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Really?  作者: なち
本編

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4/20

変わらない男 04



 思いの他楽しい通勤時間を過ごしたあたしだけれど、問題が何にも解決していないのは分かっている。

 これから出勤する先では、気心の知れた友人であり、何かにつけて人をどつく上司である哲也に会わなければいけないのだ。

 一応哲也の言葉を本気にするのなら、彼はあたしを好きなのだという。

 公私混同するつもりはないけど、昨日の今日で冷静でいられる筈が無い。

 だって、好きって。本気って。

 ――えぇ~?

 その事を考えると、依然頭の中はとっ散らかったままだ。

 ずっとって何時からなんだろう。好きってどういう事だろう。付き合うって何?

 っていうかあたし、昨日失恋したばっかだし。

 そもそも哲也は友達だし。男じゃないし。タイプじゃないし。

 コンクリートを踏み鳴らすパンプスの音が、知らず早くなる。鼓動と一緒にスピードアップ。

 神田君と話していて忘れていたけど、あのメールを見て気付いた事がある。

 哲也は昨日の事を本気だと言いはしたけど、それだけだ。付き合ったら? とか、好きになって、なんて言ったけど、告白されたわけじゃない。

 付き合ってと請われたわけじゃない。

 もし哲也が本気だとして、あたしはどうしたらいいんだ? 告白もされてないのに、無理って言うの?

 でもそれは昨日言った。

 ただ単に、冗談だろうと切り捨てたあたしへの返しなのか。

 どうなのか。どうなんだ?

 あたしはどうしたらいいの?

 悶々としながらも、足は自然に通勤途中のコンビニに向かう。団子の話(正確には神田君の名前の話)をしたせいで、お腹が空いているのだ。適当におにぎりとパンを物色し、オロナミンCをゲットしてからレジへ向かう。この辺りは、無意識の行動。

 ありがとうございましたーという朝から元気な店員の挨拶を背中に、コンビニを出様おにぎりの包装を剥がした。それを食べながら足早に、三人ほどのおじさんを抜かす。

 別に遅刻するような時間じゃないけど、何となく。焦った気持ちのまま、競歩みたいになりながら会社の通用口から入社する。

 八階建てのビルの、七階があたしの勤める部署。エレベーターにぎゅうぎゅう詰めになりながら七階に辿り着き、ロッカールームに急ぐ。

 着替えをする必要は無いので、本当はロッカールームに用は無い。荷物もハンドバック一つ、部署内の自分の席に納めるべきものしか持っていない。

 何時も直接デスクに向かうのだけど、哲也の存在があって、逃げ腰なあたし。

 ロッカールームには念入りに化粧をしている先輩が居た。

「あら、おはよ」

 小さい手鏡越しに、マスカラを塗りたくったまま長井さんが言う。

「おはようございます」

 鍵もつけっ放しのロッカーを開けてみるものの、中身はハンガー一つと何時から入っているんだか分からない雑誌が数冊しかない。あ、あと夜食用のカップラーメン。

「相変らず色気も何も無いロッカーね」

 っていうか何しに来たの? と長井さんは疑問顔。あたしは応えに窮して、にへらと笑うだけ。

「いやぁ、時間潰し?」

 転職をしたあたしから見て四年先輩の長井さんだけど、年齢は一歳違い。だからか、先輩後輩という隔たりはあまり無い。だからこその気安さで、痛い所を突いて来る。

「わざわざここで?」

「えへ。駄目?」

「駄目っていうか……別に好きにしたらいいけど。坂入君と喧嘩でもした?」

「ううん」

 予想出来ていた質問なだけに、即答。平常心を保って首を振ってから、何となく長井さんが化けていく過程を眺める。

 あたしと哲也が高校からの友人だというのは、最早この会社では有名だ。何てったって哲也は社内では知らない人の居ない程の有名人。そんな哲也のツテで転職して来て、あまつさえ彼の部下になってしまったあたしは、初めの頃針の筵状態だった。

 元々大学でも偶然同じ学科を専攻していたし、得意分野が同じなのだ。別に哲也を追いかけて来たわけでも、哲也に優遇してもらったわけでもない。正式な面談を受けて、もっと上の上司から辞令をもらって、今の部署に配属されたわけ――でも、女性陣の嫉妬漲る視線は、入社三年目の今も、消えない。

 一応社内では上司と部下の関係でも、慣れがあるから、仕事中でも仲が良い事は良いのだ。というか、主にあたしが殴られるどつかれる怒鳴られる、って感じなんだけど。

「でも今日、坂入君夕方まで本社じゃなかったっけ?」

「え、ほんと?」

「……やっぱ喧嘩したんじゃない」

 長井さんの誘導尋問に引っかかったあたしは、満面の笑顔を浮かべていたと思う。思考に没頭して俯けていた顔を上げた瞬間、長井さんの意味深な笑顔が鏡越しに見えた。

 喧嘩なんかじゃないけど。

 喧嘩なんかじゃないんだけど!!

 気まずいのは同じこと。

 とりあえず、夕方まででも猶予が出来るのは嬉しい。冷静になるには時間がかかるのだ。

 でもそうと分かれば、ロッカールームから退散するに限る。このままここに居たのでは、長井さんのからかいの対象になる事は目に見えている。

「じゃ、あたし先に行ってますー」

 顔の半分、まだ化粧途中の長井さんはついてこれまい。

 

 この七階のフロアには、部署は二つ。あたしの所属するシステム管理部と情報管理部が、中央のエレベーターホールからそれぞれ半分を占めていて、カードキーでロックを解除する曇りガラスのドアで仕切られている。

 システム管理部のあたし達が外周り、というと営業では無くて、他社に卸しているシステムの調整の為の出向と、本社と他の子会社への行き来を示している。あたしみたいに近場のエリアを担当していると、他社への出向はものの一時間程度のものだけど、部長である哲也が外、というと大抵本社へ行く事を意味する。それ意外の行き先は子会社だから、他県へ行く事になり、出張になるが、本社も県を跨ぐので一日がかりだ。夕方まで、という事は直接そちらへ出勤するという事。

 そう聞けば騒いでいた思考は落ち着いた。

 普段の調子を取り戻したあたしは、ロックを解除して「おはようございまーす」と間延びした何時もの挨拶を口にした。

 始業時間には三十分早いけれど、ほとんどの人が出勤済みだ。

 口々に挨拶が返ってくる中、林という先輩が手を招いてあたしを呼んだ。

「今野、こっち」

 びしっとスーツを着こなした、三歳年上の林さん。ピンクストライプのネクタイが、彼の悪どい印象を少しだけ緩和させていた。

「何ですか?」

 席に鞄を置いて寄っていくと、林さんは部署に響き渡りそうな大声で話し出した。それでは近づいた意味がないじゃないか。

「お前、朝見たぞ。女が歩きながらコンビニ飯食うとか、見っとも無いからやめろ」

 笑いながら、そんな事を言う。ほっとけ、と思いながら、見られていたのかとばつが悪くなって肩を竦める。

「すみませーん」

「こっち着いてからにすればいいだろ」

「いやあ、お腹空いちゃって」

 仕事の準備をしている連中や、他の話に夢中になっていたような人たちまでこちらに顔を向けてくる。

 呆れたような失笑が漏れる。

「朝、食べてこなかったの?」

「いや、食べたは食べたんですけど」

「どんだけ食うんだ、お前。しかも早足でおっさん連中抜かして、いかにも遅刻してます、みたいな空気出すな。会社の恥だ」

「あい」

「あいって!」

 何時もの空気に、ほっとしてしまう。チラリ、哲也の席に投げかけた視線には、整頓された机しか移さない。うむ、居ない居ない。

「ねぇ、それより」

 林さんの席の隣で、笑いながら話を聞いていた須藤さんが、話を変えるように切り出して、視線をそちらに移す。流行のボブカットが似合う、小柄な女性だ。

 部署の人間は三十代前後が多い。年下は新入社員の大卒の加奈子ちゃんだけ。部署のトップである哲也は、下から数えて二人目だった(あたしの方が誕生日が早い)。

 アットホームな職場にすぐ慣れたあたしは、部署の誰とでも仲が良い、と思う。

 だからこその砕けた会話に、時々困ることはあるけど。

 例えば、今のように。

「私、今野が電車で男子高生と楽しそうに話してるの見ちゃったんだけど」

 ――おぉーう。

「今野、今度は高校生まで毒牙にかける気?」

 まで、というのは納得がいかない話だけど、そんな事を突っ込んでいる暇は無かった。何時になっても恋バナに夢中な女性陣が、「何それ」と声を上げながら寄ってきてしまったから。

「どんな子、どんな子?」

「格好良い?」

 朝から元気な皆様は、興味津々。あたしでなく須藤さんに質問を飛ばしながら、キャーキャー言ってる。

「背は高かったよ。何か頭良さそうな眼鏡男子で、顔は良く分かんなかったけど」

 同じ車両に須藤さんが乗っていたとは、盲点だった。というか声掛けてくれればいいのに。

「須藤さん、誤解です。それに神田くんは今日知り合っただけで、落し物を拾ってくれたついでに? みたいな」

「今日知り合って名前まで聞いてるって、どんだけ肉食なのよ!」

「あんた年下もイケルんだ」

「いや流石に高校生は、」

 とかなんとか律儀に答えちゃって何してるんだか、あたし。っていうか墓穴を掘っているだけだし。

「っていうか、あんた彼氏いるでしょーが!」

 羨ましいーと悶える同僚に、つい。

「あ、フラレちゃった」

 とか口滑らしちゃうし。

 その瞬間、静まり返るフロア。視線が痛すぎる。

「え、ごめん」

「ていうか何時」

「……昨日?」

 この職場に来た時にはもう既に付き合っていた彼の事だから、程良く皆知っていた。結婚秒読みしていたのは、何を隠そう彼女達だし。

 元気出して、と頭を撫でてくるのは、さおり。彼女には一番、彼氏の愚痴も惚気も聞いてもらっていた。

 でも思いの外振られたショックを引き摺っていないあたしは、苦笑。

「全然、大丈夫だよ」

 本当に、思ったより。そういうあたしの心情が声に浮かんでいたからか、皆きょとんとしている。一ヶ月彼氏に会っていなかったあたしは、残業になる度「彼氏に会いたいー。癒されたいー」なんて叫んでいたのに、それも数日前のことなのに。

「それで高校生とか、切り替え早いだろ」

 恐らくフォローのつもりではあるんだろうな。沈んだ空気を払拭しようとわざとらしい程明るい口調で言ってくれるのは、職場のムードメーカー高橋さん。でも、言葉を選んでくれるような気の利いた男ではないのが、玉に瑕だ。

「高橋さん、うるさい」

 好意を寄せているさおりに冷たく切り捨てられて、しゅんとしてしまった。

「よし、来週末は合コンね!」

「キャ、須藤さん優しい!」

 ここで週末と言わず、忙しさが薄まる来週を上げるあたり、須藤さんはすごい。感心しながらも、合コンという提案に喜色を押し出すと、林さんがぽそり。

「切り替え早いよ、ほんと」

「失恋の痛手は、新しい恋で癒すのよ!」

 そんな風に笑っている時だった。


「お前ら、うるさい」


 ――居る筈のない男の、声がした。





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