第19話
あっという間に、一ヶ月は流れた。トキの試験は特例ということで、魔術師協会の本部を特別に使用することになった。会場に来たトキは、辺りをきょろきょろと見回している。彼女の両隣には、まるで両親のようにルクとカエンが控えている。
協会の本部は近代的なビルで、壁はガラス張りになっている。そこから見える街の風景は、トキが住んでいる田舎の町内とは全く違う、都会そのものだった。
「何か、すごいですね!」
「アンタって本好きな割にボキャブラリー乏しいのね」
「それを言わないでくださいよぅ……」
自分の嫌いな部分である語彙力のなさを指摘され、小さくなっているトキの一歩前を歩いていたルクが止まった。改めて見ると、試験会場の貼り紙がされている。
「まずは筆記試験だ。こっちは大丈夫だと思うが」
ルクが入り口を指す。トキは試験前独特の緊張感と不安感が混じった感情に耐えながら、唾を飲み込んだ。
「まぁ、気楽にやりなさい。あなたなら気楽にやったってお釣りがくるわ」
カエンが肩を軽く叩きながら微笑む。トキはそれで気持ちが少し軽くなり、決意を新たに拳を固めた。
「ありがとうございます。じゃあ、行ってきますね」
頷いた二人の後押しを受けて、トキはドアを開けた。
(この開始までの時間が嫌なんだよなぁ~)
椅子に座り、筆記用具を出してテスト問題が配られるまでの時間。この時間こそが一番耐え難い。そしてこの後の実技試験を思うと、余計に胸は苦しい。
トキは、どちらかと言えば今から始まる筆記試験よりも実技試験のことで頭を悩ませていた。
ルクの失脚を企む捜査局の上層部は、わざとトキを不合格にする可能性がある。寧ろ、そうするつもりで試験を行うだろう。そこで、カエンはある対策を打ち立てた。
それは、文句無しの合格をすること、である。
極端な話、試験で満点を取れば、合格にせざるを得ない。原則、筆記試験の答案は返却されることになっているため改竄のしようはないが、実技の場合は成績表という形で通知されるため、こちらは操作される可能性が強い。
しかし、もし試験で満点、もしくはそれに近い点数を取ったら。合格が誰の目にも明らかだったとしても落とされたのなら、ルクを嫌っている上層部の更に上、つまりは捜査局のトップに異議の申し立てをし、試験について正式な捜査をしてもらうことができる。
合格か不合格か微妙なラインならば、捜査をしても煙に巻かれて不合格にされるかもしれないが、確実に合格ラインを超えているのなら、さすがに誤魔化しようがない。
故に、特に実技の場合、高得点を取ることが求められているのだ。
(ああ、ちゃんとできるのかなぁ……。カエンさんはああ言ってたけど)
前日に不安をカエンに吐露したら、「大丈夫。もし、明らかに合格してるのに落としたら、私が捜査局の上層部とやらに闇討ちをしかけるから」と満面の笑みで言っていた。勿論トキの不安を軽くするための冗談だが、彼女ならばやりかねないのが怖いところだ。
「今から問題用紙を配ります」
思考を逡巡させていたら、試験官の声がした。トキは顔を上げて、姿勢を正した。配られた用紙はB4の紙が二枚。細かい文字がびっしりと書き込まれているのが透けて見える。
「試験時間は九十分です。では、始めてください」