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Really?  作者: なち
本編
7/20

信じない女 02



 終電はすでに逃し、美咲の愚痴に付き合って六時間が経過しようという所だった。四件目の店で入って三十分、俺は美咲が頼んだ大量の食事には手をつける事が出来ず、お通しを突き続けていた。

 頬杖をつきながら彼女の愚痴を聞いていると、時々美咲は「聞いてんの?」と眉を聳やかして言うのだが、俺はおざなりに「はいはい」と返事をするぐらいだった。

 美咲の愚痴の内容が、彼氏を責めるものであれば、同調も同情も出来ただろう。けれど美咲は自分の何が悪かったのか、というような事を延々と紡ぎ続けた。彼氏の事は常に褒め続けた。

 笑顔に癒された、何気ない応援メールが残業中に届くと嬉しかった、泊まりに行くと必ず朝食を出してくれる――今まで何度も聞いた事のある彼氏――元彼の事を褒めちぎって、自分がソイツの好きな女に負けた要素は何だろうと自問ばかりする。

 可愛い女になんてなれない、と肩を落とす美咲は、俺にしてみれば可愛い女にしか見えないが、本音を口にすれば「うそつき」と言われるし、「同情はいらない」と睨まれるし、「気持ち悪い」と言われる。

 だからこそ俺は黙って美咲の話を聞き続けていたわけだが。

 もうそろそろ、俺以外のオトコの名前を聞くのは限界だった。

 

「お前、俺と付き合ったら?」


 美咲がやっと口を閉じ、机に突っ伏したタイミングで、俺は何の脈絡もなくそう言った。

 顔を伏せた美咲は、億劫そうに顔だけこちらに向けてくる。怪訝そうに寄った眉は、彼女の不機嫌を物語る。

「……はぁ?」

 真っ赤になってうろたえる、などという反応は想像も出来ない事だが、予想通りといえば予想通りのその態度は癪に障る。

「やぁよ、あんたあたしのタイプじゃないもん」

 悩みもせず告げられるのは、完全な拒絶。

「第一、あんた彼女作らない主義でしょうが。気持ち悪い冗談言ってないで、あんたこそ自分の恋愛をどうにかしろ」

 もう十二年もの付き合いになるが、美咲は微塵も俺の気持ちに気付かない。彼女を作らないのは何故か、なんて疑いもしない。誰よりも自分が優先されている自覚をしない。

 俺の恋愛は進展しないだけで、常に身近に存在しているというのに。

「俺はお前とだったら付き合いたいんだけどね」

「まだ言うか」

 美咲は鼻で笑うようにして、俺の発言を一蹴する。

 ――こういうところは可愛くない。

 冗談のつもりは全く無いのに、煩わしげにため息まで吐かれて、釈然としない気持ちが沸いてくる。

 傷ついて弱った心の隙間に入り込む気満々なのに、美咲はその扉にさえ触れさせてくれないのだ。

 それ所か、この話はしまいとばかりにコースターの上のジョッキを煽って、中身を一気飲みした後、こちらには目もくれずまたトリップしだしてしまう。

 彼女の頭の中は今も、三年もの付き合いをメール一つで終わらせたオトコで一杯なのだろう。

 好きな女の存在を美咲に感づかれながら、長い間踏ん切りをつけられなかった優柔不断男の何がそんなに良かったのか。笑顔の安売りで美咲を癒したというが、俺なら目一杯甘えさせて心も身体も癒してやれる。

 可愛い女になれない、と嘆く美咲を、心置きなく可愛い女にさせてやれる。

 それ所か、今の美咲で構わない。

 そっぽを向いた美咲の長い髪を一房、掴む。仕事に忙殺されていても、キューティクルは失われていない手触りの良い髪。

 触れたら容易に離せないと分かっていたから、何時も伸ばしたくて伸ばせなかった手で、軽く引っ張る。

「おーい、美咲?」

 ゆっくりと、億劫そうに向けられる視線を、真っ直ぐに見返す。

「俺がお前の事、ずっと好きだって知ってた?」

 知らなかっただろう? そんな気分で、笑んだ。

 逃がしてやる気なんて、もう無い。美咲の暗黒色の瞳を、目を眇めて見つめ続けた。その大きな瞳に自分が映っているのをみとめて、胸の内に喜びが広がる。

 どうしようもないくらいに俺の心を惹きつけるオンナ。焦がれて焦がれて、手に入れたいと願えば願う程、失う事を恐れて足踏みし続けた。

 それも、もう終わりにする。

 瞬きを忘れたように固まる美咲に、想いは届いただろうか。

 押しに強い彼女は、逆に押される事に尻込みする。自分が主導権を握れない戦いは簡単に放棄して、一目散に逃げ出していく。けれど十二年物の友人から逃げるのは、簡単ではない筈だ。今は同じ職場の、上司でもある。

 名残惜しく思いながら美咲の髪の毛から手を離し、頬に移動させる。触れた肌は酒の所為か薄らと色づいている。掌が触れただけで、驚いたように仰け反る美咲を、笑う。

 肉食系なんて気取っているけれど、その様は脅えた小動物だ。

「……美咲?」

 欲望剥き出しの心で名前を呼ぶと、彼女の視線が僅かに揺れた。

 正確に意図を読んだ反応に、安堵する。

 彼女の椅子の背凭れに腕を移動して、ぐっと近づく。壁を背後にした彼女に、逃げ場はない。

 獲物を捕食する獣の気分で、美咲の目を見ながら囁いた。

「お前、俺の事好きになれよ」



 脱兎の如く居酒屋から逃げ出した美咲を、俺は追いかけなかった。

 余裕ぶって彼女を追い詰めながら、緊張していたのは俺の方で。咄嗟に動けなかった自分が可笑しくて、笑いが込み上げてしまう。

 その姿を見て、俺と同じ様に走り去った美咲を驚いたように見つめていた店員が、カウンター越しに声を掛けてきた。

「坂入さん、性格悪いですね」

 なんて。

 顔見知りの店員であり、当初から美咲が屈託無く話しかけていたせいで、随分と気安い仲になっていた彼は、当時は高校を卒業したての小僧だった。

 最初は距離感を保っていた彼も、今は一端の口を聞く。

「どこが?」

「だって、美咲さん失恋したてでしょ?」

 居酒屋に入って彼をカウンターに見つけるや否や、美咲は彼にも失恋したーと漏らしていた。

 非難がましい口調に、失笑が浮かぶ。ロックグラスの中で氷が小さく音を立てた。

「俺、本気だけど?」

 汗をかいたグラスに、まだ一度も触れていなかった。湿った口内を潤して、顔を上げる。

 目を見開く店員を見て、また笑う。

 酒も食事も進まないくらい、緊張していたのだ、俺は。そんな事には美咲も彼も気付かない位のポーカーフェイスは保てている。

 何時だって美咲の惚気話を聞くたびに、相手を噛み殺してやりたい気持ちを十数年抑えてきたのだ。

「最初で最後の、本気の告白現場を、お前は目撃したんだぜ?」

「……またまたー」

 店員が俺の空けたグラスを取ってお代わりを作ろうとするのを、止める。

 勘定を告げて、万札を手渡す。

 店員はそれを受け取った掌を見つめたまま、中々釣りを返してこない。

「……冗談、ですよね?」

「何、お前俺のライバルになるつもり?」

 俺が立ち上がって上着を羽織るのを訝しげに見ているそいつに、威嚇の為に殊更凄んでやる。

「潰すよ?」

「滅相もありません!!」

 我に返った店員は慌てて会計を済ませ、釣りを押し付けてきた。

「ありがとうっしたー!」

 店の雰囲気にそぐわないチェーン店のそれのような元気な挨拶を口にして、がばりと頭を下げる。

 美咲の最後の台詞のような大声は、目立った。しまったというように視線を泳がせる奴に苦笑して、俺は背を翻す。

 その背に声が掛かる。

「美咲さんに、また何時でも来てって伝えて下さい」

 恐らく今頃羞恥心を感じているだろう美咲を思い浮かべた。

 もう来れない、とか思ってそうだな。顔を真っ赤にして身悶える美咲が容易に想像出来る。

 でも周りは一時の笑い話ぐらいにしても、それ程長い事覚えてはいないだろう。

 俺は背中越しに店員に手を振って、店を出た。





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