第9話
ルクが帰った後、トキとカエンは屋上に出た。そこで魔術の特訓をするためだ。
「まずは魔力を体の内に溜めるやり方を教えるわ。どんな魔術も、まずは魔力を溜めて、そこから術を出す。一番の基本になるやり方だからね」
「はいっ」
未だ緊張しているトキに微笑しながら、カエンは自分の魔導書を取り出した。ポケットサイズで、片手に収まるものだった。左手でそれを持ち、右手を本の上に置く。
「いくよ」
カエンは目を閉じ、精神を統一させた。すると、間も無く彼女の持つ魔導書が淡く青白い光を放ち、本とカエンの手を包んだ。
「見える? この光ってるのが魔力そのもの。この魔力に、呪文を唱えることによって更なるパワーを与えて具現化させる。それが魔術ってわけ」
「へぇぇ……すごい」
「ちなみに、呪文は口に出した方が力が出るわ。言霊、って言葉あるでしょ? 声に出した言葉は力を持つのよ。ただし」
そこでカエンは魔導書を閉じ、魔力を抑えた。今まで輝きを放っていた光が消える。
「あなたがこれから身を置くのは戦いの世界。呪文をいちいち声に出して唱えていたら時間がかかるし、それに敵にどんな魔術を使うのかばれてしまう。だから、そういう時は胸の内で声に出さず唱えるの」
「なるほど」
「さ、お勉強はここまで。早速あなたも魔力を溜めてみて」
「えっ、どうやればいいんですか?」
「魔導書には魔力が通っている。本から魔力を吸い上げるイメージで、精神を統一するの。最初のうちは難しいと思うけど、慣れれば精神を統一するまでもなく、すぐに発動できるようになるから。まずはゆっくりやってみよう」
「はい」
トキは魔導書を左手に持った。大きい上に重いため、片手で持つのは難しかった。カエンが持ち方に決まりはないと言ったので、トキは両手で本を持つことにした。
「これで、精神を集中するんですね」
「そうよ。魔力が漲っていると想像して。それを一点に集める」
「魔力を本から吸い上げて……それを一点に、集める」
トキは先程のカエンと同じように目を閉じて、意識を集中させた。吸い上げた魔力を血流に乗せて体全体に漲らせ、そして手に凝縮する。そんなイメージを描き、集中力を最大限まで高めた時、トキは不思議な感覚を味わった。
まるで、自分が何か薄いベールに包まれているかのようだった。シャボン玉の中にいるような、そんな外界と一線を画している感覚だった。五感が研ぎ澄まされているように感じるのに、周りの音や刺激は何も入ってこない。今までにない体験だった。
(すごい……)
カエンは、そんなトキを見て冷や汗を流していた。本人は目を閉じているから気付いていないが、今の彼女は全身を魔力に包まれている。
先程カエンの魔導書と手を包んでいた光が、トキの全身を包んでいるのだ。それほどまでに、強い魔力が彼女から溢れ出ている。
(これは……魔導書の力もあるけど、それ以上にこの子の素質? こんな強力な魔力を発せられるなんて、信じられない)
カエンはそこまで考えて、トキの額に汗が滲んでいることに気が付いた。集中力を高めると精神はひどく疲弊する。カエンは我に返り、トキに声をかけた。
「お疲れ様、もういいわよ」
その声に、トキはゆっくりと目を開けた。それと同時に、光を放っていた魔力が消える。
「どんな感じだった?」
「何か……今までに味わったことのない感じでした。不思議で、それでいて温かい心地でした」
トキは未だ若干の放心状態で、ぼうっと自分の手と魔導書を見つめていた。
「あなたは、素質があるわ。きっと、強い魔術師になる」
「本当ですか!」
「ええ、私が保証する」
褒め言葉に、トキの目尻が下がる。
「さ、今度はそれを長く継続させていくわよ。準備はいい?」
「はい!」
元気の良い返事が空に響いた。
そして、敵の影はもうすぐそこまで迫っていた。