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第2話


カランコロン


 ドアベルが鳴いた。トキは顔を上げた。すると、そこには全身を黒で統一した背の高い男が立っていた。黒いズボンに黒いフロックコート。ハットも真っ黒で、彼の顔を隠していた。

「いらっしゃいませ」

 閉店間際だが、少しくらいの延長は良いだろうと、トキは接客をすることにした。こんな男は見たことがなかったので、きっと新客だ。本を勧めることはできないから、好きに見て行ってもらおうと思っていたところだった。

「お嬢さん、これを」

 低い声で、男が言った。視線を下げると、彼の手には一冊の本がある。大きさは医学書ほど。しかし、厚さは比較するものがないほどに厚かった。彼はその本をカウンターに置いた。

「あ、買取ですか?」

「あなたに、持っていてほしいんだ」

「え?」

 男はそれだけ言うと、踵を返して店の外へ出て行った。傘も差さず、道を歩んでいく。やがて姿が見えなくなると、トキは彼が置いていった本を見た。

「何これ……」

 その分厚い本に目を奪われる。表紙は紫色の地に金色で太陽を象ったような模様が描かれている。しかしタイトルや著者の名前はなく、この本がどんなことを記している本なのか、それを窺い知ることはできなかった。

「重っ」

 トキは裏表紙を見ようとして本を持ち上げた。腕にかかる重力はずっしりとしていて、裏返すのにも労力がいた。

「裏も表と同じだ……。これ、何の本なんだろう?」

 今しがたの謎の男が置いていった怪しいものに対する恐怖心よりも、見たことのない本、というものに対する好奇心の方が上回った。トキは再び本を表に返し、恐る恐る表紙を捲った。

「えっ」

 ページを捲ったトキの目に飛び込んできたのは、見慣れない文字だった。

「これ、古代語?」

 トキの記憶によれば、これはこの世界の古代語だ。千年余も前に使われていた言葉、文字。それが今、現在を生きているトキの目に飛び込んできた。

「しかもこれ、手書きじゃん!」

 トキは驚きのあまり声を上げた。恐らく四千ページはあろうその大きい本が全て手書きにより著されたとは、想像を絶する。トキは、著者が腱鞘炎にならなかっただろうかといらない心配をした。

「じゃあ、これ、千年前に書かれたってこと……?」

 現在でも古代語を解説した印刷版の本は数多くあるが、古代語で、しかも手書きによって書かれたもの。それらが示すのは、この本が千年前から存在するものだということだ。

「本当に、千年前の、本?」

 トキは胸がドキドキするのを感じた。恐らく、目の前にあるのが本ではなく異性だとしたら、この感情には「恋」という名前が付けられていただろう。

「そう、だよね? だって、紙の色も焦げ茶みたいになってるし、ページも大分痛んでるし……」

 これが本当に千年前のものなのかどうか、本を仔細に点検すればするほど、その推理は核心へと変わっていく。

「すごい。でもこれ、何て書いてあるんだろう?」

 以前古代語についての本を読んだことがあったが、知識として身に付いたものではない。確か店内にある本で古代語に関する本があったから、それを参照しようと本棚を探した。

 間もなくして目的の本を見つけると、トキはそれを手に件の本と向き合った。

「ええと……このミミズみたいな文字は解読が難しいなぁ。これが『マ』で、これが『ドゥー』だけど、あ、古代語は発音が曖昧だから、現代語に直すなら一音をはっきりさせなきゃ。つまり、『ドウ』だね。それで、最後が『ショ』だから、つなげると『マドウショ』……魔導書!?」

 狭い店内にトキの高い声が木霊する。トキは自分の鼓動が強く、そして速くなるのを感じた。

「嘘……」

 魔導書は基本的に高価で、普通の本屋や図書館にはないため、トキは見るのも初めてだった。魔導書を手にする人間と言えば、魔術師になるために魔術の勉強をしている人間だけだ。

 初めて見る本という興奮と、これが千年前の魔導書という興奮が混ざり合い、トキは全身が熱くなるのを感じた。

「ヤバ……。これ、すごい本なんじゃ……」

 先程この本を置いていった男のことなどすっかり忘れ、目の前の本に対して強い好奇心を抱いているトキ。彼女を止めるものは何もなく、ただその本を読みたいという気持ちが彼女を支配していた。

 いつもの強さで引っ張ったら破れてしまいそうなほど脆いページを注意深く、静かに捲る。最初は細かい古代語と数字が書いてあるページだった。目次だろう。

 目次の解読は後にして、更にページを捲る。すると、まえがきのような一ページを経た後で、第一章の始まりがあった。そこには大判の紙一杯に細かい文字が敷き詰められ、時折図も入っていた。

「すご、これすごい! わぁ、本当に魔導書だぁ……!」

 トキは抑えきれない興奮をひしひしと感じながら、次なるページに手をかけた。その時、古本屋にまたしても来客があった。


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