第16話
サイ達の襲撃から一ヶ月。あれ以来敵の襲来もなく、トキ達は安寧な日々を過ごしていた。トキはこの一ヶ月で多種多様な魔法を覚え、確実に魔術師への道を歩んでいた。
そんなある日、古本屋の前に一台の黒い車が停まった。屋上にいたカエンはそれに気付き、魔術の鍛錬をしているトキに合図した。
「トキ、ルクが来たよ」
「え、ルクさんが?」
屋上の柵から半身を乗り出して下を見ると、ルクが後部座席から降りてきたところだった。
「ルクー!」
カエンが叫ぶとルクは屋上を見上げて、太陽の眩しさに手で庇を作った。
「今降りていきます!」
トキも手を降って、すぐに階段へと向かった。
「ルクさん、お久しぶりです」
「ああ、久しぶりだなトキ。日進月歩の成長らしいじゃないか」
「いや、そんな……」
微笑みながらトキと話をしていたルクだが、今しがた階段から降りてきたカエンを見ると、さっと表情を変えた。その顔には怒りが現れていた。
「カエン!」
「うるさいわねー。そんな怒鳴らなくったって聞こえるわよ」
「怒鳴らせるようなことをしたくせに文句を言うな!」
「あー、はいはい」
いきり立つルクに、それをまるで相手にしないカエン。状況が掴めていないトキは、恐る恐る二人の間に入ってルクに質問した。
「あのー……、何があったんですか?」
トキに話しかけられて若干冷静さを取り戻したのか、ルクは一つ溜息をついて前髪をかき上げた。
「トキ、一ヶ月前、敵に襲撃されただろう」
「あ、はい。大変でした」
「襲撃されたと俺のところに報告が入ったのは今日なんだ」
「え? 何でですか?」
「それはだな、君の師匠でもあるこの赤髪の女が酒ばかり呷って俺への報告を怠ったからだ」
カエンを睨みつけながら紡がれるルクの言葉には棘がありすぎるが、彼女はそれをひらりと躱して我が道を遊歩する。
「あんな大きな戦闘があったのにすぐに駆けつけないアンタ達もどうかと思うわよ。しかも私の報告で初めて知るって、どれだけ情報網狭いのよ。天下の捜査局様が聞いて呆れるわねー」
「お前がすぐ報告すればいいことだろうが!」
「わかってないわねー。戦闘の後のお酒ほどおいしいものはないのよ。お酒の飲めないお子様エリートにはわかれって言っても無理か」
そこでトキは思い出した。あの襲撃の後、カエンはトキの家で酒盛りをしていた。まだ未成年のトキはジュースを飲んでいたが、カエンは一人でワインのボトルを空けた挙句ウイスキーにも手を出していた。彼女はどうやら酒が入ると上機嫌になるようで、しきりにトキに話しかけ、絡んでいた。典型的な酔っ払いだ。
「話の方向を変えるな! 俺はお前をトキに紹介した時何て言った!? 『何かあったらすぐ連絡しろ』と言っただろ!」
「はっ。まぁ、私にすぐ報告させられるような男になることね」
「お前馬鹿か!?」
「はぁ!? アンタが馬鹿で悪いって言ってんでしょ!」
「いやお前の思考回路の方が馬鹿で悪いだろ!」
「アンタねぇ、あんまり生意気言うと泣かせるよ!?」
「子供か!」
大声で言い合う二人を見て、トキは小さく吹き出した。それに気付いた二人が、言い合いをやめてトキを見る。そしてお互い顔を赤らめて咳払いをする。
「お二人とも、すごく仲良しなんですね」
「「はぁっ!?」」
ルクとカエンの声が重なる。二人はお互いを睨んで、そっぽを向いた。
「ほら、やっぱり」
「トキ、私をこんな泣き虫お坊ちゃんと一緒にしないでくれる!?」
「そうだ、こんな乱暴女と一緒にされたら不愉快だ!」
「お二人は、いつからお互いを知っているんですか?」
ヒートアップする二人だったが、トキの空気を読めていない質問で若干の落ち着きを取り戻したらしい。ルクが肩を下げてそれに答えた。
「まだ小さい時さ。俺の一族は代々捜査局の人間で、キニー家と交流があった。学校も一緒だったから、それなりに知ってるわけさ」
「ルクはお坊ちゃんだからよくいじめられてたのよ。それを私が毎回助けてたってわけ。しょっちゅう泣いて、私に助けを求めてたわ」
「助けを求めてはいない」
「嘘つけ」
「本当だ!」
「幼馴染なんですね」
トキの無垢な笑顔で言われると、二人はボルテージを下げざるを得ない。
「腐れ縁と言ってくれ」
「そうそう」
「でも何かお二人にそんな面があるなんて知りませんでした。何て言うか……こんなに子供っぽい部分があるなんて」
ニコニコと笑いながら言うトキには、二人が肩を落とした理由など知る由もなかった。
「で、ルク。報告しなかったことを怒りにわざわざ来たわけじゃないんでしょ?」
トキの言葉からある程度回復したカエンがルクに言った。ルクも今一度咳払いをして漸く本題を切り出した。
「トキ、魔術師の試験だが、一ヶ月後に決まった」