沙耶、お別れをする
アルさんとの話を終え、私は1人でラル君のいる麦畑に向かった。
初めて、ラル君に会ったあの麦畑。
綺麗な黄金の稲穂の中、光り輝く銀色の髪が稲穂に反射し金色のように見えたラル君に見つけてもらった場所。
一つ一つ思いだすように、麦畑に足を運ぶ。
そして、見つけた。
黄金色の中の銀色を。
「ラル君」
一言、ポツリと呟く私。
でも、それでラル君には届いた。
背の高い稲穂をかき分けるように、ラル君が姿を現す。
「サーシャ…1人できちゃダメって…」
「話があるの」
私の行動を非難するようなラル君の声音に被せる様に、言葉を紡ぐ。
まっすぐにラル君を見て。
そんな私の様子にただならぬものを感じたのか、ラル君は真剣な顔で「少し待っていて。休み時間にしてもらうから」と言い、一度麦畑の中に消えていく。
そうして、程なくして帰ってきたラル君がいつものように私の手を取る。
「家で話そう。午後休みもらったから」と呟く。
無言でうなずく私。
そして、いつものような明るさなのない帰り道を淡々と歩く。
ただ、ラル君は私の手を離すまいと強く握っていた。
家に着きいつものようにテーブルに座る。
向かい合って落ちる沈黙。
それを私が破る
「…私、仕事が出来るようになるんだって。」
ポツリと呟く。
無言で聞くラル君に私は続ける。
「アルさんね、私みたいな未登録者の魔力持ちを登録させることが出来るんだって。私は保護者がいないから無理だって思ってたけど、大丈夫なんだって。」
ポツリポツリ言葉を落とす私。
でも、どんどん顔は下を向いていく。
「登録するために、王都に行くの。だからね…」
その先が言えない。
言わなければならないのに…
黙り込む私に、今度はラル君が口を開く。
「…サーシャはあのアルって人と一緒に行くの?」
その声は私に向けられる声音の中で一番淡々としたものだった。
「…そう。私、アルさんと一緒に王都に行くの。私、仕事がしたい。この村の人は皆優しいけど、私が18になったら、私はどうやって生きていけばいいの?ずっとラル君のそばにはいられない。ラル君はこれからの人だもの。大切な人が出来る。その人との生活がある。その時私は邪魔なの。…私ラル君が大好き。だから、ラル君の邪魔にだけはなりたくないの」
下を向いていた私は、ラル君を見る。
…そこにはいつものように穏やかなラル君がいた。
「…サーシャがそう決めたなら、俺には何も言えない。…でも、これだけは覚えていて。俺にとってサーシャはどんなことがあっても…邪魔なんかじゃないよ。大切な家族だって思ってる。だから、いつでも帰ってきていいんだよ。俺には登録した人がどうやって暮らすかなんて見当もつかないけど、疲れたら帰ってきていいんだ。ここはサーシャの家だから。」
優しい優しいラル君。
優し過ぎて、時々自分を蔑ろにするんじゃないかって思えるラル君。
貴方の優しさに、この3カ月救われたよ。
大好きだよ。
だから、これからは貴方が1番だと思える人と幸せになってください。
私はラル君の優しさに涙を流す。
泣きながら「今まで、ありがとうございました。」と深くお辞儀をした。
ラル君は椅子から立ち上がり、私を抱きしめ、髪を撫でる。
「大好きだよ、サーシャ。君がいて俺の世界は変わった。…本当はもっと一緒にいたいけど、君が一番だと思う道を進んで。」
ラル君に『好き』と言われたのは初めてだった。
今まで、意図的なのかその言葉だけは言われなかったのに。
何故だかその言葉がラル君にとってのお別れのようで、私は泣きながらラル君にしがみつく。
大好きなお日さまの匂い。
優しい言葉、眼差し。
ラル君と過ごした短い、けれど長かった3カ月が蘇る。
私を見つけてくれた。
家をくれた。
役目をくれた。
ラル君には貰ってばかりで何も返せなかった。
ありがとう、ごめんなさい。
色んな気持ちがない交ぜになった涙がラル君の胸を濡らす。
…会えなくなる訳じゃない。
でも、もう会えないかもしれない。
それでも、次に会えたらこの人に恩返しをしよう。
優しくしてもらった分だけこの人に返したい。
その時、ラル君の隣は誰かいるかな?
願わくば、彼にお似合いの人が彼を支えてくれますように。
少しして、私の涙が止まったらラル君と一緒にマリアさんやダイさんの家に行った。
私の話を聞いて、マリアさんは泣いてくれた。
ダイさんもすごく残念そうにしてくれた。
この人たちにも計り知れない御恩がある。
私は深く深くお礼を言った。
そして2人とも私の頭を撫で「いつでも戻ってきていいよ。ここはサーシャの村だから」と言ってくれる。
私はまた泣きながら、何回も頷いた。
それからフィンちゃんの家へ。
フィンちゃんは「いやいや!!」と私を抱きしめながら泣いてくれた。
「ラルは何にも思わないの!?」とか「なんで行かせるの!?」とか「私が一緒に暮らす、ずっと一緒にいるから仕事なんかしないでいいの!!」とか、泣きながらラル君や私に訴えた。
いつもはケンカになるラル君も、無言でフィンちゃんの話を聞いている。
その目は、ただただ静かだ。
私も「ごめんね、ごめんなさい。大好き、フィンちゃん大好きだよ」と泣いてくれるフィンちゃんの背中を撫でる。
私のためにこんなにみんな泣いてくれる、残念がってくれる。
それだけ、私はこの村に愛されていた。
しばらくして、泣き腫らした目のフィンちゃんが「…ずっと遠くに行っても私達友達でいられる…?」といつものような年上の顔ではなく、どこか幼げな瞳で見つめてくる。
「うん、どこにいたって私はフィンちゃんの妹で友達だよ。一番大切なお姉さん。だから、泣かないで」と笑う。
その言葉で、フィンちゃんは少し微笑み「今度一緒に行く男に変なことされたら、すぐ戻ってきてね。私がやっつけてあげる。」と前にラル君と暮らしたときに聞いたセリフを言ってくれる。
そんなフィンちゃんをぎゅっと抱きしめて「うん。そうしたら絶対フィンちゃんに言いに戻ってくるよ。」と囁く。
フィンちゃんは「約束よ。絶対よ?…帰ってきてね」と小さく呟く。
…こんなに愛されて、帰ってくることを望まれる。
本当に幸せだった。
異世界に来て、不運だと思ったけど、やっぱり私は不幸じゃなかった。
不幸じゃなかったよ。
ありがとう、シーガ村。
ありがとう、優しい人たち。
それから、顔見知りの人たちに挨拶をして、ラル君の家に帰る。
いつもより、時間をかけてご飯を作り、ラル君の好きだったものをたくさん作った。
そして「美味しいよ」と笑ってくれるラル君の顔を見て、これも最後と思って泣きそうになるのを堪えて微笑む。
これは私の決断。私の我儘。
私はもう、泣いちゃダメなのだ。
そして、夜も深まり寝る時間になる。
ロフトに上がろうとする私にラル君が「今日だけ、一緒に寝ない?…ダメ?」と言ってきた。
久しぶりのラル君の「ダメ?」に笑いそうなりながら、「いいよ」と言ってラル君のベットに潜り込む。
シングルベットなので、2人でぎゅうぎゅうと抱き合いながら眠る。
ラル君の体温を感じながら「…私ね、この村に来れてよかったよ。拾ってくれたのがラル君でよかった」とポツリポツリと話す。
「うん、俺もサーシャに会えてよかった。サーシャは俺に幸せを沢山くれたよ。」と言葉を返してくれるラル君。
「…私も幸せだった。…本当はね、こんな生活が永遠に続けばいいとも思ったんだよ?でもね、それはあり得ないから。時間は進むもの。だから、私は進むの。これから先が辛い道でも、進むの。…分かってくれてありがとう、ラル君」
私の言葉にラル君が困ったように笑う。
「…本当は行かせたくないよ。分かりたくもなかった。サーシャの隣に俺以外がいるのは嫌だ。ずっと、面倒見ていたかった。ぐずぐずに溶かして、俺だけを見てればいいって思ったよ?でも…それじゃあサーシャは幸せじゃないから。サーシャは笑顔が似合う。サーシャが笑ってられる道を進むのが、俺の幸せだから。だから、そんなにお礼を言わないで?俺は…サーシャが思ってるほど優しくなんかないんだ」
と優しく優しく髪を撫でる。
その手つきはうっとりするほど優しくて…
目を細めながら「ううん、ラル君は優しくていい人だよ。ラル君がどう思ってるかなんか関係ない。私はラル君が優しくて、穏やかで、ちょっぴり意地悪だけど…とっても素敵人だと思ってる。だから、ありがとうって言わせて?拾ってくれて、お世話してくれて、自由にさせてくれて、優しくしてくれて…ありがとう。」
そうして私は初めてラル君の頭を撫でる。
やっぱり見た目通りサラサラで私の指を通り抜けていく。
少し驚いた顔をしたラル君だけど、いつものように微笑んでそのままにさせてくれた。
そしてそのまま、とりとめのないお喋りをしながら眠りについた。
指を絡めて手を握り合って。
そうして朝になる。
私の旅立ちの朝が来る。
やっと新ステージへ!




