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第5話

「私が、戦う?」

「もう元には戻れないぞ」

ルクは言った。トキは自分の中に言い知れぬ不安が襲ってくるのを感じていた。自分はただ本が好きなだけ。それがなぜ、戦うという話になっているのだろうか。

「ちょ、ちょっと待ってください。いきなり元に戻れないって言ったって……私、お店のことだってありますし……」

「店と世界と、どっちの方が大切なんだお前は。それに、世界が滅んだら、この古本屋だって滅ぶぞ」

「ええええええそれは困ります」

「なら戦え」

「そんな無茶なぁ」

若干涙を潤ませながら言うトキだったが、それはルクに届くはずもなく、彼は溜息を滲ませた。

「大体、君がすぐに本を渡さないからこうなるんだぞ。素直に本を渡していれば俺達がどうにかしたのに」

「ど、どうにかって、捜査局の人達が魔術で戦えるんですかっ」

膨れっ面で言い返すトキに、ルクは白け顏で対応する。

「魔術師を雇うに決まってるだろう。残念ながら、捜査局員に必要なスキルの中に魔術は入ってないんでね」

「うう……。だ、だからって何で私なの……」

「お前にその本を渡した黒いおっさんに言えよ」

「でも私、何すれば……。いきなり戦えって言われて戦える十七歳女子はなかなかいませんよ!?」

「だから、俺に言うなよ」

「でも、このまま『じゃあな』って帰るのはあまりにもひどいと思いますよ!」

「知るかって。じゃあな」

「ひどい!」

喚くトキに、ルクは再び舌打ちをして、傍にあった椅子を引き寄せて座った。

「俺にどうしろって言うんだ」

「え、何とかしてくれるんですか?」

「何とかはできないが、俺としてもこのままこんな抜けた女の子に世界を預けるのは怖いんでな」

「『抜けた女の子』って、どういうことですか!」

「そのままの意味だ」

ルクを睨みつけるトキだったが、その視線はひらりと躱され、ルクは髪の毛を掻き上げた。

「敵は強力な魔術を使ってくる。こちらが対応するにはどうしたらいいか。わかるか?」

「え、どうすればいいんですか?」

がっくりと肩を落とすルクを、トキは不思議そうに見つめた。彼は手の平で頭を抱えている。

「魔術には魔術で対抗するしかないだろうが!」

「あ、そうなんですか?」

ルクの怒声もトキにはどこ吹く風。恥ずかしそうに頭を掻きながら、平和な笑顔で「えへへ……」と言っている。

「じゃあ、私にどうしろと?」

「奴らに対抗するには、君も魔術を使うしかない」

「えええ、私、魔術なんて使えませんよ!?」

「だから、覚えるんだ!」

声を荒らげるルクに、トキは体を仰け反らせて驚いた。

「ええ!」

「ええ、じゃない。それしか術がないんだから、しょうがないだろう」

「私、魔術の『ま』の字も知りませんよ?」

「何度も言うが、俺に言うな。いくら俺に疑問をぶつけようが、俺を罵ろうが、結果は変わらない。君が魔術で対抗するしかない」

「そう……です、か。でも私……」

「さっきから、『でも』が多過ぎる。君は、本が好きなんだろ?」

「当たり前じゃないですか!」

あまりの大声に、ルクだけでなく彼の部下達まで驚いている。トキは憤然とした様子で、魔導書の表紙に手を載せた。

「本は私にとって全てと言っても過言ではないんです! 本があったから、私はこうして生きていられる。みんなとだって、本があったから繋がれたんです!」

「そうか。君とって本は大事なものらしい。なら、その本を守るために、戦うんだ」

「え?」

「君はさっき俺に言っただろう? 本を悪用するのは許せないって」

「言いました」

「君が戦わなかったら、間違いなく本は悪用される。君の、俺達の望まない結果になる。……なぁ、どうして今まで世界が滅んでいないと思う?」

「え?」

突然の質問に、トキは首を傾げた。ルクは真剣な目つきで、魔導書を見つめている。

「千年前から、その本は存在している。歴代の本の持ち主は、その魔導書の力を悪用しようと思えばできたはずだろ。それなのになぜ、この世界は未だ存在していると思う?」

ルクの目が、トキを射抜く。トキは頭の中で整理した。悪用すれば世界は滅ぶ。しかし、滅んでいないということは。

「悪用、しなかったから?」

トキの探るような回答に、ルクは深く頷いた。

「そうだ。この本に選ばれている術者は代々、世界を滅ぼす力があってもそれを使わなかった。いや、正しい使い方をしたと言う方が正確だろう。例えば、この世界を襲う大雨や干魃といった異常気象。それを防ぎ、人々を助けるのが正しい使い方だ。そして、その使い方をしているのが歴代の持ち主なのさ。更に、この本を狙う悪漢共から本を守ってきた。本を、人々を、守ってきたんだ。それを可能にしたのは他でもない、本を悪用するのは許せないという気持ちだ。君も持っている」

「そう、なんだ……」

「だから、君は戦うべきなんだ。そうすることによって、大好きなものを守ることができる」

トキは目を閉じた。瞼の裏に浮かんでくるのは、今はもう会えない祖父の顔、常連客達の顔、そして、今までに読んできた数えきれないほどの本の表紙。それが全てだと言ってしまえばある意味で悲しいのかもしれない。トキが見てきた世界は、とても狭い。しかし、トキにとって大切なものは、確かに在る。それを失うことなど、絶対にしたくない。

「私が戦わなければ、この世界は滅んでしまうんですよね?」

「そうだ」

「そしたら、私の大好きなものが、全部、消えてしまう」

「そうだな」

「私、そんなの嫌です」

「ああ」

トキは俯けていた顔を上げ、ルクを真っ正面から見つめた。彼もトキ同様、真剣な目で彼女を見据える。

「ルクさん、私、とっても我儘なこと言ってもいいですか?」

「ああ」

トキは手を握って、一呼吸置いた。そして、言葉を紡ぐ。

「私は、私の世界を失うのが嫌です。だから私は、私の世界のために戦います」

「……よく言った」

ルクが口の端を上げる。トキもつられて頬を緩めてしまう。ルクは真面目な顔つきになると、勢いよく立ち上がって部下達を振り返った。

「お前達、すぐに手配を始めろ! トキを守れ!」

「はっ!」

四重の声が店内に木霊する。ルクの部下達は店から出て、四方に散って行く。それを呆気に取られて見ていたトキは、恐る恐るルクに声をかけた。

「あの、ルクさん?」

「本を守るのが俺の任務。だとしたら、本を守ろうとする君を守るのも任務の内だ」

得意気に笑ったルクに、トキも満面の笑みで返した。


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