとずっと…

死ぬまで一緒に居たかった。

ラル君とあの甘い声で呼んでほしい。

温かく柔らかな体を抱きしめたい。


そして気づく。

俺はサーシャに恋をしていたと。

始めて会ったその日から、俺はサーシャを愛しく想っていたのだ。

兄妹に捧げる情なのではなく、恋情として。

想いは募るだろう。

会えない日々が長いほど。

それでも、この想いは募るばかりで消えはしない。

そう確信があった。

彼女は「いってきます」と言った。

帰ってくる…と信じている。

いや、帰ってこなくても何時か迎えに行くよ。

だって俺が君を最初に見つけたのだ。

責任をとるのが当たり前だ。

だからね、サーシャ。

次あったら、俺は君に告げるよ。

俺の本当の思いを…

「焦がれるほど君が好きだよ」と君が苦手なあの声で囁き続けてあげる。


ちょっと、最後は本編より先に進みましたが、これにてラル君との生活終了です。

次回から、本編でアルさん編。

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