第1話
この世界には、魔術師と呼ばれる職種の者達がいた。彼らは魔術を用い、現れる怪物や暴徒、犯罪者などに日々立ち向かっていた。そんな彼らは子供達の憧れであり、いつの時代も「大人になったらなりたい職業」一位を堂々とキープし続けていた。
魔術師達の漫画やゲーム、ドラマやアニメが放映される昨今、そんな夢物語とはまるで関係のない世界の片隅で、細々と古本屋を営んでいる少女がいた。
街のメインストリートから一本外れた道の角にある寂れた古本屋。建物は年季が入っており、木の色は茶色く味を出していた。店内はただでさえ狭いのに、天井まで届く本棚が所狭しと並べられているため、余計狭さを感じさせていた。
そんな古本屋に、来客を告げるドアベルの音が響いた。カウンターの奥で読書をしていた少女は、顔を上げて今しがたやってきた客を見た。
「いらっしゃいませー」
栗色の髪の毛がさらさらと揺れる。短く揃えられた髪の間から見える目はくりくりとしていて、彼女がまだ幼いことを告げていた。
彼女の名前はトキ。弱冠十七歳でありながらこの古本屋の店主である。
「ナルミさん、お久しぶりですー。最近見なかったけど、元気してました?」
「トキちゃん久しぶり。実は、ちょっと旅行してたのよ」
「へぇー、いいですね、旅行。楽しかったですか?」
やってきた常連客との会話を楽しみながら、トキはカウンターから出た。世間話をしながらナルミの好きそうな本を何冊かピックアップするためだ。
「これ、こないだ読んだんですけど、お勧めですよ。正統派ミステリーって感じで、ナルミさんが好きそうだなーと思ってたんです」
「いつもありがとう。じゃあこれ買って行こうかしら。他にも何かお勧めはある?」
「あ、これなんてどうですか?」
いつものやり取りをしながら、トキは本棚から本を選び出す。
トキはいつも、客の好みに合った本を勧める。彼女自身本が大好きで、この店内にある本は全て読んでいる。その厖大な量の本の中から、客の好みを把握し、その人に合った本を紹介する。
このやり方は、彼女の祖父がこの店を経営していた当時から続くものだった。トキは幼少の頃に事故で両親を亡くし、それ以来祖父に引き取られて育てられた。その祖父というのが大の読書家で、この古本屋の初代店主でもあった。そんな祖父は、トキに本を与え続けた。自分にできることはこれくらいだと、とにかく本を読ませた。トキは店の手伝いという名目でよく古本屋に足を運び、お小遣いの代わりに気に入った本をもらっていた。そうしている内に客の好みをトキも覚えるようになり、次第に一人前の店員として働くようになった。
そんな矢先、祖父が病気で死んだ。それが一年前のことである。祖父が遺したこの本達と常連客を繋ぎとめたいと、本好きの彼女は思った。本を教えてくれた祖父にできたことは少なかったけれど、その分、本に対してできることは精一杯しようと、彼女なりの決意を固めていた。どうすれば本は幸せかと考えた。答えはすぐに出た。人に読まれれば、それで幸せなのだと。
なるべく多くの本を多くの人に読んでもらいたい。その願いから、彼女は店を継承することにした。常連客達はそれを喜び、トキを支えてくれた。まだ十七歳にして独りになってしまった彼女を気遣い、店の利益のためにたくさんの本を買ってくれる人や、お菓子を持ってきてくれる人もいた。
たくさんの人に支えられながらこの古本屋は成り立っていると、トキは常々感じていた。そして、この支えは本によって繋がれたものだとも。だからトキは、本が大好きだった。
「ありがとうございましたー」
ナルミは三冊の本を買い、旅行のお土産と言って小さな置き人形をくれた。トキはその人形をレジの横に置いて、しばし眺めた。
「かわいいなー、これ」
小さな女の子をモチーフにした人形で、所々木の実があしらわれている。トキはしばらくそれを眺めて、指で遊んだ。
「あ、もうこんな時間かぁ」
トキは時計を見た後で外を見た。今日は雨が降っていてずっと暗かったため、時間の流れに無頓着になっていた。今も外は雨模様で、道行く人たちは傘を差して足早に家を目指していた。
「閉店ですよー」
誰に告げるわけでもなく、トキは呟いた。店の電気を消してシャッターを閉めるという閉店作業を行うべく、椅子から腰を上げる。
その時、突然の来客が現れた。