第20話
「トキは大丈夫か」
「落ち着きなさいよ。娘を嫁に出す父親じゃあるまいし」
筆記試験が終わろうかという時、ロビーではルクとカエンが待機していた。ルクは先程から立ったままで、ガラスの向こうに広がる下界を見ながら落ち着かない様子だ。
一方カエンはソファに座り、悠然と構えていた。細く伸びた両脚を組み、二人がけのソファを一人で使用していた。
「正直、どうなんだ。一番近くで見ていて、どう思った?」
ルクがカエンの向かいに立ち、彼女に聞いた。カエンはそんなルクに溜息をついた後で、ニヤリと笑った。
「一番近くで見ていたからわかる。あの子は大丈夫」
「本当か?」
「少なくとも、筆記はね。実技は、何とかなるんじゃない?」
「お前のそれが心配なんだよ……!」
「全く、アンタって本当要らない心配ばっかりするわね。大丈夫よ、あの子才能あるもの」
「もういい……」
ルクが肩を落とすと、すかさずカエンの蹴りが脛に飛んできた。
「いっ……! 何だ、いきなり!」
「アンタねぇ、私の言うこと信じられないわけ? 聞いといてその態度じゃ蹴られても文句言えないわよ」
「お前な……っ!」
「あの~」
ルクが反論を始めようかという時、控え目なトキの声が二人にかけられた。
「終わりましたけど、筆記試験」
「お疲れ様、トキ。どうだった、手応えは?」
「意外と書けました。多分大丈夫だと思います」
「筆記は思った通りね。後は、実技。実技の試験は午後からだから、とりあえずどこかにお昼を食べに行きましょう」
「はい」
「トキ、お疲れ様。昼くらいはゆっくりしよう。この近くにいい店があるんだが、行くか?」
「行きます!」
ルクの誘いにすぐさま乗ったトキはいつも通りで、カエンは安堵した。問題は午後、実技である。
昼食を終えた三人は、協会本部の地下、鍛錬場のスペースに集まった。
「試験内容は後で説明があるから。さ、受付を済ましてらっしゃい」
「はい。……カエンさん」
「何?」
「カエンさんとやったことを信じれば、大丈夫ですよね?」
やはり緊張感が拭えないのだろう。些か硬い表情でトキが言った。
「大丈夫、ですよね……ふひゃ?」
沈んだトキの顔を、カエンが指でつまみ、引っ張る。
「いひゃいれす」
「もっと柔らかい表情をしなさい」
指を離されると、トキは両手で頬を押さえた。じんじんと痛みが脈打つ。
「大丈夫」
カエンが、ただ一言、言った。
「……カエンさん、ありがとうございます。私、行ってきます!」
真っ直ぐ前を向いたトキの目には、力がこもっていた。ルクは、これ以上は何も言うことがないと、無言で送り出した。




