第10話
「リロード様、本の新たな在り処がわかりました」
薄暗い洞窟のような場所で、黒衣の男が跪いている。辺りは湿っぽく、時折どこからか水の滴る音が聞こえてくる。
「そうか」
厚く、重い声がのしかかるように響いた。声は辺りに反響して、僅かなエコーを伴って男の耳に届いた。
「持ち主の名前はトキ。まだ若い女です。キニー家の魔術師が一人付いていますが、トキという少女はまだ魔術を齧った程度です。力が覚醒する前に手を打った方がよろしいかと」
男は上目遣いで自分が仕える老人を見た。
老人―リロード―は洞窟の最深部に控え、一段高くなっている台座のような場所に座っていた。彼が座っている椅子は煌びやかな装飾で覆われているが、如何せん周りの暗さがその輝きを殺していた。
リロードは黒い縮れた髪の毛を指でつまみ、目の前で弄んだ。男はそんなリロードの様子を見ながら、彼の言を待っている。
「サイ」
男は自らの名前を呼ばれて弾かれたように顔を上げた。
「はい、リロード様」
リロードは髪を弄るのをやめ、紫色の瞳をサイに向けた。
「そのトキとかいう女、お前が殺せ。キニー家の今の当主は……カエンか。シラシスと二人で行け。シラシスがカエンを引きつけている間に、お前がトキを殺し、奴から魔導書を奪え」
失敗は許さぬ、と後に続くのを感じ取ったサイは頭を垂れて返事をした。
「必ずや魔導書をリロード様の手に」
サイはそこから下がり、洞窟の中を戻った。中ほどまで進むと、右手の暗闇からサイと同じ黒いローブを纏った男が出てきた。サイよりも若干年上に見える彼は、精悍な顔つきをサイに向けた。
「サイ、俺がカエンを引きつける。魔導書は任せたぞ」
「ああ、シラシス。私達の世代で魔導書を我らの手に収める。絶対だ」
「わかっている」
「私が観察した様子では、トキという女、なかなかの魔力を持っているらしい。魔導書の力と併せて強力な魔術師になる前に殺さねばならん」
「そうだな」
「今すぐ行く」
「ああ」
二人は出口へ向けて歩を進めた。二重のブーツの音が段々響かなくなっていく。やがて月が見え、辺りのものを視認できるようになった。
「方向は?」
「東。ちょうど太陽の出る場所だ。私が先に行く」
「わかった」
サイは洞窟から出ると、森林の中を全速力で駆けた。シラシスもそれに続く。
「待っていろ、トキ……」