第8話
ルクがやってきた。古本屋の前に車が停まり、その中から三人の部下と共に店内に入ってくる。
カランコロン
ドアベルが軽やかな音を立てる。トキは魔導書を閉じて、ルクに対した。
「こんにちは、ルクさん」
「トキ、心の準備はできたか?」
「はい。私、精一杯頑張ります」
睡眠時間を削って本を読んでいたせいで、トキの顔は少しやつれていた。しかしルクは敢えてそれに言及せず、頬を緩めて頷いた。
「早速だが、家庭教師を連れてきた。腕は確かだから、安心してくれ」
「はい」
トキが若干緊張した面持ちで返事をする。彼女は新しく人と出会う機会があまりないため、初対面の時というのは苦手の部類に分けられた。必然的に人見知りで、うまく話せなかったらどうしようという思いが彼女の胸に去来しているのは言うまでもない。
「よし、来てくれ」
部下の一人が店のドアを内側から開ける。すると、車のドアが開いてそこから一人の女性が降りてきた。彼女はそのまま店内に入って、ルクの隣で歩を止めた。
「初めまして。私はカエン。よろしくね」
「ト、トキですっ、よろしくお願いします!」
カエンと名乗った女性は、にこやかに笑って会釈した。長身にタイトな胸を露出した服装、更には赤く長い髪の毛に日に焼けた肢体。声も雰囲気も、男を落とすために存在するかのように妖艶だ。
トキはこういう大人の女性を見たのが初めてだったので、やや緊張の度合いが大きくなった。
そんなトキを余所にカエンはにこにこと笑っている。店を見回し、至ってリラックスしている。
「魔術師のカエンだ。彼女の一族は、代々この魔導書を守ってきた。安心していい」
ルクがカエンをそう紹介した。
「この魔導書を守ってきた? って、どういうことですか?」
トキの問いに答えたのはカエンだった。
「私達の一族……キニー家は代々その魔導書を守ってきたの。私の両親も、祖父母も、みんな。その本は常に敵が狙っている。敵の力は強大で、いくら魔導書の力があっても、一人じゃ太刀打ちできない。だから、私達キニー家がその敵との戦いの一端を担うのよ」
「へぇ……」
「元々は千年前、その本を書いた魔術師に私の先祖が助けてもらったことが始まりなの。ご先祖様は強い魔術師だったけど、ある日とてつもなく強い敵に殺されそうになった。そこを助けてくれたのが、その魔術師だったってわけ。それ以来、その魔術師やご先祖様が死んでしまった後も、その本を守る人を守るために、私達は存在しているの。昔話はそんなとこ」
「そうだったんですね……」
「とにかく、これからよろしくね、トキ」
「はいっ、よろしくお願いします、カエンさん」
トキが直立不動で返事をすると、カエンは面白そうに笑った。それを見ていたルクが、横から口を出す。
「さて、自己紹介はそのくらいにしておこう。カエン、さっそくトキの指導を頼む。俺達はもう帰るが、何かあったらすぐ連絡してくれ」
「了解。私に任せてちょうだい」
「頼りにしている」
「あ、ルクさん!」
「ん、何だ、トキ?」
踵を返したルクに、トキが声をかけた。ルクは振り返って、彼女を見た。トキは拳を作って、それを胸に当てていた。
「私、頑張りますからねっ」
決意表明をするかのように、トキは強い眼差しで言った。ルクは一瞬の間を置いて小さく笑い、手をひらひらと振った。
「昇進の通達を楽しみに待ってる」
ルクのそのセリフに、トキも笑った。そして、元気よく返事をした。
「はいっ!」