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第13話

「はっ、はっ」

 トキは階段を降りて、一階の店舗から外に出た。一般人を巻き込むわけにはいかないと、なるべく人気のない方へ駆け出した。

 今まで本ばかり読んできたため、運動はまるで不得意だ。体力もあるはずがなく、走るとすぐに息が切れてしまう。

「丘の上に行こう……」

 トキの古本屋から北に少し行くと、丘陵がある。そこは街全体を見渡せる唯一のスポットだ。あそこならば人はいないし、避難場所にも適している。

「はぁ……、疲れたぁ。ここならしばらく大丈夫だよね」

 丘の上から古本屋がある方向を眺めて、トキは安堵の溜息をついた。

「でも、これから、どうしよう……」

 急いでここに来たのはいいものの、これからどうするかを全く考えていなかった。

「そうだ、魔導書に何か使える魔法はないかな」

 身を隠す方法や、いざ敵がやってきた場合の対処法があるのなら知っておきたいと思い、トキは魔導書を開いた。

 そしてそこで、ある重大な事実に気が付いた。

「あああ! 古代文字の解読書がないっ!」

 周囲に人がいたら間違いなく視線を集める大声で発せられた言葉は、トキを絶望させるには十分過ぎる事実だった。

「どうしよう……。解読書がないと古代語なんて殆ど読めないよ……」

 今までは解読書を片手に、魔導書を読み進めてきた。それがなければ、トキの古代語に関する知識は赤子よりマシな程度だ。

「落ち着け。落ち着け、私。古代語の約束事を思い出して。それは知識としてあるわけだから……。後は、断片的にでも思い出して、何か使える魔法がないか探してみよう」

 深呼吸を二回して、魔導書の目次をたどる。全体として見てしまえば意味のわからないミミズ文字の羅列だが、一つひとつ、知っている文字を見つけては訳していく。

「昨日まで読んでた第一章は魔術師の心得と最低限の魔法だったはず……。第二章は確か一般魔法。重い物を動かしたり、物質の温度を変えたりとか……ダメだ、今の状況じゃ使えないよ」

 落ち着かねば良い結論は齎されないとわかってはいるものの、どうしても焦ってしまう。こうしている間もカエンは戦っていて、もしかしたら敵のどちらかがやってくるかもしれないのだ。

「第三章からは読めないよ……」

 目に涙すら溜まってきたトキだが、その目が第七章でふと止まる。

「これ……、ちょっと知ってる文字が入ってる」

 両目を乱暴に擦り、真剣な表情で第七章のタイトルを見る。

「えと……最後の文字は『魔法』なのは間違いなくて、その前……『セ、ジュツ』間に入る文字は、きっと、『ン』だ。『戦術魔法』って書いてあるんだ!」

 トキは早速該当のページを開いた。そこには数々の図説と共に、様々な魔法の概要、発し方、注意点が書かれていた。が、トキにそれらが読めるはずもなく、彼女は図で理解するしかなかった。

「あれ? これ、もしかしたら使えるかも!」

 トキは一つの図に目を留めた。それは、両眼の周りに魔力を溜めている図であり、それによって遠くのものでも見ることができる、いわば千里眼のような魔法を示す図だった。

「よし、とりあえず、今の戦況を見てみよう」

 発し方の項には「目に魔力を溜める」としか書いていなかった。他の基礎魔術で同じ記述を見たことがあるので、それはトキにも理解できた。

 カエンから教わった魔力の溜め方を目に集中させる。そこから、遠くのものが見えるような、双眼鏡を覗くイメージを描いた。すると、トキの視界に変化が現れた。

 まるでカメラのアップのように、遠くの物が大きく見えてくる。それは自分が空を飛んでいるような感覚だった。今まで味わったことのない特殊な視界に、トキは驚いた。

「あ、カエンさんだ!」

 古本屋に目を向けると、屋上で激しい戦闘が行われていた。素早い動きで敵の後ろに回り込むカエン。しかし、その後ろをもう一人の敵が取る。

 三十秒程観察してトキは理解した。カエンは、劣勢に立たされている。

 確かにカエンは若くして代々続くキニー家の当主を務めていることからもわかるとおり、非常に有能で技術も高い魔術師だ。

 しかし、相手は二人。相手は、一人の技量ではカエンに僅か及ばないが、二人合わせれば話は別だ。しかも彼らは、自分がカエンに劣るということを受け入れ、二人であることを効果的に利用していた。無理な深追いはせずに、相方に任せる。そして彼が下がったところで自分が出る。そういう戦い方では、カエンは常に魔力や体力を消耗してしまう。

「助けなきゃ……!」

 トキの頭に浮かんだのは、カエンを助けなければいけないという思いだった。自分が下手に手を出すと逆に足手まといになってしまうという恐怖や諦めよりも、助けたいという純粋な願望の方が強かった。

 尤もそれは、彼女が知識を得てきた「本」という媒体によく見られる、ヒーローはピンチに現れるシチュエーションが根底にあるのだが。

「でも、どうすれば……。何か、使える魔法、魔法。そうだ!」

 トキの脳裏に閃くものがあった。

「さっきまでやった、魔力の放出をやってみよう。カエンさんはすごく大きい魔力を放ってたから、自分次第で威力は変わるんだ。がんばって魔力を限界まで溜めて、放出すれば……!」

 トキは千里眼の魔法を解く前に、古本屋の方向を再度確認した。そして目に溜めた魔力、更には体に漲る魔力を右手に集中させる。

 目を閉じて、右手に血流を集めるようなイメージを描き出す。そして額に汗が滲み、心臓も速く脈打つようになると、自分の限界を悟った。

「行けっ!」

 目を開くと同時に、魔力を一気に放出する。

 それは、観覧車の籠ほどの大きさになり―獰猛な虎のように、敵に向かっていった。

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