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Really?  作者: なち
本編
5/20

変わらない男 05



 パーテーションで区切っただけの打ち合わせルームから、恰幅の良い主任が出てきた。のほほん、と笑って席に向かうその後ろから、背の高い男。

丸めた資料で首を叩きながら、しかめっ面の哲也が現れて、私は仰天してしまった。

 長井さん、正しい情報を頂戴よー!!

「あ、すまん」

「ごめんね、坂入君」

 口々の謝罪は、何とも軽い。皆仕事歴も人生も哲也より長い、とはいえ、相手は部長様だ。でも仕事中でなければ、それはここでは当たり前の事。

 満場一致でヒラから部長に抜擢された哲也を、敬っていないわけでは無いのだ。けして。

 ちなみに今自席で我関せず、と事務員さんに「熱いお茶を頼むよー」なんて言ってる主任は、ここでは一番年嵩だけど「管理職って面倒じゃない?」と言って昇進を蹴り続けるすごい人だ。

 心臓がばくばくいっていて、とても哲也を振り向けないあたしは、何となくそんな主任を眺めていた。

 そのあたしの頭頂部に、鈍い痛み。

「痛っ!」

「お前が一番うるさいんだけど」

 思わず振り返った先に、見慣れた友人の姿。

 ひぃー!! 胸中で悲鳴を上げながら、泳いだ視線は哲也が丸めた資料に移る。

「あっ! それあたしの!」

 ちらりと見えた表題に覚えがあった。昨日死ぬ思いで作り上げた、混信の作。八ページで纏めるのに苦労した、報告書である。

「人の力作を乱雑に扱わないでよ!」

「何が力作だ、阿呆」

 抗議の声は再び叩かれた頭の痛みに、「いてぇ」に変る。

「誤字脱字もひどけりゃ、数字がぜんっぜん合ってない。おまけに最終ページ二枚同じだっつの。やり直し」

 こんなもんゴミだ、と。シュレッダーにかけようとする哲也をしがみついて止める。

「鬼ー!」

「捨てるか、バカ。見直して、もう一度。あと内容このまんまだったら、あと三ページは削れるだろ。この表はこっちと一緒にすんのが常識、新人じゃねぇんだから」

 スーツに皺が出来る、とあたしの腕を億劫そうに引き剥がして、その手に資料を置いてくる。

 言われた内容に納得が出来ず、資料に目を通せば、言われた通り。

 うわ、酷い。哲也の態度以上にこれは酷い。特に新システムの契約費見積もりが一兆飛んで二百て。誰が契約するもんか。あまりのミスの多さに蒼白になってしまう。

 そういや昨日は彼氏に振られて仕事に身が入ってなかった。

 何ていい訳にはならないけど。

「……やり直す」

 うんざりと呟けば、頭上から一睨み。

「“やり直す”?」

 偉そうに――いや実際に偉いんだけど――腕を組んで見下ろしてくる顔は、まさに鬼軍曹。

「……やり直します」

「俺一時間で外出るから、それまでに出来るな?」

「え、無理!」

「で・き・る・よ・な?」

「……やります」

 腹立つ男は四の五の言わずにやれ、と付け足してから、背を翻した。

 ムカつく!

 何がムカつくって、その何事も無かった態度が、だ。

 昨日あたしを好きだと言った口で、阿呆にバカ? 惚れた女に言うこととはとても思えない。それに人の頭を二度叩いた!

 ――そりゃ、突然豹変されても困る。哲也に口説かれた所で、あたしはどうしようもない。

 だってタイプじゃないもん。告白されたって、答えはノーよ。

 ――とかね。

 今だってまた、思考がそっちにいっちゃう自分が何より嫌だった。

 何時の間にか蜘蛛の子散らすみたいに周囲から消えていた仲間達。遅れてやって来た長井さんが、資料片手に佇んでいるあたしに、「どしたの?」なんて話しかけてくるのに首を振ってから、席に戻る。

「あれ、坂入君いたのね」

 なんて。そうだよ、誤情報だったよ、長井さん!

 でもあたしはそれ所じゃない。この報告書を見直して、修正して、削って、提出しなければならない。

 パソコンの電源を入れながら、報告書を読み直す。


 嫌気が差してくる。


 ミスのオンパレードの資料も、自分の愚かさも。

 冗談だと言いながら、哲也の【好きだ】というフレーズを何度もリフレインしている自分。無駄に緊張して、動揺して、思い悩んだ自分。

 友達だから。

 大事な友達だからこそ、真剣に受け止めたのに。

 でも、そうだ。

 確かに哲也は好きだといい、本気だとメールしてきたけど、それだけなのだ。あたし達の関係を変えようとは一言も言ってない。

 なのにあたしときたら、クソ忌々しい事に今だって。

 資料をなぞっていた視線は、気付いたら哲也の方を向いてしまうんだ。哲也はチラとも視線を寄越さないというのに。

 何時も通りだというのに!!


 それでも何とか一時間未満で報告書を作り直すと、あたしは哲也の席へ向かった。

「確認お願いします」

 ん、とパソコン画面から顔を上げずに片手を差し出した哲也の掌に、三枚減った資料を載せる。片手間にぺらぺら捲ってみる哲也を、待つ。

「了解」

 素っ気ない了承に、何か期待でもしてたのか陰鬱なため息が出て、更に気が滅入る。

 なのに反転したあたしを呼び止めた哲也に。予期していない呼びかけに。びくりとしてしまう。

「お前、今日も残業?」

「えーと、出来れば一時間くらいで切り上げたいと、」

 仕事は山積みだけれど、今日は仕事をしていたい気分じゃない。明日から終電帰宅になったとしても、今日は帰りたい。

「あっそ。じゃあ、仕事終わったら連絡くれ」

「え、何で!?」

 パソコンの電源を切ったらしい哲也は、立ち上がって椅子に掛けていたスーツを羽織る。手を入れる時にシュッといい音がした。

 その間も、哲也はあたしを見ない。

 あたしは、というと、哲也の言葉に馬鹿みたいに動揺してしまっている。

 連絡? 何の為に?

 ――なんて疑問に思った瞬間に、また昨日の哲也の言葉がリピート。

「お前昨日途中で帰っちまったから、飲み足りねぇし、愚痴り足りねぇだろ」

 他に何があるんだ、という態度でやっと哲也がこちらを見た。怪訝そうに寄った眉毛の下の、意思の強そうな瞳があたしを射抜く。

 日本人離れした高い鼻梁の下の、犬歯が覗く肉厚の唇で、あたしを好きだと言ったのだ。

「終わったら電話しろ。居酒屋、付き合ってやる」

 どう考えても色っぽいお誘いなんかじゃない。昨日の事なんか無かったも同然。

 人をありえない位混乱させておいて、知らん振りか。あたしが挙動不審になっているのが誰の所為かも分からないくらい、あんたにとっては何でもないような事か、昨日の事は。

 それとも仕事は仕事と切り替えて、夜にまた話を持ち出す気なのかどうか。

 どちらにしても、承服できない。

 あたしが勝手にうろたえただけと言ったらそれまでだけど、ふつふつと湧き上がった怒りに、否と応えようとした時だった。

「飲みなら俺も誘えよ」

 コピー機から戻ってきたらしい林さんが背後を通り過ぎ様、会話に口を挟んできた。

「あ、あたしも愚痴なら聞くよ!」

「えー、なら加奈子も行きたいですぅ」

 と思ったら、さおりに加奈子ちゃんも。次々に我も我もと手を上げていますが、仕事中ですよ。

「あーそれなら、みんなで行くか」

 そして、哲也もさらりと返す。

 “あたし”と、飲みに行きたいって事じゃないのか、こいつ。いや、そもそも仕事場で、みんなに聞こえる所で言ってきたのだから、こうなってもおかしくない。

「佐藤の歓迎会もまだやってなかったしな。予定が空くなら、みんなで」

 さんせーい、と声が揃う。

「じゃあ適当に予約しとくから。今野、人数把握して連絡くれ」

 何食わぬ顔であたしの肩を叩いて、哲也は部署を出て行った。


 ――ほんとムカつく。





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